ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第四十話『中沢君と幸福の揺り籠』⑥

 図らずもアリナ・グレイという大幅戦力を味方に付けた俺は、彼女と共にまた別の魔法少女を起こしに向かう。

 彼女の魔法で無理やりこじ開けたトンネルを抜けると、そこにはさっきまで居た場所と比べて、遥かにまともな世界が広がっていた。

 青く清々しい空、理路整然とした街並み。

 

「まともな景色だぁ!」

 

 きっとさぞやまともな思考回路の魔法少女が作り出したに違いない。

 感動して、じわりと涙が(にじ)んでくる。

 心なしか空気もうまい。

 スーッと深呼吸をして楽しんでいると、前を歩いていたアリナ・グレイが振り向きざまに腹へ回し蹴りを入れられる。

 

「げふっ! な、なんで……」

 

 痛みはないが、肺に空気を取り込んでいたせいで、思い切りむせた。

 苦しさも軽減されているのか、すぐに声が出るようになったのは幸いだった。

 

「何で、蹴ったんですかっ!?」

 

「アリナのアトリエが侮蔑されたフィーリングがしたんですケド」

 

「してない、ですよぉ……やだなぁ、ははは」

 

 勘が鋭い……。

 でも、クレイジーだとかマッドだとか自称しているから、この人的に“まともじゃない”は誉め言葉では?

 そんなことを考えていた俺だったが、アリナ・グレイは興味を失くしたようでまた一人でさっさと歩き出す。

 猫みたいな人だ。

 いや、虎とか豹とかそういう凶暴な猫科の生き物の方が近い。

 当然、襲って来る野生動物だ。

 幻影世界ではなかったから良かったものの、現実世界だったら内臓がやられていただろう。

 用心しながら、付き合っていなければこっちの身が持たない。

 

「とりあえず、この世界の魔法少女を探しましょうか」

 

 アリナ・グレイは振り向きもしない。

 うわぁ……辛いなぁ。この人と二人で居るのホント、きつい。

 俺の代わりにアリナ・グレイとコミュニケーションを取ってくれる魔法少女が見つからないものだろうか。

 いや、彼女と多少なりともうまくやっていける魔法少女なんてこの世に居るのか?

 エキセントリックな言動を受け止められる包容力を持った魔法少女。

 

「あ……そういえば一人居た」

 

 というか、実際にある程度関係性を築けていたと本人から聞いたこともあった。

 それなら見つけ出す魔法少女は、彼女を置いて他には居ない。

 

「アリナ・グレイさん。ネクストのプランはですね……あれ? グレイさん?」

 

 少し前を歩いていたあの黄緑色の髪が見えない。

 いつの間にか彼女は忽然(こつぜん)と姿を消していた。

 

「マジかよ……。団体行動できない人じゃん」

 

 仮にも組織を運営していた人間とは思えない協調性の無さ。

 ツアー旅行とか絶対できないタイプだ。小学生時代の彼女と同じ登校班だった人はさぞかし苦労させられたはずだ。

 俺は仕方なく、この世界の魔法少女の前にアリナ・グレイを探すことにした。

 

「アリナ・グレイさーん。どこですかー?」

 

 街の中を見回っては、時折、声を張り、彼女の名前を呼んだ。

 まるで(はぐ)れた迷子の捜索だ。いや、それほど間違ってないのかもしれない。

 

「グレイさーん。アリナ・グレイさーん……まったく、どこ行っちゃったんだか」

 

 一度足を止めて、溜め息を吐く。

 幻影世界は痛みや苦しみだけではなく、体力までも消費されないようで疲れはなかった。

 だが、協調性の欠片もない破綻者、まして嫌っている相手を探すのはどうしようもなく気分が()える。

 

「どうかされたんですか、お兄さん」

 

 声を掛けられ、そちらを向くとちょうど真横の道から俺より一、二歳くらい年下に見える着物の女の子が居た。

 白髪のロングヘアで、頭頂部の髪だけピョンとはねている。温和な顔立ちはどこかで見たような既視感があった。

 

「えっと、……(はぐ)れた人を探しててね。黄緑色の髪で軍人っぽい帽子を被った女の人なんだけど」

 

 例え、作られた世界の住人でもちゃんと話せば、きちんと反応は返ってくる。

 あの頭アッパラパーのアリナ・グレイでさえ、まともな人格のヌルオさんを生み出させたのだから、普通の街並みを形成する魔法少女の世界の住人となら情報収集だって成立するはず。

