ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 橙色の怠惰

 ゆっくりまったり、ダラーっとしましょ。ここは楽々キレーション。

 なーに、ひっとつ頑張らなくてもダイジョーブ。

 うとうとフワフワ、夢心地。

 

「やっと見つけました! 鶴乃さん! ワタシが分かりますか? みふゆです……梓みふゆです! 鶴乃さん、みかづき荘に……アナタの帰るべき場所へ戻って来てください!」

 

 まぎうすサマの命令もないからのんびりと空を見上げて歌っていると、白い髪をした“オ客サン”が突然下の方に現れて、まくし立てるように騒ぎ出す。

 わたしを呼んでいるのかな……?

 大きな声を張り上げて、必死に何かを訴え掛けている。

 ああ、なんて……なんて……。

 ──のんびりしてないオ客サンなんだろう。

 

「鶴乃ちゃん!」

 

「鶴乃!」

 

「無事、なんですか……?」

 

 他にも周りに慌ただしく叫んでいるオ客サンたちが居る。

 ダメダメ。

 ここはキレーションランド。

 誰もがのんびりして、リラックスして過ごす休息の国。

 わたしが教えてあげないと。

 だって、わたしはキレーションランドの管理人。

 この遊園地の過ごし方をオ客サンたち全員に教えて、皆でのんびりしてもらおう。

 

「キレーションランドへようこそ。ここはのんびりゆったり過ごせる素敵な場所。オ客サンたちもリラックスしてのんびり楽しんでねー」

 

「鶴乃さん! 目を覚ましてください!」

 

 わたしがいくら説明してもオ客サンたちはまるで分かってくれない様子。

 顔を険しく歪めて、あーだこーだと喚いている。

 大声をあげるのは迷惑行為だって知らないみたい。

 もうこれは仕方ないよね? 直接、のんびりしてくれるまで……身体に直接教えてあげないといけないよね?

 わたしは、乗っていたキレーション城の屋根から飛び降りて、オ客サンたちへ注意しに行く。

 

「園内でののんびりしてない行為は厳禁なんだよー? 鶴乃ちゃんがのんびりぐったりどっしり教えてあーげる」

 

 作り出した扇子を両手に握り、電撃を(まと)わせる。

 これを浴びれば少しはのんびり静かになってくれるはず。

 そう思って、一番近くに居た白い髪のオ客サンへと向けて、バチバチビリビリの一撃を放つ。

 

「……鶴乃さん!」

 

 だけど、そのわたしの攻撃は白い髪のオ客サンに当たる前に、大きな盾で邪魔された。

 大盾を構えて飛び込んで来たのは緑の髪のオ客サン。今のわたしとお揃いだけど、ちょっぴり色濃い緑色。

 でもでも、ダメダメ。そんなんじゃ。電気は物にも伝わるの。

 オ客サンごとビリビリ痺れて……。

 

「さな! そこどいてろ!」

 

 すぐさま大盾を手放して身体を引いた緑の髪のオ客サンの代わりに、巨大なハンマーを振り被っていた小さな金髪のオ客サンが盾ごとわたしを吹き飛ばす。

 打ち上げられた花火のように、もしくは高波に押し上げられた小舟のようにわたしの身体は高く高く()ね上げられた。

 視界の中がぐーるぐる。チカチカと光って揺れる世界が何だか面白い。

 靴の裏で一緒に飛ばされた大盾を空中で蹴って、緩やかに一回転。楽しく嬉しくリラックスして、リベンジしよう。

 

「オ客サン、園内での暴力行為は禁止だよー?」

 

 追撃として飛んできたピンク色の矢を扇子を広げて弾き落としながら、わたしが注意をするとオ客サンたちは同じように顔を歪めて睨んでくる。

 何だよー、このオ客サンたち。不良サン? 不良サンなの?

