ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第三十二話『中沢君と悲しみの遊園地』⑦

 大聖堂の地下。

 巨大な蛾の姿をした魔女が見下ろすマギウスの翼本拠地の最奥。

 その場で最初に口を開いたのは車椅子に乗ったアカデミックドレスの少女、柊ねむだった。

 

「……いきなり天井を打ち破って入って来たかと思えば、好き放題言ってくれるね」

 

 前に一度ヌルオさんと出会っている彼女は、彼の決して(ほだ)されることのない性格を知っている。

 主導権を握られる前に正気に帰った柊ねむは突如現れたヌルオさんを警戒しつつ、環さんに目を向けた。

 

「それに、いろはお姉さんまで連れて来るなんて何を考えているんだ。この場所はエンブリオ・イブの穢れに満ちている。普通の魔法少女ならソウルジェムを濁らせて魔女になってしまうよ」

 

「ねむちゃん!」

 

 環さんが彼女の名前を呼ぶ。

 環さんからすれば、ずっと会いたいと思っていた相手だ。

 嬉しそうに駆け寄る彼女に、柊ねむは複雑な表情で出迎えた。

 

「いろはお姉さん……ここは危険だ。早く、移動を」

 

「ねむちゃん。……ねむちゃんは私に会いたくなかった?」

 

 柊ねむの態度に、環さんは伸ばしかけていた手を途中で止め、悲しげに表情を歪めた。

 

「っ、そんな訳ない。ボクだってずっと……! ずっと……会いたかったよ、こんな再会でなければ」

 

 頭を振って否定した柊ねむは躊躇いがちに本心を(こぼ)す。

 

「ねむちゃん……私も。私もずっと会いたかったよ」

 

 感極まったように環さんは彼女を包むように抱きしめた。

 僅かに戸惑いの色を見せたが、やがて柊ねむも同じように環さんの背に手を回す。

 感動の再会シーンだが、それに納得できないもう一人の少女は声を上げた。

 

「ねむ! どういうことっ? 何であなたが環いろはを“お姉さん”なんて呼んでいるの? いえ、それよりも親し気に会話をしているのはどうしてっ?」

 

 里見灯花。

 アリナ・グレイ、柊ねむに続く最後のマギウス。

 こうして間近で目にするのは初めてになる。

 モキュゥべえに見せられた記憶の中では令嬢然としていたのでもっと落ち着いた少女かと思っていたのだが、予想に反して騒々しい子のようだ。

 環さんは一旦、柊ねむから離れると里見灯花の方へ歩み寄る。

 

「灯花ちゃんは……やっぱりまだ私のこと、思い出せない?」

 

「思い出す? 何を言っているの? 記憶ミュージアムでもそんなことを言ってきたけれど、わたくしはあなたなんて知らないわ!」

 

 一方、里見灯花の方は敵意丸出しで環さんに食って掛かった。

 

「これ以上、訳の分からないことを言うのなら……」

 

 魔力で開いた傘を形成させると、先端を彼女へ向ける。

 だが、柊ねむが環さんを庇うように一歩前に出て言った。

 

「ダメだ、灯花。いろはお姉さんに危害を加えてはダメだ」

 

「どいてよ、ねむ!」

 

 その様子を先ほどから眺めていたヌルオさんはクスッと笑みを漏らした。

 次第にその笑いは肩を震わせるほど大きなものとなり、その場にいる少女たちの視線を集めるほどになった。

 

「……何? 何なの? 何がおかしいっていうの!?」

 

 彼の態度に激怒した里見灯花は、甲高いヒステリックな声を上げる。

 ヌルオさんは笑い声を押し殺しながら言った。

 

「いや、ごめんね。あまりにも滑稽(こっけい)だから、つい笑いを堪え切れなかったんだ」

 

「……何が滑稽だっていうんだ」

 

 柊ねむもその言葉に気分を害したように険のある声音で尋ねる。

 すると、ヌルオさんはこう返した。

 