 そう思って、彼女に聞いてみた。

 

「黄緑色の髪、軍人さんの帽子……すみません。見ていませんね」

 

 申し訳なさそうに答える着物の少女に俺は首を左右へ振って、笑いかけた。

 

「あー、気にしないで気にしないで。別に君のせいじゃないし。俺は中沢。君のお名前は?」

 

「申し遅れました。ワタシはみふゆ。梓みふゆと申します」

 

 ぺこりと行儀よくお辞儀をするみふゆちゃん。

 

「へえー。みふゆちゃんか。俺にも知り合いと同姓同名の人が居てね。言われてみれば、顔立ちも似て…………って梓さんだコレェェェェェ!?」

 

「ひいっ、な、何ですか!?」

 

 怯えるみふゆちゃん改め、幼い梓さんの両肩を思い切り掴み、顔を近付ける。

 勘違いじゃない。

 確かに髪は長いし、どう低めに見積もっても歳だって五歳以上若い。

 それでも、この顔と瞳は俺の知っている彼女と同じ。

 現在最優先で探していた魔法少女、梓みふゆさんその人だった。

 

「梓さん! 俺ですよ! 中沢です! 中沢なんですよ! 思い出してください!」

 

「いやあぁ! 離してっ、離してください! 誰か、来てぇ!」

 

「お、大きな声を出さないで! これじゃ、俺が変質者みたいじゃないですか!」

 

「誰かぁー!」

 

 ヤバい。端から見たら、この状況の絵面がヤバ過ぎる。

 ついテンションが上がって俺が若干暴走してしまったせいだが、幼い梓さんに落ち着いてもらわなければ、色々とまずい。

 

「こら! 貴様、何をやってる!」

 

 曲がり角から自転車に乗った警官が現れ、鬼の形相でこちらに向かって来た。

 だよなぁ! まともな世界ならまともに警察機関が登場するよなぁ!

 逃げようとするよりも素早く、自転車を投げるように降りた警官は及び腰の俺を幼い梓さんから引き剥がす。

 そのまま、腕を後ろから捻り、地面に押し付けられて俺は取り押さえれた。

 

「幼気な少女に暴行しようとするとはこの変態め! 婦女暴行未遂の現行犯で逮捕する!」

 

「いやぁぁぁ! 違うんです! 違うんですぅ! お巡りさん聞いてください! これには訳があるんです!」

 

 一縷(いちる)の望みに賭けて、強面(こわもて)の警官へ訴えかける。

 だが、まともな警官は取り合ってくれない。

 

「理由は署で聞こう」

 

「のおおおおおおぉぉぉぉ!」

 

 目の前から離れて行く幼い梓さんの背を視界の端で捉えながら、俺は絶望の雄叫びを上げた。

 手首にガチャリと()められた手錠の冷たい感触が触れる。

 このまま、警察署に連行されてしまうのか。現実ではないとしてもそれはあまりに辛い。

 愕然とした俺を立たせた警官は、ちょっと待ってろと言って、倒れた自転車を起こしに行った。

 その瞬間、小市民であった少し前の俺なら思いもしなかった考えが過ぎる。

 ……これ、逃げられるのでは?

 そう考えた瞬間、俺は躊躇うことなく、走り出した。

 

「あ、貴様ー! 逃げるのか!?」

 

 梓さんは根が善良なのだろう。

 だから、その理想の世界は根本的なところで、人間性を信じている。

 それがあの警官の対応にも繋がった。

 悪事を起こした人は、素直に捕まるものだという優しい認識があったのだろう。

 後ろ手に手錠をされた状態で走るのは想像よりもずっと難しかったが、次に捕まれば、本当に警察署に連れてかれてしまう。

 自転車では入れそうにない細い隙間を通り、俺は逃げ続けた。

 気分はもう指名手配犯だった。

 無我夢中で警官から逃げ続けた先で、ようやく辿り着いた場所は裏通りに面した駄菓子屋の前。

 気のせいかもしれないが、他の建物よりも輪郭がはっきりしているような気がする。

 

「どこだー! どこへ逃げた変質者ー!」

 

 そこまで遠くない声と共に自転車のホイールが回る音が聞こえる。

 ()いたと思ったのだが、思ったより距離を取ることはできなかったらしい。

 

「うー……ええい、ままよ」

 