 よろしくないなー。いけないなー。

 これじゃ、全然のんびりできない、させられない。

 

「鶴乃さん! 今すぐ、アナタを解放してあげますからね」

 

 刃の付いた輪っかを握って白い髪のオ客サンが何か言ってる。

 かいほー? 

 カイホー……? 

 !……ホイコーロー!

 あれ……? “ホイコーロー”って何だろう。妙にしっくり来るようなこの感じ。

 新しいアトラクションの名前かな?

 着地した時にそんなギモンが湧いて来たけど、それより先に白い髪のオ客サンの相手をしないといけない。

 セツメイが足りなかったのかもしれないから改めてこのキレーションランドのコンセプトを教えてあげよう。

 

「ここは、もう頑張れない人の居場所なんだよー」

 

 電撃と共に扇子を振るい、白い髪のオ客サンへ叩き付ける。

 だけど、振るったオ客サンは扇子の先端が刺さった瞬間、薄れて消えた。

 よく見ると白い髪のオ客サンが増えている。

 ブンレツした? それとも大量姉妹(ダンタイキャク)

 散らした電撃を増えた白い髪のオ客サンたちへ飛ばす。

 当たった瞬間、最初から居なかったみたい消えていく。

 十人以上居た白い髪のオ客サンはすぐに片手で数えられるまで減って……。

 ──……減って、一人も居なくなった。

 

「……いいえ、鶴乃さん。アナタは誰よりも一生懸命に頑張ってる、万々歳の最強魔法少女じゃないですか」

 

 声がする。それでも姿は見えない。

 どこから聞こえるの? どこに隠れているの?

 視線を巡らせて、姿を探すわたしの頭上から薄っすらと影が掛かる。

 上だ。上に見えない何かが居る。

 顔を上げて、扇子に纏わせていた電撃を影が生まれた方向へ放った。

 放たれた雷の一閃が隠していた幻ごと貫く。

 虚空から焼け焦げて落下したのは……刃の付いた輪っか。

 

「……ワタシが元のアナタに戻してあげます」

 

 耳元で囁かれた言葉に扇子を振り抜く。

 扇子の先端に仕込まれた刃から何かを切り裂いた感触が伝わった。

 切り離された、長細い黒のリボンが宙に現れる。

 同時にお腹の辺りに衝撃が走った。

 目を向ければ、密着するようにして白い髪のオ客サンが片手でしがみ付いているのが見える。

 刃の付いた輪っかを持ったもう片方の手が、わたしの腰の中心へ──ソウルジェムへと伸ばされた。

 

「──コネク……」

 

 あと少しでわたしのソウルジェムに触れそうだった輪っかは……。

 

「……ッ!?」

 

 突然、真横から飛んできたピンク色の矢に弾き飛ばされる。

 何だか分からないけど、チャンスだ。

 身体中から放電して、くっ付いている白い髪のオ客サンを排除する。

 

「……くッ。どうして……」

 

 感電する前に大きく後ろへ跳ねた白い髪のオ客サンが、わたしではなく、別の誰かに目を向けて叫んだ。

 

「どうして、邪魔をしたんですかッ!? ()()()()()!」

 

 左腕をまっすぐに伸ばして、その腕に付いているクロスボウを右手で押さえるように立っていたのはピンク髪のオ客サン。

 じっとこちらを見つめているオ客サンの後ろで、戸惑っているような顔をした金髪と緑髪のオ客サンが見えた。

 

「……みふゆさん。それじゃ、駄目です。駄目なんです……」

 

「どうしてですか!? コネクトの要領で攻撃すればウワサは引き剥がせるとみたまさんは……」

 

「そうじゃないです!」

 

 ピンク髪のオ客サンが急に大きく叫んだ。

 びくりと白い髪のオ客サンが途中で言葉を呑み込み、押し黙る。

 被っていた白いフードを(まく)って、ピンク髪のオ客サンは喋り始めた。

 

