ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第三十四話『中沢君と悲しみの遊園地』⑨

「うい!」

 

 環さんの声が後ろから聞こえたかと思うと、俺の横を走り抜けてういちゃんに駆け寄る。

 今にも泣き出しそうな表情で環さんはういちゃんを抱き締めた。

 

「よかった……もう会えないんじゃないかって思ってたんだよ?」

 

 ずっと探していた最愛の妹に会えたのだ。無理もない。

 一方、抱き付かれたういちゃんの方は喜びと驚きと申し訳なさが一遍に同居したような顔を浮かべていた。

 

「お姉ちゃん……。ごめんね、心配させて」

 

 しばらく固まっていたものの、感情に思考が追い付いてきたようで、環さんの背中へ腕を回して抱き締め返す。

 

「いいんだよ、もう。こうして帰って来てくれたんだから」

 

 魔法や奇跡によって引き裂かれてしまった二人の姉妹は、この時ようやく再会することができたのだ。

 俺はそんな環姉妹の様子を見て、自分のやったことが改めて正しかったと確信する。

 背後から近付いてくる気配を感じ取り、振り返ると里見灯花と柊ねむがすぐ傍まで来ていた。

 

「うい……」

 

「魔法少女に戻れたんだね……」

 

 あれだけ敵対してきた彼女たちもまた、ういちゃんの幼馴染。

 その顔にはもう戦う意志は残っていなかった。

 

「灯花ちゃん。ねむちゃん。二人ともこうして話すのは久しぶりだね」

 

 環さんから密着していた身体を離すと、ういちゃんはマギウス二人と向き直る。

 先ほどまでういちゃんに関する記憶を忘れていた里見灯花はまだしも、記憶がありながらその存在をひた隠していた柊ねむには何か思うところがあるのではないか。

 そう思った俺の予想に反して、彼女は懐かしむように微笑むだけだった。

 その笑顔には恨みも憎しみもない。

 ただただ、久しぶりに会えたことへの喜びしか感じさせなかった。

 だが、それがかえって二人に罪悪感を負わせたようで、駆け寄ることもせず、彼女たちはバツが悪そうに視線を逸らす。

 当然だ。マギウス二人はういちゃんを見捨てたのだ。

 彼女が救われる可能性があることを知ってなお、犠牲にすることを選んだ。

 

「うい……。ボクは……君を」

 

「ねむちゃん。ありがとう」

 

 何かを言いかけた柊ねむの言葉を遮ってういちゃんが感謝の言葉を述べた。

 

「え……?」

 

 戸惑う柊ねむに彼女は穏やかな声音で続けた。

 

「ずっと一人で抱えてくれていたんだよね? 私たちの願いが失敗したって分かっても、それでもお姉ちゃんたちを救おうと頑張ってくれたんだよね?」

 

「うい……」

 

 視線を隣へ移し、里見灯花にも同じように言葉を掛ける。

 

「灯花ちゃんもそれに応えようとしてくれた。二人とも本当にありがとう」

 

「わたくしは……」

 

「でも、もう二人だけが背負う必要なんかないよ。灯花ちゃんとねむちゃんだけが苦しい思いをしないで済むようにもっと違う方法を探そうよ」

 

 ういちゃんは俺の想像よりもずっと冷静な視点で物事を見ていた。

 魔女にされ見捨てられたと二人を責めても許される立場にも関わらず、柊ねむたちの心情に寄り添って温かな言葉をかけた。

 それはきっとモキュゥべえを通して、色んなものを見ていたからなのだろう。

 環さんもそれに続くように頷いた。

 

「灯花ちゃん、ねむちゃん。二人が頑張ったの、私も感じたよ。最初の目的が私を助けようとしたってことも。でも、やっぱりたくさんの人を巻き込んでまでこんなことをするのは止めようよ。こんな方法で魔法少女から解放されても私は嬉しくない」

 

 二人の動機は魔法少女になった環さんを助けるためにものだった。

 緊迫した状況の連続でそれどころではなかったが、思い返せば、あの過去の記憶を見て、環さんが一番衝撃を受けたのはその部分かもしれない。

 罪の意識から足を止めていたマギウスの二人はういちゃんに、そして、環さんに泣き出しそうな顔で駆け寄った。

 環姉妹はそんな彼女たちを優しく受け止める。

 これでマギウスの翼の計画は破綻し、俺たちと争う理由もなくなった。

 張り詰めていた気が抜けて、大きく息を吐く。

 

「……何を、しているのですか?」

 

 吐いた息が凍り付く。

 穏やかな雰囲気が流れかけていた周囲が一変する。

 突如、銀色のローブが視界の端で揺れた。

 この状況を許さない人物がまだこの場には居た。

 

「上条……、ヌルオさんは……?」

 

 黒い返り血がまるで斑点のようにローブと仮面を汚している。

 音もなく、接近していた上条は俺を一瞥して、右手に握っていたそれを手前に投げ捨てた。

 シルクハット。

 ヌルオさんに取ってのトレードマークのような帽子。

 銀色の液体が付着し、融解しかけたそれは熱されたアイスクリームのように俺の目の前で融けて無くなる。

 

「まだ、言葉が必要か?」

 

 俺は上条を見上げることもできず、座り込んだまま、呆然とシルクハットの消えた場所を眺めていた。

 勢いで誤魔化していた喪失と絶望が込み上げてくる。

 ……ヌルオさんは、死んだのか……。

 もはや、俺に注意を払うことすら無意味と感じたのか、脇を通り過ぎる。

 後ろで上条はマギウスたちへ静かな口調で語り掛けた。

 

「何をしているのですか? 早く、計画を続行しましょう」

 

 里見灯花の声が聞こえる。

 

