「どうするんだよ、中沢! お前、あと十回運がいいこと起きたら、最悪なことが降りかかり始めるんだろ?」
「それも二杯分飲んだから二倍ね……どうにかしなきゃならないけど、俺にもどうすればいいのか分からないんだよ」
深月ちゃんに言っても仕方ないと思いつつも、焦りが抑えられない。
こんなことなら一人でウワサの調査なんてしなければ……。
「オレのせい、だよな? ……ごめん」
いや、違う。俺が飲んだからこそ、この子は守れたんだ。
きっと見過ごしていたら後悔していたと思う。
魔法少女だったのは誤算だったけど、深月ちゃんが幼い子供だってことには変わりないんだ。
「の、飲んだのが俺だけでよかったよ。深月ちゃんは心配しないで大丈夫だから」
安心させるために頑張って笑ってみせた。
俺はこの子からすれば年上で、お兄さんだ。無力かもしれないけど不安にはさせたくない。
「そうか、分かったよ……あれ? でもよ、中沢。お前知り合いっぽい奴もあの水飲んでなかったか?」
「ああ、環さんのこと?」
深月ちゃんの言葉で今の今まで忘れていた環さんの存在を思い出す。
言われてみれば、環さんもフクロウ幸運水を飲んでいた。
魔法少女だし、メンタルも強そうだったから気にしていなかったが、あの子にもこの情報を伝えておいた方がいいだろう。
「確かにあの子にも教えた方がいいな」
あわよくば七海さんたち魔法少女に頑張って倒してもらえたら、俺の状況も好転するかも……。
いや、他人任せなのはもう止めよう。
それはそれとして環さんに連絡は取りたいところだ。
「でも、連絡先は知らないんだよな……」
向こうからすれば、後をつけてきた今日会ったばかりの知らない男子だから、無理な話だけど。
まあ、あの警戒心のなさから言えば電話番号くらい教えてもらえたかもしれないが、後の祭りだ。今更、後悔したって遅い。
まだ工匠区に居る可能性だってあるけど、この近辺だけでもかなり広い。
バッタリ出くわすなんて偶然は早々起きたりは……。
「あ、中沢君」
「起きたぁー!」
「またテンション高いね……」
引き気味の笑みを浮かべて通りの角からやって来たのは、ちょうど探していた環さん。
これも幸運とカウントされるなら残りは『9』。とうとう、一桁台に投入してしまった。
まあ、いい。とにかくここは説明だ。
「あのさ、環さん。実はさっきのフクロウ幸運水の噂には続きがあったんだ。俺もついさっき知ったばかりだけど、君にも教えとくよ」
彼女に『24』の幸運を使い切ると、今度はその反動でとてつもない不幸が押し寄せることを掻い摘んで話そうとした時。
「その必要は、ないわ」
曲がり角からぬるっとした動作で、環さんのすぐ後ろに背が高く、青い長髪の女性が現れた。
荒い呼吸音を発しながら、前髪で目元がすっぽりと覆い隠されている。
「うわわっ……さ、貞子ぉ」
「環さんとも知り合いだったのね、中沢君。……あと失礼よ」
走って来たのか息を整え、乱れて寄った前髪を手櫛ですくと上品で物静かそうな顔が露わになる。
「やちよさん! もう来てくれたんですね。中沢君とお知り合いだったんですか?」
思い浮かべていたもう一人の魔法少女、七海さんが僅かに恨みがましい顔で俺を見ていた。
環さんの言葉からして、電話して呼んでいたのだろう。
俺としては
「わたしも居るよー。その男の子は知らないけど」
サイドテールの茶髪の少女が七海さんの後ろから続いてやって来る。
確か、この子は由比鶴乃だったっけ。ヌルオさんが俺の身体を使っていた時に名前は聞いていた。
向こうは知る由もないし、名乗っておこう。
「ああ、どうも。俺は中沢です」
「わたしは中華飯店・万々歳の、最強看板娘! 由比鶴乃だよ! よろしくね」
「テンション高っ。よ、よろしくお願いします」
