ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第四十七話『中沢君と妄執の幻影世界』③

 偽みかづき荘の中で『過去に依存することを拒んだ七海さん』を見つけ出す。

 それがD・ドッペルの内側に囚われた現状を打破するために俺がしなければいけないこと……なのだが。

 

「七海さん、どこですかー……? こことかに居ませんかー……?」

 

 キッチンのゴミ箱の中を覗いたり、リビングの棚の引き出しを漁ってみたりと手当たり次第に探しているだけでは一向に目途さえ立たない。

 他の住人に気取られないよう小声で呼びかけるが、これも一応やっているだけで効果は皆無に等しかった。

 和泉さんの予想では、“現実を強く思い出させるもの”に封じられているのではないかということだったが、俺には見当も付かない。

 俺よりは七海さんに詳しいであろう深月ちゃんにも聞いてみたのだが、やはり思い当たるものはないとの回答だった。

 だが、最後に少し悩んだ後。

 

『でも、やちよの大事なモンだっつーなら、やっぱあいつの部屋にあんじゃねーの?』

 

 深月ちゃんは俺にその助言をくれた。

 かなり有用な意見だと思うのだが、その七海さんの部屋には今、サソリ女が居るらしく入ることは不可能だった。

 俺が正気に戻ったことに気付かれれば、また記憶や認識を歪められてしまう。最悪の場合は俺を完全な邪魔者として物理的に排除される可能性もある。

 ここはD・ドッペルの中、痛みもあれば傷だってできる。致命傷を受ければ現実と同じように死ぬのだ。

 だから、七海さんの部屋に入って探索するのは一旦後回しにする他なかった。

 とはいえ、無さそうな場所を無意味に探すだけでは時間の無駄でしかない。

 どうしようかと、キッチンでうんうん唸っていたところ、背後から近付く足音が聞こえた。

 じわりと汗が滲み、胃がキリキリと痛んだ。

 振り返って、あのサソリ女が仮面じみた顔で見つめていたら絶叫する自信があった。

 そして、その場合、俺の認知が正常に戻ったことがサソリ女に露見してしまう。

 震えを押し殺し、平常を装うために深呼吸して振り返る。

 視線を向けた先には(いぶか)しげに俺を見つめる梓さんの顔があった。

 

「何されているんですか? 中沢君」

 

「あ……梓さん。いや、ちょっと探し物してまして」

 

「探し物、ですか? 良ければワタシたちもお手伝いしますよ? ねえ、()()()()()

 

 ホッと安堵(あんど)して口を滑らせた俺は、梓さんの後ろへ張り付くようにして(たたず)むソレに息を呑んだ。

 真っ白い仮面にある洞穴としか表現できない“目”はしっかりとこちらを捉えている。

 叫び出さなかったのは奇跡に近かった。

 

「…………ッ」

 

「キッチンのことならやっちゃんがこの家で誰よりも詳しいですし。あ、別にワタシがまったく料理を作らないってことじゃないですからね。お野菜切ったりはできますから」

 

 梓さんのズボラであることを誤魔化すための発言にもまったく笑えない。

 俺の脳内は、目の前に居るサソリ女に早くも目的がバレていないかどうかで一杯だった。

 心臓の鼓動が煩いぐらい高鳴る。

 命の危機なら何度かあったが、これほどホラーじみた恐怖は久しぶりだ。

 こういう時、どうすればいいのか。ヌルオさんなら、軽いジョークを交えて、会話の主導権を握りに行くだろう。

 だけど、俺はあくまで俺でしかない。慣れないことはしない。

 自分らしい選択肢で挑むだけだ。

 

「そう、なんですか。意外ですね。梓さんって何でもできそうなイメージありました」

 

 会話の対象は梓さん。何気なく、無難な形で話題を続ける。

 見せてやる! 無難でつまらない話をさせたら、俺の右の出る奴は多分、そんなに居ないってことを!!

 

「ですから料理はできます。ただ、積極的にする意味が見出せないだけで……。もうやっちゃんからも言ってあげてくださいよ」

 

 ぐえええー! あくまでもそっちに振る気かー!

