「そういえば、グリーンシールドとか総務事務って何のことだったんだ?」
「……? いや、君の発言がまず意味不明なんだけど……」
水名神社での戦いがあった後、俺は疑問に思っていた単語について尋ねたが、連れ帰ったヌルオさんは困惑するばかりで答えてはくれなかった。
色々と
「あの、本当にごめん。なんか調子悪そうだけど、それ俺のせいだよな?」
「それもなくもないけど、少し魔力を使い過ぎたのが主な原因だね。悪いけど……しばらく休むよ」
「え゛。で、でも、またウワサとか魔法少女と出会ったらヌルオさんは助けてくれるよな……?」
「その時は全力ダッシュで逃げて。ヌルオさんは少し寝ます。ぐー……」
「いや、ぐーじゃなくて」
そんな雑な会話の後、ウサギの姿を取ることもできなくなったらしく、ヌルオさんは卵型の宝石に変わってしまったのだった。
落ち着いているものの、ヌルオさんが宝石化した時は半狂乱になって、熱湯を掛けたり、氷で冷やしたりして何とか元の姿に戻ってもらおうと試みたがすべて徒労に終わった。
それから二日経っても卵型の宝石のまま戻らなかったため、仕方なく俺は肌身離さず持ち歩いて過ごしている。
「まったく、いつになったら目を覚ますんだよ……」
公園のベンチの一つに座り、制服の上着のポケットから取り出して、卵型の宝石を眺めた。
こんな透き通るようなクリアブラックの宝石はテレビでだって見たことがない。
種類としては何に近いだろうか。ブラックダイヤモンドって奴かな。
「随分と綺麗な宝石ねぇ」
「え!?」
隣から急に声をかけられて、思わずベンチから転がり落ちそうになるほどびっくりした。
「あらぁ、驚かせる気はなかったのだけど」
知らない間に音もなく、見覚えのない女性がすぐ横に腰掛けていた。
背格好は高校生から大学生くらいで銀髪のポニーテールをしていた。
まったく気配を感じなかった。普通は人がここまで近くに来たら気が付くと思うんだが。
それにしてもかなりの美人だ。七海さんにもそう思ったけど、この街は美人が多い。
同級生の女子にはない年上の魅力というものを感じて、少しドギマギしてしまう。
銀髪の女性は俺の反応にもお構いなしで卵型の宝石を眺めている。
「ねぇ君、その宝石、ちょっとだけ私に見せてくれないかなぁ?」
もう既にじっくり見つめてる気がするのだが、手のひらをこちらに向けて待っている仕草からして、手に取って見たいということだろう。
流石に美人の頼みでも簡単に受けられない。
この宝石は俺の恩人であり、憧れている存在そのものだ。
「えっ、いや、知らない人には触らせられないっていうか。大事なものなんで」
「じゃあ、私が誰か分ればいいんだね? 私は八雲みたま。あなたのお名前は?」
「名前は、中沢ですけど……ちょっとそう意味じゃ……」
「はい。これで私と中沢君はお知り合いになりましたぁ。それじゃあ、少しだけ見せてもらうね」
ひらひらと手を動かして、早く渡してと言外に催促してくる。
ほとんど強引に話を進められて、持っていた宝石を手渡さないといけない流れを作られてしまった。
人の頼みを断ったりするのが不得意な俺からすると、この八雲って人は最上級に苦手な相手だ……。
下手に脅してくる人より、相手に言うことを聞かせるテクニックがある。
「あの、じゃあ、優しく扱ってくださいね。本当に大事なものなんで」
「うん。大丈夫。取り扱いなら慣れているから」
そう言って八雲さんは、卵型の宝石を包み込むように両手で触れた。
まるで祈るように両目を
見せてほしいといった割りに目を閉じてしまった。何なんだ、この人……。
本気で何がしたいのか、分からない。
まさか、そのまま、持って行ってしまったりしないよな……?
なし崩し的に強奪されることを恐れ、俺は八雲さんが逃げ出さないかじっと監視する。
閉じていた彼女の瞳がすっと開いた。
すると、大きくて形の良い彼女の瞳から見る間に大粒の涙が
「え? ……えっ? ど、どうしたんですか?」
もしかして俺が内心で泥棒みたいに思ったことがバレて傷付いたのか?
いや、流石にそれはないか。でも、ちょっと初対面の人に対して辺りきつかったかな。
などとオロオロしていた俺だったが、彼女は自分の指で涙を拭うと元の朗らかな表情で笑った。
「ごめんごめん。とてもこの宝石の中身が綺麗で美しくて……どこか悲しかったから」
「は、はあ……」
正直、何を言っているのか分からなかったが、俺はとりあえず
他人が話している時は、とにかく頷いておけば、成り立つという経験がここでも役に立った。……立ったのか?
