ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 ピンク色の介入

「……きて……」

 

 声が聞こえる……。

 私の前で誰かが何か言っている……。

 

「|起きて、四人とも。今、魔法少女の未来が閉ざされようとしている|」

 

 その言葉で私の目は見開かれた。

 周囲の光景が視界に映り込む。桜の花びらが舞い散る草原。

 そこで私は床に座っていた。

 少し空いた隣には灯花ちゃんやねむちゃん、そして、ういが同じように腰掛けている。

 皆の瞳も見開かれ、まっすぐに正面を見つめていた。

 

「|おはよう、皆。本当はもっと安全な状態であなたたちを再会させたかった。でも、それはもう不可能になってしまった|」

 

 正面に立っていたのは、白いワンピースを着た白い髪の女の子。頭の辺りに小動物の耳のようなものが二つ生えている。

 それに目を見張るほど美しい顔をしていた。

 初めて会ったはずなのに、私はどうしようもなく彼女に懐かしさを感じてしまう。

 

「あなたは……?」

 

「|万年桜のウワサ。……もしくは桜子さん。いろは、あなたが考えたうわさから生まれた存在。詳しく話している時間はない。“これ”ですべてを理解して|」

 

 桜吹雪が舞い上がる。

 薄桃色の花びらが私たちの間を駆け抜けた。

 その瞬間、頭の中に色んな情報が流れ込んでくる。

 ウワサとして生まれた彼女の正体。私たちに対する感情。ここに来るまで起きた事実。神浜上空に発生した銀の街。結界の中に囚われた魔法少女。そこへ一人で突入させられた中沢君……。

 

「……中沢君!?」

 

 どうして彼がたった一人で結界の中へ向かうことになったのかも頭の中にあった。

 それでも無力になった彼を銀の街へ送り込んだという事実が呑み込めない。

 

「な、何で一人で行かせたの?」

 

 私が聞くと桜子さんは答える。

 

「|必要な犠牲だった……|」

 

 断定口調の言葉の割りに視線を揺らいでいる。

 彼女なりに後ろめたさを感じている、というよりは誤魔化している風に見えた。

 

「そんなことよりも魔法少女の未来が閉ざされようとしているっていうのはどういうことなの?」

 

 灯花ちゃんが中沢君の話をバッサリ切り捨てて、最初の発言について追及する。

 “そんなこと”で済ませてしまっていいのか一瞬だけ悩んだが、状況は切迫しているため、私も話の腰を折らずに耳を傾けた。

 桜子さんは頷いてから語り出す。

 

「|銀の街……銀羽根・上条恭介が生み出した結界については見てもらった通り。当初の見立てでは維持に消費される魔力の燃費効率から長くても数日で消滅するはずだった。でも、結界は神浜市だけに留まらず、徐々に拡大していき、周辺の都市までも呑み込みつつある|」

 

 上条君が生み出したあの銀色の逆さまの街。

 あの膨大な魔力でできた結界は、時間と共に縮小どころか拡大を続けているのだと彼女は言った。

 

「|結界発生から十五分間は動きがなかったけど、それからたった五分で神浜市に隣接する市町の上空にも広がってしまった。恐らくは遠からず、この世界を覆う被膜として広がり続け、すべての魔法少女を取り込んでしまう|」

 

 桜子さんの説明にねむちゃんが抗議する。

 

「それならどうしてもっと早く起こしてくれなかった? 君から受けた情報によれば五分前にはボクらはこのウワサ空間に到着したはずだよ」

 

 それは私も同意見だった。

 彼女はこの場所に辿り着いた私たちを眠ったままにして、中沢君だけをあの結界内に向かわせた。

 もう彼にはヌルオさんから預かった魔法の力はない。つまり、完全な一般人を危険な空間に飛び込ませただけだ。

 

「|それは……|」

 

「私たちを守りたかったから、なんだよね?」

 

 今まで黙っていたういがそう尋ねる。

 桜子さん……万年桜のウワサである彼女はそれが何よりも重要だということは、送られた情報にもあった。

 それでも理屈だけでは感情は抑えられない。いくら私たちを祝福できる再会のためだとしても、これはあんまりだ。

 私以外の皆は中沢君のことをよく知らないから、それほど重要じゃないかもしれない。

 でも、私は違う。

 彼の人柄も知っているし、交流だってあった。

 いくら何でも中沢君の命を軽く見すぎている。

 

