ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 ピンク色の衝突(後編)

 そこは皿の溢れる魔女の結界内。

 ソーセージでできたガーランド。ハムを掲げたフロアポール。

 コック帽を被った子ブタのマスコットキャラクターの立札が至る所に設置してある。

 舌を垂らして微笑むマスコットは驚くほど生気のない瞳を虚空に向けていた。

 可愛らしく、見方によっては幻想的にも映るはずなのに、どこか致命的に不気味で歪な雰囲気が拭えない。

 それこそが魔女が創り出した結界らしさのように思えた。

 

「わあぁぁぁ!」

 

 白い頭巾の魔法少女が魔女に襲われ、吹き飛ばされる。

 網目のすくない金網のような頭部にスカートから生えた三本足が特徴的なその魔女は、頭部の網を炎で炙り、興奮したように巨体を揺らした。

 サラダが載った皿の上に背中から叩き付けられた白い頭巾の魔法少女の元へ、別の魔法少女が駆け寄る。

 彼女とは正反対なカラーリングをした黒の魔法少女。

 それは黒江さんだった。

 

「大丈夫!?」

 

「は、はい……この子も」

 

 白い頭巾の魔法少女は、抱き留めていた猫を黒江さんに見せた。

 真っ白く尾の長い成猫(せいびょう)。青い吊り目のその猫は不服そうな顔で黒江さんを眺めている。

 黒江さんはすぐに金網の魔女へ攻撃を仕掛けるも、激しく揺らした大きな頭部で跳ね飛ばされて、白い頭巾の魔法少女と同様に床へと叩き付けられた。

 

「危ない!」

 

 白い頭巾の魔法少女が抱えていた猫が恐怖に駆られて、腕の中から飛び出す。

 どうにか捕まえたものの、そちらに気を取られていた彼女は魔女の接近に気付かなかった。

 

「ハッ……!」

 

 魔女が撃ち出す巨大なローストチキンが輪の連なって、白い頭巾の魔法少女を襲う。

 とっさに動いた黒江さんが二本のグラブでそれを受け止めたが、それを跳ね除けるのが彼女にできる精一杯だった。

 金網の魔女を倒すことを諦め、黒江さんは白い頭巾の魔法少女を連れて、結界内から逃げ出した。

 難を逃れた二人は宝崎第一次駅のホームで息を整える。

 

「はあ~。死ぬかと思いました……ありがとうございます」

 

「うん」

 

 他愛(たわい)ない会話の途中で白い頭巾の魔法少女が抱いていた猫は、彼女の腕の中から逃げて、どこかへ行ってしまった。

 

「あ……」

 

 その姿を名残惜し気に眺めていた彼女へ、人見知りだからか、そっぽを向きながら黒江さんが尋ねた。

 

「見ない顔だけど……新人?」

 

「あっ……はい!この近所じゃないんですけど」

 

「そう……ここら辺一応、私が担当してる地域で。ほかの魔法少女が担当してる場所で、勝手に魔女と戦うのあまりよくないらしいし」

 

 責めるつもりがあった訳じゃないだろうけど、ルールとして言う必要を感じたらしい黒江さんは決まり悪そうに説明する。

 それを受けた白い頭巾の魔法少女は大袈裟に慌てて、平謝りをした。

 

「ああっ! ごごご……ごめんなさい。猫ちゃんが魔女の結界に入っちゃったのが見えて……許してください! もうしません!」

 

 あまりに必死に謝る彼女に咎めるようなことを言った黒江さんの方が気まずさを感じて、取り繕った笑みを浮かべる。

 

「い、いいよ、別に。しょうがないし、そういうの」

 

「ほほほ……本当ですか?」

 

「うん」

 

 頭を上げた白い頭巾の魔法少女に頷いて、黒江さんは魔法少女の衣装から制服姿に戻って背を向けた。

 

「それじゃ」

 

 会話を切り上げて、その場から立ち去ろうとする。

 でも、話はそこでは終わらなかった。

 

「あっ……あの……」

 

 おずおずとしながらも白い頭巾の魔法少女は、離れて行こうとする黒江さんの背中へ声を掛けた。

 

「ん、何?」

 

 ほんの少しだけ間があった後、口にするか躊躇(ためら)うようにしてから、意を決したように彼女は聞いてきた。

 

「その……グリーフシードとか…………余ってたり、しませんか?」

 

「え?」

 

 思わず聞き返してしまった黒江さんに、彼女は言葉を何度も詰まらせながら説明する。

 

「あっ……い……今ので、ソウルジェムだいぶ濁っちゃって。もし……あったら、なんて……えへへっ」

 