「この茶番が、だよ。自覚ないの? 柊さん。君が一番、滑稽だ。君が重要なことを隠しているせいでこんなことになっているのに、まるで自分は誠実みたいな澄まし顔で環さんを庇ってる。馬鹿馬鹿しくてとても真面目に見てられないよ」

 

 声は笑っているのに、軽蔑するような響きがこれでもかというくらい(にじ)み出ていた。

 ヌルオさんの表情を見ることはできない俺にでも、この笑みが嘲笑だということが理解できた。

 そして、その嘲笑の裏側にあるのは、彼女への強い批難。

 

「“危害を加えてはダメ”だって? あははは! よく言うよ、君が口を(つぐ)んでいたせいでどれだけ環さんが危ない目にあったのか知らない訳ないよね? それなのに今更に彼女の前に出て来たら、ナイト気取りの態度と台詞……とんだ喜劇だ。お腹が(よじ)れて仕方がないよ」

 

 槍玉に挙げられた柊ねむは、悪意の籠った(なじ)りを受けて、小さな拳を握り、歯を食いしばる。

 言い返さないところを見るに彼女なりに自覚があったのだろう。

 

「ヌルオさん。そんな言い方はやめてください! ねむちゃんにもねむちゃんなりの理由があったはずです」

 

 弁護するように口を挟んだ環さん。

 だが、そんな彼女へも容赦なく、言葉の刃を投げて渡す。

 

「そうだねぇ。その『大層な理由』とやらのせいで、この街の大勢の人間がとばっちりを受けた訳だ。いい面の皮だねぇ。最初から情報を共有していれば、ここまで面倒なことにならずに済んだかもしれないのに」

 

「……それ、は。でも……」

 

 威勢のよかった環さんもウワサの被害にあった人たちのことを持ち出されると言葉尻が萎んでいく。

 ウワサによって、人を(さら)ったことや、今こうしている間でも街を魔女の被害を出していることについては肯定しようがない。

 身内を庇いたいけれど、彼女自身の善良な精神がそれを拒む。

 

「君もそう思うだろう? ねぇ?」

 

 ヌルオさんは環さんでも、柊ねむでも、里見灯花でもない誰かに話しかける。

 真上へ向けられた彼の視線の先に白い猫っぽい生き物が大きな尻尾を振って、落ちて来る。

 それは、キレーションランドに向かう前、俺がどれだけ探しても影すら見つけられなかったあのモキュゥべえだった。

 

「モッキュウウゥゥゥゥゥ──!」

 

 ほとんど一直線に落下し続けるモキュゥべえはヌルオさんの顔目掛けて飛び込んでくる。

 視界一杯に白い豆大福のような顔が広がり、激突する寸前。

 伸ばしたヌルオさんの手が尻尾を掴み取り、顔面擦れ擦れで停止した。 

 

「モッキュ! モッキュ!」

 

 件名に短い手足をばたつかせ、もがくモキュゥべえはヌルオさんの顔に跳び付こうとするものの、しっかりと尻尾を掴まれて逆さまに拘束されている。

 

「小さいキュゥべえ……。じゃあ、これがういの魂……なの?」

 

 環さんからすれば、俺からの又聞きで妹の魂がこんな珍妙な生き物の中に入っていると聞かされただけでは実感が湧かないのだろう。

 各言う俺も、モキュゥべえの中身が環さんの妹と言われてもピンと来ない。

 

「ふむふむ」

 

「その子の言ってること分かるんですか? ういは……ういは、今何て言っているんですか!?」

 

 環さんの真剣な問いに、ヌルオさんは眉を(ひそ)めて呟く。

 

「やっぱり、ただ鳴いているだけで意味ある言葉じゃないね、これ」

 

 それまで必死に訴えかけるようにモキュモキュ鳴いていたモキュゥべえは一際大きく叫んだ。

 

「モッッッキュゥー!」

 

「あ、今のは『ファッキュー』的な意味合い(インプリケーション)を含んでいるね」

 

