ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 ピンク色の衝突(前編)

 上条君が生み出した結界の中へ入るのは簡単なことだった。

 あの逆さまの街は、魔法少女を強制的に取り込むように作られている。

 桜子さんのウワサ空間から出た私たちは、突然現れた銀色の大きな玉へ吸い込まれた。

 事前にねむちゃんが魔法で私たちを膜で囲っていてくれたのが影響したのか、バラバラに飛ばされることなく、気が付いた時には全員一緒で結界内に辿り着けていた。

 

「ここが恭介の結界の中……?」

 

「そうみたいだね。具現化している地面も空も恭介の魔力を感じるよ」

 

「とにかく、全員バラバラにならなくて良かったね。お姉ちゃん」

 

「そうだね……」

 

 マギウスの翼では上司と部下という関係だったのでそれほど不自然ではないけれど、当たり前みたいに自分よりも年上の異性を下の名前で呼び捨てる灯花ちゃんとねむちゃんが遠く感じてしまう。

 どうしよう、この上手く説明できない疎外感……。こう、妹たちが自分より一足先に大人の階段上っているような感覚がする。

 魔法少女の組織のトップだったって聞いた時よりも複雑だ。

 気を取り直して、私も周囲を見回す。

 地面は木々が生い茂っているところが多いものの、概ね整備された道路。空は白い雲が点々と流れる晴天。周囲の高層マンションも現実世界と変わったところは見られない。

 (いた)って普通の街並みだった。

 魔女の結界やウワサ空間のような場所を想像していたせいで肩透かしに感じるくらいだ。

 いや、でもこの場所は……。

 

「この街並みって神浜市じゃないよね」

 

 ういの言葉に私は気が付く。

 そういえば、ずっと入院していたこの子にはあまり馴染みがないんだ……。

 

「ここは宝崎市だよ。見た目だけだと思うけど」

 

 変わった建物や地区によって特色が分かれている神浜市に比べて、落ち着いた雰囲気をしているこの街は、私がずっと暮らしてきた場所だった。

 神浜市での暮らしに慣れた今でも、この街には特別な思い入れがあった。

 それほど経っていないはずなのに妙に懐かしさが込み上げてくる。

 少し歩いた先に見知った公園を見つけて、つい大きな声が漏れた。

 

「あ、あの公園知ってる。よく学校の帰りに行ったよ」

 

「そうなんだ。お姉ちゃんの友達と?」

 

「え……一人でだけど?」

 

 特に気にせずに答えると、ういが聞いていけないことを聞いてしまったというように視線を逸らした。

 

「あ……ごめんね」

 

「えっ、な、何で謝るの? お姉ちゃん、分かんないよ?」

 

 気まずそうな表情をする最愛の妹に、私は狼狽(うろた)えた。

 

「辛い思い出だったよね……?」

 

「そんなことないよ! 良い思い出だよ!?」

 

 あれ、私。まさか、ういに友達が居なくて可哀そうな子だと思われてる……?

 いや、違うよ。宝崎市にもお友達は居たからね? 今ほど仲良く集まるような間柄じゃなかっただけで休み時間にお喋りすることもあったよ?

 掃除当番を代わって、喜ばれたことだってあったし……。

 何とか、それをういに説明するも、切なそうにどんどんういの目尻は下がっていく。

 

「もう、いいからね。お姉ちゃんには私たちが居るから……」

 

「そうよ。いろはお姉様! お姉様の良さが分からない奴らから仲間外れにされたぐらい、気にしちゃダメよ!」

 

「気を強く持って、いろはお姉さん。ボクたちはお姉さんの友達だから」

 

「あ、あれぇ……?」

 

 可愛い妹たちに気遣われる度に、胸が痛くなってくる。

 この状況なんなんだろう……。私、ひょっとして可哀そうな立場だった?