 周りを警戒しながら、駄菓子屋の中へと飛び込んだ。

 爪先で引き戸を開けて、室内に入ると先客が居た。

 

「あ……」

 

「あー!」

 

 跳ね毛がある白いロングヘアは見間違える訳もない。

 幼い梓さんだった。

 さあっと顔が青くなる。ここで悲鳴でも上げられた日には完全にアウトだ。

 俺は再び、お巡りさんがやって来て、警察署へ連れて行かれてしまう。

 

「さ、さっきの変質者さん!」

 

「違う! 誤解! そう、誤解なんだよ! 俺は変質者さんでもロリコンさんでもなく、むしろ巨乳の年上好きっていうか……」

 

 口が滑って言わなくてもいいことがボロボロと(こぼ)れ出た。

 ドツボに(はま)るとはまさにこのこと。

 混乱し過ぎて、涙が出てきた。誰か、俺を助けてほしい。

 

「違うんです……信じてください。本当に俺、無実なんですぅ……」

 

「……はあ。信じます。信じますから泣き止んでください」

 

 半泣きでそう訴えると、幼い梓さんは俺の哀れな姿に同情したのか、恐れる価値もないカスだと判断したのか、一応の警戒を解いてくれた。

 年下に舐められる俺の特性(スキル)がこんなところで活きてくるとは思わなかった。

 自分の情けなさが一周回って有用になるとは……。人生って本当に何が起きるか分からない。

 

「あの、ワタシのこと知ってるようでしたけど……」

 

 おずおずと話しかけてくれた彼女に俺は、ホッと胸を撫で下ろして答える。

 

「ああ、それは現実の世界で十九歳の梓さんの知り合いだからだよ」

 

「……はい? アナタ、何を言ってるんですか……?」

 

 近付きかけた距離が一瞬にして、ぐーんと遠ざかった。

 気持ちの悪い狂人を見る目を俺に向ける幼い梓さん。

 ああ、そうだよな。いきなり、そんなことを言って信じてくれた幻影のヌルオさんがイレギュラーだったんだ。

 剥がしてくれた変質者というレッテルが、またぺたりと貼り付けられたのを感じる。

 どうしよう。梓さんから聞いたパーソナルな情報を公開する?

 いや、それだとこの状態の彼女からすれば未来のことだし、仮に当て嵌まっていたとしてもストーカーというレッテルが追加されるだけだ。

 現状、俺は彼女からして気持ちの悪い奴でしかない。この世界が本物ではないことを認めさせるのは無理だ。

 

「と──いうのは流石に冗談で……実は似た名前の人と勘違いしてただけなんだ。本当にごめん」

 

 この説明でもかなり危ない奴だが、それでも妄想を垂れ流している狂人と思われるよりは良いだろう。

 

「似た名前って、どんな名前ですか?」

 

 えっ、そこ聞くんだ。それとも俺が本当のことを言っているのか疑っているのか。

 ちょっとした嘘を誤魔化すために、また妙な嘘を重ねる羽目になった。

 嘘なんか吐くもんじゃないなぁとつくづく感じる。

 

「あ、小豆(あずき)まふゆって人……」

 

「小豆まふゆ……確かに似てますね。それなら仕方ないのかもしれません」

 

 こくこくと小刻みに頷き、彼女は納得してくれた。

 俺がいうのも何だけど、この子、大丈夫か?

 純粋過ぎて、将来、悪い人に騙されて犯罪に加担し……てたな。そういえば。

 マギウスの翼の幹部として、人(さら)いに加担していたことを思い出す。

 

「みふゆちゃんは駄菓子屋に、おやつでも買いに来たのか?」

 

 とりあえずは会話して情報を集めよう。

 何か現実を想起させるキーワードになるようなものを引き出されば、運よく目を覚ましてくれるかもしれない。

 幼い梓さんは少し言おうか迷ってから、俺の質問に答えてくれた。

 

「やっちゃんと……友達と待ち合わせしてるんです」

 

 やっちゃん。七海さんのあだ名だ。

 七海さんとは昔からの付き合いだったと聞いていたが、こんな前から友達だったのか。

 いや、幻影世界だから現実とは違っている可能性もあるが、彼女としてはこの状況が都合の良い世界なのは確かだ。

 考えるべき点はそこにある。

 どうして、梓さんはわざわざ幼い頃の自分を理想としたのか。

 

「へえ。友達と待ち合わせか。楽しそうでいいね」

 

