ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第三十七話『中沢君と幸福の揺り籠』③

「それじゃ先日行った抜き打ちテストの答案用紙を返却をして行くぞ。名前を呼ばれた奴から順に取りに来い」

 

 教室に先生の声が響く。

 教室……テスト……。

 そうだった。確か今日は採点されたテストが返ってくる日だ。

 俺は自分の席で名前を呼ばれるのを待つ。

 何点だろうか。良い点だといいな。

 

「佐藤……、三十七点。赤点ギリギリだぞ。空欄が多すぎる。もっと頑張れ。次、下村……八十九点。なかなか良い成績だが、ケアレスミスが目立つ。見直しをしっかりやって満点を目指せ」

 

 渡されたテストの点数と講評が口頭で明かされる。

 最悪だ……。クラスメイトの全員に成績がバラされるなんて。もし点数が低かったら笑いものにされてしまう。

 俺は、名前を呼ばれる瞬間を死刑宣告を待つ囚人の心持ちで椅子に座り続けた。

 

「次、中沢……。おーい、中沢」

 

「は、はい!」

 

 どうかそれなりに見れた点であってくれ。

 そう願いながら俺は答案用紙を取りに行く。

 目を瞑って、先生に渡された答案用紙を受け取ると、恐る恐る目蓋を開いて点数を確認する。

 

 500/100

 

 名前の横にある数字を見て、理解できずに二度見した。

 先生が当たり前のように点数を読み上げる。

 

「五百点。スペシャルボーナス配点で満点を大幅に超えたな。凄いぞ、中沢。お前は天才だ」

 

「は……?」

 

 五百点? 百点満点のテストで、五百点?

 スペシャルボーナス配点って何?

 俺の頭の中には(おびただ)しい数のクエッションマークで埋め尽くされる。

 しかし、誇らしげに俺を眺める先生の顔を見て、自分が凄いことをしたのではないかと思い直した。

 

「ど、どうもありがとうございます」

 

 まだ実感が湧かないまでも褒められ、次第に気分が良くなっていく。

 天才。俺って天才だったのか!

 後頭部を搔きながらお礼を言うと、先生は満足げに頷く。

 

「誰よりも高得点を叩き出しておきながら、謙虚な態度。性格まで素晴らしいな。よし、皆、中沢に拍手だ」

 

 クラスメイトが一斉に拍手を始める。

 拍手を向けられた相手は俺だ。俺がクラスメイト全員に拍手されている。

 

「凄いぞ、中沢」「お前は天才だ」「よっ、アンタが大将!」「中沢君、かっこいいー!」

 

 羨望の眼差しが集中して向けられている。

 俺は凄いんだ。天才なんだ。皆に認められる存在なんだ。

 

「ははは……。どうもどうもー」

 

 とても気分が爽快だった。

 学校でこんなに気持ちが高まったことなんてあっただろうか。

 拍手の音に囲まれながら、俺は意気揚々と自分の席に戻っていった。

 次の授業は何だっただろうか。早く俺の天才ぶりを発揮して、皆に見てもらいたい。

 そればかりが頭の中に浮かんでいた。

 

 

 ♩♩♩

 

 

 勉強だけじゃない。俺はスポーツだって万能だった。

 体育の授業で行われたサッカーの試合で俺はフォワードを任された。

 相手ゴールまであと少し。チームメイトからボールが最高のタイミングで回ってくる。

 ディフェンスを華麗に掻い潜り、ゴールキーパー目前までボールを運ぶ。

 

「ここだぁー!」

 

 爪先でボールを高く浮かしてから、大きくジャンプ。

 宙を駆けるようにボールを蹴り出す。

 凄まじい速さで撃ち出されたボールが、ゴールキーパーの指先を掠めながらネットを揺らした。

 

「クリティカルジャストシュート五十点! 試合終了!」

 

 審判のホイッスルで試合終了が決定された。

 試合は250ー2で俺のチームが圧勝。勝因は当然、俺がクリティカルジャストシュートを連発したことだった。

 散々身体を動かしたというのに疲れはなく、体力はまったく減っていない。

 

「やったな、中沢! お前のおかげだ」「これだけの才能、腐らせるのはもったいないよ。ぜひサッカー部に入ってくれ。中沢ならエース確定だ」「おいおい、こいつはサッカーなんかで留まる天才じゃないんだよ。野球部に入ろうぜ。お前ならピッチャーでもバッターでもナンバーワンだ」「いやいや、中沢君のジャンプ力と足の速さを活かせるのは、ここは陸上部しかないでしょ! ってことで陸上部に入部しよう!」

 