 自分ではまったく気にして居なかっただけに、こう言われるとちょっとだけ気分がしょんぼりしてしまう。

 本当に辛くはなかったんだけどなぁ。

 ただ、それを皆に伝えても強がりに捉えられてしまいそうだったので、笑顔で受け入れた。

 

「う、うん。三人ともありがとうね。あ! でも、一人だけ宝崎市でのお友達居たよ、同じ魔法少女なんだけどね……」

 

「……お姉ちゃん」

 

「いや、ホントだよ? 学校も違うし、そこまで長く一緒に居た訳じゃないけど、ちゃんと友達だったから」

 

 本当に嘘を吐いている訳じゃないのに、思わず早口で説明してしまう。

 ちょうど、公園の中に見えるベンチに腰掛けた女の子がその子にそっくりだったので、失礼だけど例えとして挙げさせてもらった。

 

「あのベンチに座ってる子みたいな──…………って、あれ? 黒江さん?」

 

 思わず、ういたちに友達が居たことを証明を止めて、私はその子を凝視する。

 隣に座っている男子と仲良さそうにお喋りをしているのは紛れもなく、私が今説明しようとしていた友達の魔法少女、黒江さんだった。

 

「嘘……あれ、恭介よね?」

 

「えっ!?」

 

 灯花ちゃんが呟いたその一言に私は、黒江さんの隣の男の子をもう一度見つめる。

 くすんだ銀髪の少年。やや中性的にも見えるその顔はとても整っていた。

 テレビや雑誌の中でも、“美形”という表現がここまでしっくり来る男性はそう居ないだろう。

 状況が状況だけにあの銀色の仮面を付けたイメージが強く残っていて、私の中の上条君像とあまり一致しなかったが言われてみれば、フェントホープ内で見た素顔と同じだった気がしてくる。

 まさか、こんなにもあっさりと上条君に会えるとは思ってもみなかった。

 だけど、これは願ってもないチャンスだ。

 真正面から魔法少女を結界内に閉じ込めるのをやめてくれるよう説得ができる。

 

「私ちょっと行ってくるね。ういたちは隠れて待ってて」

 

「えっ、お姉ちゃん!」

 

 ういは上条君から狙われているだろうし、灯花ちゃんとねむちゃんのことは裏切ったと思っているはず。

 それなら、わざわざ全員で会うよりも私一人の方が話がこじれずに済む。

 妹たちを置いて、私は飛び込むように公園に足を踏み入れた。

 そのまま、ベンチに座る上条君たちの元へ駆け寄る。

 

「上条君!」

 

 くすんだ銀髪が揺れて、私の方へ彼の顔が向けられる。

 

「お願い! 魔法少女を……皆を結界の中から解放して!」

 

 私はありのままの想いを彼に告げた。

 

「どうしてこんなことしたの? それ以外にもっと別の方法はなかったの? 教えてよ、上条君!」

 

 知ったことかと怒るだろうか。それとも私の言葉なんて聞く理由はないとそっけなく拒絶されるだろうか。

 それでも私はまず言葉として上条君に伝えたかった。

 どう思っているのか、何を考えているのか。それを知りたかった。

 だけど、彼から返って来たのは困惑だった。

 

「えっと……君は誰? 何で僕の名前を知ってるの?」

 

「え……?」

 

 上条君の困ったように眉を寄せる顔からは、嘘を吐いている雰囲気は感じ取れない。

 初めて見る私の唐突な発言に当惑している様子だった。

 そんなはずはない。彼はキレーションランドで私の名前を呼んだことだってあった。

 私のことを知らない訳がない。

 この状況をどう考えればいいのか分からず、私はベンチの前で固まってしまう。

 上条君もまた同じように私へ困惑の眼差しを投げかけていた。

 そんな中で一人、冷めた目で私を眺めていた黒江さんが溜め息を吐く。

 

「はあ……恭介君。その人、私の知り合いみたい。だから、デートの続きはまた今度しよう」

 

「黒江さんの? ああ、そうなんだ。じゃあ、僕は席を外すよ。また後でメッセージ送るから」

 

「うん。またね」

 

 黒江さんに言われると、すべての事情を理解したかのように彼は疑問一つ口にしないで、ベンチから離れた。

 私は彼に待ってもらおうと手を伸ばすが、その行動は黒江さんの言葉によって叶うことはなかった。

 

「無駄だよ。()()()は何も知らない。あれは上条様じゃないから」

 

「黒江さん……それどういうこと?」

 

「どういうことも何も、そのままの意味。私が似せて作った理想の恋人。結界のことはもちろん、魔法少女の存在すら知らない」

 

 彼女は私を見上げて言った。

 

「待ってたよ、環さん。あなたがもし結界に来るようなことがあれば、私の空間に連れて来てもらうようにお願いしてたから」

 