 遠慮のない、梓さんによる話のパス回しが炸裂(さくれつ)する。

 

「jnasdnasvikhciasejci/j/lichli」

 

 案の定、何を言っているか意味不明の言語を吐き出すサソリ女。

 もはや言葉というよりも、鳴き声あるいは機械音声を垂れ流しているようにしか聞こえない。

 

「ですよね。やっちゃんならそう言ってくれると思ってました」

 

 奴の言葉はまったく分からないが、話の脈絡から考えて梓さんへのフォローだったらしい。

 そんな見るからに化け物じみた異形の存在にフォローされないでほしいところだ。

 意識的に笑顔を強張(こわば)らせないようにして、話を切り上げさせてもらう。

 

「あははは。すいません。あ、じゃあ、お二人の邪魔になりそうなんで、キッチンから退()きますね」

 

「jvlasvlihv;afku.ksdvjj.,k/ihaelisaksh」

 

 会話を終わらせつつ、この場から退避しようとする俺の背中へサソリ女の謎言語が投げかけられた。

 振り向くと暗黒の空洞が俺を見つめている。

 当然ながら、奴が何を言ったのかを理解することは不可能だった。

 だが、答えられなければ、俺の正気に戻ったことがバレてしまう……。

 背中に嫌な汗がじわりと()いた。

 梓さんはきょとんとした顔で俺を眺めている。

 どうにか言葉を出さないとヤバい。

 だけど、今何を言ったんだ?

 俺の発言に対する反応? それとも何かを尋ねた? 

 駄目だ。ニュアンスどころか、どういう文脈なのかも判断できない。

 脳内で思考を高速回転させても答えは出ない。しかし、刻々と時間だけは無情にも過ぎていく。

 

「……まあ、そうですねぇ……」

 

 追い詰められた俺は切り札、“中沢流会話術・最終奥義『曖昧な肯定』”を発動させる。

 相手に意見を求められた時や回答しづらい質問をされた時、俺はこの中途半端な返答で乗り切ってきた。

 なお、二択である場合は“中沢流会話術・秘伝奥義『どっちでもいい』”が発動できる。

 これを使うことで自分の返事を終わらせ、強制的に間を作ることができるのだ。

 後は梓さんが何かを話し始めてくれれば、俺への注意が剥がれ、適当に相槌(あいづち)を挟んでから、その場の流れで抜け出せる雰囲気になる……といいなぁ!

 半ば願望を抱きつつ、梓さんに目を向けるが、相変わらず、不思議そうに俺を見ているばかりで何も言ってくれない。

 何であんた、自分の時は華麗なパス回しする癖にこういう時は混ざりに来ないんだよぉ!

 

「liahsdklsdch;ai/svhilsad.kcnl/jasdihcbla」

 

 追撃、来ちゃった……。

 絶望感を抱きつつ、俺はサソリ女の意味不明な発言を受け止めた。

 切り札であった『曖昧な肯定』は二回連続で発動すると、明らかに話を聞いてないことが相手に知られてしまう大技だ。

 つまり、この状況下では使用不可能。

 よって、俺は更なる窮地に追い込まれてしまった。

 だが、ずっと黙っている訳にもいかない。

 

「……ああ、なるほどぉー」

 

 “中沢流会話術・最新奥義『なるほど』”を編み出して、立ち向かう。

 これはとりあえず、言いたいことは理解しているということを表す話術。

 場合によっては「何がなるほどなんだよ!」との突っ込まれかねない諸刃(もろは)の剣だ。

 一か八かの発言。もしも話の流れに沿()っていれば、セーフ。沿っていなればアウト。

 さあ、どっちだ!

 

「中沢君。さっきからやっちゃんの話聞いてませんよね?」

 

 アウトー! はい、アウトー! やってしまいましたねぇ、これは!

 梓さんにやや困ったような表情で指摘され、俺は絶望に叩き落とされる。

 サソリ女が再びこの空間を破壊して、作り替えるのを予感して、自分の間抜けぶりに打ちひしがれた。

 ごめん。皆、俺やっぱ駄目だったよ……。

 失意に沈む俺に朗らかな笑顔で梓さんは続ける。

 

「誤魔化したって、駄目ですよ。何かつまみ食いするつもりでキッチンを漁っていましたね」

 

「……へ?」

 

「まったく。中沢君も食べ盛りとはいえ、少しお行儀が悪いですよ」

 

 そうか。梓さんは俺のいう探し物というのは食べ物のことだと思っているのか。

 彼女の中では、『俺は小腹が空いたから夕飯前にキッチンでお菓子でもないかと探っていて、それを咎められたから話を誤魔化そうとしていた』。そう認識している訳か。

 おや。これはまだ……終わっていないのでは?

