ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第四十四話『中沢君と幸福の揺り籠』⑩

 上条の目的は、すべての魔法少女を幸福な世界に沈め、安らかに彼女たちを自分の魔法で死なせることだった。

 その対象は、神浜市内の魔法少女だけに留まらず、全世界の魔法少女へと広めるつもりなのだという。

 つまりは魔法少女安楽死計画。

 側近であった和泉さんの口から語られた内容はあまりにも俺の想像を超えていた。

 

「待ってくださいよ、和泉さん。上条の結界は維持に膨大な魔力が消費されてるから数日で消滅するって話じゃ……」

 

「誰から聞いた話なのかは知らないが、恭介君の魔力は常に増大し続けている。取り込んだ魔法少女とは別に彼自身が別の何か変異しているようにも感じられた。何にせよ、自然消滅などありえんよ」

 

 ちょっと待ってくれ、それじゃあ、話が変わってくるぞ。

 上条は神浜だけではなく、この世界すべての魔法少女を結界内に取り込んで、安楽死させようとしている。

 

「しかも、夢に閉じ込めるだけなく、安楽死ってことは……魔法少女を皆殺しにするってことですか!?」

 

「そうだ。そして、計画が成功した暁には、魔法少女の消えた世界で魔女だけが取り残される。現段階でも、魔女の存在すら確認できていない人類は滅びる……」

 

「滅びるの!? 人類滅びちゃうの!?」

 

「すまない、それは過言だった。絶滅までいかないだろうが、魔女によって行方不明になる人間の数は激増するだろう。それによって文明レベルも衰退し、いくらか世界は荒廃する。その程度だ」

 

 その程度って、大問題な気がするが……。

 ともかく、上条はそれを理解しているのだろうか。

 俺の視線から言いたいことを察したらしく、和泉さんは言った。

 

「恭介君は全て理解しているよ。その上でこう言っていた。『それは人類が負うべき責任だ』と。『もしも人類が年端も行かない女の子を犠牲にしないと存続できないというなら、そんな恥知らずな生命は滅ぶべきだ』とも」

 

 唖然(あぜん)とするしかない。

 上条は全部理解した上で、世界を滅ぼすような真似を続けている。

 救いたい魔法少女さえ皆殺しにして、人類を衰退させて、そこまでしても上条には何も残らない。

 あいつに残るのは罪悪感と、絶望くらいだ。

 

「何で、上条はこんなことを……」

 

「アリサには分かる。キョースケもエキセントリックなアートを……」

 

「グレイさんは話をややこしくするだけなんですから、ちょっと黙っててくださいよ」

 

 俺が苦言を(てい)すと、無言のアリナ・グレイに首を締め上げられた。

 痛みや苦しみはないが、自重で首が伸びそうになる。気分はもう吊るされた(もち)だ。

 この人が大人しくしていたことが奇跡みたいなものだったと改めて思わされた。

 

「やぁぁ……めぇぇ……てぇぇぇぇ……」

 

 掠れた声で命乞いをするが、当然ながらクレイジー魔法少女は止まらない。

 

「おい。いい加減で中沢を離してやれよ!」

 

「いーーーーやっ! アリナのやることに文句があるなら、キャッチしてみせてヨネ。チャイルド」

 

 深月ちゃんが助けようとしてくれたものの、俺の首根っこを掴んだ状態でアリナ・グレイは走り出す。

 結界内を縦横無尽に駆け回る彼女には、流石の深月ちゃんも追い付けない。

 ぐわんぐわん揺らされる視界の中、雑に扱われる人形のように振り回される。

 

「このっ、待てー!」

 

「ウェイトと言われて、ウェイトする馬鹿はノットヒアー」

 

「何言ってんのか、わかんねーよ。日本語話せよ、バカヤロー!」

 

 素直に追いかけてくる深月ちゃんのことを「チャイルド」と揶揄(やゆ)していたが、あらゆる面で大人気ない対応をしているのはアリナ・グレイの方だった。

 

「そろそろ、(じゃ)れ合いは止めにしてくれないか? 自分は真面目な話をしているのだが」

 

 呆れた様子で肩を竦める和泉さん。

 いや、止めてください。あんたには俺らがトムとジェリーにでも見えるんですか?

 イジメが起きてるんですよ、イジメが。多分、この中で最年長なの、和泉さんですよね!?

