ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第三十六話『中沢君と幸福の揺り籠』②

 約十五分前に神浜市の上空に発生した逆さまの銀の街。

 あれこそが、上条の創り出した“結界”なのだと万年桜のウワサさんは俺に教えてくれた。

 魔女の結界と違い、神浜市に居る魔法少女のみを選別し、取り込んでいるのだという。

 

「|あなたの記憶を覗いた限り、銀羽根はういを狙っている。それを踏まえて考えると、ういを探す過程で無造作に魔法少女を結界内に吸い入れているのだと思う|」

 

 彼女はそう告げた。

 彼女、万年桜のウワサさん……このままだと名前が長すぎて大変呼びにくいので、勝手だが省略させてもらおう。

 縮めてサクラさん……いや、これだと佐倉さんと被る。

 万年さん……お坊さんかな?

 桜……女の子……桜の子、“桜子”、でどうだろう?

 うん。とりあえず、それで行こう。相変わらず、俺のネーミングセンスは安直がそこは仕方ない。

 

「あの、そのままだと呼びづらいから、とりあえず『桜子さん』って呼ばせてもらっていいですか?」

 

「|桜子さん……? 私の名前?|」

 

 きょとんとした顔で桜子さんは首を傾げた。

 あれ、やっぱり急にあだ名で呼ばれるの嫌だったのかも……。

 不快にさせてしまったかと心配になったが、彼女は表情を変えず、真顔で二度三度頷いた。

 

「|桜子さん……桜子さん……|」

 

「嫌だったら『万年さん』でも……」

 

「|そっちは嫌。桜子ならいい。私は桜子|」

 

 一応、何でもいい訳ではないらしい。

 さして表情に変化がないように見えるが、桜子桜子と呟きながら、その場でクルクル回っている様子から喜んでいるようだった。

 同じ自我を持つウワサだったアイさんより人間味がある。

 

「それで、桜子さん。あの銀の街は魔法少女を取り込んでいるって話だったけど、ひょっとして七海さんたちも取り込まれてたりとかは……ってそもそも桜子さんは名前出されても分かりませんよね。七海さんっていうのは」

 

「|七海やちよのことなら、あなたの記憶で見たから分かる。他みかづき荘の魔法少女たちのことも。彼女たちもまた、その他の魔法少女と同じように結界発生直後、その中へ(いざな)われた|」

 

 ああ、そう言えば、桜子さんは俺の記憶を読み取って情報を得ていると言っていたことを思い出す。

 牛柄ビキニの件ですっかり忘れていた。

 それよりも、七海さんたちみかづき荘の魔法少女までもが結界に取り込まれているなんて、最悪の状況じゃないか!

 

「じゃ、じゃあ、神浜市で無事な魔法少女って……」

 

「|ここに居るいろはたち四人だけ|」

 

 淡々と語る彼女に俺は愕然とする。

 そんな危機的状態ならもっと早く起こしてほしかった。

 文句を言うのは筋違いだが、それでも不満を感じてしまう。

 

「なら、環さんたちを早く起こして助けに行かないと! 環さんっ」

 

 急いで寝ている魔法少女たちを改めて起こそうとする。

 だが──。

 

「|いろはたちを巻き込もうとしているの? それならウワサとして見過ごせない|」

 

「うがぁっ!?」

 

 伸ばそうとした俺の腕を桜子さんが掴み、捻り上げる。

 深月ちゃんに匹敵する怪力で腕を捻じ曲げられ、悲鳴を上げて立ち止まった。

 激痛で顔を歪める俺を静かな目で眺めながら、桜子さんは言う。

 

「|私はウワサ。内容は絶対に遵守する。四人の幸せな再会を阻むものは誰であっても許さない|」

 

「あだだだぁっ! ギブッ、桜子さん、それギブゥ!」

 

「|桜子さんはギブしない|」

 

「いや、ギブしてるの俺ぇ! 痛いからもうホントそれ許してぇ!!」

 

 二秒後、鼻水と涙で顔を汚して、草の上で(うずくま)る俺を彼女は澄ました表情で見下ろしていた。

 

「|主語述語をちゃんと言わないあなたが悪い|」

 

「さ、さようでございますね……全面的に俺が悪いですぅ」

 

 ここまできっぱりと言い切られた日には、全肯定する他ない。

 一見、まともに見えたが、彼女はウワサ。倫理観や常識という人間性を求めるのは酷かもしれない。

 二葉さんとの交流で人間性を獲得したアイさんって、やっぱり偉大だったんだなぁ。

 

「でもですね、桜子さん。このまま眠ったままだと再会すらできないんじゃないですか?」

 