 誤魔化すように取って付けたような笑い。

 自分が図々しいことを言っていることを自覚した卑屈な笑みは見ているこちらが辛くなってくる。

 視線を下げて、彼女の目を見ないようにしてから黒江さんは言った。

 

「ごめん」

 

 それを聞くと弾かれたように早口で白い頭巾の魔法少女は喋る。

 

「そ……そうですよね、グリーフシード余ってるとかないですよね。なんでもないです。変なこと聞いちゃって、ごめんなさい」

 

 今、口にした言葉をなかったことにするように言葉を言葉で押し流す。

 黒江さんは()(たま)れなくなったように顔を小さく歪めた後、自分のソウルジェムを彼女へ見せた。

 

「私も手持ちがないの。私そんなに強いわけじゃないし」

 

 濁りのある紫のソウルジェムを見せつけて、自分の状態を明らかにする。

 それは言い訳をしているようにも聞こえるほど、後ろめたさが()められた言葉だった。

 

「だから、ごめん」

 

「あ……謝らないでください。私が無理言っただけですから、ごめんなさい」

 

「うん。でも……ごめん」

 

 手を振って、自分の方こそ申し訳ないと謝る彼女に、視線を合わせないようにして、黒江さんは何度も謝った。

 その後、言葉を交わし合い、黒江さんは彼女と別れた。

 名前も聞かず、連絡先も交換しないで、断ち切るように別れた。

 日が沈んだホームに残った黒江さんは、持っていたグリーフシードで自分のソウルジェムを浄化していた。

 グリーフシードはあった。

 けれど、分け与えられるほど、余ってはいなかった。

 制服姿の黒江さんは、手のひらの上で淡く発光するソウルジェムを静かに眺めていた。

 黒いノイズが走り、そこから場面は切り替わる。

 

 次に見えたのは、建物の中。

 雰囲気からして、ホテルフェントホープだろうか。

 数人の黒羽根がまばらに固まって巡回していた。

 その内の一人が黒江さんだった。

 やや俯きがちに歩いていた彼女へ、一人の黒羽根が隣に寄り添う。

 並んで歩く彼女たちはしばし無言だった。

 

「あのさ、元気ないけど……大丈夫?」

 

 話しかけたのは黒江さんの方。だけど、気になったというよりは、沈黙に耐え切れず、仕方なく話を切り出したように見えた。

 

「……私たち、もう上条様と一緒には居られないのかな?」

 

「え……。あ、そうだね、上条様は銀羽根になって、配置換えが起きたから……。でも、別に二度と会えなくなった訳じゃないんだし……」

 

 沈んだ声で話す知り合いらしい黒羽根の子のために、慣れないながらも黒江さんは元気付けようと言葉を選んで答えた。

 けれど、黒羽根の子は前を向いたまま、ぽつりぽつりと語るだけだった。

 

「……もう、前みたいに皆で集まってバイオリンの演奏、聴けないのかな?」

 

「ど、どうだろうね。前よりもずっと忙しくなっちゃったみたいだから、そういう暇もなくなるかも……」

 

 息苦しそうに会話を続けながら、視線を右へ左へ泳がせる黒江さん。

 黒江さんの態度から、親しい相手というよりも上条君の部下として繋がりがあっただけの関係のようだった。

 

「そう、だよね……私たちとあの方の関係って、そういう風にすぐに途切れちゃうようなものなんだよね……」

 

「いや、そこまでは言ってないけど……」

 

「ううん。いいの、分かってたから。分かってたけど……それでも聞きたかったから」

 

 無理して明るい声を出す黒羽根の子だったけれど、その顔は俯いていった。

 言葉選びに失敗したというように黒江さんは唇を噛む。

 上手く言葉を紡げない自分にもどかしさを感じてか、一旦終わった会話を再び、始めた。

 

「でも、でもね……上条様は私たちのこと、大切に思ってくれてるから。それはあなたもそう感じる……でしょ?」

 

「うん……」

 

「だったら、バイオリンくらい聞けなくなっても平気だよね」

 

「え……」

 

 悪気はなかったんだと思う。

 むしろ、黒江さんは黒羽根の子を慰めるつもりで言ったんだろう。

 それでも彼女から出た短い声には、深い絶望が感じ取れた。

 急に足を止めて、その場で立ち尽くす黒羽根の子。

 単純な価値観の違い。

 黒江さんにとってはバイオリンの演奏よりも彼が自分たちを大切に思ってくれている事実が重要だった。

 けれど、黒羽根の子にとっての演奏は、何にも代えられない大切なものだったのだ。

 