 幸い、この空間のおかげでまったくダメージはないけども、絵面としては結構酷いことになってるからね、俺。

 その辺で拾った廃材を十字架に見立てたオブジェを作ったアリナ・グレイは、それに俺を(くく)り付けると、満足そうに額を拭う。

 

「ふー。グッジョブ。作品タイトルは『愚かなる救世主(フール・メサイア)』」

 

「うう、酷いよ……こんなのって、あんまりだよぅ……」

 

 どこぞの救世主のように(はりつけ)にされ、半泣きになる。

 何、一仕事終えたみたいな顔してんだ、この人……。意味が分からないよ。

 

「だ、大丈夫だ、オレがすぐ解いてやるから……って、これどう引っ付いてんだよ! 取れねー!」

 

 括り付けられた俺の手足を深月ちゃんが解こうとしてくれるが、どこをどう括られているのか分からないぐらいに雁字搦(がんじがら)めになっているらしく、彼女では外すことができない。

 そんな俺を無視して、和泉さんは真面目な表情で語り始める。

 

「では、これからについての建設的な話をさせてもらう。異論はないか?」

 

「いや、何を見ればそう思うんですか? あなたの目は、ビー玉か何かですか!? 縛られてるんですよ、俺!? 助けてくださいよ!」

 

「話の腰が折れる。後で助けるから、まずはその状態でいいから聞いていてくれ。そもそも君たちはこの結界内の仕組みすら正しく把握していないのだろう?」

 

「まあ、そうですけども……」

 

 そう言われて、俺は何となくでこの空間を移動していることに今更ながら気付かされる。

 空間同士が隣り合っているから、そういうものと考えていたが、地続きで上条が居る場所まで続いているかも不明だ。

 

「ファントムワールド。便宜(べんぎ)上、この空間を自分はそう呼んでいる。人工魔法使い(ファントム)である恭介君が創造した、魔女の結界でもウワサ空間とも異なる場所」

 

 ファントムワールド。幻影の世界。

 確かに名称としては妥当かもしれない。俺自身、内心で幻影世界と呼んでいたので、わりとしっくり来る。

 和泉さんは、ファントムワールドについての情報を次々と開示していく。

 曰く、このファントムワールドの大本はアリナ・グレイが神浜市に張った膜状の魔法の結界。

 上条の銀の魔法によって掌握し、変質させ、展開させたものがこの空間なのだと言う。

 この空間は『表層』、『中間層』、『深層』の三部分かれていて、魔法少女が居るのはその内の中間層。

 

「この中間層は全体で見ると輪のような形になっていて、表層とはある程度の隙間を隔てて存在している」

 

 そこで俺は疑問を挟む。

 

「あれ? 表面って銀の街ですよね? 俺、一応そこからグレイさんの空間に入ったんですけど」

 

 隙間があるといえば、そうかもしれないが一応空間としては壁を通ってすぐだったはずだ。

 

「それは特殊なケースだ。これは仮説だが、アリナ・グレイは虚構の世界よりも現実の世界に未練が強かったせいでそういった無意識の願望が反映されたのではないだろうか」

 

 和泉さんが視線を投げかけると、アリナ・グレイは否定も肯定もせずに鼻を鳴らしただけだった。

 恐らく、彼女の仮説は当たっている。だからこそ、彼女のファントムワールドで生み出された幻影のヌルオさんは現実に向かうようアリナ・グレイに言ったのだ。

 

「じゃあ、この空間って、上条が思い通りにしてるっていうよりは……」

 

「可能な限り、魔法少女本人の無意識な願望が反映されている。ファントムワールドの位置もそうだ。例えば、本人が現実よりも虚構を望めば、深層に近く、逆に虚構よりも現実を望んでいれば、表層に近くに発生する」

 

 その理屈でいうと、虚構の世界を望んでいた深月ちゃんのファントムワールドはもっと深層に位置しているべきではないだろうか。

 そう思って、傍に居る深月ちゃんを見つめると、彼女は少し考え込んだ後に答えた。

 

「……オレは多分、父ちゃんと母ちゃんと一緒に居たいと思う気持ちと同じくらい、現実に帰りたいって気持ちもあったんだと思う。だって……あそこには中沢とかも居なかったしな」

 

「じゃあ、俺って深月ちゃんにとって、現実の象徴なのか?」

 

 いや、そりゃ俺はどこにでも居そうな現実味のある男子だけどさ。

 深月ちゃんは、珍しくモジモジと両の人差し指を突き合わせて黙り込む。

 見かねたように和泉さんが口を出す。

 

「精神分析は得意ではない自分では彼女の内心まで分からないが、意外なものが現実を想起させることもあるだろう」

 

「そういうもんなんですか」

 

「そういった当人に現実を想起させるものは基本的に排除される。大抵は自分のパーソナリティの根幹に関わるものが多い。この辺りは君らにも覚えがあるだろう」

 