 笑っていた。

 黒江さんは笑って、私を見ていた。

 でも、喜びでも嬉しさでもなく、もっと濁った……言葉にできない嫌な感情を煮詰めたような、そんな笑み。

 決して、好意的でないことだけは、はっきりと感じられた。

 

「黒江、さん……?」

 

 彼女の迫力から自然と足が後ろへ下がっていた。

 その瞬間、座った姿勢の黒江さんは濁った銀色の魔力に覆い尽くされる。

 私の後ろから残してきた三人の声が近くで響いた。

 逃げて、と叫ぶ皆の声がすぐ傍で聞こえるのに、酷く遠くに感じられる。

 黒く変色していく魔力が私を取り込むように広がった。

 大きな口を開いた食虫植物みたいに黒い魔力は私を呑み込む。

 暗転する視界。そして、暗い星空だけが浮かんでいた。

 座席のないプラネタリウム。もしくは足場のある宇宙。

 星の明かり以外が存在しない真夜中の空が、私の周りを取り囲んでいる。

 足元に至っては、周囲の光を吸い込んでいるとしか思えない暗黒の大地が広がっていて、私の膝から下を闇で完全に覆い隠していた。

 

『ようこそ。私の(ドーリム)・ドッペルの中へ』

 

 空間自体から反響するような黒江さんの声。

 全方位から響く彼女の声を頼りに姿を探すが、どこにも見つけられない。

 

「どこに居るの? 黒江さん……。D・ドッペルってこの場所のこと?」

 

 何度も周りを見回しながら、私は質問を投げかけた。

 

『どこに居るのかって? 私はここだよ、環さん。最初からここに居る。あなたが見ているこの空間が私なの』

 

 からかうような声音で話す黒江さん。

 だけど、相変わらず、その本意が掴めない。

 この場所そのものが黒江さんだと言われても、いまいちピンと来なかった。

 視線を向ける先に困って、目をあちこちに向けていると、星空と暗闇の狭間に何かが光る。

 近付いていくとそれは、四角く切り取られた枠だった。

 液晶モニターというよりも、窓ガラスに近い印象を覚えた。

 私がそれに触れた時、淡く発光していたその枠の内側には外の景色が映っていた。

 

「っ、そんな……うい! 灯花ちゃん! ねむちゃん!」

 

 そこから見えたものは、大切な妹たちが黒く平たいものに傷付けられている姿だった。

 まるで巨大なフライ返しで具材の形でも整えるみたいに、彼女たちへ何度も何度も叩き付けられる。

 あれは……翼なの? だとしたら、一体何の? 

 何が皆を襲っているのかも分からない。

 そんな私の耳に黒江さんの笑みを含んだ声が届く。

 

『ねぇ。見て、環さん。マギウスなんて大層な肩書きで偉そうにしていた魔法少女たちが、手も足も出せずにされるがままになってる。おかしいよね? 情けないって思わない? こんな弱い子の命令を黙って聞いていたのが馬鹿みたい』

 

「……黒江さんが、これをやってるの? それなら今すぐやめさせて! 私の大切な妹たちをこれ以上傷付けないでよ!」

 

 広がる空間に向けて、私は思い切り叫んだ。

 何が何だか分からないけど、ういたちを傷付けることは許せない。

 僅かに間があった後、再び、黒江さんの声が響いた。

 

『…………環さん。私ね、環さんのそういう真っ直ぐで、綺麗で、強いところに憧れてた。私もそうだったら、良かったのにって何度も思わされた。でも、やっぱりね、環さん。私──あなたが嫌いみたい』

 

「ああっ……!」

 

 戸惑う暇もなく、私の身体は真横に大きく跳ね飛ばされた。

 何が起きたのか確認するために立ち上がると、さっきまで私が立っていた四角い枠の前には、魔法少女の衣装を着た黒江さんが居た。

 紫色のグラブ(棍棒)を二本構えて、私を見下ろしている。

 

「黒江、さん……どうして、こんなこと……? 私が黒江さんに、何か嫌われるようなことをしてたの?」

 

『言わないと分からない? そうだよね。環さんはそういう魔法少女だもん。清く正しい正義の魔法少女。……だから、卑屈になって、後悔ばかりの弱い魔法少女の気持ちは分からない。眩しい光を(ねた)む卑しい気持ちは伝わらない。ふふっ……なんか本当に嫌になっちゃうね』

 

 暗く(よど)んだ笑みは、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。

 