「だからってこんな方法は……」

 

 私が桜子さんを咎めようと声を上げかけたその時、ういが被せるように言った。

 

「中沢さんを助けに行こう」

 

「うい……」

 

「お姉ちゃん、力を貸してくれる?」

 

 ういが私へ振り向いて、見つめる。

 まっすぐな瞳には強い想いが()められていた。

 憤りや悲しみなどではない、眩しい感情。

 心の底から彼を救いたいという意志。

 そうだった。この子にとって中沢君は恩人なのだ。

 人工魔女、エンブリオ・イブと小さなキュゥべえに分かたれたういをもう一度、魔法少女に戻してくれたのが彼だった。

 ひょっとしたら、小さなキュゥべえとして彼と共に居た時間は私よりも長いかもしれない。

 そのういが怒らないと決めたのなら、私が憤りを感じて桜子さんを責めるのは間違いだ。

 ういのお姉ちゃんとして答える言葉はただ一つ。

 

「うん。一緒に行こう。中沢君と、魔法少女たちを助けにあの銀の街へ」

 

「|それは危険。銀羽根はういを狙っている。またあなたをエンブリオ・イブに戻そうとしているはず……。もし行くとしてもういだけは残るべき|」

 

 桜子さんの発言へ同調するように灯花ちゃんとねむちゃんが頷いた。

 彼女は私たちと上条君の間であったやり取りを知っているようだった。

 確かに彼はエンブリオ・イブから元に戻ったういをもう一度戻そうとした。私の命や灯花ちゃんを目の前で殺して絶望させようともした。

 でも、だからといって、ういをここに残していくのは違うと思う。

 

「桜子さんや二人がそう考えるのは分かるよ。でも、ういが行くってそう決めたのなら、私はういを連れて行くよ」

 

 もし、私がういの立場なら自分だけ安全な場所で待つなんて耐えられない。

 そういう風にただ守られている立場でいいと思えるのなら、そもそも私のために魔法少女にはなっていないだろう。

 

「今度は何があっても、お姉ちゃんがういを守ってみせるから」

 

「お姉ちゃん……。ありがとう」

 

 嬉しそうにういは微笑む。

 それを見て、私はやっと魔法少女になった理由を思い出した。

 この笑顔をずっと見ていたいと願ったから、私は魔法少女になったんだ。

 

「あーあ、ういは言い出したら聞かないんだから」

 

「普段はのほほんとしてるのに、一度こうと決めたことは絶対曲げない。そういうところも好きだけどね」

 

 灯花ちゃんは少し呆れるように笑って、ねむちゃんは苦笑する。

 ここには私が取り戻せないと思った、あの温かな時間が確かに流れていた。

 

「|ごめんなさい、いろは。私はあなたの“うわさ”を叶えることはできなかった……。祝福できる再会を与えてあげられなかった……|」

 

 無表情なのにどこか申し訳なさそうに私へ謝る桜子さんへ、私は首を横に振って答えた。

 

「叶えてもらったよ。私のうわさはちゃんとここで現実になってる」

 

 皆で走り回れるようにって。

 草原が広がっていて。

 皆でお花見ができるようにって。

 大きな桜の木がある。

 そこでいつか。

 入院していた三人の女の子たちが。

 元気になって退院してきて。

 いつもお見舞いに来ていた。

 一人の女の子と再会するの。

 すると大きな桜の木は。

 四人の再会を祝福するように。

 満開の花を咲かせる。

 

「だから、大丈夫。だけど、そうだね。お花見は……うん。お花見はもっと大勢でやりたいから、あなたはここで待っていて」

 

 たくさん増えた私の大切な人たち。

 皆を連れて、この場所でお花見をしよう。

 そのために、皆を連れて行ったあの街を倒しに行く。

 全員で楽しい大団円(ハッピーエンド)が送れるようにするために。




短めの投稿です。
本当はもう少し先まで書くつもりですが、リアルの都合でショートになりました。
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