 チームメイトに囲まれ、色んな部活に誘われる。

 俺としては皆の期待に応えてあげたいところだが、一つの部活に入ると他の部活の人に申し訳ないので、必要な時に助っ人で参加することで納得してもらった。

 その後の授業でも俺は実力を余すことなく見せつけ、昼休みに俺のファンだという女子たちから手作り弁当攻撃を受けるという嬉しくも大変な思いをした。

 最高の学園生活を満喫して、悠々と校門から出て行こうとすると、黒塗りのリムジンが停まっているのが見えた。傍にはスーツ姿の老紳士が立っていて、俺を見つけると恭しくお辞儀をする。

 

「お待ちしておりました。坊ちゃま。さあ、ご帰宅致しましょう」

 

「えーと……(じい)や! 爺やだよね!」

 

「はい、爺やでございます。お乗りください、坊ちゃま」

 

 口元に白いカイゼル髭を(たくわ)えたこのお爺さんは、代々中沢家に仕えている爺やだ。

 俺は爺やに促されるままに、リムジンへと乗り込む。

 ふかふかのシートの脇には大きなタブレット端末が置かれていた。

 俺はそれを取って座ると、暗証番号を入れる。ホーム画面にあるアプリを開いて起動した。

 同時に足元のスペースに設置されている小型の冷蔵庫の中から、常備されていた高級カップアイスを一つ取り出して、スプーンで食べる。

 ひんやりとした甘さが口の中に広がった。

 味はやっぱりロイヤルミルクティーに限る。まろやかな味でありながらバニラのように安っぽさがない。

 アイスを味わいつつ、片手でお気に入りのアプリゲームの十連ガチャを回す。

 軽快なシステム音と共に星マークがたくさん並んだ可愛らしいキャラクターのイラストが立て続けに表示されていく。

 十体とも『アルティメット・アメイジング・スペシャルレア』のキャラクターだった。当然の如く、被りはない。ピックアップキャラはもちろん、持っていなかったすり抜けキャラまで手に入った。

 一番見た目が好みのキャラクターを素材で強化していると、運転している爺やが語りかけて来る。

 

「坊ちゃま。学校生活は如何(いかが)ですか? 楽しんでいらっしゃいますか?」

 

「うん。まあ、凄く楽しいよ。皆、俺のこと認めてくれるし」

 

 期間限定のイベントがやっていることに気付いて、操作しながら生返事を返した。

 

「そうでしょうそうでしょう。坊ちゃまは生まれながらにして特別な方なのです。周りの方々から尊敬され、慕われるべき人間なのです」

 

 バックミラーに映る爺やは上品な笑みを浮かべていた。

 俺は特別か。そうかな……いや、そうなんだ。

 現に爺やのいう通り、俺は尊敬されて、慕われている。

 これ以上にないくらい特別な人間。

 テストの点数は百点満点で五百点だし、サッカーでもクリティカルジャストシュート連発だし、ゲームでもアルティメットアメイジングスペシャルレアを引き当ててる。

 勉強ができて、スポーツ万能で、運だって誰よりも良い。

 俺は特別。

 誰よりも認められる人間。

 ……そのはずだ。

 

「爺や。俺は本当に特別な人間なのかな?」

 

「もちろんでございます。坊ちゃまほど素晴らしい方がこの世に居られますか? 坊ちゃまは誰もが羨む恵まれた存在なのですよ。いずれ中沢コンツェルンを背負って立つ、社会の希望。中沢の“中”は、中心の“中”なのです」

 

 そうだ。俺は世界でトップクラスの企業、中沢コンツェルンの御曹司で、社会の希望。この世の中心。

 誰よりも恵まれた存在……。

 誰よりも恵まれた………………存在?

 本当に。

 本当に──そうなのか?

 確かに今、俺は凄く幸せだ。こんなにも充実した日常を送れる人間なんて俺以外には居ないだろう。

 けれど。

 けれど、何かが違う。

 何か、もっと別のものを俺は知っている気がする。

 特別でも、恵まれてもいなかったけれど、俺は何かを持っていた気がする。

 

「……坊ちゃま? どうかされましたか?」

 

「いや、爺や。俺さ、なんかこう上手く言えないんだけど、違う気がするんだ」

 

「坊ちゃま?」

 

 タブレット端末もアイスのカップも脇に置いて、手で顔を押さえる。

 言語化できないこのもどかしさの正体を探る。

 分からない。思い浮かばない。でも、確かにこの気持ちは勘違いではない。

 誰かに、誰かに言ってもらった言葉。

 

『まあ、簡単にいうと“ちょうどいい”ってことだよ』

 

「……!」

 

 誰かの言葉を思い出し、俺は目を大きく見開いた。

 “ちょうどいい”……ちょうどいいだ。これは、誰にいつ言われた台詞だった?