「私の、せい……なの? 私が黒江さんを、そんな風にしちゃったの……?」

 

 ヌルオさんにかつて言われた言葉が脳裏を()ぎる。

 “他者の考えや思考を理解する努力を放棄している。”

 私は、黒江さんの気持ちを理解しようとしなかった。

 友達だって思っていたはずなのに……。

 “助けるという自分が絶対的優位に立てる状況でしか他人に近付かない。”

 私は、黒江さんのことを助けたいって思っていた。

 でもそれは、マギウスの翼に入って、悪いことをやらさせている可哀想な魔法少女だって思っていたからだ。

 私はきっと、黒江さんと本当の意味で分かり合おうとしていなかった。

 そのせいで、黒江さんをこんな風に歪ませてしまったんだ。

 

『だから、やめてよ……そういう誰かのことを一番に考えてますって、態度が一番嫌い! そうだ……教えてあげるよ、環さん! あなたの可愛がってるあの妹さんたちね。最悪なことしてたんだよ?』

 

 一度吐き捨ててから、良い考えを思い付いたというように彼女は続けた。

 

『あの子たち、上条様を苦しめてた。自分の都合の良いようにあの方を操るために、直属の部下だった私たちと引き裂いたり、それを抗議した黒羽根の子に酷いことを言って、ドッペルが暴走するまで追い込んだの!!』

 

「どういうこと……何でそんなことをあの子たちがするの?」

 

 上条君はマギウスの部下だったはずだ。

 それなのに灯花ちゃんたちが苦しめるような真似をする理由がない。

 黒江さんはその疑問を待っていたように、滑らかな口調で語り出す。

 

『決まってるでしょ? 上条様を独り占めにしたかったから! 上条様が自分たち以外の魔法少女を気に掛けるのが気に食わなかったから! ……ねぇ、環さん。暴走してドッペルから戻れなくなったその子は一体どうなったと思う? 上条様はどうやっても救えない可哀そうなその子と向き合って、何を選んだと思う?』

 

 問いかける彼女に私はうまく言葉を(つむ)げない。

 想像も付かなかったからじゃない。その反対。

 あまりにも簡単に想像できてしまった答えを認めたくなかった。

 黙り込んだ私の様子を眺め、黒江さんは言った。

 

『上条様はその子を殺した。魔法で命を奪うことを選んだの。彼女が他の仲間を手に掛けないように。それ以上苦しみを長引かせないために』

 

 息が詰まった。

 黒羽根のその子の結末に胸が痛んだ。

 彼がそんな方法を選ばなければならなかったことが心苦しかった。

 そして、それが私の大切なあの子たちのせいだと思うと罪悪感で押し潰されそうになった。

 

「そんなことって……あんまりだよ……」

 

『そう思うよね。私も同じだよ、環さん。でも、ほんの少しだけあの子は報われたと思うの』

 

「……え?」

 

『だってそうでしょ? あの子は自分の大好きな人に殺してもらったの。大好きな人の手で辛い魔法少女の運命から解放された。それって素敵なことだと思わない?』

 

 少しだけ陰のある笑みを(こぼ)した黒江さんに、私は言葉を失う。

 そこに私を攻撃する意味合いは含まれていなかったから。

 悪意のない本音を読み取ってしまったからこそ、私は彼女の想いを理解できない。

 共感できない。

 

「私は、そうは思わないよ……。だって、それはその人に辛い想いを背負わせるだけだから。いくら魔法少女で居ることが辛くなったとしても、そんな風には思えない」

 

 だって、それは残された方があまりに辛すぎるから。

 大切な人に自分を殺した苦しみなんて絶対に味合わせたくない。

 黒江さんの表情に冷めた怒りが薄っすらと広がる。

 

『そう……。あなたはそうだよね。だって、清く正しい正義の魔法少女なんだから! さぞ気持ちがいいでしょうね。私みたいな弱くて卑しい魔法少女に上から目線で説教するのは!』

 

「違う! そうじゃないよ! 私だって……私だって、清くも正しくもない! 自分が正義だなんて少しも思わない!」

 

 灯花ちゃんやねむちゃんがマギウスの翼でしていたこともある程度知っていた。

 それで迷惑をかけられた人も、苦しんだ人も中には居るって分かっていた。

 だけど、それでもあの子たちは大切な妹だということは変わらなかった。そんな酷いことしたって聞いたのに、やっぱり嫌いにはなれない。

 本当に正義の魔法少女なら、そういう風に考えるのは駄目だって思う。

 平等じゃないし、誠実でもない。

 