 あれだけ会いたいと願ったヌルオさんが俺のファントムワールドに出て来なかった。

 それは俺が自分のせいで彼を思い出すのが辛くなるからだと思っていたが、そう言われてみれば、今の俺と繋がりを表すものだから出なかったと考える方が自然だ。

 梓さんが現在の姿ではなく、昔の姿をしていたことにも説明が付く。

 そういえば、深月ちゃんもだけど、過去っていうか……。

 

「ひょっとして、皆、魔法少女になる前の自分になってるんじゃないですか!?」

 

 (ひらめ)いた自分を褒めたくなるような意見を述べる。

 しかし、和泉さんはすっぱりと切り捨てる。

 

「それは違うな。七海が梓みふゆと出会ったのは魔法少女になった後だと聞いた」

 

「あらー……」

 

 したり顔で言っておいて外した俺はがっくりと首を落とした。

 だが、付け加えるように和泉さんは言い足した。

 

「だが、着眼点は悪くない」

 

「と言いますと?」

 

「『魔法少女』だった記憶をフォーゲットしてる……そんなとこだヨネ?」

 

 黙って聞きに徹していたアリナ・グレイが割り込んで言う。

 和泉さんはそれを首肯した。

 

「その通りだ。ファントムワールド内、全ての魔法少女は一部例外を除き“自分が魔法少女であった記憶”を失っている。引いては契約時に祈った願い事の内容もだ」

 

 その一部の例外というのは恐らく和泉さん自身のことだろう。

 魔法少女だった事実や願い事が彼女たちにとって、パーソナリティの根幹であり、現実の自分を強く思い出させてしまうものだから、強制的に記憶から消されているのか。

 

「そうだとしたら、魔法少女だったことを思い出させれば……」

 

「現実の世界に未練がある魔法少女は目を覚ますだろう。だが、現実よりもファントムワールドを望む魔法少女は違う。彼女たちは、一層現実から逃げるためにD(ドリーム)・ドッペルを纏うはずだ。あれは本来、そう言った魔法少女のための防御機構だからな」

 

 和泉さんはD・ドッペルについても解説してくれた。

 通常のドッペルと違い、上条の魔力を全身に(まと)うことで生まれるそれはファントムワールドでは無敵に近い効果を持つ。

 使用によるデメリットはなく、持続時間は本人が望む限り続き、纏っている間はあらゆる攻撃を遮断することが可能。

 ファントムワールドでは苦痛や外傷といった負の影響は存在しないが、唯一D・ドッペルのみはそれを他者に与えられる。

 

「ほとんどズルみたいなものじゃないですか!」

 

「あくまでも魔法少女を守るための機構だと恭介君は言っていたが、使用者から言えば、やり過ぎなのは否めない。魔法少女に対して過保護なのだよ、彼は」

 

 過保護って、レベルなのか……?

 俺は上条がどうしてそこまで魔法少女を守ろうとしているのか、いまいちピンと来ない。

 魔法少女はそんなに手厚くしないといけないほど、か弱い存在とは思えなかったからだ。

 

「上条は魔法少女たちのことを弱い存在だって思ってるんですかね?」

 

 そう聞くと和泉さんは、少しだけ目を伏せてから言った。

 

「彼はドッペル症になった黒羽根の魔法少女を手に掛けた」

 

「えっ……手に、掛けた……?」

 

 冗談だと思いたかった。

 上条が魔法少女を、人の命を奪ったなんて想像もしたくなかった。

 和泉さんは固まった俺の様子を見ても、なお話し続ける。

 

「その少女がドッペル症になった原因は恭介君への淡い慕情だったと聞いている。彼にとって、自分たちのような魔法少女は些細なことで破滅する儚い存在でしかないのだよ」

 

 衝撃だった。

 だけど、それと同じくらい()に落ちた。

 なぜ、上条があれだけ魔法少女の解放に(こだわ)っていたのか。

 なぜ、安楽死計画なんて方法を取ったのか。

 ようやく分かった。

 分かったけど、やっぱり賛同はできない。

 上条のやり方は極端過ぎる。

 

「だからって、魔法少女が現実で絶望する前に自分の手で殺すなんて考えるのは間違ってると俺は思います」

 

 魔法少女は何もできない赤ん坊じゃないだろう。

 辛いことがあるからって、絶対に乗り越えられないって考えるのはあまりにも極端だ。

 

「俺は魔法少女の強さを知ってます。ずっとそれを見てきました。魔法少女は上条が思ってるほど弱い存在ではないはずです! 和泉さんみたいな強い魔法少女が側に居たのに何で上条はそれが分からないんですか?」