 そう思った瞬間、俺は全力で梓さんに話を合わせていく。

 

「実はそうなんですぉっ!」

 

「うわっ、急に大きな声出しますね……」

 

「あ、すいません。恥ずかしくて、つい。いやー本当にすみません。勝手に食べ物漁るとか良くないですよね。生活態度改めます。何て言うか、申し訳ないです、はい」

 

 やや早口になっていることを自覚しつつも俺はペコペコと頭を下げて、その場を乗り切ろうと謝罪発言を吐き(つら)ねる。

 もうそのくらいでいいですから、と梓さんが呆れるまで俺は深く反省したことを説明し続けた。

 この間もサソリ女は俺を凝視していたが、返答する隙を与えず、ひたすら謝罪を乱舞させる。

 

「七海さん、下宿している身で失礼なことしてすいませんでした。ちょっと反省してきます!」

 

 勢いだけでキッチンから出て行き、そそくさと小走りで廊下まで逃げ延びる。

 背中にじっとりとした視線を浴びつつも、“盗み食いがバレたせいで恥ずかしがっている”という(てい)を貫き通した。

 パタンとリビングとの境の扉を閉めて、ようやく張り詰めていた神経を(ほぐ)す。

 ヤバかった……。梓さんのつまみ食いだと勘違いしてくれなければ、また認識を(いじく)られていた。

 しかし、俺はその逆境を乗り切った。

 更にサソリ女がリビングに来たということは、七海さんの部屋を探索できるチャンスだ。

 リビングの中を警戒しつつ、俺は七海さんの部屋へと向かった。

 部屋の前までやって来て、扉の前に立つ。

 部屋に鍵がかかっていたらどうしようかと思ったが、鍵穴らしきものは見当たらない。

 覚悟を決めた俺は、音を立てないよう慎重にドアレバーを下げて押し込む。

 

「何してんの……」

 

「ひぅっ!」

 

 後ろから声を掛けられて、短い悲鳴が体内から飛び出した。

 振り向いた先には雪野さんと安名さんが二人揃って、遠巻きに眺めている。

 

「そこは、やちよさんの部屋ですよ? 何しようとしてたんですか?」

 

 戸惑いの表情から見て、サソリ女が遠隔操作しているのではなく、あくまで自我を持つ一個人として俺の行動を観察しているようだった。

 D・ドッペルの一部ではあるが、その中身は正確に死んだ魔法少女を再現しているのだろう。

 それなら正直にすべてを話すべきか。いや、それにはリスクがあまりにも大き過ぎる。

 大体、彼女たちが本人を再現しているからと言っても、夢想する魔法少女の防御機構であるD・ドッペルが夢から(さま)そうとする行いをどこまで許容するのかは不明だ。

 何が引き金になって、この空間がリセットされるのか分からない以上、そんな危険は(おか)せない。

 なら、この場合はどうするのが正解なのか。

 

「実は……七海さんに日頃の感謝を込めたプレゼントをしようと思ってまして」

 

 嘘を吐く。それ以外にない。

 堂々と、それでいてせせこましい内容の虚言。

 前にヌルオさんから教えてもらったことがある。

 『上手な嘘の吐き方』とは、大きな嘘の中に小さな真実を混ぜること……()()()()、と。

 真の『上手な嘘の吐き方』とは、現実的な範囲を絞った嘘を維持すること。この一点さえ、守れれば真実など一滴も要らない。

 

「だから、七海さんの部屋でどんな物が好みなのかこっそり調べさせてもらって、できるだけ趣味に合うものをプレゼントしようかと……」

 

「それなら、ボクたちにやちよさんの好みを聞けばよかったんじゃないですか?」

 

 当然の反応が安名さんから返ってくる。

 だが、ここが勝負所だ。

 

「え、だって……そんなこと聞けませんよ……。もし、七海さんへ片想いしてるとか勘違いされて、それが万が一にでも本人の耳に入ったら、絶対気まずくなるじゃないですか」

 

 あり得そうというラインを越えない嘘。

 常識的に考えればおかしいかもしれない。だが、男子中学生という俺の多感な立場からの発言であれば、あり得なくない。

 そう思わせるギリギリの範囲。

 

「えー……そんな風になりますかねぇ。本人の部屋に忍び込む方が勇気いる気がするんですけど」

 

 う……、これはまずいか。

 風向きが怪しくなり、額が汗ばむ。

 しかし、そこで雪野さんが口を出す。

 

「……ちょっと分かるかも。中沢君はそういう雰囲気になって、居心地が悪くなるのが嫌なんでしょ?」

 

「そうですそうです。そうなんです。ただでさえ男は俺一人で気後れするのに、そういう雰囲気になったらもう耐えられなくなりそうで」

 

 情けなく泣きつくような声音で言う。

 雪野さんは、(みな)まで言わなくてもいいとばかりに鷹揚(おうよう)(うなず)いた。

 話した限り、雪野さんは風体の不穏に見えるが共感性が高く、思いやりが強い人だ。本物ではないとはいえ、こんな良い人を騙すことに後ろめたさを感じたが、これは七海さんを現実に引き戻すためにも必要なことだ。

 

「なら、見逃してくれませんか? 別に何か悪戯しようって訳じゃないんです。ただ、少し七海さんの部屋にお邪魔させてもらうだけなんです」

 

「うん……じゃあ、三人で」

 

「はい?」

 

 とりあえず、肯定してくれたが、付け足された“三人”の意味が分からず、俺は聞き返した。

 すると、雪野さをではなく、安名さんが納得したように手を打つ。

 

「あー、なるほど。確かにボクたちも一緒に入れば安心です。それなら中沢君が変なことをしてないって確認もできますから」

 

「えっ……」

 

 二人とも付いてくる気か!?

