ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第三十話『中沢君と悲しみの遊園地』⑤

 十個のうねる銀の球体が絶えず形を変え、縦横無尽に中央ステージの上で宙を泳ぎ回っていた。

 触れるだけで人体など簡単に液化できる死の銀色はヌルオさんの身体を刺し貫こうと蛇のように左右に揺れながら、観客席まで長く伸びてくる。

 それらを紙一重で避けて、彼はステッキをフェンシングのように突き出した。

 銀色の軟体生物の触手のような形状で動き回る上条の魔法はその刺突を受けて、大きく穴を穿(うが)たれる。

 

「……ッ!」

 

 ヌルオさんの口から微かに舌打ちが聞こえた。

 一瞬、その理由ができなかったが、開いた穴がステッキが突き抜けた後、彼の手首を食いちぎろうと素早く閉じたことで俺にも分かった。

 否定の魔法で部分的に消滅して穴が開いたのではなかった。ステッキが貫通する寸前に形状を変えて輪に変えたのだ。

 通過した肘から先が銀色のギロチンによって切断させる光景に、心の底で悲鳴を上げた。

 ──……いや、違う!?

 切断された腕は銀色の数センチ前にある黒い布の中へと消えていた。

 腕が食いちぎられるその一歩手前で握っていたステッキを布に変えて、その中に手を差し込んでいたのだ。

 それなら、消えた肘から上はどこへ出ているのか……。

 視点が横へずれて、その答えが明らかにされる。

 白い手袋に覆われたヌルオさんの二の腕は、ステージの上に立つ上条の足元へ()()()()()()()()()小さな黒い布から飛び出し、上条の足首を掴む。

 布のゲートを通して、引きずり込む気なのだ。

 あわや窮地かと思わせて、状況をひっくり返すトリッキーな逆転の一手。

 

「……小細工好きのお前なら直接仕掛けて来る頃だと思っていた!」

 

 しかし、その腕が足首に触れた瞬間、狙い澄ましたように上条の糸鋸が振り下ろされた。

 窮地をひっくり返そうとしたヌルオさんだが、その試みは上条に読まれていた。

 すぐさま、布から腕を引き抜いた彼は銀色の触手の群れを擦り抜け、観客席を右後ろ斜めに(また)ぐように飛ぶ。

 

「……そっちもね!」

 

 その途中で観客席の段差に指を引っ掛けて、方向を急転換。

 身体を逆さまにして、倒立前転するように前へと飛び込んだ。

 激しく視界が揺れ動いた中で、垣間見えたのはヌルオさんが当初飛び退こうとした位置へ、銀色の球体が新たに一つ生成される瞬間だった。

 ヌルオさんが逃げる位置を先読みして、その位置に魔法を生み出したのか……!?

 お互いに相手の思考を読み合いながら、高度な戦闘が繰り広げている。

 僅かでも気を抜けば、瞬く間に決着が付いてしまう一進一退の攻防だ。

 

「今のではっきりした。お前は、やはり僕の魔法を予兆を感じ取って避けている」

 

 仮面で顔を覆った上条がくぐもった声で言った。

 

「発動寸前に生じる魔力……いや、微量の穢れか? それを事前に感知することで回避している。そうとしか思えない動きだ」

 

「さあ、どうだろうね? お生憎様(あいにくさま)、僕はどこぞの能力漫画よろしく親切な説明はしない主義なのさ」

 

 前に上条が自分の魔法を明かしてくれたことについて、皮肉っている口ぶりだった。

 だが、魔法が生み出される前に予兆があるのなら、音もなく新たに作られる魔法にも対応できたのも(うなず)ける。

 少なくとも不意を突かれて現れる銀の魔法に騙し討ちのように融かされる心配はない。

 そう安心した俺を、上条の一言が絶望へ突き落す。

 

「それなら感知できても対応しきれない物量で攻めるまで」

 

 空中に浮遊していた銀色の十、いや、新たに増えた背後の球体も十一の銀の魔法が一斉に“分裂”した。

 小学生の頃、理科の授業で見た細胞分裂の映像に酷似していた。

 一つだったものが突然分かれ、二つのものへ変わる。

 増殖する水銀のような不定形のそれは一秒に満たない間に二度、三度と分裂を繰り返し、あっという間にアトラクション施設内を埋め尽くす。

 (よど)んだ銀世界の中心で上条が指揮者のように糸鋸を掲げた。

 