「鶴乃ちゃんが、マギウスの翼へ行ったのは鶴乃ちゃん自身の意志でした。それも聞こうとしないで、()()()()()()()()()()()()()()が正しいってどうしても思えません……。私はもう嫌なんです。分かったつもりで、理解したつもりで相手を助けた気分になるのが……嫌なんです」

 

「……いろはさん、アナタの言い分は分かりました。平時ならアナタは正しいかもしれません。それでもこの場で正しいのはワタシの方です! 今の鶴乃さんはどう見たって正常じゃない。今の彼女に言葉が届かなかったのは見ていたでしょう!」

 

 オ客サン同士で言い争いをしている。

 喧嘩はダメだ。全然のんびりしていないから。

 なのに、わたしの身体は動かなかった。

 オ客サンをのんびりさせないといけないのに、わたしはどうして静かに話を聞いているんだろう?

 

「それでも私は、力づくで繋げた想いが鶴乃ちゃんに届くとは思えないんです……。みふゆさん。わがままを言っているのは分かってます。でも、もう一度だけ私に鶴乃ちゃんと話す機会をくれませんか……? お願いします」

 

 ピンク髪のオ客サンは白い髪のオ客サンに頭を下げた。

 

「そんな悠長な暇はありません! やっちゃんが身を(てい)して和泉さんから逃がしてくれたんです! ワタシには鶴乃さんを絶対に助け出す責務が……」

 

 白い髪のオ客サンが声を荒げて、首を横に振る。

 だけど、言葉を遮るように金髪のオ客サンと緑髪のオ客サンも同じように頭を下げた。

 

「オレたちからも頼む。いろはに任せてやってくれよ……」

 

「お願いします、みふゆさん」

 

「二人まで、何を言って……」

 

 言葉の途中で白い髪のオ客サンの顔がわたしへと向いた。

 目を見開いて、わたしを見つめている。

 驚いたような、戸惑ったような、そんな表情。

 白い髪のオ客サンは構えていた刃の付いた輪っかを下ろし、ピンク髪のオ客サンへ向き直った。

 

「……分かりました。いろはさんにお任せします。それでもアナタのやり方でどうにもならなかったら、今度こそ力づくでも鶴乃さんにコネクトさせてもらいます。それでいいですね?」

 

「ありがとうございます! みふゆさん」

 

 嬉しそうに微笑んだ後、ピンク髪のオ客サンはわたしの傍までゆっくりとした足取りで近付いてくる。

 ……とても穏やかで、わたしも扇子を下ろして眺めていた。

 

「鶴乃ちゃん。こうして話すのは何だか久しぶりに感じるね」

 

「キレーションランドへようこそ。ここは、疲れて何も頑張れない人の居場所なんだよー」

 

 キレーションランドの概要をオ客サンへと伝える。

 ピンク髪のオ客サンはわたしの説明を聞いて、黙り込んだ後に聞いて来た。

 

「そっか。鶴乃ちゃんも疲れちゃったの……?」

 

「……キレーションランドへようこそ。ここは……」

 

「キレーションランドじゃなくて、鶴乃ちゃんのこと聞きたいな。何にそこまで疲れちゃったの? 私たちと一緒に居たこと? 教えてよ。鶴乃ちゃん」

 

 ……何に?

 疲れたのか……?

 何を頑張れないのか……?

 何だろう。何だっけ?

 忘れた。忘れなきゃ。忘れないと。

 だって、思い出しちゃう……。

 

「ここは……」

 

 嫌だ。ダメ。頑張らない。何もしない。何も考えない。

 そのための場所。そのために居るの。

 ここは。ここは、ここは、ここは、ここはここはここはここはここはここはここはここはここはここはここはここはここはここはここはここはここはここは──。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 手から落ちた扇子が、地面に落ちる前に淡い緑の粒になって消える。

 何も考えられない。

 何も考えたくない。

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──。

 頭の中で嫌なものがぐるぐるする。

 

 手のひらに、柔らかな感触を感じた。

 