「はい……。習い事を九つもやっているので、なかなか遊べませんけど、すっごく楽しみです」

 

 習い事、九つって多いな。天音月夜も習い事をいくつもやらされているとヌルオさんに愚痴を言っていたが、それ以上だ。

 俺なら絶対途中で泣いて親に辞めさせてくれるよう頼み込む。

 それでも、この過去を理想としたのはなぜなのか。

 

「お友達、やっちゃんだっけ? 仲良いんだね。親友ってやつかな?」

 

「そうですね。はい、ワタシとやっちゃんは親友同士です。これからもずっと仲良くしていこうって約束してるんです」

 

 彼女は一番ハキハキと答える。

 そうか。梓さんは()()()()()()()()()()()を望んでいるのだ。

 一度途切れ、結び直した未来にではなく、まだ何も知らなかったこの頃に希望を見出したのだ。

 俺がそう考え至った時、外で大きな悲鳴が上がった。

 

「今の声……やっちゃん!?」

 

 幼い梓さんは俺の脇を通り抜けて、駄菓子屋から飛び出す。

 俺も続いて開かれた引き戸から退出する。

 裏通りでは、ショートカットの少女がアリナ・グレイによって首を掴まれ宙吊りにされていた。

 

「なぁっ、アリナ・グレイさん!? あんた、何やってんですか!?」

 

 まだ幼い少女の首を片手で掴み上げているアリナ・グレイは、面倒そうにこちらへ視線を向ける。

 

「中沢か。ウォッチしてアンダスタンできないなら放っておいてほしいんだヨネ。シンプル イズ ベスト。ドリームを見てる魔法少女の可能性がある奴をプレスしてけば、このワールドもディストラクションできるって寸法なんだカラ」

 

 魔法少女の可能性がある少女を手当たり次第に傷付けてきたってことか。

 物理的な干渉で目を覚まさせるにしても、暴力的過ぎる……!

 

「や、やっちゃんに酷いことしないでください!」

 

 幼い梓さんの言葉で俺は、アリナ・グレイに掴まれている少女が幼い頃の七海さんだと気付いた。

 俺はアリナ・グレイに向かって叫ぶ。

 

「そうです! やめてください! そんな乱暴な方法しなくたって、ちゃんと説明して目を覚ましてもらえばいいだけです!」

 

 例え、幼い七海さんが本物でも、偽物でも関係ない。

 その行為で傷付く人が居るなら、俺はそれを見過ごせない。

 

「ノイジー過ぎるんだヨネ。アリナのやり方に文句があるなら、力づくでストップさせてみればいいだけなんだカラ」

 

「そんな……」

 

 泣きそうな顔をする幼い梓さんに俺は、心を決めた。

 後ろで手錠を嵌められたままだが、知ったことか。

 お望み通り、やってやる!

 

「うおおおぉぉぉ! やめろぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 不格好な姿勢で駆け出した。

 アリナ・グレイに頭突きするべく、突進する。

 しかし、衝突まであと、数メートルというとことで黄緑色の立方体が生み出され、俺の頬へと打ち付けられた。

 

「ほぐっ」

 

 真横から殴られたような衝撃に俺は無様に吹き飛び、転がった。

 いつも通り、痛みや怪我はないが、走っていた途中で横転したことでコンクリートの道路を滑る。

 腕が使えないせいで起き上がることも叶わない。

 アリナ・グレイはそんな俺をゴミでも見るかのように(さげす)んだ。

 

「……あり得ない無様さなんですケド?」

 

 俺は大きく息を吸い込んでから、喉から声を(ほとばし)らせる。

 

「お巡りさぁぁぁぁぁぁぁん! こぉこぉにぃぃ! 悪人が居まぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす! 助けてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 

「は?」

 

 彼女は理解不能だというように俺を見下ろして疑問符を浮かべた。

 だが、俺は耳を澄ませて待つ。

 そして、一拍の後、自転車のホイールの音がその場に到着した。

 そう、──俺はこれを待っていた。

 

「悪人はどこだー!」

 

 強面の警官(ヒーロー)がここに見参する。

 変質者(おれ)を探し回していた彼は、すぐ近くを巡回していたのだ。

 警官はその場の様子から、状況を即座に察知すると自転車から降り、アリナ・グレイへと向かった。

 行っけぇー、お巡りさん! 国家権力の本気を見せてくれ!