「密度を上げて繰り返そう。……踊れ、顔無し手品師。お前が朽ちるまで付き合ってやる」

 

 キレーションランドに響き渡る軽やかで楽しげなメロディに合わせるようにして、数え切れない銀の魔の手がヌルオさんへと襲いかかる。

 

「いいよ。お望み通り、踊ってあげる。せいぜい、僕のダンスに釘付けになってよ」

 

 避ける躱すができる隙間もない空間の中で完全に包囲された彼は両手に一枚ずつ黒い布を生み出すと、端を握り締め、日本舞踊のように舞い踊ってそれを迎え受ける。

 ひらりひらりと黒い布が揺らめく度、空中から塗り潰そうと襲来した銀色の腕が削り取られていく。

 すべてを融かし尽くす銀が、すべてを掻き消す黒に呑み込まれる。

 だが、膨大過ぎる物量に対して、それはあまりにも(ささ)やかな抵抗と言えた。

 消しても消しても切りがなく、終わりの見えない作業。

 ほんの僅かな手元の狂いや次に消滅させる順序が一つずれるだけで、致命的な破滅をもたらす死の舞踊。

 ヌルオさんの奥で見ているだけの俺ですら、疲労感から目眩を覚えるような光景だった。

 流れている単調なメロディと相まって、気が狂いそうになる。

 その中で一部の隙もなく、別の形に変形して融かし尽くそうとする銀の魔法を対応できているヌルオさんに俺は舌を巻いていた。

 剣、槍、斧、鞭、短刀。例えが成立する分かりやすい形状のものはとうに終わり、穂先が拡散した殺意の高い翼のようなものや、肉を抉り出すように最適化した巨大な熊手のようなもの、(しま)いには俺の貧弱な語彙力(ごいりょく)では形容不可能な形で銀の魔法は群がり続けている。

 一つ一つが必殺の威力を秘めているのは、もはや考えるまでもない。

 改めて、ヌルオさんのずば抜けた強さを実感する。

 いくら否定の魔法があったとしても、別の誰かが彼と同じようにこの銀の嵐を(さば)き切れるとは思えなかった。

 この調子なら上条の攻撃を(しの)げるかもしれない。

 そんな淡い期待を俺が抱いた時。

 布に触れで、たった今掻き消された銀の魔法の奥から、銀色の仮面が()り出した。

 何が起きたのか整理する間もなく、振るわれた糸鋸が黒い布を寸断する。

 ……上条だ。

 魔法の中に潜ることで魔力の気配を消し、ヌルオさんへと静かに忍び寄っていたのだ。

 即座にもう片方の布地を丸めてステッキに変え、迎撃に回ろうとするヌルオさんだったが、狙い澄ましていた上条の方が素早かった。

 斬撃に備え、変化させたステッキを糸鋸の刃ではなく、(みね)……つまり裏を使って弾き飛ばした。

 もしも面積の広い布の状態であれば、刃ごと絡め取ることができたかもしれない。

 あるいは握った糸鋸ごと否定の魔法で消失できていたかもしれない。

 だが、収束させたことで柔軟性を失しなったステッキは衝撃を受け、最上段にある観客席の上まで放物線を描いて飛んで行く。

 上条はすべて計算していたのだ。

 膨大な銀の魔法を囮にして、魔力に敏感なヌルオさんに接近し、初撃で不意打ちをせずにあえて布を切り裂いてみせた。

 それにより、切り裂かれることを防ぐためにステッキへの変化を誘導し、峰で弾いたのだ。

 完全にヌルオさんから武装を奪うため、この状況を仕組まれていた。

 上条は、最初から魔法ではなく、己の武器でトドメを刺すつもりで動いていた。

 武器を無くしたヌルオさんの懐に踏み込んだ上条は糸鋸の刃を首筋へと添える。

 

「言ったはずだ。これは『解体ショー』だと」

 

 銀色の仮面の奥から発せられる背筋の凍るような低い声。

 俺の中に絶望感が湧き立つ。

 しかし、ヌルオさんはそこまで追い詰められているにも関わらず、堂々と言い放った。

 

「……僕も言ったよね。“僕のダンスに釘付けになってよ”って」

 