「鶴乃ちゃん」

 

 ピンク髪のオ客サンが……。

 違う。

 ■ろ■ちゃんが、わたしの手を握ってくれている。

 

「私はあんまり頼りにならないかもしれないけど。それでも鶴乃ちゃんの友達だから、鶴乃ちゃんが何に苦しんでるのか知りたい。分かった上で助けになりたいの」

 

 顔を覗き込んでくる。

 優し気な顔が、わたしを見つめている。

 わたしの友達の、■ろはちゃん……。

 ────手を。

 ────握り返した。

 分かってほしいのか。知ってほしいのか。

 それすら分からないのに。

 

「い、ろは……ちゃん」

 

「鶴乃ちゃん! 私が、私が分かるの!?」

 

 分からない。

 分からない。何が分からないのか。

 分かりたくないのか。

 それすらも分からない。

 だけど、この手の中の柔らかく温かい感触が。

 

「……助けて」

 

 どうしようもなく、安心できてしまうのは。

 

「うん……任せて、鶴乃ちゃん」

 

 紛れもない真実だった。

 

「……『コネクト』」

 

 繋いだ手のひらが淡く輝いて、ぼんやりと開いた瞳に映り込んだ。

 

 

 ***

 

 

 わたし が 殺した。

 わたしが 殺してしまった。

 メル を 。

 魔女に なったメルを 殺してしまった。

 記憶ミュージアムで見せられた映像は、どうしようもない真実だった。

 魔法少女が魔女になる。

 メルが魔女になる。

 それだけならまだ受け入れられた。

 まだ耐えられた。

 でも、それだけはダメだった。

 その取り返しのつかない、救いようのない事実だけは。

 受け入れられない。

 耐えられない。

 わたしは、頑張り続けた。

 自分からこれ以上、誰かが離れて行かないように。

 がっかりされて、見放されないように。

 もっと明るく、うんと元気で、最強の由比鶴乃で居られるように。

 頑張って、頑張って、頑張った。

 頑張ったよ……?

 その結果が、これだった。

 薄黄緑色のくびれのないてるてる坊主のような魔女。

 その魔女が変わり果てた友達だったなんて想像もせず、わたしは()()()()倒した。

 倒してしまった。

 殺してしまった。

 もう頑張れない。

 頑張りたくない。

 わたしには……もう何も残ってないから。

 

「そんなことないよ」

 

 真っ暗い闇の中で声がした。

 (うずくま)っているわたしの手を誰かが握っている。

 今まで黒で覆われていたわたしの目に、ピンク色の髪と瞳が映った。

 

「いろは、ちゃん……?」

 

「辛い思いをしてたんだね。逃げ込みたくなる気持ち、私にも分かるよ」

 

 周囲の景色さえ見えない闇に覆われたわたしの正面に膝立ちになって、顔を覗き込んでいるのは最近できた友達のいろはちゃんだった。

 

「つい最近知ったんだけどね。私の妹も……ういも魔女になったことを聞かされたの。ずっと探してたういがそんなことになっていたって知った時、目の前が真っ暗になった」

 

 わたしの手を優しく包むように触れたいろはちゃんは、まっすぐな眼差しを向けて悲し気な笑みを浮かべた。

 

「漠然とだけど、頑張ってれば報われるって思ってた。心のどこかで抱いてた希望がペキッて折れちゃった音が聞こえたよ」

 

「……じゃあ、いろはちゃんもわたしと同じ……? 頑張れない? 頑張りたくない?」

 

 期待したのは同意だった。

 ダメになってしまったわたしを認めてくれるんじゃないか。

 そんな風に期待してしまった。

 

「うーん。それでもね。もうちょっとだけ頑張ってみようって思ってる」

 

 なのに、彼女の口から出た台詞は想像と違っていて。

 わたしは期待を裏切られた。

 