「|一理ある|」

 

「それなら、一度皆を起こして情報を共有するっていうのは……?」

 

「|それはダメ|」

 

 理詰めで説得できるかと期待したが、さも当然というように拒否された。

 

「ど、どうしてです?」

 

「|もしもいろはたちが目を覚まして、みかづき荘の魔法少女が囚われていることを知れば、再会を祝福するどころじゃなくなる。それにあそこに入れば、魔法少女は二度と帰って来られない|」

 

「帰って来られないって、どういう意味ですか?」

 

 捻られた方の腕を庇いながら立ち上がって尋ねると、さらりと答えが返ってくる。

 

「|あの街は魔女の結界とウワサ空間の二つの性質を兼ね備えてる。簡単にいうと、無意識の内に対象を招き入れる性質とその場所へ留まることを強制する性質の二つを持ってる。それも魔法少女を狙い撃ちにしたもの。これはすごく良くない。アウト|」

 

 両手を交差させて、桜子さんは胸の前でバッテンマークを作る。

 アウトかぁ……。じゃあ、仕方ないな──とは流石に事なかれ主義者の俺でもならない。

 

「だけど、放っておく訳にもいかないでしょう。ずっと環さんたちを寝かせたままでいるつもりなんですか?」

 

「|それなら大丈夫。あの街は、捕らえた魔法少女から得られる魔力より維持のために消費させる魔力の方がずっと多い。長くても三日、運が良ければ二日くらいで消滅するはず|」

 

 桜子さんは言う。

 何も手出しせずに二、三日放置していれば、内側に捕らえられた魔法少女共々結界は消えてなくなる。

 だから、それまでは四人を寝かせた状態で静観するのだと。

 

「|意識のない状態の魔法少女ならあの街に観測されることはない。つまり、これが最適解|」

 

「最適解って……確かに桜子さんからすればそうかもしれないですけど、それはみかづき荘の皆を見殺しにするようなものじゃないですか!」

 

 環さんの性格を考えれば絶対に否定するような選択肢。

 しかし、目の前の少女の形をしたウワサはそれを意に介さない。

 

「|でも、それが最適解だから|」

 

 いや、理解はしているのだろう。理解した上で状況を判断を下し、決定したのだ。

 自分(ウワサ)の内容を守れるよう、最も適した選択をした。

 姿形が人間に似ているだけで、彼女の思考回路(なかみ)はどうしようもなくシステマチックだった。

 桜色の綺麗な瞳が俺を映している。そこには何の感情も読み取れない無機質さが秘められていた。

 桜子さんはアイさんとは違う。

 今更ながら、ヌルオさんがアイさんを人間と評した意味がようやく分かった気がした。

 これがきっと“人間”と“ウワサ”を隔てる明確な一線なのだ。

 

「はは……」

 

「|? どうして、笑っているの?|」

 

「いや、ウワサなんかにお願いごとをした自分が馬鹿みたいでさ。そういうのは人間相手にするもんだよなって思ったら、笑えてきただけ」

 

 考えるんだ、俺。

 ウワサには情を訴えても無意味だ。泣き落としなんて以ての外。

 まず、第一に考えるべきなのはウワサの内容と性質。

 万年桜のウワサは何を優先していたのか思い出す。

 

『|まだ四人が楽しくお花見できる状況じゃないから|』

 

 最初に環さんを起こそうとした時、彼女はそう答えた。

 二回目に起こそうとした時には『四人の幸せな再会を阻むものは誰であっても許さない』とも言っていた。

 つまりは、環さんたち四人組が再会を喜び合える環境を作ることがウワサとして、彼女が守るべき内容。

 それならば……。

 

「あーあ。じゃあ、結局、幸せな再会は無理ってことですね」

 

 ピクリと桜子さんの形のいい眉が動いた。

 

「|……どういうこと?|」

 

「だって、桜子さん知ってますよね。俺の記憶でみかづき荘の皆と環さんがどれだけ仲がいいのか。そんな人たちが自分が寝ていた間に死んだって知ったら、絶望する。絶対に」

 

「……………」

 

 押し黙った彼女へ俺は更に続けた。

 

「ういちゃんもきっと自分を助けたせいでお姉ちゃんの友達が死んだって知ったら、傷付くだろうなぁ。ああ、きっと後悔するなぁ、うん」

 

 思案するように桜子さんは、顎へ指を当てる仕草をする。

 本当に悩んでいるのか、そういう人間的な動作をしているだけなのかは分からない。

 少なくとも最適解の一言で切り捨てていないということは、彼女自身にとって無視できない情報だということ。

 ここまで来れば、もはや後はダメ押し。

 