 余裕を失っていない彼の言葉に俺はある単語を連想した。

 ミスディレクション。

 ヌルオさんの影響で興味を持って読んだ手品の本に記載してあったマジックの技術。

 観客の注意を別の場所へ向けさせて手品の種を仕込む技法の一つだ。

 そう、注意深く見られていれば見破れる手品の種を()()()()()()()()()()()()()

 

「……何を。まさか!」

 

 銀色の仮面が上を向く。

 続けてヌルオさんもまた上を見上げた。

 銀の魔法がまばらに浮かぶ中空を抜けた先にはアトラクション施設の天井が見える──はずだった。

 だが、そこには大きく広がり、天井を覆うような黒一色しか見られない。

 天井覆い隠すその黒は、微かにはためき表面へ(しわ)を作る。

 布だ。

 それは黒い大布。

 否定の魔法で作られた大布が天井付近に浮かんでいる。

 なぜヌルオさんが二枚しか布を作らなかったのか、ステッキを投げて空間転移で逃げようとしなかったのか、その答えがそこにあった。

 彼は上条の視線を自分に集めるために、わざわざ大袈裟なパフォーマンスをしてみせていたのだ。

 

「……今更、遅い。既に勝敗は決している!」

 

 首元に添えた糸鋸の刃が、ヌルオさんの首を切断しようと引いた。

 視界が一瞬で黒く染まる。

 そして、黒く染まった視界が()()()()()、映り込んだ光景は巨大な黒い球体が真下にある観客席を包むように浮いているものだった。

 ヌルオさんが新たなシルクハットを作り、頭に被り直した時、ようやく何が起きたのかを察した。

 あの暗転はシルクハットを使っての空間転移。そして、転移先は上条が最上段まで飛ばしたステッキ。

 計算ずくだったのはヌルオさんの方。

 

「その通りさ、上条君。既に勝敗は決していた。……君の負けでね」

 

 思考の読み合いで勝利したのはヌルオさんだった。

 黒い球体……大布で包み込まれた銀の魔法と上条は彼の伸ばした手のひらに連動して持ち上がる。

 

「少し、大人しくしてもらうよ」

 

 空中に浮遊していた残りの魔法ごと上条を封印した黒い球体は、ヌルオさんの指先が握られると共に縮小していく。

 膨らんでいた風船が縮むように大きさを変え、(しぼ)んでいく球体は内部で銀の魔法を消滅させているのだろう。

 これがヌルオさんの強みだ。いくら無尽蔵に魔力で何でも融かし尽くせる物質を生み出せる上条でも、その知力と策略で形勢を一気に逆転させることができる。

 上条を自分よりも強いと言っていたが、終わってみればそれは買い被りでしかなかった。

 しかし、球体がちょうど直径が三メートルを下回った頃。

 

「…………これは」

 

 異変があった。

 それ以上、黒い球体が縮まない。

 いや、それどころか、球体の表面にボコボコと凹凸(おうとつ)が生まれ始める。

 それでもヌルオさんは指先を更に曲げ、拳を握り込む。

 球体がそれに合わせて内側を押さえ付けようと僅かに縮んだ。

 だが、次の瞬間──黒い球体が急激に膨張し、内側から銀色の棘が四方八方から飛び出した。

 破裂した黒い皮が熱された氷のように融けて(こぼ)れていく。

 中から現れたのは銀の毬栗(いがぐり)。もしくは全方位から生えた剣山。

 その棘だらけの球体は再び、その形を変形させると縦に閉じた二枚貝のような形状へとなる。

 縦に亀裂が入り、貝殻が開いた。

 ……違う。貝殻というのは俺の思い違いだ。

 自分の間違いに気が付いたのは、大きく開かれた()()を見たからだ。

 翼だった。

 一対の銀の翼。

 その銀色の翼はローブを(ひるがえ)した上条の背中に繋がっていた。

 

「想像以上だ。参ったね……」

 

 茶目っ気のあるヌルオさんの声音。

 けれど、今まで含んでいた余裕の色はなかった。

 翼を羽ばたかせ、宙に留まる上条は仮面に包まれた顔をこちらに向けている。

 断言できる。

 読み合いではヌルオさんの勝ちだった。

 頭脳戦では上条の上を行っていた。

 だが、上条は単純な力技でその決着を(くつがえ)した。

 その時、上条の首元にあるペンダント……、マギウスの翼のシンボルから音声が流れ出す。

 

『ワルプルギスの夜が目視可能圏内まで接近中。至急、迎撃の強化を求む』

 

 この声は、柊ねむ……!