「中沢君がそれ言うんだ……」
俺は別に好きでテンション上げていた訳じゃない。むしろ、同学年でも落ち着いている方だ。
いけない。話が逸れに逸れて、どこかへ飛んで行きそうだ。戻さないと。
「それで七海さん。さっきの発言は?」
「“フクロウの幸運水の噂”については私が電話で教えておいたわ。それよりも一緒に飲んだっていう男の子がまさか中沢君だったなんてね。……“口寄せ神社の噂”の時もだけど、神浜の噂を不用意に探るから、そういう目に合うのよ。自分が危険なことをしているという自覚が……」
なぜか説明からスムーズに説教にシフトしている。
駄目だ。この人も深月ちゃんと違う意味で会話が成り立たない。
そこで彼女の姿を探すと、由比さんと何やら話していた『最強』だとか『傭兵』だとか単語がやたらと聞こえてくるが、説教が思いの外長くて聞き取れない。
「聞いているの?」
「は、はい! 聞いておりますぅ……」
ここまでガッツリとした説教は前の学校でもされたことがなかった。
色々と考えていた内容も忘れ、ただひたすらに反省の姿を見せる以外にこの嵐が止むことはないだろう。
「もういいわ。それであなたの“幸運”はあとどれくらい残っているの?」
「え、えーと……」
周囲を見渡して、カウントの数字が書かれていないか確認する。
あった。
『10』周年記念と銘打たれた垂れ幕がビルの屋上から大きく出されている。
数字がぐにゃりと変形し、『9』になる。
「『9』で……あれ、また数字が」
『9』周年になった垂れ幕の数字が更に減り、『8』周年記念に変わっていった。
何でだ! 確かに環さんにすぐ会えて幸運を使ったと思ったけど、その後に良いことなんて……。
ま、まさか。七海さんが来てくれたことで更に俺の幸運が使われたのか!?
そこは普通、環さんの幸運から使われるべきだろう!
俺の幸運判定、シビア過ぎないか?
「『8』、に今、なりました……」
「え、中沢君、十六回も良いことあったの? アイスとか福引とかスロットとかソシャゲガチャに当たったけど、私はまだ残り『17』だよ」
……フクロウ幸運水さん、格差エグくないですか。
俺は少しも良い思いした覚えないのですが、その辺はどういうことなのでしょうか。
環さんの幸運の用途があまりにも違い過ぎて、泣けてきた。
「こんなの絶対おかしいよ……うぅ」
「泣いてないで、シャンとしなさい! 貴方が自分の意志で招いたことでしょう」
「いや、泣いているのはそこじゃなく……」
「言い訳しない! 男でしょう! 自分のやったことに責任を持ちなさい!」
「うう……はいぃ……」
幸運って何だろう?
少なくとも今の俺には感じられそうにない。
七海さんの説教攻撃に心折られていたところ、深月ちゃんが俺を庇うかのように彼女に食って掛かる。
「おい! やちよ! そいつは悪くねぇよ。オレを庇おうとして代わりに水を飲んだんだ!」
「……だから何? 幸運水を飲んでいないなら貴女には関係のないことでしょう。さっさと消えなさい」
「やちよさん。そんな言い方……」
「そうだよ。ちょっと言い方キツいよ」
「貴女たちは黙ってて」
もしも俺がお調子者なら「俺のために争わないで」なんて言って場の雰囲気を変えられるのだろうが、本気で雰囲気の悪い女子の会話の中心人物になるとただただ心が痛い。
親の教育方針で争っているところを偶然聞いてしまった子供の気分だ。
ひたすら居た
「ああ、そうかよ! 関係なくて悪かったなぁ! 望み通り、消えてやらぁ!」
顔を真っ赤にして激怒した深月ちゃんは捨て台詞を吐くと、通りを走り抜けて行ってしまった。
「あ、深月ちゃん……」
「放っておきなさい。あの子に関わらない方がいいわ」
追いかけようか迷った挙句、俺はそのまま、動けずにいた。