「恭介……。もう終わったの。エンブリオ・イブはういに戻った。魔法少女解放計画は……」

 

「何を言っているのですか、マギウス・灯花」

 

「え……?」

 

 戸惑う里見灯花の声に、どこまでも落ち着き払った上条の声が答えた。

 

「戻ったのなら、また孵化させればいい。エンブリオ・イブを作り直せばいいだけです」

 

 正気にもどり振り返った俺の目には、環さんの首を掴み上げる上条の姿だった。

 環さんは苦しそうに首を掴む上条の腕を引き剥がそうとしているが、びくともしない。

 

「上条! 何をしてるんだよっ!!」

 

 立ち上がった俺を無視して、上条はういちゃんへと仮面を向けた。

 

「環うい、だったか? エンブリオ・イブになった魔法少女……」

 

「……お姉ちゃんを離してください」

 

 務めて冷静にそう告げるういちゃんだったが、その肩は小刻みに震えていた。

 二人のマギウスもまた動けずに、上条を見上げるだけに留まっている。

 動かないのではなく、動けないのだ。

 その気になれば、超高速で上条は行動できる。そうでなくとも銀の球体を作り出せば、一瞬で環さんを融かし尽くすことが可能だ。

 

「姉を目の前で殺せば、魔女に戻ってくれるか?」

 

 背筋に冷たいものが走る。

 上条は本気だ。本気でういちゃんを絶望させて、魔女に……エンブリオ・イブに戻す気なのだ。

 

「止めなさい! 恭介。それ以上は……」

 

「そうだよ、もうボクたちは負けたんだ」

 

 里見灯花たちが口々に思い留まるように言った瞬間、彼女たちの首筋を掠めかどうかの位置に銀色の杭が出現する。

 

「まだ何も終わってなんかいないッ! 終わってなんかないだろうが!」

 

「……恭介」

 

「……教えてくれよ、環うい。二人の友達も付ければ足りるのか? どれだけ殺せば、お前は絶望してくれるんだ? どれだけ犠牲を出せば、お前は僕たちの希望に戻ってくれる?」

 

 もうなりふり構う気もないのかよ、上条……。

 マギウスだろうとエンブリオ・イブを取り戻すためなら犠牲にするつもりか。

 そこまでして魔法少女を解放したとして、本当にお前は救われるっていうのか?

 こんな時、ヌルオさんだったら颯爽とこの状況から抜け出す方法を思い付くのかもしれない。

 だけど、俺には何も浮かばない。何もできない。

 この危機を乗り越えるための知恵も力も持っていない。

 いや、ヌルオさんですら上条を倒せなかったのに、こんな俺にできることなんてあるのか。

 どうしようもなくなった俺は無表情の仮面を無言で見つめた。

 

「ん……?」

 

 そこで俺は濁った銀の仮面に小さな違和感を覚えた。

 仮面の表面に浮かぶ黒い染み。

 ヌルオさんを斬りつけた時に浴びた返り血が、細かく表面で伸び広がっている。

 それはまるで──鏡に入った罅(ひび)割れのように見えた。

 

「……ッ!」

 

 突然、上条が仮面を右手で押さえ、小さく(うめ)いた。

 仮面に入った黒い染みが亀裂状に広がり、そして、無表情を模った顔はボロボロと崩れ落ちていく。

 これはヌルオさんが最後に残してくれたチャンスだ。

 今しかない……!!

 俺はとっさに上条の真横から渾身の力で体当たりをぶちかます。

 

「!? この……!」

 

 もしも、俺以外の誰かであれば、こんな機会は訪れなかっただろう。

 何の魔法も持っていない俺だからこそ、上条は思考の外に置いていた。

 その侮りが上条の足元を(すく)う。

 倒れることはなかったが、上条の姿勢はよろめき、環さんの首を掴む拘束が僅かに緩む。その僅かな瞬間に、ういちゃんが環さんの身体を強く引いた。

 環さんを受け止めたういちゃんは俺にも手を伸ばす。

 理解よりも先に俺は彼女の手を取った。

 

「ねむ!」

 

 鋭く里見灯花の声が響く。

 すぐさま、足元の床が発光し、角ばった漢字の“移”という文字に似た模様が浮かび上がる。

 一瞬にして上条を除くここに居るすべての人間の身体が急激な速度で床に吸い込まれていった。

 

「待てぇ!」

 

 上条の腕がういちゃんに伸びたが、環さんのピンク色の矢で弾かれる。

 伸ばした手のひらは何も掴めずに空を切った。

 砕けた仮面の下から見えたのは、酷い(くま)とやつれた頬。

 顔色は青を通り越して、土気色に変色している。

 誰が見ても分かるほどに憔悴(しょうすい)しきった顔だった。

 一体どれだけの苦痛と絶望を味わえば、そんな風になってしまうのか想像も付かない。

 膝を突き、荒い息を吐いてこちらを睨むその顔はどうしようもないほどに疲弊していた。

 そんなにもボロボロになっているのに、轟くような声量で床に這い(つくば)って叫ぶ。

 

「許さない許さない許さないッ! 許さないぃ! 許さないからなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 充血した瞳で離れていく俺たちを怨嗟で見つめていた。

 

「お前たち、全員絶対に許さない!!」

 

 変わり果てた友達の顔を俺は床の中へ消える最後まで眺めていた。

 最後までその声を聞いていた。

 

 完全に床の中へ沈み込んだ時、俺の意識は急激な眠気に襲われる。

 極度の緊張から解放された反動なのか、それとも戦いの疲労か分からない。

 ただ、緩やかに暗闇の中へ落ちていく。

 これで良かったのか。それとも駄目だったのか。

 考えることもできずに俺の意識は溶けていった。

 




フェントホープキレーションランド編、終了です。

次回より最終章となります。
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