 それにワルプルギスの夜っていうのは、七海さんたちが話していた最悪の魔女のことだ。

 もうそんな近くまで近付いているっていうのか……。

 早く、魔女誘導装置を破壊しないと手遅れになってしまう。

 俺の中で焦りが生まれたが、ヌルオさんだってそんなことは百も承知の上だろう。

 

「……もっと早く決着を付けるつもりだったが、いいだろう。顔無し手品師。お前に見せてやる。対ワルプルギスの夜捕獲用の切り札を」

 

 上条はそう告げると懐から、黄緑色の正方体を取り出した。

 あれは確か、アリナ・グレイの魔法。魔女を閉じ込めておくための檻として使われている箱だ。

 箱が開き、中から十五個のグリーフシードが飛び出し、空中に浮かぶ。

 黒い穢れの魔力を発しながら浮かぶグリーフシードはすべて脈動するように明滅している。

 

「そこらの魔女なんかいくら(けしか)けたところでワルプルギスの夜は傷も付けられないよ」

 

「いいや、違う。これは材料だ」

 

「……材料?」

 

 ヌルオさんの言葉に答えた上条の傍で明滅するグリーフシードが発光し、十五体の魔女が孵化する。

 だが、魔女が各々の結界を作り上げる前に銀色の翼がその魔女たちに巻き付いていった。

 

「これが僕の切り札……『軍勢(レギオン)』」

 

 魔女を銀色が呑み込み、混ざり、形を変えていく。

 (おぞ)ましく、酷く冒涜な光景なのに、どうしても視線を引き付けられてしまう。

 まるで狂気の魅力を持つ前衛芸術作品のようだった。

 

「……やっと君の新しい魔法が何だか分かったよ。上条君」

 

 その光景を目にしながら気圧(けお)されずに、やっと納得が行ったとばかりにヌルオさんが語る。

 

「最初に融けた観客席に付着したのが『腐敗』の魔法なら()()()()()()()()()()()()()()()()。でも、観客席は一定の間隔まで広がった後に固まっている。これは明らかに別の魔法だ」

 

 ヌルオさんは視線を最初に襲われた観客席に向ける。

 俺は注意を払うことさえしていなかったその場所は円形に融けているが、それ以上は広がらずに留まっていた。

 

「魔力によって形作られるものは、その魔法の性質を表すことが多い。君の魔法はまるで水銀のようだった。……アマルガム。水銀を含む他の金属を混ぜた合金のことを言うんだけど、今の君にそっくりだよ」

 

 視線を戻した先には、様々な魔女が銀色に埋まり、繋がれてできた世にも(おぞ)ましい巨大な人型があった。

 上部が天井に達しそうなその巨体は二十メートル近くある。

 

「──『融合』。それが君の新たな魔法だ」

 

 魔女を混ぜてできた銀色の巨人。

 その頭部に浮き出た銀の仮面から上条の声が高らかに響く。

 

『それが分かったところで何になる? 今の戦いでお前の底は知れた。ワルプルギスの夜の前哨戦(ぜんしょうせん)代わりに排除してやる。さあ……第二ラウンドだ』

 

 魔女すら食らう銀色の巨人はその巨体から想像も付かないほど俊敏な動作で、観客席を駆け上がる。

 俺にはそれが絶望の化身にしか見えなかった。

 

「ワルプルギスの夜のための切り札、ね。魔女の(うたげ)の名は君にこそ相応(ふさわ)しいよ。『リトル・ワルプルギス』」

 

 ヌルオさんの呟きは、賞賛とも侮蔑とも取れる評価だった。

 




『銀羽根の上条恭介』

・モチーフ 錬金術師

・固有魔法 融合


接続の魔法を持つ黒羽根の少女を融かした時、その融け残った魔法が腐敗の魔法と混ざり、彼の絶望と共に変異を遂げたため、新たに融合という魔法に変わった。
腐敗の魔法と違い、魔法が掛かったものが完全に融け切るまで続くほどの持続力は減少したものの別の魔力と融合し、更に強大になるという性質を得た。
固有武器がバイオリンと弓から糸鋸に変化したのは、守るべき魔法少女を切り刻んだバイオリンの弓がもはや楽器ではなく、凶器にしか見えなくなったため。
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