「どうして!? もういいよ! 頑張っても取り返しの付かないものを考えるのも、それと向き合うのも耐えられない。耐えたくない。嫌なの、もう! 見たくない! 聞きたくない! 放っておいてほしいの!」

 

 繋いだ手を引き剥がそうとするけれど、いろはちゃんはぎゅっと握った手を離してくれない。

 

「違うよ。私は別に鶴乃ちゃんも同じように頑張ってなんていうつもりはない。頑張りたくないって気持ちが分かるのは本当だから。でも、でもね、鶴乃ちゃん。頑張れないのと、私たちを遠ざけるのは別だよね?」

 

「別じゃない。違わない。頑張れないと、わたしの傍から皆離れて行くもん!」

 

 でも、頑張っても同じ。

 ううん、頑張ったら頑張った分だけ空回りして、取り返しの付かないことになる。

 それならもう何も考えたくない。何もしたくない。

 

「本当にそう思う? 鶴乃ちゃんが頑張らなかったら皆、居なくなっちゃうって本気で思うの?」

 

 いろはちゃんの言葉にわたしはヌルオさんとの会話を思い出す。

 

『その人たちは君の実力不足を嘆いて去って行った人たちなの? 君が弱くて情けないから、君を見捨てた心無い人たち?』

 

 ……違う!

 違う違う違う!

 あの時と同じように目から涙が零れ落ちる。

 

「違う! 違うよ! そうじゃない!」

 

 いろはちゃんにしがみ付いて、小さな子供のように顔を振って喚く。

 

「でも、嫌なの! もう見たくないの! 何も考えたくないの!」

 

 それを嫌がりもせず、彼女は優しく抱き留めてくれた。

 

「なら、私に甘えて。もし足りないならやちよさんにも甘えていいし、さなちゃんにも甘えていいよ。フェリシアちゃんにだって甘えたっていい。みふゆさんにも協力してもらおう。ああ、ヌルオさんにもモフモフさせてもらうのもいいかも」

 

「わたし……でも、メルを……友達を殺してるんだよ。人殺しなんだよ……」

 

「一度でも魔女と戦ったことのある魔法少女は誰も鶴乃ちゃんのしたこと責められないよ。鶴乃ちゃんの抱いている悲しみも苦しみも魔法みたいに消してあげることはできない。でも、その想いを理解し合うことはできると思うの」

 

 いろはちゃんがわたしの背中をトントンと優しく(なだ)めるように叩いてくれる。

 わたしはその労わるような振動に訳も分からず、涙を流した。

 

「鶴乃ちゃん。帰って来て。皆、待ってるから」

 

「うん……」

 

 暗闇が晴れていく。

 明るくなったその場所は狭いゴンドラの中だった。

 回るゴンドラはのんびりと緩やかに下降して、止まる。

 真横に付いていた扉が開き、薄ぼんやりとした外の景色をわたしへ見せた。

 周囲は薄暗く、ゴンドラの先には光源になるものは見て取れない。

 

「行こう、鶴乃ちゃん」

 

「うん。でも、その前に……」

 

 いろはちゃんと手を繋いでゴンドラの外に出ると、わたしはゴンドラに……大きな観覧車へと向き直った。

 

「素敵な夢をありがとう。わたしはもう行くよ。今度は頑張り過ぎないで、皆に甘えながらやっていくつもりだから」

 

 緑の蛍光色の観覧車は何も答えない。

 これが目的の行動を繰り返すだけのウワサだったとしても、それに救われていたわたしが居たのは確かだった。

 決別しようとしているわたしは攻撃されるだろうか。

 できれば戦いたくないな……。

 そう思っていると、観覧車はまた緩やかに回転を始める。

 回るゴンドラに(ひび)が入り、それが大きな亀裂へと変わっていく。

 亀裂さえ恐れずに回り続けるゴンドラはわたしに手を振ってくれているように見えた。

 

「さようなら。わたしの観覧車」

 

 崩れていく観覧車に背を向けて、わたしはいろはちゃんと一緒に歩き始めた。

 