視線を泳がせた後、七海さんを見る。
「えっと、俺はどうすれば……」
「そうね。これ以上幸運を使わないように一か所でじっとしておいて、後は私たちが解決するわ」
七海さんはそれだけ行って、環さんたちを連れてその場を去って行った。
俺が彼女たちの正体を魔法少女だと知っているからこそ分かるのが、七海さん的にはその言葉で安心させられる要素はほぼない気がする。
このまま、彼女たちがウワサを倒して解決してくれるまで待つか……。
いや、せめて深月ちゃんを探して、さっきのこと謝ろう。
俺を庇って弁護してくれたのに、それに対して黙って見守ることしかできなかった。
幸いにもまだ幸運は残っている。
多分、今の俺なら彼女を探し出せるはずだ。
深月ちゃんが走り去った方に向けて、俺は走しり出した。
俺は深月ちゃんについて知っていることを再度、思い出す。
確か、お金を持っていないと言っていた。
それならお金がかかる施設には入らないだろう。
路上に居るなら、探し回ればいい。こっちには『8』回の幸運が付いているんだから。
***
「居た……深月ちゃーん」
あっさり見つかると思いきや二時間ほど探し回ってようやく彼女を見つけることができた。
一人で居るかと思いきや、黒いフードを目深に被った二人の少女と一緒だった。
「中沢……」
「探してたよ。さっきはごめんね。庇ってくれてたのにフォローもできなくて」
俺は彼女に思い切り頭を下げた。
年下だろうと、こっちが失礼な態度を取ったのならきちんと誠意を込めて謝るのは礼儀だろう。
「もう、いいよ。大体、腹立ったのはやちよの態度の方だし。それより、中沢。お前の不幸、何とかしてやれるかもしれないんだ」
深月ちゃんは八重歯が見えるほどにんまりと笑って、俺にそう言った。
「え?」
言葉の意味が分からず、俺は首を傾げた。
俺と深月ちゃんの会話を黙って聞いていた二人の黒フードの少女たちが、こくりと小さく頷いた。
片方の少女が口を開く。
「深月フェリシアが言っていた幸運水を飲んだ一般人がお前か」
「一般人って、じゃあ君らも魔法少女?」
「如何にも」
やたらと古風な口調で答えてくれる。
何だろう。すごく背中がムズムズする。この感じは前の学校で友達が腕に包帯を巻き付けてきて「俺の右腕には暗黒竜が封印されているんだ」と力説してきた時と同じだ。
見れば、二人とも同じような黒いローブを付けて、装飾品もダークに決めている。
ああ、
「望み通り、幸運水をくれてやろう。深月フェリシアと共に我ら“マギウスの翼”に付いて来い」
「……お年頃だもんね。魔法とか使えるなら尚更だし」
俺は彼女たちを見る目が生暖かくなったのは言うまでもない。
ちなみにその友達は学校に関係ないものを持って来て過ぎて、職員室に呼び出された後、べそをかいて帰っていた。
次の日にはそいつの腕には暗黒竜は封印されていなかった。
マギウスの翼ちゃんたちに連れられて、フクロウ幸運水があるところまで案内される。
どうにも地下にあるらしく、名称不明の大きな縦長の建物中に入った後、階段をひたすら降りさせられた。
「それでマギウスの翼ちゃんたちは……」
「ちゃんは不要。マギウスの翼は集団としての名。我らは黒羽根」
「黒好きだなぁ。黒羽根ちゃんたちは皆同じ格好しているけどユニフォームなのか? 口調とかも統一しようって話し合って決めたのか?」
「……そういうの、マジで止めてもらっていいですか?」
「あ、ごめん。なんか」
「いえ……」
明らかにそれらしく作った声ではなく、素の声で拒否されて謝る。
やっぱり指摘されると辛いものがあるらしい。過酷だなぁ、マギウスの翼。
俺も一歩間違えてたら、あいつと一緒に“暗黒竜の爪”とか名乗っていたかと思うと笑うに笑えないけど。
