ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第四十六話『中沢君と妄執の幻影世界』②

 みかづき荘での下宿生活にも馴染めそうだと感じられた頃、俺は自室でそれを見つけた。

 ベッドの下の隙間にいつの間にか落ちていたそれは、黄緑一色の箱。

 

「何だ、これ……?」

 

 拾い上げて、よく観察してみるとちょうど手の平に収まるくらいのサイズの立方体だ。

 取っ手もなければ、差し込み口も存在しない。指で軽く突くと、硬い感触が返ってくる。

 だが、中が詰まっているような質感もなく、空洞を予想させた。

 少し悩んだ後、俺は箱へそっと耳を当てる。

 耳と箱が触れたその瞬間、ぐらりと身体が吸い寄せらるような感覚がした。

 

「うわわっ!?」

 

 平衡感覚が突如傾いて、体勢が崩れると感じた。

 しかし、俺の身体はしっかりと床に直立している。ただし、足元の床は俺の部屋とはとても似つかない黄緑色をしていた。

 

「あっれ……。ここ、は?」

 

「中沢! 無事だったんだな! 心配したんだぞ!」

 

「え? うわっ」

 

 紫色の頭巾に、後ろで二つ結びにした金髪が特徴の女の子が俺に飛び付いてくる。

 その衝撃でひっくり返った俺は、馬乗りになっているその子を見上げた。

 どこか場違いなほど嬉しそうに俺を眺めている彼女に一瞬だけ戸惑った後、名前が浮かんだ。

 

「深月、ちゃん……?」

 

 そうだ。俺はこの子を知っている。

 いや、そもそも何で忘れていたんだ?

 

「中沢君。その様子からして、やはり君は取り込まれていたようだな」

 

 不自然な感覚に困惑していた俺に、そう言ったのは純白の軍服を纏った眼帯の少女。

 名前は確か……。

 

「和泉さん! あれ、でも取り込まれていたって……?」

 

「記憶や認識の浸食を受けていただろう? 今、君は()()()()()()()()()()()?」

 

 その言葉を聞いて、俺は回想する。

 何があったのか。どうしてこうなったのか。

 そのすべてを振り返る。

 

 始まりは七海さんのファントムワールドへ辿り着いた時のことだった。

 その空間は、どこまでも広がる宇宙のようだった。

 小さな光が寄り集まり大きな光の道を作っていた。近いものをあげるなら天の川だが、これは遠くから星の光が届いているのではなく、発光する球体が立体として浮遊している。

 言うなれば、天の川のジオラマセットだ。

 特殊な空間を見てきた俺だったが、そのスケールの大きさと美麗さに目を奪われた。

 だから、気付けなかった。

 その宇宙が七海さんのファントムワールドのごく一部であった事実に。

 差し迫り、呑み込もうと口を開いていた巨大な存在に。

 (きら)めく光を漂わせる暗黒の領域。

 そこが()()()()()()()でしかないと気付いたのは、それが俺たちを纏めて吸い込む瞬間だった。

 天の川のジオラマだと思っていたそこは、超巨大なD・ドッペルの開いた口だったのだ。

 あまりにも巨大過ぎて、俺たちはその口が宇宙のように見えていただけのこと。

 真っ暗い奈落に引きずり込まれながら、俺の網膜はきらきらと輝く“星の光”を焼き付けていた。

 そして、俺はいつの間にかみかづき荘のリビングに居た。

 

「……俺たちはD・ドッペルの中に呑み込まれた。そうか、だからこの空間では痛みがあったのか」

 

 ファントムワールドでは痛みや傷といった、負の影響を受けることはない。

 だけど、D・ドッペルはそういった負の影響を例外的に与えることができる。

 あの包丁はD・ドッペルの一部だったのなら、俺が傷を負った理由も頷ける。

 

「我々も散り散りになり、D・ドッペルの影響下へ組み込まれかけたのだが、アリナ・グレイの隔絶された結界を作る魔法により、(なん)を逃れたという訳だ」

 