「それでも、正しく在りたいって思ってる。私は選んだ道も、抱えた想いも曲げたくないって願ってる」

 

『だったら、悪いことした妹さんたちの分も償ってよ! 私たち、マギウスの翼を散々利用しておいて、勝手に納得して逃げたあの人たちの罰をあなたも受けてよ!』

 

 黒江さんが叫ぶと同時に駆けた。

 一瞬で間合いを詰めた紫色のグラブが横凪に振るわれる。

 やちよさん並みの俊敏さで動いた彼女を目で負えず、脇腹に硬い感触が食い込んだ。

 激痛と一緒に全身の中の空気が喉から押し出された。

 声にならない絶叫を自分の耳で聞く前に、弾き飛ばされた身体へ更なる追撃が襲う。

 吹き飛ばされた私に張り付くように、移動していた黒江さんの膝が私の顎を突き上げた。

 

「ぅぐッ……」

 

 星空の光が視界で目まぐるしく回る。

 平衡感覚がなくなった身体に再度打撃が訪れる。

 自分が立っているのか、横たわっているのか、それとも空中に舞い上げられているのか。それすら認識できない。

 分かるのは痛み。激しい激痛だけが攻撃を受けているという事実を教えてくれる。

 反撃どころか、急所を隠すこともできず、私はサンドバッグになっていた。

 ようやく打撃の嵐が止んだ時、映像が映る四角い枠が目に入る。

 そこではそれぞれの魔法を散らされ、翼の前に一方的に(たた)きのめされるういたちが映し出されていた。

 

「う、い……とう、かちゃ……ねむちゃ……」

 

『D・ドッペルの前には魔法は無意味。それはマギウスだって変わらない。馬鹿みたいだよね……あなたを取り返そうとして、逃げることもせずに立ち向かってきて、あの様』

 

 グラブの先端で私の顎を持ち上げる。

 這い(つくば)っていた私は、無理やり彼女の方を見上げさせられた。

 

「くろえ、さ……ん。もう、みんなを、きずつけ、ないで……」

 

『違うよ、環さん。環さんは自分の命が惜しくて私に命乞いするの。あんな奴らはどうでもいいから、自分だけは助けてくださいって私に泣きながらお願いするの』

 

 冷たい眼差しで私にそう言う彼女はもう、笑ってはいなかった。

 悪意の笑顔さえ浮かべるのが疲れたとでも言うように、乾いた表情をしていた。

 

『それでやっと私と環さんは友達になれる。私と同じことをして、私と同じ気持ちを感じて、それでようやく対等になれる。だからね、環さん……ほら、言って。自分の命が一番大事だって。そのためなら何をしてもいいんだって』

 

 私もようやく黒江さんの抱えるものが見えてきた気がした。

 彼女は怒ってなんていない。悲しんでもいない。

 ただ、安心したいだけなんだ。

 多分、黒江さんが過去でやってしまったことを、私にもやらせて、それを見て安心したいんだ。

 自分だけが悪いんじゃないんだって。皆、立場が同じならやっていたことなんだって。

 そう思いたいだけなんだ。

 

「くろ、えさん……」

 

『そうだよ。環さん、ほら、言って。言ってよ。そうすれば、私はもうあなたを傷付けないから』

 

 彼女の瞳にほんの僅かな期待が混じる。

 でも、私はそれに応えてあげられない。

 

「おし、えて……なんで、そんなにじぶんを、ゆるせないの……?」

 

 私はそれを聞かないといけない。

 黒江さんをそこまで追い詰めたものを、そこまで傷付けてしまったものを。

 理解して、共有したい。

 

『まだ、そんなことを……!』

 

 期待を塗り潰すように破裂した感情が瞳を染める。

 その想いを分かち合いたい。

 彼女のグラブに手を伸ばす。

 震える指先を彼女の武器(怒り)に添える。

 感情を。

 意思を。

 想いを。

 願いを。

 繋いで交わす魔法の言葉。

 

「……〈コネクト〉」

 

 それが初めての友達へ送る、私の魔法──。

 




本当は一話に纏めるつもりでしたが、どう足掻いても無理なので分けます。
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