「あ……いや、私そんな意味で言ったんじゃなくて……」

 

 黒江さんも自分の言葉が失言だったことに気付いて、慌てた様子でフードで隠れていた彼女の顔を覗き込んだ。

 そこには()()()()()()()()()()()()

 

「あっ……!」

 

 白い仮面を付けた彼女は、ドッペルに支配されていた。

 その場面から先はなく、停止した光景は途切れて黒いノイズに覆われていく。

 あの後、何が起きたのかは見なくても分かる。

 黒江さんが語っていたように、上条君が来て、ドッペルを暴走させたあの黒羽根の子を倒したのだろう。

 上条君がすべてを一人で背負ったのだ。彼が決着を付けたのだ。

 黒江さんはただ、それを見ていたんだろう。

 胸の奥でしこりを残して、ただ呆然と眺めていたんだと思う。

 二つの光景を見て私は、初めて黒江さんの感じていた生き辛さを理解できた。

 

『……満足した?』

 

 振り返ると、魔法少女の衣装を着た黒江さんが私を睨み付けている。

 

『私の救いようのない本性を見て、満足した? それとも自分とは違うって思って、安心した?』

 

 その瞳は、浄化をする前に見た彼女のソウルジェムと同じように濁った感情を映していた。

 

「黒江さん……」

 

 私は彼女の名前を呼んだ。

 そうしないと彼女が、どこか遠くへ行ってしまうような気がした。

 

「黒江さんは、苦しかったんだね……」

 

 彼女は自分の行いを後悔をしながら生きてきた。

 黒江さん自身が悪意を持ってやった訳じゃない。それでも失敗したと感じてしまう。

 もう嫌だって。

 もう何も選びたくないって。

 そう思わずには居られないほど、悩んできた。

 

『分かったようなことを言わないで……! 環さんには分からない! 環さんは私とは違う癖に!』

 

 感情を表に出して叫ぶ黒江さんに私は穏やかに告げた。 

 

「黒江さんと私が同じだとは言わないよ。言うつもりはない。でも、分かり合うことって、相手とまったく同じになるってことじゃないと思うの」

 

『……!』

 

「相手が自分と違うってこと分かった上で、相手のことを理解する。それが私にとっての“分かり合う”ってこと」

 

 今なら分かる。

 大好きな人に殺されることが素敵だと言ったあの台詞の意味が。

 黒江さんは嫌なんだ。耐えられないんだ。

 魔法少女として選んだ自分が。

 正しくない方を選んでしまったと感じる自分が。

 嫌いで、嫌いで、見たくない。

 全部なかったことにしたい。

 それでも誰かには覚えていてほしい。

 背負っていってほしい。忘れないでいてほしい。

 自分では背負えないけど、手に負えないけど、それでも無意味にはなりたくない。

 特別な誰かには、自分が居たことを知っていてほしい。

 チグハグで矛盾する気持ち。

 

「弱くて情けないって思ってるし、自分が自分であることも嫌になる。それでも自分の好きな人には覚えててほしい」

 

『言わないでよ!』

 

「だから、自分と同じように惨めな想いをする仲間がほしかった。自分は最悪だけど、皆も同じなら安心できるから。最悪な想いを共有したかった」

 

『言わないでって、言ってるでしょ! 何で聞いてくれないの! ねぇっ!?』

 

 大きな声で叫んで、私の言葉を遮ろうとする黒江さん。

 そんな彼女を見て、思う。

 

「それって、あなたが思ってるより普通なことだよ」

 

 泣き喚くような悲鳴がそこで収まった。

 顔を拭って、私を見つめる彼女の顔には疑問が浮かんでいた。

 

『なに、言って……』

 

 黒江さんの問いに答えるには、私のことを知ってもらう必要があった。

 だから、彼女に見せる。

 私の胸の内を。

 あなたが思っているほど、環いろはという魔法少女は凄くも立派でもないということを。

 

「私は人を助けるのが昔好きだったの。誰かを助けてる間は、どんな人とでも繋がれる気がしてたから。でも、それは対等な関係性を築くことから逃げてただけだって、最近になって自分でも思うようになった」

 

 きついこと言うウサギさんの影響なんだけどね、と付け足す。

 

「私は自分が満足したかっただけ。人助けって行為でしか自分を表現できなかっただけ。酷いよね? 醜いって思うでしょ? 私は無意識に助ける相手を見下してたんだよ」

 

 でも、だからこそ、あなたに言ってあげられる。

 