「それで俺だけ取りこぼされて、妙な記憶や認識を植え付けられたってことですか」

 

 和泉さんのその発言を聞いて、納得すると同時に黄緑色の結界内を見回す。

 奥の障壁に背中を預けて腕組みしているアリナ・グレイと目が合った。

 

「……これでもスピーディーにクリエイトしたんですケド」

 

「あ、いや。これは文句とかじゃなくて……むしろ深月ちゃんたちを助けて頂いて感謝してます」

 

 身体の上に乗りかかっている深月ちゃんを降ろすと、アリナ・グレイへ頭を下げた。

 責めるような響きになってしまったのは申し訳ないが、本気で感謝の念しかない。

 

「全員が取り込まれてたら、それこそ終わってましたし。俺も俺でこうして無事ですから」

 

 ぐっと右手でガッツポーズを取ってそう宣言する。

 だが、傍に居る深月ちゃんは引き気味で俺を見つめた。

 

「中沢……。ちょっとお前、頭のネジ外れてねーか? わりと本気でヤバい状況だっただろーがよ」

 

「うっ……そうかも」

 

 言われてみれば、何度か殺されかかったせいで、危険の度合いがだだ下がりしている気がする。

 少し前の俺ならピーピー喚いていたかもしれない。けど、今となっては多少の危機にいちいち構ってられないのが正直なところだ。

 珍しく驚いた顔でアリナ・グレイは俺を眺めていたが、やがていつもの調子に戻る。

 

「そーれーでー? アナタは何か重要なインフォメーションはコレクションできたんだヨネ? まさか何もキャッチできてない訳ないヨネ?」

 

 どうせ右往左往していただけなんだろうと高を(くく)って、ニヤニヤした意地の悪い笑みで聞いてきた。

 相変わらず、『アリナ・グレイ語』は何言ってるのか分かりづらいが、表情とニュアンスで言いたいことは何となく分かる不思議言語だ。

 

「とりあえず、外の状況を話せばいいんですよね?」

 

「ああ、頼む」

 

 和泉さんにも促され、俺はみかづき荘……いや、偽みかづき荘であった内容をなるべく細かく説明した。

 思い出して話すと俺自身、状況の奇妙さに突っ込みたくなるほどだったが、三人とも話し終えるまで口を挟まず黙って聞いてくれていた。

 最後まで話し終えると、深月ちゃんは雪野さんや安名メルのことについて言及する。

 

「そんなヤツら、オレも知らねーぞ。ここって一応、やちよのD・ドッペルってのの中なんだろ? 何でそんな居もしねーヤツまでみかづき荘に居るんだよ」

 

「俺もそこは不自然に思ったんだよ。梓さんだけなら、まだしも実在しない人物まで作り出すっていうのはちょっと変だよな」

 

「いや……その二人なら確かに存在していたよ。過去にだがみかづき荘にも住んでいた」

 

 少し言葉を濁すように和泉さんが口を挟む。

 どういう意味かと視線で問うと、彼女は静かに語り始めた。

 

「みかづき荘の魔法少女たち、そうだな……ここでは“チームみかづき荘”とでも呼称しよう。当初、彼女たちは三名でチームを組み、活動していた。それが七海やちよ、梓みふゆ、雪野かなえの三名だ」

 

 だが、と区切った彼女の瞳に何とも言えない仄暗い陰が落ちる。

 

「雪野かなえは魔女との交戦中にソウルジェムを破壊され、命を落とした」

 

 だから、俺も深月ちゃんも知らなかったのか。なら、もう一人の安名さんも……。

 和泉さんは伸びた視線の意図を察して(うなず)き、話を続ける。

 

「一時期は悲嘆に暮れた七海たちだったが、やがて新たなメンバーを加えて魔法少女としての活動を続けた。その追加メンバーの魔法少女が由比鶴乃、十咎(とがめ)ももこ……そして、安名メルの三名だ」