「ういはそんなこと言いません!」

 

 本気で怒りの籠った突っ込みが環さんから飛んでくる。

 俺も正直、ヌルオさんの発言に同意したいが、環さんから聞いた限りの印象ではそんな下品な発言するような子ではないとは思う。

 ……そういえば何回か体当たりを食らわせられた気がするけども、それは忘れよう。

 ヌルオさんは逆さまにぶら下げていたモキュゥべえを環さんの腕の中へ渡していると、会話の輪から外されていた里見灯花がとうとう我慢できずに発言した。

 

「さっきから何なの!? あなたたちが何を言ってるのか全然分からない! わたくしにも分かるように説明しなさいよ!」

 

「……だ、そうだよ。柊さん。いい加減、話してあげたら?」

 

 他人事のようにそう促すヌルオさんに、柊ねむは何か言いたげだったが、諦めたように視線を里見灯花へ移した。

 

「すまない、灯花……。ボクは今まで嘘をついていた。そして……最後まで嘘をつき通すこともできなかった。だから、君にも語ろう。ボクが隠していた真実(あやまち)を」

 

 そう告げた柊ねむの瞳にはもう迷いの色はなかった。

 彼女はそっと環さんに抱かれたモキュゥべえの額に手を当て、同時に手元に魔力で一冊の本を作り出す。

 その途端、眩い光が周囲に広がり、やがて円状になったかと思うと映像を映したモニターのような枠がいくつも浮かび上がった。

 枠の中には以前、口頭で聞かされた環ういのことが映っている。

 複数の枠は重なるように一つにまとまると形を変え、大きな砂時計へと変化した。

 あれが柊ねむの持つ、具現の魔法というものなのか。

 眺めていると砂時計は斜めに傾いたまま、宙に固定され、内側の砂が緩やかに下へ落ち始める。

 まるで夢を見ているように視界が切り替わり、映像が流れた。

 その映像は俺が以前見せられたものに似ていたが、誰かの視点からではなく、俯瞰(ふかん)的な視点のものだった。

 だから、そこにははっきりと収められていた。

 初めて見る『環うい』の姿。

 環さんとお揃いのピンク色の髪。環さんのことが大好きで、朗らかで人懐っこい笑みを浮かべる少女がそこに居た。

 こうしてみると、本当に普通の小学生くらいの少女だ。

 とても蛾の魔女や珍妙な小動物の元になった存在とは思えない。

 彼女は病弱でずっと病院から出られないような女の子だったが、それを感じさせないほど明るく、穏やかな気質をしていた。

 お姉ちゃんが好きで。

 お姉ちゃんの作るお弁当が好きで。

 二人のお友達が好きで。

 二人のお友達と神浜市の噂話を創作するのが好きな、そんな女の子。

 余命がそれほど長くないことを悟っても、長生きすることより自分が居たことを誰かに覚えてほしいと願うような、そんな女の子……。

 ……悲しかっただろうな。

 魔女になることよりも、言葉が通じない獣になることよりも、ただただその存在を忘れられたことが彼女にとって悲しいことだったと俺は思う。

 それが環ういの身に起こったすべての顛末を見終えた感想だった。

 もっと頭のいい奴やもっと心の優しい奴だったら、別のことを考えて付くかもしれないが、どっちも平凡な俺にはそれが精一杯だった。

 だからこそ、最後まで覚えていた柊ねむの存在は彼女にとって救いだったのではないか。

 そんなことを考えていた俺の耳に激しい音が響いた。

 ヌルオさんがそちらを向くと、元の大聖堂の地下の床に砕け散った砂時計が転がっている。

 映像は終わり、傍に居る環さんや里見灯花も正気に戻ったように周囲を見回していた。

 

「……いろは……お姉様?」

 

 失われていた過去の記憶を見て、里見灯花自身の記憶も戻ったのか、呆然とした顔で環さんを見上げた。

 環さんは(うる)んだ瞳で彼女を見つめ、小さく頷く。

 