「黒江さん、私たちは皆、心の奥に醜い自分を抱えて生きてる。宝石みたいにどこから見ても綺麗な人は居ないんだよ」

 

 黒江さんは真面目で、自分の嫌なところばかり身過ぎるから、他人が綺麗に見えるだけ。

 

「魔法少女だって、同じだよ。少なくとも私は自分の嫌なところを知ってる。直していきたいって思うけど、多分、完全にはなくならないし、なくしたくない。だって、これが私だから」

 

 立ち竦む彼女へ一歩ずつ近付いていく。

 後ずさろうとしたって逃してあげない。

 私のことが嫌いでもいいよ。でも、自分のことを嫌うのは駄目だ。

 本当に辛い時、独りぼっちの時、黒江さんを守ってあげられるのは黒江さん自身だけだから。

 

『環さん……私は、私が嫌いなの! 居なくなってほしいって思うくらい!』

 

「うん。でも、最初から居なかったように思われるのも嫌なんじゃないかな?」

 

 私が抱き締めた彼女は、両腕を垂らして、(たたず)んでいる。

 

『どうしたら、いいの? どうしたらこの気持ちがなくなるの?』

 

「ごめんね。私には分からない。私は黒江さん自身じゃないから。でも、もう少しだけ自分のことを好きになってほしいなって、思う」

 

『何で……何でそんな風に思えるの? 人助けが好きだから……?』

 

「うーん、ちょっと違うかな?」

 

 誰でもいいから助けたい訳じゃない。

 もちろん、人助けは好きだ。これからも続けて行きたいって思っている。

 でも、今はそういうのじゃなくて。

 

「友達だから、助けたいの」

 

 宝崎市で知り合った、たった一人の友達だから。

 特別に思っているから、助けたい。

 

『友達……。私のこと、そう思ってたの?』

 

「えっ……嫌だった?」

 

 友情の一方通行。

 そうだとしたら、すごく悲しい……。

 

『違う。嬉しいなって……私、友達って少ないから』

 

 黒江さんの言葉に、私は一層彼女の身体を抱き締める。

 

「じゃあ、これから友達になろう」

 

 背中に黒江さんの手が回される。

 ノイズだらけの空間に亀裂が入り、眩しい光が差し込んだ。

 夜が晴れていく。

 この場所が黒江さんの心だというのなら、それはきっと良いことだと思う。

 暗闇が砕け散る。眩い光の中に放り出された私たちは抱き合った姿勢で倒れていた。

 

「お姉ちゃん!」

 

 傷付いた姿のういたちが駆け寄ってくる。

 良かった。三人とも無事だ。

 ホッとした時、身体のあちこちが痛んだ。

 そういえば、私は黒江さんの攻撃を受けていたんだ……。

 怪我の度合いでいえば、ひょっとすると私の方が重症かもしれない。

 大丈夫、と口にしようとして、激痛が走る。

 

「っ……」

 

「環さん!」

 

 先に上半身を起こしていた黒江さんが支えてくれる。

 灯花ちゃんがそれに反応して、彼女にパラソルを向けようとする。

 止めようと口を開くが痛みで上手く喋れない。

 

「いろはお姉様から離れて! じゃないと……」

 

 まずい。このままだと黒江さんが危険だ。

 だけど、すぐにねむちゃんがそれを押し留めてくれた。

 

「待って、灯花。様子がおかしい。彼女に敵意はないようだよ」

 

「ねむ……でも」

 

「大丈夫だと思うよ」

 

 ういもねむちゃんの意見に同調する。

 呼吸を整えて、ようやく声が出せるくらいに回復した後、私は皆に言った。

 

「ありがとうね、皆。黒江さんを傷付けないでくれて……」

 

「お姉ちゃん、何があったの?」

 

 代表して尋ねたういに私は少しだけ、どう答えるか迷ってから言った。

 

「友達が、できたんだ」

 

 灯花ちゃんとねむちゃんはその答えの意味が分からなかったようで、顔を見合わせる。

 ういだけは何かに気付いたのか、呆れたような困ったような笑みを浮かべていた。

 

「そっか……。良かったね、お姉ちゃん」

 

「うん……」

 

 それ以上何も聞かずにいてくれたういに感謝しながら、私は黒江さんに支えられて、立ち上がった。

 少しだけ休憩したいところだけど、それでも今はやらないといけないことが残っている。

 まだ中沢君の安否も確認できていない。

 無事で居てくれるといいんだけど……。

 私は、先に訪れているはずの彼の無事を祈った。

 




やはり原作主人公、中沢君よりも主人公力が高い気がします。
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