微妙な雰囲気が流れていて、黒羽根ちゃんたちとは会話がし辛くなり、俺は深月ちゃんに言葉を振った。
「深月ちゃんはどうして、幸運水をもらいに来たんだ? やっぱり幸運が欲しいのか?」
「オレはまあ、自分のためってのもあるけど。水は別に要らねぇよ。……もらったらお前にやろうと思ってたんだ」
「えっ、じゃあ、俺のために?」
ビックリした。
失礼かもしれないが、乱暴でわがままな子という印象が強かったせいで、義理とか気にするタイプだとは思いもしなかった。
「勘違いするな。あくまで借りを作らねぇためだからな」
ツンデレの代名詞みたいな台詞を吐く深月ちゃん。
まあ、多分、それは本当のことでもあるんだろう。
ファミレスの時にも結構無頼漢なことを言っていたし、彼女としても自分がすっきりするためにやっている側面が強い気がする。
「それでも嬉しいよ。……あれ、じゃあ、俺付いてくる必要なかったんじゃないか?」
「二本もらっとけばいいだろ。毎日来れる訳じゃないなら、あまりがあるに越したことねぇし」
「うーん。確かに」
「だろぉ?」
二人で話をしていると長い階段でもあっという間に終わり、薄暗く大きな柱が乱立する場所に辿り着く。
その後も少し深月ちゃんと話していると、前を歩いていた黒羽根ちゃんたちが突如マントの裾をなびかせた。
何かと思えば、彼女たちはそれぞれ脇に退いて
「え、床冷たくない? そのユニフォーム汚れるかもしれないし、やめた方がいいよ」
「…………前、前見て。前」
衛生的にも靴を履いて入る場所で膝を突けるのはどうかと思い、立たせてあげようとするとめちゃくちゃ小声で注意を受ける。
前がどうかしたのかと目を向けると、あずき色の髪の大きなリボンをした少女が左右対称に並んでいる。
二人の顔立ちはほぼ瓜二つ。前髪の長さなど僅かな差異を見逃せば、見分けが付かないくらいだ。
間違いなく、姉妹だろう。
「初めまして。深月フェリシア。マギウスの翼・白羽根、天音
「マギウスの翼・白羽根、天音
二人とも深月ちゃんの方だけを見つめて、挨拶をする。
俺もするべきかと思い、一歩前に出る。
「俺は名前は中……」
「一般人の方は引き続き、黒羽根がご案内致します。さあ、深月フェリシアはこちらへ」
月夜さんが視線すら向けずに俺の自己紹介を遮ると、彼女たち姉妹が深月ちゃんの手を取った。
「お、おい。オレはこいつと……」
「安心してくださいませ」
「幸運水ならちゃーんとあげるから」
「「ねー」」
「いや、待て。そうじゃなくて……」
姉妹で深月ちゃんを両脇から囲むようにして、連れて行ってしまった。
置いてかれた俺としては、どうするべきかと脇に控える黒羽根ちゃんたちに尋ねる。
「それで俺はどこに行けばいいんだ?」
「……来るがいい」
再び、俺の前に出た二人の黒羽根ちゃんたちが案内を始めてくれた。
連れて行かれた深月ちゃんのことは心配ない訳ではなかったが、少なくとも自己紹介をキャンセルされた俺よりはマシな扱いをされるだろう。
そして、案内された場所には俺以外にも十数人くらい魔法少女には見えない人たちが集められていた。
大きく開けた薄暗い倉庫のような部屋。
中央には丸いテーブルがあり、その上には水が入った瓶が何本も寄せ集められているように置かれていた。
「水だ……幸運水だ……」
「これで私の幸せは約束されるわあ……今度はどのブランド品が手に入るのかしら……」
「早く早く早く、俺はあれをかっ喰らって、馬券を買い漁りてぇんだ!」
皆が皆、目をぎらつかかせて瓶に詰められた水と駆け寄った。
案内してくれた黒羽根ちゃんたちはやや急ぐように部屋の扉を閉める。
バタンと重たい鉄の扉が締められ、その後に鍵を閉めるようなガチャリという音が聞こえた。
え……? 今、カギ閉めた? 何で閉めた? もしかして閉じ込められた?