「うん……。灯花ちゃん。私だよ。灯花ちゃんのお姉ちゃんのいろはだよ!」

 

「いろはお姉様!」

 

 両手を広げて抱き着く里見灯花を愛おしそうに環さんは迎え入れた。

 

「会いたかった……ううん。今まで知覚することができなかった。会いたいという思いを見つけられなかった……」

 

「私もそうだったよ。みんなのことを思い出せたから、どうしても会いたいと思えたの」

 

「もう二度と決して忘れたりなんかしない。わたくしの大切ないろはお姉様」

 

「私もだよ」

 

 完全に二人だけの感動空間を醸成していたが、それをぶち壊したのは場違いなほど大きな拍手の音だった。

 視線が向いた先はやはりというか、当然というか、ヌルオさんだった。

 

「はいはい。お涙頂戴の感動の再会タイムはその辺で切り上げてもらって、少し建設的な話をしようか」

 

「建設的な話……?」

 

 そう尋ねたのは今まで映像を見せていた柊ねむだった。

 

「うん。これで君らは『環うい』の記憶を共有できた訳だけど……そこで提案があるんだ。魔女とそのキュゥべえもどきになった彼女を元に戻したくない?」

 

「どういう、こと……? 何を言いたいの?」

 

 里見灯花のもっともな疑問に、彼女を抱き締めている環さんが答える。

 

「ヌルオさんの魔法でね、魔女になったういの身体を戻せるかもしれないの。ねえ、灯花ちゃん、ねむちゃん。一緒にういを助けようよ」

 

 一点の曇りもない笑顔で言う環さんに、マギウス二人は顔を見合わせる。

 俯いた柊ねむは小さな声で絞り出すように言った。

 

「……できない」

 

 その意味を環さんは実現不可能だと思ったのか、彼女は自分のピンク色のソウルジェムを見せながら話し出した。

 

「大丈夫だよ。ヌルオさんの否定の魔法って穢れを消失させることができるの。ほら、見て。私のソウルジェム。全然濁ってないでしょ? これはね、前に私がドッペルを暴走させちゃった時にヌルオさんの魔法で助けてもらってからずっと綺麗なままなの。だから、ヌルオさんなら魔女になっちゃったういの身体から穢れを取り除いて、元のういにでき……」

 

「違うんだッ、いろはお姉さん」

 

 自分のソウルジェムに目を落としていた環さんの言葉は鋭い声で遮られる。

 

「えっ……」

 

「そうじゃ、ないんだ。ボクたちが言いたいのは……」

 

「できるかどうかじゃなく、その行為を“マギウスとして容認できない”、ってことだよ。いろはお姉様……」

 

 柊ねむの言葉を継いだのは里見灯花だった。

 環さんはそんな二人の様子を困惑したように見つめた。

 

「どうして……。だって、二人ともういのお友達でしょ……。あんなに三人で仲良くしてたのに、そんなのおかしいよ」

 

 引きつった笑みと裏返りかけた声は見ているこちらの方が辛い。

 マギウス二人も同じなのか、視線を下げ、環さんの顔を見ないように目を逸らしていた。

 

「おかしい、かもしれない。でも……マギウスとして、魔法少女を導く者としては何も間違ってない」

 

「いろはお姉様……。もうわたくしたちには責務があるの。ここまでやって来た責任を果たす義務が。だから、この最後の最後でそれを投げ捨てることはできない。分かってくれるよね……?」

 

「…………ないよ」

 

 二人の言葉を受けた環さんは小さく答えた。

 

「いろはお姉さん……」

 

「いろはお姉様……」

 

「そんなものッ、全然分からないよ!」

 

 破裂音にも近い叫びが響いた。

 初めて聞いた環さんの感情的な声色。

 

「ねむちゃん、灯花ちゃん……。二人とも本気なの? 本気で言ってるの? ういを助けたくないの!? ねぇ、答えてよぉッ!!」

 