 頭の中からこの台詞に関連する情報を必死で漁る。

 

「……坊ちゃま?」

 

 爺やに声を掛けられたが、それに応える余裕はない。

 この台詞を言ったのは、言ってくれたのは一体誰だった?

 

『僕はどちらかというと中庸(ちゅうよう)の中だと思うよ』

 

 中庸とは、極端に(かたよ)ることなく、中立で正しく筋が通り、調和が取れている考え方。

 

「…………そうか。そうだったな」

 

 爺やが心配そうにミラー越しで俺を見つめる。

 

「坊ちゃま、如何されました? 体調が優れないのですか?」

 

「爺や。『中沢の中は、中心の中』って言ってたけど、それは違うよ。全然違う」

 

「坊ちゃま」

 

 中沢の“中”は……。

 

「中途半端の中でも、中心の中でもない。──中庸の中だ!」

 

 俺は右手に()()()()()()()桜の木の枝を車内で高く掲げた。

 すると、枝に付いた蕾が花開き、眩い桜色の光を花弁から放ち始める。

 

「坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃまボッチャマぼっちゃまブオッチャマままままままままままままままままままま──────」

 

 タブレット端末もアイスのカップも、黒塗りのリムジンも、運転主の爺やまでもが銀色の液体に変わり果てる。次第に形を保てず、ドロドロと零れるように崩壊していった。

 これは夢だ。幻だ。

 誰もが俺を認める世界なんて本物じゃない。

 そんな都合のいい世界じゃなくたっていい。

 

『信じてるよ、中沢アキラ君』

 

 本当に欲しいものはとっくの昔に手に入れている。

 

「一番認められたい人には、もう認めてもらってるんだよ!」

 

 融けていく世界が一際激しく歪み、濁った液体の中へと変化した。

 いや、違う。俺はずっとこの液体の中に居たのだ。

 握った桜の枝が急激に太くなり、上に向かって伸びる。

 俺は上へと伸び続ける枝から振り落とされないように、身体ごとしがみ付いた。

 ほとんど幹と言ってもおかしくないほど立派に成長した枝の直進に任せて、移動する。

 

「っぷはっ!」

 

 濁った液体の一番上澄みまで来ると、枝と共に外へと飛び出した。

 冷たい外気が俺に、現実の感覚を与えてくる。

 ()()へ顔を向けた先には、明かりの付いた神浜市の街並みが逆さまになって見えた。

 俺は自分が今居る場所を把握する。

 ここがあの銀の街。上条が創り出した結界の表層。

 

「あれ!? ……ここって」

 

 周囲を見渡して、俺はあることに気が付いたが、それは今は置いておく。

 枝から恐る恐る降りて、銀の地面へと足を付けるとしっかりと感触があった。

 液体から固体に変化しているのを確認した後、俺は銀の街へ下りる。

 俺が下りた直後、今まで身体を預けていた桜の木は急速に枯れ始め、ドロドロに融け落ちて地面へ吸収された。

 魔力を使い果たしたというより、融合の魔法によって分解された様子だ。

 最低限の役割はこなしてくれたものの、これで本当に俺には何の道具もなくなってしまった。

 桜子さんには色々と文句を言いたいところだが、それも生きて戻れたらの話。

 

「さて、ここからが正念場だ。……マジでどうしよっかなぁ」

 

 ただ幸か不幸か、さっきの情報からここがどういう場所なのかは大体把握できた。

 この場所は魔法少女に夢を見せている。

 多分、その人本人が理想とする世界を生み出して、体感させているのだろう。

 一度入れば魔法少女は帰って来られないと桜子さんが言っていたのも頷けた。

 ここは理想郷。

 魔法少女のためだけに創られた優しい世界。

 俺はこの結界に、上条らしさを感じられてならなかった。

 桜子さんは、ういちゃんを捕らえるために創ったと言っていたが、それは違う気がする。

 あいつはただ、本当に幸せな世界を見て欲しかっただけだ。

 それがただ夢や幻だとしても、ほんの少しでも幸福でいてほしいと願ったのだ。

 

「だけどさ、上条。これがお前の本当にやりたいことだとは、俺、思えないよ……」

 

 誰に聞かせる訳でもない台詞が自然と口から零れた。

 のんびりもしてられない。俺は俺にできることを全力で実行する。

 それが俺にとっての“ちょうどいい”方法だ。

 まずは、さっきの俺と同じように都合の良い世界へ取り込まれている魔法少女が居る場所を見つける。あとは野となれ山となれ、だ。

 何一つ持っていない俺だったが、覚悟を決めて銀の街を進む。

 




中沢君の望む世界は小学生が考えるような、理想的の世界として描きました。
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