「あの、皆さん。今、俺たち閉じ込められてませんかね?」
扉の方を気にしつつも、人だかりができているテーブルへと向かう。
「あの、今……」
傍に居たおじさんの肩に触れようすると、鬼のような形相で振り返り、俺の腹部目掛けて強烈な
扉に意識を向けていたこともあり、みぞおちに吸い込まれるに入った重たい一撃が両足から力を奪い、膝を突く。
「退けぇ、中分け小僧! 水は俺んだ! お前みたいなガキに一本だってくれてやるもんか!」
痛い……苦しい……!
でも、激痛で声が上げられない。
強烈な痛みが熱を持ち、助けを求めて傍にいる人の服を引っ張った。
「この中分け小僧、私から水を奪おうって魂胆だねぇ! ああ、卑しい! ああ、卑しい! 早くどこかに行きな!」
小太りなおばさんが俺をヒールで蹴りつける。
体重の乗ったヒールの踵が俺の手のひらを抉った。
「――――――――――――っ!」
声にならない痛みが喉から
身を
中には空いた瓶で俺を殴り付ける人も居た。
痛いっ……! 止めてっ……! 殴らないで蹴らないでっ……!
叫び声も上げられないまま、集団リンチのように暴力を受けて、床を転がる。
血の出る手のひらで頭だけをどうにか守り、運よく気絶だけは免れた。
欲望に駆られた彼らにはもはや自分以外が幸運水を奪う敵でしかないのだろう。
争う彼らの脚の隙間を這いずりながら、抜け出した。
仰向けになった俺は焦点が定まらないまま天井へと向かった。
異様なほど高い天井。そこで何かの影が
羽ばたきながら、それらは俺たち下に居る人間を静かに観察している。
薄暗い部屋に目が慣れてきた時、俺がそこにいるものが大きなフクロウの大群だということに気付いた。
普通のフクロウじゃない。
腰から桶のようなものが生えた青と黄色のおかしなフクロウ。
開いた翼には模様が、いや、数字がミミズのように動いている。
――ウワサだ!
気は満ちたとばかりに、フクロウたちが羽ばたきながら順に下降してくる。
狙われた人はそれに気付かず、隣の人と殴り合っている。
駄目だ……。
どうにかしないと。
痛みでぼんやりする頭に声が響く。
『……どうして? あんな醜く争う連中のために戦おうと思うの? 君を殴り、蹴り、傷付けた相手を本当に心の底から助けたい?』
「俺が……どうとか、じゃ……なくて……それが正し、いって……思う、から……」
『だから?』
「……力を、貸して……ヌルオさん……」
『分かったよ』
ポケットから飛び出した卵型の宝石から光が放たれ、俺の身体を包み込む。
感じていた痛みや苦しさから一瞬で解放された俺の意識は奥へと引っ張られた。
ようやくフクロウの大群に襲われていることに気付いた人たちはあれだけ奪い合っていた瓶を放り出し、我先にとテーブルの下に潜り込む。
「…………」
ヌルオさんは何も言わない。
何も言わずに、鋭い
安全地帯で押し合い
「な、何だったんだ、今のフクロウみてぇな化け物は……」
「あなたが助けてくれたんですかぁ? ありがとうございま……」
完全に彼らの声を無視し、無言でヌルオさんは鉄の大扉の前に立つと思い切り片足を振り上げて、扉に向けて突き出した。
強烈な音がして、ひしゃげた金属板は部屋の外へ転がっていく。
状況について話し合っていた人や感謝の言葉を述べていた人も言葉を失い、沈黙だけが流れた。
視線を向けることもなく、ヌルオさんはそこから出て行く。
まるで呼吸の一つでもするのが不愉快な様子で。
ヌルオさん。
「……何?」
ひょっとして怒ってる?
「少し、ね」
シルクハットの位置を直しながら、そう呟いた。
一旦ここで区切ります。なんだかんだで八千文字近くになってしまいました。
次回は一体何文字になるのか今から戦々恐々としています。
補足
マギウスの翼から目を付けられたから中沢君が幸運水を渡されたと思われている読者さんがいらっしゃっるかもしれませんが、この小説の解釈では一般人も水をもらえる想定です。
その用途としてはウワサの維持としての餌、飼育している魔女への餌です。
作中の描写のようにして、一般人も集めているという設定です。
中沢君個人は何の特異性もない凡人です。