味方だ。
とにかく、今の俺には頼りになる味方がほしい。だが、現状を正しく理解して、狼狽えない強靭な精神を持っていないと錯乱して暴走する可能性が高い。
強くて頭が切れて、心の強い魔法少女。
そこまでくれば、自然と選択肢は限られてくる。
七海さんだ。
最初に目覚めさせるべき魔法少女は七海さんしか居ない。
七海さんが力を貸してくれさえすれば、他の魔法少女も起こすのはずっと楽になるだろう。
とはいえ、銀の街を歩き回っているものの、人の気配はまったく感じられない。
適当な道路や壁を時折り、叩いてみるが、硬い感触が返ってくるだけで内側へ入れそうにはなかった。
ただ、どの場所も感触が同じという訳でもない。
場所によって微妙に硬さの質感が異なっているのだ。
例えば、建物の壁は金属のような質感だが、道路の方は分厚いガラスのような質感をしている。
俺が地面から出て来たことを考えても、魔法少女が囚われているのは多分、地中というか街の真下と見ていい。
ならばと思って、思い切り踏んだりしているのだが、俺の力ではびくともしない。
魔法少女の力を借りたいところだが、そもそもその魔法少女の力を借りるには地表を砕いて助け出す必要があるというジレンマ。
まあ、つまり、どういうことかと言いますと……。
「詰んだ……俺の冒険はここで終わってしまったんだぁ」
地面に四つん這いになって、俺は打ちひしがれる。
うう……ごめん、ヌルオさん。俺、頑張ったけど、もう手出しのしようがない……。
「……ん?」
地面へ付けた手のひらに違和感を覚えた。
一箇所だけ手触りが他とは違う。分厚いガラスというよりも、これは──。
「滑らかな手触り。布か、これ?」
硬めの布をピンと張り詰めたような手触りと弾力。
見た目では判別できないが、直接触れればその違いは明らかだった。
境界線がなく、長さを測るものもないので、おおよそでしかないが縦幅三十センチ、横幅二十センチ程度のサイズの場所。
ここだけは他よりも、層が薄い。
意図せず、地面へ手で触れなければ永遠に気付けなかっただろう。
これなら、行けるかも……!
俺は意を決して、立ち上がり、薄い層の真上に両足を乗せる。そして、その場で大きくジャンプをして、地面を踏み締めた。
その途端、ビリッという音と共に足元の布地のような地面へ亀裂が走る。
もう一押し!
再度、跳ねてから踏み付けた。亀裂の入っていた薄い層は、とうとう激しく音を立てて破ける。
やったぞ!
しかし、喜んだのも束の間、足場だった薄い層が破けた瞬間に俺の身体は支えを失い、そのまま落下する。
ある意味当然の結末なのだが、偶然掴んだチャンスに喜び勇んでいた数秒前の俺は、少し考えれば思い至る結果すら考えていなかった。
「ほああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
浮遊感を味わった後、真下へ引きずり込まれる。
だが、完全に落ち切る前に両腕をつっかえ棒にしてどうにか寸前で留まった。
「どっ、ぉわっ、ぉっつうぅ……」
代わりに肘を激しく端の地面へぶつけてしまう。
衝撃が骨にまで響き渡り、あまりの痛みに悶絶しかけた。反射的に涙と鼻水が滲み出る。
足の下には空洞が広がっているようで、足場になるようなものはない。
俺が最初に居た濁った液体さえもなく、しっかりと重力が働いている。
何とか地面へしがみ付いているものの、自重でずるずると亀裂の中へと身体がずり落ちていた。
俺が馬鹿だった。
地面の下は液体で満たされているものとばかり思っていたので、まさかこんなにも垂直に落下するとは想像もしていなかった。
落下距離がめちゃくちゃ長かったら、落ちて死ぬんじゃないか、これ……。
こんなファンタジーな所に来て、現実的な死の恐怖に直面するって一体どうなってんだよ!?
「た、助けてぇぇ! 誰か、助けてぇぇぇ!!」
見っともなく、助けを呼ぶ。
俺なりに頑張るとか一丁前に言っておいて、情けなく悲鳴を上げていた。
しかし、無人の街で叫んだところで、助けなど来るはずもなく……。
「たすっ、たすけっ……おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
あっけなく滑り落ちて、俺はそのまま真っ直ぐ落下した。
あ。これ、死んだ……。
脳が冷静に自分の死を確信する。
♩♩♩
「いたぁ……く、ない?」
落ちた先の地面。つまり、結界の内側の大地へ激突した俺だったが、まったくと言っていいほど痛みは感じなかった。
ただし、感覚のすべて消えた訳ではなく、触れている地面の硬さも身体を動かしている感覚も残っている。
痛みだけがない。
表層の時は普通に痛み感じていたはずなのに、だ。
恐らくだが、これは精神的な空間……俺が最初に居たあの都合の良い世界と同じ種類の場所へ侵入できた証なのではないだろうか。
そこで俺はハッとして、気付く。
もしその予想が正しければ、うかうかしている内にまた意識まで持っていかれてしまう可能性がある。
「俺は中沢アキラ、十四歳! ごく平凡な中学二年生! 好きなものはミルクティー味のアイス!」
自分を見失わないよう、プロフィールを声に出す。
よし、大丈夫だ。俺は自分を見失ってない。
安心したところで立ち上がって、周囲を見渡した。
いくつもの絵で覆われた広大な空間。壁や床、果ては天井にまで所狭しと絵画が張り付けられている。
画廊や美術館というにはあまりにも無造作に飾り気なく、キャンバスの状態で放置されていた。
その絵のどれもが、グロテスクで退廃的な作風のもの。
骨や腐乱死体を対象として描いた作品ばかりで、有り
「何だ、ここ……」
思い返せば色々とおかしな部分があった俺の幻想の世界でさえ、この場所と比べれば現実感があった。
景色そのものもそうだが、縮尺がおかしい。
体育館五十個分はあろう異様な広さ。天井なんて十数階建てのビルよりも高い。俺はあそこから落ちて来たのか。
よく無事だったな、俺……。
多分、天井に埋め込まれたキャンバスの一つが表層に面していたのだろう。それならあの布地のような手触りと手狭なサイズに納得が行く。
いやいや、上を見上げて呆然としている場合じゃない!