 向かい合う彼女たちの肩にそれぞれ手を置いて揺する。

 俯いた二人の少女は何も答えない。

 いや、答えられないのだろう。

 環さんの腕から降りたモキュゥべえは尻尾を丸めて、環さんを見上げていた。

 果たして、環うい……ういちゃんの気持ちはどうなのだろうか。

 助かりたいのか。それともこのまま、魔法少女解放を優先してほしいのか。

 それを問うことはきっと誰にもできない。

 

「悪いけど、それなら無理にでも押し通らせてもらうよ。(はな)から僕は君らの敵だしね。あれとワルプルギスの夜が交われば、結合した魔力の余波で周囲に甚大な被害が出ることは火を見るよりも明らかだ」

 

 ヌルオさんは説得すら試みることもなく、ステッキを構えて臨戦態勢に入る。

 彼からすれば、マギウスの意志も、魔法少女の解放も関係ない。

 

「不条理な願いを叶えたいのであれば、それを為すだけの力を見せてもらうよ」

 

 ヌルオさんは試練。

 この世界の生み落とされた救済を目指す魔法少女たちへの敵対者。

 魔法と奇跡を否定する者。

 里見灯花と柊ねむはその言葉を聞き、お互いに頷き合うとそれぞれ傘と本を握り締めた。

 

「絶対に」

 

「これだけは譲れない」

 

「この願いは」

 

「この想いはボクと」

 

「わたくしと」

 

「「ういが望んだことだから」」

 

 二人の傍に立っていた環さんが狼狽えた声を上げる。

 

「駄目。駄目だよ、ヌルオさんも二人とも! 戦うなんて!」

 

 だが、柊ねむの持つ本から数枚のページが破れ、離れたページ同士が結びつき、淡く光ったと思うと環さんを囲む。

 

「何? 何なの、これ」

 

 取り囲んだ光は収束し、“護”という文字がいくつも描かれた球体になる。

 内側に居た環さんは完全に球体に閉じ込められてしまった。

 

「人質のつもり?」

 

 ヌルオさんの質問に柊ねむは本気で不快そうに睨み返した。

 

「……冗談でもいってほしくない台詞だね。ボクはいろはお姉さんを安全圏に隔離しただけだよ」

 

「そう。それじゃあ、こっちも遠慮しなくていいってことだね?」

 

 彼の言葉にマギウスの二人は目配せをする。

 

「分かってる? 灯花」

 

「ええ。……もし、どちらかが倒されても!」

 

「どちらかが最後まで計画を必ず遂行させる!」

 

「「魔法少女の未来のためにッ!!」」

 

 声を合わせて台詞を言い放ったその時。

 天井──消失した一階の床の更に上を突き破って、轟音と共に何かが飛来した。

 美しい銀色のローブ。それと真逆に濁った銀でできた無表情の仮面。

 二人の少女を守るように背にしたそれは……。

 

「きょう……銀羽根……」

 

「……マギウス・灯花。マギウス・ねむ。あなた方はの理念は正しい。ですが、不要な心配です。邪魔なものはすべて僕が排除します」

 

 仮面を付けた上条が再び、ヌルオさんの前に立ち塞がる。

 

「お早い登場だね、上条君。ワルプルギスの夜との綱引き大会は切り上げたのかな?」

 

「……お前を殺してから再開する予定だ」

 

 上条の背後から銀色の大きな歯車、もしくは車輪に似たものが出現した。

 不定形なそれは僅かに縮小と膨張を繰り返し、脈打つように動いている。

 ウワサと融合していた巴さんの背中にあった光背のようにも見えたが、何かもっと(おぞ)ましく救いのないようなものに思えた。

 

「釘付けか、さもなければ消耗してくれると踏んでたんだけど……参ったね、これは」

 

 いつものように冗談のような口調だが、俺にでもはっきり感じられるほどに焦燥感のある声音でヌルオさんは(こぼ)した。

 ──さっきよりも強くなってるなんて……。

 ステッキを握り締めていた手は僅かに震えていた。

 

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