 

「おい、貴様! 今すぐ、その少女から手を離……」

 

ノイジー(うるさい)!」

 

 分割された立方体から放たれた黄緑色の光線を受け、警官はあえなく頭部を撃ち抜かれる。

 首から上がなくなった彼はぐらりと揺れ、地面に崩れた。

 お、お巡りさーーーーん!

 偽物の世界だと知っていても、人間の頭を逡巡(しゅんじゅん)なく、破壊できるこいつは倫理観が致命的に欠如している。

 しかし、警官の犠牲は決して無駄ではなかった。

 アリナ・グレイの意識が俺から()れた瞬間から、俺は地面を転がって移動していた。

 転がり、回転エネルギーを溜めに溜めた蹴りをアリナ・グレイの(すね)へぶつける。

 喰らえ! ローリングゴロゴロキーック!

 べしっと寝そべった姿勢から放たれた蹴りが衝突した。

 

「……気分は済んだヨネ?」

 

 魔法少女の中でも強者に位置する彼女の脚は微塵も揺れなかった。

 明らかな怒りの色が瞳に(こも)っている。

 

「へ、へへ……」

 

 引きつった笑みが漏れた。

 だが、それこそが俺の狙い。

 

「……っ!」

 

 完全に意識の外へと置かれた幼い梓さんが、アリナ・グレイの死角から幼い七海さんへ跳び付いた。

 信じていた。

 梓さんなら魔法少女であったことを忘れていたとしても、大切な親友を助ける機会を見逃さないと。

 喉を押さえてむせる幼い七海さんの背中を幼い梓さんが支える。

 

「やっちゃん、大丈夫ですか?」

 

「ありがとう、みふゆ……」

 

 呼吸を整えて、感謝する幼い七海さんに幼い梓さんが答えた。

 

「何言っているんですか、やっちゃん。ワタシはいつも守ってくれるやっちゃんを守るために……守るために……?」

 

「みふゆ?」

 

 何かに違和感を持った様子の彼女はハッと目を見開く。

 

「そう、です。ワタシは少しでも強く、一人前の魔法少女になれるよう……誓ったんです! やっちゃんを守れるようにって!」

 

 首元に現れた(にび)色の宝石が輝く。

 (ほとばし)る光が彼女の姿を成長させ、魔法少女の衣装に変えた。

 代わりに長かった白い髪が短くなる。

 幼い七海さんはそんな梓さんを驚きの表情で見つめていた。

 

「みふゆ……貴女……姿が」

 

「ええ。やっちゃん。これが()()()()()なんです。十九歳の梓みふゆなんです」

 

 呆然とする彼女へ少しだけ悲しそうに梓さんは微笑んだ。

 幼い七海さんの手を包むように、両手で握る。

 

「酷いこともたくさんしました。悪いこともたくさん重ねました。一度はやっちゃんとも(たもと)を分かちました」

 

「みふゆは……今の自分が嫌いなの?」

 

「どうでしょう。好き、ではないですね。でも、好きになりたいです。これ以上、嫌いにはなりたくないです……だから」

 

 幼き日の親友に彼女は誓う。

 

「だから、行って来ようと思います」

 

「どこへ?」

 

「ワタシが一度は目を背けた場所。ワタシが背負うべきだったものを背負わせてしまった男の子の元に」

 

 梓さんがどうして、幼い自分の世界を理想とした意味がやっと理解できた。

 彼女のとって、マギウスの翼は一番目を背けたい部分。

 罪の証。友情の破局の象徴。

 そして、上条への罪悪感そのもの。

 

「もし、すべてがうまく終わったら現実のやっちゃんとまた駄菓子を食べたいです」

 

「みふゆ……うまく言えないけど。頑張って来て」

 

 幼いやちよさんには、分からないことの方が多いだろう。

 それでも笑って送り出す。

 本物か、偽物かなんてことは、この場に置いて無粋なだけだ。

 

「はい。頑張ります」

 

 微笑む梓さんの前で緩やかに銀の液体へと変わり、融け落ちる。

 風景の表面がメッキのように剥げていき、真下から銀色が覗いていった。

 気付けば、俺の腕を拘束していた手錠も融けて、跡形もなくなっていた。

 言葉なく、崩れていく空を見上げていた俺と梓さんに、後ろで手を組んだアリナ・グレイがぽつりと尋ねる。

 

「……これって、アリナの手柄だヨネ?」

 

「「絶対違います」」

 

 俺と梓さんの怒りの滲んだ声がまったく同時で重なった。

 

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