 

 由比さんは言わずもがな、十咎ももこというのは絶交階段の時に居たあの金髪ポニーテールの少女だ。

 前に水波さんと話した時に写真を見せてもらったので名前だけは知っているが、水波さんと一緒に活動していることぐらいしか知らない。急に音信不通になったとか言っていたけれど、この際置いておこう。

 今、知りたいのは安名さんのことだけだ。

 

「この五人組、第二次チームみかづき荘は、それなりに順風満帆だったがとある日を切っ掛けにして、離散することになる。安名メルが魔女との戦闘の最中で魔女化したからだ」

 

「え……」

 

 衝撃的な内容に俺は(うめ)く。

 しかし、深月ちゃんはハッとした顔で言う。

 

「あ、オレ、その話知ってるぞ。確か、記憶ミュージアムでマギウスの連中に見せられたんだ」

 

「え、何それ。俺、初耳なんだけど」

 

 深月ちゃんが言うには記憶ミュージアムのゴンドラに乗った時に見せられた映像がその内容だったのだと言う。

 だったら、名前を聞いて気が付いてもいいものではと思ったが、映像の中身が衝撃的過ぎて出てきた魔法少女の名前なんかいちいち(おぼ)えてられないと言われ、納得する。

 

「内容言われてようやく思い出した。あれって、みふゆの記憶なんだったか? ……じゃあ、中沢が見たそいつらって死んだ魔法少女ってことなのかよ!?」

 

 深月ちゃんの言葉に、和泉さんは深く頷く。

 

「話す手間が省けたが、まあ、概ねその認識で合っているだろう。ファントムワールド内で死別した相手を夢想する魔法少女は少ないが、D・ドッペルにまで閉じ(こも)る者は自分の知る限りは居なかった」

 

 もっともD・ドッペルを使い(こな)せる魔法少女はそう多くない訳だが、と付け足す。

 雪野さんと安名さんが既に死んだ魔法少女だというのは分かったが、まだ偽みかづき荘には不明な点ばかりだ。

 

「何で梓さんだけ混ざってるのかが分からないですね。由比さんや十咎さんは居ないのに」

 

 心地よい過去に浸りたいのなら、チームが全員ではなく、なぜ死人二人と梓さんだけしか偽みかづき荘に居ないのは不自然だった。

 

「それについては、分かっている。梓みふゆは取り込まれた本人だからだ」

 

「……はい? え、だって梓さんは俺たちと別れた後、八雲さんを目覚めさせに行ったはずですよ」

 

「その後、自分と同じ恭介君の手先の魔法少女によって襲撃を受けた後、恭介君自身の手によって、七海のファントムワールドに落とされた。まさか、D・ドッペルの内部にまで取り込まれていたとは知らなかったがな」

 

 わりと衝撃的な事実を和泉さんから、さらりと聞かされ、思考が中断される。

 マジか……。上条を救い出すとか言っておいて、あっさり捕まって、また夢の中に逆戻りしていたのか。

 いや、それよりも──!

 

「え、上条の手先の魔法少女って和泉さんだけじゃなかったんですか!?」

 

「ああ。黒羽根の少女の……黒江といったか。その魔法少女もまた自分と同じようにファントムワールドを自由に移動でき、D・ドッペルを任意で扱える」

 

「何そのめっちゃ大事な情報! もっと早く共有してほしかったです!」

 

 俺はてっきり上条の側近は和泉さんだけだと思っていた。

 だけど、話を聞く限り、もう一人、あのでたらめな力を使える魔法少女が刺客として襲い掛かってくる可能性があるという話じゃないか。

 慌てふためく俺だったが、和泉さんは落ち着き払った様子で制した。

 

「ああ。それについては謝罪しよう。向こうから接触して来ない現状から(かんが)みて別のことに対処している、もしくは恭介君本人が接触を禁じている様子だったため、余計な君らの心労を増やしたくなかった」