 

 ***

 

 

「……のさん! 鶴乃さん! 大丈夫ですか!」

 

 目を開くと、最初に見えたのは心配そうな顔で覗き込むみふゆの顔だった。

 

「みふゆ……。声大きいよ」

 

 ふわふわとした夢心地で素直な感想を呟くと、むぎゅっとほっぺを(つね)られた。

 ……痛い。

 

「ああ、良かったです。気が付いてくださって」

 

 表情は本当に安心したようなのだが、両頬を抓り上げる手は止まらない。

 怒っているんだろうか。それともふざけているのか。こういうところあるよね、みふゆ。

 

「心配したぞ、鶴乃」

 

「本当ですよ」

 

 背中を支えてくれていたのはさなちゃんとフェリシアだ。

 二人とも少し怒ったようにむくれていた。

 フェリシアはともかく、さなちゃんまでそんな顔をするなんて、よっぽど待たせてしまったみたいだ。

 それからずっと手を握ってくれていたいろはちゃんにも改めて謝る。

 

「皆、ごめんね。……あれ、ちょっと足りないような」

 

 見回してやちよししょーとヌルオさんの姿がないことに気付いた。

 一瞬だけ皆が口籠(くちごも)る。

 ひやりと嫌な不安が胸を過ぎった。

 

「え……そんな、まさか」

 

「大丈夫です。やっちゃんとヌルオさんは別行動中です」

 

「そっか。まあ、二人にもすぐに謝りたかったけど、またすぐに会えるよね?」

 

「ええ」

 

 こくりと大きく頷いたみふゆは、こんなにゆっくりしている暇はないとわたしのほっぺから手を離して立ち上がった。

 

「それでは取り返しの付かないことになる前に、魔女誘導装置のウワサというものを破壊しましょう。空から来る魔女の量も増えてますし」

 

 見えれば、空は澱んでいてそこら中を魔女が漂っている。

 それを遊具に乗った魔法少女や、熊から切り株が生えたようなウワサが叩き落としているのが見えた。

 わたしがのんびりしている間に、とんでもないことが起きていたようだった。

 アトラクションの隙間には落下した魔女が完全に浄化もされないまま、積み上がっている。

 

「うん。わたしも手伝うよ」

 

「無理はしないでくださいね」

 

「うん。ダイジョーブだって。辛かったらちゃんと言うから」

 

 みふゆに言われるまでもない。

 もうわたしは頑張り過ぎない。

 ちゃんと周りに悩みを聞いてくれる人が居るんだから。

 そう思って、微笑んだ時、激しい衝撃音が園内に響き渡った。

 

「何の音!?」

 

 音がした方に目を向けると、キレーションランドの端にある大型のステージアトラクション施設の屋根が砕け、巨大な銀色のものが突き出しているのが映る。

 遠目から見ると内側から破裂したシフォンケーキから突き出したフォークかナイフのようだった。

 あれは……何?

 よく目を凝らせば、銀色の中に別の色が混ざっている。

 その中には見覚えのある姿もちらほらあった。

 魔女だ……。

 あれが何だかまるで想像も付かないけど、生きた魔女が埋め込まれていることだけは理解できた。

 そして。

 

「動いているのか、あれ……?」

 

 呆然と呟くフェリシアの声でわたしもそれに気付く。

 巨大なオブジェのように見えたそれは、アトラクション施設の施設の屋根を抉り取るようにして(うごめ)いていた。

 人型だった。

 あまりにもスケールが大きすぎて、それが人の形をしていることを理解するまでしばらく掛かってしまった。

 銀色の、魔女が埋まった人型の巨大な何かは小さな虫でも追うように腕を振り回している。

 跳ね回る黒い、小さな虫。

 いや、違う。あれは……。

 

「……ヌルオさん!?」

 

 声を上げたのはわたしじゃなく、いろはちゃんだった。

 

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