 

 俺がそう言うと、和泉さんは自嘲するように呟いた。

 

「自分は強くないよ。強いと思い込んでいただけだ。……確かに七海のような強い信念を持つ魔法少女も中には居る。だがね、中沢君。それは“上澄み”なのだよ。自分はマギウスの翼に加わって、初めて正しく理解した。黒羽根の中には魔女とまともに戦える者など、(ほとん)ど居ない」

 

 ──彼女たちには明日の我が身も守れない。

 和泉さんは静かだが、はっきりと言い切った。

 

「そして、仮に皆が皆、魔女を打倒できる強さがあったとしても、今度は別の問題が浮上する」

 

 グリーフシードの数さ、と和泉さんは切なげに言う。

 

「言ってしまえば、魔女は魔法少女の脱落者。生き残る者が多いほど、魔女は減り、グリーフシードの個数も減少する。待っているのは、限られた資源の奪い合い……君のいう『強い魔法少女』は助かるかもしれないが、結局、グリーフシードを得られなかった魔法少女は淘汰(とうた)される」

 

 結局は弱肉強食の連鎖から外れることはないのだ、と彼女は告げた。

 俺はそこでようやく上条の絶望の一端を理解した。

 どう足掻いてもすべての魔法少女は救えない。必ず、(あぶ)れて不幸になる魔法少女は一定数出てくる。

 だからこそ、あいつは皆殺しを決意した。

 それが良いと考えた訳じゃない。

 それが一番マシな結末だと諦めたんだ。

 これ以上、辛い思いをさせるくらいなら、全員まとめて自分の手で責任を持って殺すと決めたんだ。

 一体どれだけ辛かっただろう。

 一体どれだけ無念だっただろう。

 俺には想像することもできない苦痛があったに違いない。

 

「これを踏まえて、改めて聞こう。中沢君。君はまだ恭介君を止める覚悟はあるか?」

 

 重た過ぎる問いだった。

 成り行きだとか、友達を助けたいだとか、そういう短絡的な思いを聞かれているのではないと分かってしまった。

 一人の人間が、考えて悩んで、覚悟を決めたものを真っ向から否定する。

 それがどれほどの重大なことなのか、この局面でやっと分かった。

 理解して、共感さえした相手に『お前は間違っている』と告げることの過酷さを思い知った。

 ヌルオさんには、それができていた。

 確固とした信念を持って、上条を否定してきた。

 俺はそれに便乗していただけだ。

 何も分かっていなかった。

 深月ちゃんの目が、アリナ・グレイの目が、そして、和泉さんの目が俺を見ている。

 心臓の鼓動が高鳴る。

 俺は思い出す。決断することの怖さを。自分の意思が周囲に影響する恐ろしさを。

 “どっちでもいい”って答えて逃げていた情けなさを。

 俺は何に対してもそうだった。

 何事にも拘りがない。

 芯がなく、人の意見に流れやすい。

 自分が先頭に立って、提案するのが苦手だ。

 決断を迫られても、いつだって曖昧に答えてしまう。

 でも。

 今はもう、違う──。

 

「止めます。俺が、上条を必ず止めてみせます」

 

 譲れないものがある時は、譲ってはいけない。

 どっちでもいい訳ないんだ。

 魔法少女の未来がどうとかよりも、知っている魔法少女を助けたいとかよりも。

 

「俺は上条に、これ以上魔法少女を殺してほしくないんです。だって、俺、あいつの友達だから!」

 

 たった一人で何もかも背負おうとしている友達を止めたい。

 それだけだ。

 この想いだけは誰にも負けない。

 だから、俺は覚悟を持って上条の決断を否定する。

 真っ直ぐに和泉さんを見据えていると、凛としていた彼女の表情が緩んだ。

 

「フッ……真面目な台詞だが、その態勢で言われると……大変シュールだな」

 

「じゃあ、さっさと助けてくださいよぉー!」

 

 俺は、アリナ・グレイの作った廃材の十字架に括り付けられたままだった。

 だから、この変なオブジェから外してと頼んだのに……!

 どんなに真剣な台詞を吐いても、これでは間抜けにしか見えない。

 すまない、と澄まし顔で謝りながら和泉さんはようやく、俺の拘束を解いてくれた。

 すっかり気が抜けてしまった俺は、改めて気合を入れ直す。

 待ってろ、上条。

 俺はちゃんとお前を否定してやるから。

 




外伝を沢山挟んだので情報整理兼キャラクターの情報共有回になりました。
思ったより、文字数が行ってしまったのはご愛敬。諸事情でしばらく、更新ができなくなると思います。
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