 監視の目があっては、じっくりと七海さんの部屋を探ることは叶わない。

 家具の位置や敷物だって動かす大規模な探索を計画していたが、それはどう足掻いても実行できそうになかった。

 だが、ここで下手に拒んで、サソリ女に告げ口された方が遥かに困る。

 ここは受け入れるしかない。

 

「わ、分かりました。それじゃ、お願いします」

 

 渋々、俺は二人を連れて、七海さんの部屋に足を踏み入れることになった。

 部屋の明かりを付けると、想像していたよりもずっと普通な内装が目に映る。

 てっきり異様な雰囲気の奇妙な空間が広がっていると思っていたが、拍子抜けするくらいまともな部屋だった。

 大きな黒檀のクローゼット。品の良いシングルベッド。スツールの付いた立派なドレッサー。壁に立てかけられた縦長の姿見。やや大きめのゴミ箱。あとは絵画と壁掛けの棚に置かれた小物。

 それほど物の多い部屋ではなかった。

 モデルだと聞いていたから、さぞ服やアクセサリーで溢れているのかと思いきや、それほど華美な印象はない。

 むしろ、これほど大きな屋敷に住んでいる割りには質素な印象さえ感じる。

 この部屋が現実の七海さんの部屋とまったく同じかは分からないが、これだけ現実味のある部屋が完全な妄想から作り出されたとは考えづらい。

 

「何だか久しぶりな気がする……」

 

 ぽつりと漏らした雪野さんの言葉に俺は彼女を見た。

 独り言のつもりだったらしく、目が合うとちょっと間が空く。

 

「…………あんまりやちよの部屋、来ないから」

 

「ボクもほとんどっていうか、一度か、二度くらいしか入ったことないです。普段、リビングに集まることが多いですし、部屋に呼んだり、行ったりっていうのは基本的にしませんよね」

 

 安名さんもそれに同意するように頷いた。

 二人とも、七海さんの部屋に来ることはほぼないらしかった。

 であれば、少なくても七海さんの認識では、この部屋は不可侵とまでは行かなくてもかなり閉鎖的な場所だということ。

 俄然(がぜん)、ここに『過去に依存することを拒んだ七海さん』が居る可能性は高まってくる。

 俺は真剣に部屋を見回す。二人の目がある以上、物を漁るような真似はできないが、よく観察するだけでも何かに気付けるかもしれない。

 

「……ん?」

 

 そこで俺は壁に立てかけられている姿見に違和感を持った。

 鏡が(くも)っている。

 濁った水のように曇った鏡は、ぼやけた俺の鏡像を写していた。

 湿気か(ほこり)で曇っているのかと思って指で鏡面を擦るが、曇りは一向に消えない。

 おかしい。ひょっとして、これが七海さんの“現実を想起させるもの”なのだろうか。

 鏡……といえば、ドレッサーの方には付いてないのか。

 ウチの母親のドレッサーには鏡が上部に付いていた。いくら大きな姿見があるとは言っても、化粧をしながら鏡を見ない訳にはいかない。

 まして、モデルをしているなら身だしなみには人一倍気を遣うはずだ。

 ドレッサーの方に近付いてみると、上部には両開きの戸のようなものがある。

 取っ手があるところと、ドレッサーに繋がっている位置から考えて閉じられた三面鏡のようだった。

 こちらの鏡も曇っているのだろうか、そう思って手を伸ばし、開き戸の取っ手に触れた。

 その時。

 激しい振動音と共に部屋の扉が乱暴に開かれた。

 俺も、部屋に居る二人も一斉にそちらを向く。

 扉から室内に侵入してきたのは……白い仮面と黒い洞穴の目を持つ、異形の化け物──。

 

「dv;mkltbi;lihb;ijkghi:rjo;s\/lavo:j;etokro:jdf;jo;nnk/fjl;rbjoa/hliadg;argjl/dji;odtji;:drbjdt!!」

 

 ──サソリ女だった。

 

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