 

「じゃあ、大丈夫って考えていいんですか?」

 

「うむ。そもそも恭介君が排除だけを目的とするのなら、今こうしている間でも我々は魔法で融解されているだろう」

 

「ええー!?」

 

 よって、恭介君は我らが自分の元に直接来るまで手を下すつもりはない。

 そう和泉さんに断言され、俺は頬を引きつらせた。

 想像の百倍以上、俺たちは無防備な状態だったと聞かされ、頭がクラクラする。

 

「ともかく、だ。今はこの七海のD・ドッペルを攻略することを第一に考えてくれ」

 

「あー……分かりました。話を戻しましょう。死人の他に梓さんが混ざっているのはこれで分かりましたが、最大の謎として、七海さんの代わりにサソリ女が居ることについてはどうですか?」

 

 俺より頭が良い人がそこまで言うのなら信じよう。

 話を戻して、あのサソリ女が何なのかを尋ねた。

 顎に指を置いて考え込む仕草をした和泉さんは「これは予想なのだが……」と前置きして語る。

 

「君が“サソリ女”と呼ぶ存在は七海のドッペル……いや、この場合は『過去に依存するもう一人の七海』とでも呼ぶべきものだろう」

 

「あれが、もう一人の七海さん?」

 

「君が疑問を口にした程度で空間をリセットしようとするということは、それだけ己が作り上げた状況に固執しているということだ。恐らく、人数を増やさないのも設定した状況が崩れることを恐れてのものだろう。であるならば、洗脳させているとはいえ、姿かたちが異形なのは(いささ)杜撰(ずさん)が過ぎる」

 

 確かに言われてみれば、認識や記憶まで歪めている癖に姿が化け物なのは誤魔化しとしては雑だ。

 あれがD・ドッペルならまだしもこの空間自体がD・ドッペルの内側なら、異形の姿をしている意味が分からない。

 少なくともD・ドッペルを任意で使えた和泉さんがおかしいというのなら、その違和感に間違いないだろう。

 

「七海の強い意思がそうさせたのか、『過去に依存することを拒んだ七海』と『過去に依存することを望んだ七海』に分裂した。自分の予想としては、こんなところだ」

 

 突拍子もないような理屈に聞こえるが、七海さんの性格を考えるとあり得なくもない。

 あの人は自分にも他人にも厳しい人だった。素直に都合の良い夢に(おぼ)れることには抵抗しそうだ。

 だけど、もし、七海さんが本当に分裂したというのなら、この状況を突破するには……。

 

「それなら『過去に依存することを拒んだ七海さん』を見つけられたら」

 

 和泉さんはこくりと首肯(しゅこう)する。

 

「このD・ドッペルを終わらせることができるはずだ」

 

 その力強い台詞に俺は希望を感じた。

 皆の協力があれば、この状況だって怖くない。

 

「じゃあ、これから協力してそっちの七海さんを探しましょう!」

 

 だから自信を持って和泉さんにそう提案する。

 

「いや、それは無理だ」

 

 だが、光の速度で却下された。

 まさに一刀両断という表現が相応しい断りっぷりだった。

 

「ええ!? どうしてですかっ!?」

 

「向こうは作り上げた状況に疑問を持つことも許さないほど徹底した管理をしている。もし我々の存在が露見すれば、取り込まれる可能性がある。現状に更なる異変を起こすのは得策ではない。よって中沢君」

 

「ま、まさか……」

 

 嫌な予感がした。

 銀の街に放り込まれる前にあった桜子さんとのやり取りを思い出す。

 和泉さんはまっすぐな瞳で宣言を下した。

 

「君一人で七海を探し出してくれ」

 

「やっぱりィィィィ!」

 

 こうして俺は頼れる仲間と再会した後、危険な一人旅を命じられるのだった。

 

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