「きっと里見灯花も柊ねむも責任を感じると思うなぁ! ああ、間違いなく、すっごい感じる! 二人とも本当は心優しい子たちだからぁ! あーもう、駄目だ! 絶対絶対ぜ~ったい再会を喜べなくなるぅ! そうに決まってるぅぅ~!」

 

 マギウス二人の性格なんてほとんど知らないし、ひょっとしたら親しい相手以外はどうでもいいと考えているかもしれない。

 だけど、この際、事実はどうでもいい。

 重要なのはそうかもしれないと相手に思わせること。

 万年桜のウワサが、その内容に抵触すると認識させる。

 

「ああぁぁぁ! 可哀想! 環さんたち、なんて可哀想なんだぁ! 四人が再会を喜べることなんて永遠に来ないんだぁ! お花見なんて楽しむ余裕なんてないに違いないぃ~~~~!」

 

 大袈裟に声を張って叫ぶ。

 謎沢クンをしている時に鍛えられた肺活量で(わけ)き散らす。

 

「あ、違いないったら違いないぃぃぃ……ふぉごっ!?」

 

 

 更に叫ぼうとした時、右フックが飛んできた。

 キレのいい拳は俺の左頬を抉り、草原の絨毯(じゅうたん)へと転がす。

 青臭い草の匂いを感じながら、俺は仰向けに倒された。

 

「|うるさい|」

 

 順当なお叱りコメントだった。

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 調子に乗り過ぎた。というか、自分でも止まり時を見失っていたので止めてもらえて良かった。

 結構な痛みはあるものの、頬が腫れるほどでもない辺り、かなり加減してくれたようだ。

 

「|あなたの発言も間違いじゃない。でも、私にとって四人の生命活動が一番の優先事項。ここは譲れない|」

 

 ひっくり返った俺に桜子さんはそう答えた。

 自分なりに頑張ったつもりだったが、ヌルオさんのように相手の行動をコントロールするのは無理だったようだ。

 作り物じみた美しい青空の一部から覗く銀の街を見上げて脱力する。

 このまま、上条の結界が消滅するのを指を咥えて眺めていることしかできないのか。

 無力感に打ちひしがれていると、ザクっと顔の横に何かが突き刺さる。

 

「……うぉわっ何これ、びっくりしたぁ!」

 

 一瞬何が起きたのか分からず、硬直したが、顔のすぐ真横に棒状の物体を突き立てられたと気付いて、慌てて上半身を起こして後ずさった。

 地面に突き立てられたのは、一メートルくらいの木の枝だった。

 よく目を凝らすと枝を囲むように開花前の桜の(つぼみ)がいくつも付いている。

 枝の傍までやって来た桜子さんが腕を組み、仁王立ちする。

 

「|だから、あなたに任せることにした|」

 

「はい……?」

 

「|四人の再会が祝福できるものになるよう、あなたにあの街の対処を任せる|」

 

 事もなげに言う彼女に俺は言葉を失った。

 まさか、このウワサ……俺に一人で上条の結界をどうにかしろと言っているのか?

 あの神浜市を覆うほど馬鹿でかいものを、何の特別な力も持たない俺に解決しろと本気で言っているのか?

 

「|その枝は私の魔力の一部。ただの人間なら結界内に呼ばれないけど、それを持っていれば魔法少女と勘違いして、向こうから(さら)いに来るはず|」

 

 俺が何も言わないのを無言の肯定と受け取ったらしく、彼女は一方的に喋り続けている。

 いや、待って。それは流石に酷くないか。

 せめて、一緒に来てくれるとか、そのくらいあってもいいんじゃないだろうか。

 

「|健闘を祈ってる|」

 

「ええ……」

 

 その言葉の後、一瞬で巨大な桜の木のある草原から、寂れたシャッターだらけの商店街に変わっていた。

 この場所は見覚えがある。

 確か、『フクロウ幸運水のウワサ』を探していた時に行った工匠区のシャッター街だ。

 いつの間にか右手には蕾の付いた枝を握り締めている。

 どうやら勝手に検討を祈られて、ウワサ空間から追い出されたらしい。

 ウワサの入り口なった場所さえ周囲には見当たらない。

 色々と諦めて立ち上がろうとしたその時、真上に大きな銀の球体が浮かんでいた。

 

「ええ!?」

 

 立ち上がる暇もなく、覆い被さってくる銀の球体に呑み込まれ、俺の意識は再び途切れた。

 




当初は普通にいろはたちと向かう想定で考えていましたが、それだと中沢君が魔法少女たちに守られる展開ばかりになるので、急遽変更しました。
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