「この宝石の持ち主は、自分にも他人にも厳しくて、なのにやっぱり他人には呆れるほどに優しい人。誰よりも世界や他人が嫌いなのに、そんな嫌いな人たちにも幸せであってほしくて、ずっと自分を削って助けようとしてしまう困った人」
持ち主ってこの場合、俺ってことだよな?
その宝石が意思を持っているなんて普通は分からないし、何よりそんなことは会ったばかりのこの人に分かる訳がない。
俺はどっちかというと自分に甘いし、別に世界も他人も嫌いじゃないから、的外れもいいところだけど。
「あの、八雲さんはひょっとして、占い師さんなんですか?」
「ううん。私は――調整屋さん」
笑顔でそう言って、俺に宝石を返してくれる。
安心すると同時に調整屋って何だろうと疑問が湧いた。まあ、多分、スケジュールとかを調整してくれる仕事をしているのだろう。
働いているということは見た目よりも年配なのかもしれない。まあ、高校を出てすぐ就職する人もゼロじゃないから、決め付けるのはよくないか。
もはや第一印象の“綺麗な年上のお姉さん”ではなく“よく分からないこと言ってくる変人”になった相手とこれ以上話しているのも辛い。
宝石も返してもらったことだし、この辺で縁を切ろう。
「あの、それじゃ、俺はこの辺で帰ります……」
「あ、待って」
呼び止められたぁ!? いやぁっ!!
しかし、多少なりとも会話した相手を無視して走り出す勇気は持ち合わせておらず、俺は渋々と立ち止まって振り返る。
「……何でしょうか?」
「いいものを見せてくれたお礼に君の言うこと何でも一つ聞いてあげるわ」
「な、何でも?」
「そうなぁんでもいいわよ?」
急に両手を頭を後ろで組み、重ねていた膝を組み替える。
胸元の豊かな膨らみや長くて綺麗な脚を強調するポージングだ。中学生の俺には刺激が強すぎる。
ゴクリと俺は溜まっていた生唾を呑み込んだ。
「そ、それじゃあ……」
「それじゃあ?」
大人の余裕のある笑みで復唱する八雲さん。
「この街で最近流行ってる噂話とか知らないですか!」
***
当然、年上美人と何かする勇気など存在すらしなかった俺は目下聞きたかった噂話について聞いてみた。
思わぬ幸運だったのは八雲さんが噂話に精通していて、最近流行り出したばかりの『フクロウ幸運水の噂』を教えてくれたことだった。
なんでも、『工匠区の馬券売り場で幸運をもたらす水を売っている』という噂話だ。
飲めばたちまち幸運になれる水……怪しいというかもう、うさんくさい。
本当にただの詐欺っぽい噂なのか、あの化け物が関わっているのかも分からないが、調べておくに越したことはないだろう。
まだヌルオさんは宝石状態から戻らないが、だからこそ、俺は俺でやれることをやっておきたい。
それにヌルオさんが元に戻った時、『噂について調べておいた』と胸を張って言えるのは格好がいいと思う。
そう思って工匠区まで単身でやって来た訳だが……。
「何で、あのピンク髪の子が居るんだ……」
名前は確か、環さんだったか。
水波先輩や七海さんの仲間の魔法少女。
なぜか彼女が工匠区でうろうろしているところを発見しまった。
あのファンシー極まりないフード姿ではなく、私服姿だが、あの顔は間違いなく本人だろう。
できれば、会いたくない。
彼女は唯一シルクハットのつばで顔を隠されていないヌルオさん、つまり俺の顔を見た可能性がある。
あの時は気絶していたようだったが、そのすぐ名前を尋ねられた時に起きて答えていた。
薄目でこちらの顔を見ていた可能性は十分にあるという訳だ。
だけど、魔法少女であるあの子が探りを入れているってことは……。
「この噂話が“ウワサ”であるってことだ」
俺は電柱の陰や曲がり角に身を隠して、一定の距離で付かず離れつ尾行を続ける。
若干、ストーカーじみた行動している自分を正当化するために改めて、俺は考えた。
思えば、魔法少女っていう存在もよく知らない。
だが、その中でも環さんは取り分け謎が多い。
苦しんでいたかと思えば、髪が伸びて巨大な鳥の化け物になったりと異常過ぎる。
他の魔法少女の反応から見ても、あれは異様な状態だったようだ。
俺にはあればウワサと同じような化け物に見えた。
だとしたら今の姿に戻った彼女は果たして、人間なのだろうか。
段々と彼女は人気のない方へと向かう。
地下にあるシャッター街と化した商店通り。やたらと『反対』とか『差し押さえ』という文字が書かれた紙がそこかしこに貼られていて、地域社会の闇を感じる。
こういうところを見ると地区で貧富の格差があるのかもしれない。新西区や水名区と比べると全体的に寂れた感じが拭えないのもこういう場所が見え隠れするせいだ。
スマートフォンのマップアプリで場所を確認しようとするが電波も良くない。
辛うじて圏外ではないようで八雲さんに教えてもらった馬券売り場も近い。
「あの……」
「え? わわっ……!?」
画面に目を落としている間に監視していた環さんがいつの間にか俺のすぐ近くに来ていた。
慌てて、スマートフォンを落としそうになるるがどうにかキャッチをして事なきを得る。
……いや、事なき得れてない!?