首を思い切り、左右に振って気合を入れ直す。
とりあえず、この空間に魔法少女が囚われているなら探し出して起こす必要がある。
俺は改めて、悪趣味な絵画の空間を探索し始めた。
ウワサの空間は中心に、魔女の結界は最奥に、本体となる存在が居る。俺が落ちてきた地点がどこなのか分からないが、奥ではないのなら壁と反対側に進んだ方がいいだろう。
ヌルオさんと一緒に戦った経験が俺の指針となっていた。
悪趣味とはいえ、絵をわざわざ踏むのは気が引けたので、キャンパスとキャンパスの隙間を縫うようにして歩く。
「お……?」
しばらく、そうして歩いていると足元に絵が描かれたキャンパス以外のものを発見した。
近寄ってみると、それは単行本サイズの漫画だった。
「マジカル……駄目だ、読めない。日本語じゃないのか?」
少女漫画のようなデザインだが、タイトルは途中で捻じれて歪んだような文字になっている。
例えるなら、文章の途中で飽きて、絵に切り替えたような、文字と絵の中間のような何か。
テレビで見たヒエログリフを更に抽象的に描いたような感じだ。
表紙の絵も途中までは可愛い女の子の絵なのだが、顔の半分辺りから白骨化している。
周囲の絵といい、どんだけ骨が好きなんだよ……。
気分がげんなりする。どう考えてもまともな精神している魔法少女じゃない。
……まともじゃない魔法少女。
絵画。芸術。……アート。
覚えがあった。
そんな魔法少女を一人だけ俺は知っている。
「だーれ? アリナのアトリエに忍び込んだバッドなマウスは?」
真横から気怠げな声がした。
そちらの方へ顔を向ける前に後頭部を掴まれ、足元にあったキャンパスへ顔面を叩き付けられる。
「うぶっ!?」
痛みこそしなかったが、顔面がキャンパスにめり込み、若干の息苦しさを感じた。
口や鼻が床に埋まっているのに、あくまでも息が苦しい程度で
これは多分、この空間の性質だ。表層で同じことをされていたら、誇張ではなく死んでいただろう。
「聞いてるー? アリナのクエッションにアンサーしてほしいんですケド?」
皮肉でなく、本気で答えさせたいなら、まず俺の頭を押し付けている手をすぐに離してほしい。
そう口に出して言いたいが、残念ながら俺の口はキャンパスに埋まっていた。
「ふーん。どうしてもアンサーする気はないってワケ? 意外と強情」
ありまーす! アンサーする気、めちゃくちゃありまーす! だから、手を離してくださーい!!
手探りで床をバシバシ叩いて、止めてくれるように訴えるが、まるで通じている気がしない。
「まあ、それならこのまま、アリナのアートの材料になってもらうだけだヨネ」
嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
どう希望的に考えても
助けてぇ! 誰か話の通じる人呼んでぇ!
手足を更にバタつかさせて
「あれー……ひょっとしてボイスが出ないだけ?」
ようやく、俺の状況に理解を示してくれたらしく、彼女が聞いてくる。
そうですー! そうなんですー! だから、早く手を離してください! 殺さないでください!
内心で命乞いをするが、彼女からの返答は素っ気ないものだった。
「まあ、いいか。材料で」
良くない良くない。全然良くない!
バッドです! ベリーベリーバッドです!
死の予感がどんどん濃くなってくる。物騒なアートにされて死ぬなんて嫌過ぎるにも程がある。
だが、絶体絶命の危機で聞こえたのは
「アリナ。まだ制作の途中だけど、もう終わりにするの? それならモデルは中断していい?」
この、喋り方……まさか。
いや、そんな訳……。
押し付けれていた手が離れ、やや
「いやいやいや、それはちょーっとウェイトしてほしいんですケド。まだ描き終えてないモデルが勝手にストップしないでヨネ、“ヌルオ”」
──ヌルオ。
そうアリナは名前を呼んだ。
めり込んでいたキャンパスから顔を引き抜き、急いで見渡した。
そして、見つける。
白いラウンドテーブルの上で、片膝を抱えるようにして座るテールコートの人物。
黒で身を固めたその少年はシルクハットのつばで目元が隠されている。
俺はその人のことを忘れたことはなかった。
「ヌルオさん……」
制服姿のアリナ・グレイが不満そうな顔で駆け寄ったのは、俺の敬愛するヌルオさんその人だった。
誰が一番中沢君の味方になってくれなそうな魔法少女だろうか考えた結果がこのキャラでした。