もしかして、尾行していたことがバレたのか!? いいや、そんなことはない!
今までの俺の尾行は刑事ドラマに出てくる主人公そのものだった。
ここは落ち着いて、冷静に対処しよう。
「どうかしました?」
「何で、さっきから私の後を付けて来てるのかな、って」
駄目だぁ! バレてた! 考えてみれば、刑事ドラマの尾行って大体途中バレる奴だった!
言い訳を考えるんだ。それらしい言い訳を作り上げろ。
追い詰められた時こそ冷静になれ。こういう時は嘘を吐くとドツボに
真実を混ぜつつ、でも、本当のことでもないこと……そうだ!
「じ、実は……俺、最近神浜市に引っ越してきたばかりで、同じくらいの年頃の子がどんなところで遊んでいるのか知りたくて……。ちょうどその時あなたを見かけて、この辺に遊び場みたいなところ、あるのかなーって……」
俺にしては上出来な内容。
それでも彼女に通じるかどうか分からない。
男子が女子の遊び場探すって苦しいか……。
しかし、予想に反して、
「なんだ、そうだったんだ。ストーカー扱いしてごめんね」
この子、ちょっとお人よし過ぎるんじゃないか……?
もう警戒心を解いた彼女に俺は若干引いていた。
「私は環いろは。あなたは?」
うわっ、もう本名教えてくれた。俺はさっきまであなたを尾行していた男ですよ?
いや、待て。ここまで危機感がないってことは、もし俺が危ない奴でも叩きのめせる自信があるって表れなのかもしれない。
だとするなら、これは強者であるアピール……変じて、『名前くらい教えてもお前なんかいつでも殺せるぞ』という脅し……。
危機意識が欠けていたのは……実は俺の方だったのか!?
「どうしたの? あなたの名前は?」
冷や汗が背中にじんわりと
ここで名前を明かしてしまうのは怖い。ハッ……! 自ら名前を明かすことで、こちらも名前を答えないといけない状況を作り出したのか!
やられた……。情報戦で既に俺は負けていたのか。
とはいえ、あとで偽名を使ったことがバレた方が怖い。
「ぬ、ぬぅわぁくぅわずわぁ、です……」
せめてもの抵抗として、思い切り聞き取り辛い発音で答えた。
これなら活舌が悪かったかっただけで、嘘は言っていないという言い訳が成立する……!
「中沢くんだね!」
ヒアリング能力高っ…………!
どうして、“ぬぅわぁくぅわずわぁ”からきちんと中沢が割り出せるんだ。
最初なんて“ぬぅ”だぞ!? “ぬぅ”を“な”って聞き取れるのはプロフェッショナル過ぎるだろう!
恐怖で心拍数と脈拍が上がっていく中、環さんは小首を傾げる。
「そういえば、中沢君。なんか見覚えが……」
ああ、これはまずい……! まず過ぎる! 泳がされていたのか、俺は!?
すべて分かった上で俺の行動をコントロールしていたのか。
尾行していたつもりで、尾行
タスケテー! ヌルオさん! 俺、絶賛ピンチ中です!
しかし、ポケットの中の宝石はピクリともしない。
「いやぁ、そぉんぬわくぉとぉ、ぬぅわぁいですよぉ?」
「何か、さっきから活舌も悪くなってる気がするし」
本気で舌が回らなくなってきた頃、商店通りの奥の方からスピーカーで反響したような声が聞こえてきた。
『いやぁーごらんあれ』
俺のやたら活舌が悪くなった声よりも籠ったような声音。
これはどこから響いてくる……?
『フクロウ印のぉー幸運水ー』
フクロウ印の……。
「幸運水!?」
「あ、活舌戻ったね」
そろそろ短編ではなく、連載にした方が変更します。更新は不定期です。