ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第四十九話『中沢君と皆殺しの救世主』①

 模造品の宇宙空間。

 天の川のジオラマ。

 幻想的で広大な七海さんのファントムワールドは、その規模故に崩壊していくまで酷く長い時間を要していた。

 光る星を模した球体が融け落ち、漆黒の背景が剥がれ落ちる中、俺たちは下へと緩やかに下降する。

 高層ビルのエレベーターで最上階から地下まで降りるような浮遊感を味わいながら、落下していると膜としか表しようのない境界線が見えてきた。

 緊張からかこの場に居る誰もが無言だったが、そこでようやく和泉さんが口を開く。

 

「中間層を抜ける。深層は表層と同じく、負の物理干渉があるから注意するんだ」

 

 負の物理干渉というのは、傷や痛みのことだろう。

 この速度での落下であれば、地面に激突して大怪我をするなんてことは起きないはずだが、ここから先は常に命の危険が付き(まと)うということだ。

 俺はグッと拳を握り締めて、和泉さんへ頷いた。他の魔法少女も同じように首肯する。

 彼女はそれを見届けると、視線を視線を真下へ戻した。

 それから十秒ほどして、暗黒の背景を抜ける。暗いトンネルから出て、日差しを浴びた時のように、(まばゆ)い光が唐突に視界を満たす。

 目が周囲の明るさになれるまで、目を細めていると足の下に地面の感触がした。

 人工物じみた硬い感触ではなかった。柔らかでいて、安定感のあるこの感じは……土だ。

 視界が慣れ、景色が瞳に映し出される。

 そこは、濃い紫色の花が一面を覆う花畑がどこまでも広がる空間だった。

 降りて来た真上には青く澄んだ空があり、白い雲が緩やかな速度で流れている。

 美しい光景に心を奪われかけたが、すぐに気を取り直して、全員がこの場にちゃんと居るか見回した。

 七海さん、梓さん、和泉さん、深月ちゃん、アリナ・グレイ……よし、全員居る。

 

「あれ……?」

 

 少し離れたところに五人、別の魔法少女たちの姿が見えた。

 向こうも俺たちの存在に気付き、こちらへ向かって駆け寄ってくる。

 

「あ、中沢君! 良かったぁ。無事だったんだね」

 

 白いフードにピンク色の髪。

 その特徴に該当する魔法少女は──。

 

「環さん!?」

 

 そして、彼女に続く魔法少女はういちゃん、里見灯花、柊ねむ、と……誰だ、あの黒髪のお団子の子は。

 知らない魔法少女が一人混じっていることに困惑しつつも、俺は環さんが傍に来るのを待った。

 

「何でここに環さんたちが居るんだ?」

 

 万年桜のウワサ空間で眠っているはずの彼女たちが、こんな場所に居るなんて予想外過ぎる。

 ファントムワールドが生んだ偽物かとも思ったが、その疑念は次の一言で霧散した。

 

「桜子さんから聞いて、一人で突入した中沢君を助けに来たんだけど……。やちよさんたちが居るなら要らない心配だったかもしれないね」

 

 佐倉さんから事情を教えられ、わざわざ俺を助けるために銀の街までやって来てくれたのか。

 くぅ~、なんて良い人なんだ。環さん! 最近知り合う魔法少女は大体が俺のことを雑に扱う人ばかりだったので裏表のない彼女の思いやりが胸に染みる。

 

「そんなことないって! いや、嬉しいな、俺のために危険を承知で助けに来てくれるなんて……。でも、ういちゃんまで連れて来て良かったのか? 桜子さんも反対したんじゃ……」

 

 あの融通が利かない桜子さんが環さんたちを送り出しただけでも驚きだが、上条に狙われていたういちゃん自身までこの場所に連れて行くことを快く認めたとは思えなかった。

 

「むしろ、ういが率先して中沢君を助けに行くって言って、桜子さんを説得したの。私はその気持ちを尊重しただけ。ね、うい」

 

 環さんが会話を振ると、ういちゃんが少しだけ照れたように微笑んだ。

 

「私のことを救ってくれた中沢さんを助けたいってお願いしたら、お姉ちゃんたちが協力してくれたんです。わがままだって分かってたんですけど、どうしてももう見ているだけなのは嫌だったから」

 

 その言葉を聞いて、俺は彼女の魂がモキュゥべえとして、ずっと俺たちを見ていたことを思い出した。

 見ていることしかできない不甲斐なさや申し訳なさ、後悔。その気持ちは俺にも共感できた。

 ヌルオさんの中で戦いを眺めていることしかできなかった俺は、ずっと歯痒(はがゆ)い思いをしていた。

 そこに居るのに、何もさせてもらえないのは本当に辛いことだ。

 だから、俺はういちゃんの優しさと勇気を心から尊重する。

 

「ありがとう、ういちゃん。救ったのは俺っていうか、ヌルオさんから渡された魔法のおかげだけど、それでも俺のために危険を冒して来てくれたこと、すっごく嬉しいよ」

 

「えへへ……そう言ってもらえると私も嬉しいです」

 

 これで環さんたちがこの場所に居る理由は分かった。分かったのだが、それ以外にもう一つだけ聞いておかなければならないことがある。

 それは……。

 

「ところで、その魔法少女の人、誰なんだ……? 俺、初めて見る人なんだけど」

 

 さらっと混じっている見知らぬ黒髪お団子ヘアの子のことだった。

 これでも神浜市に居る魔法少女の顔はかなり知っていると自負していたが、本当に見たことのない子だった。

 年頃は環さんと同じくらいなので、俺と同じか一つ上辺りだろう。

 思わず、環さんに尋ねると、彼女は「そういえば中沢君はちゃんと会ったことなかったね」と紹介してくれる。

 

「私のお友達の魔法少女の黒江さん。前に住んでた宝崎市で知り合ったの。黒江さん、こっちが中沢君」

 

 環さんに促されて、黒江というらしい魔法少女は俺の前に来る。

 あからさまに人付き合いが苦手ですという雰囲気を隠さず、ぎこちない笑みで俺に会釈(えしゃく)した。

 

「あ……どうも。黒江、です……」

 

「あ。これはどうも。俺は中沢って言います」

 

「そう、なんだ……」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「……うん」

 

 何だ、この地獄みたいな会話。

 俺だって社交性が高いとまでは言う気はないが、この対応は酷過ぎる。

 対話をする気がない訳ではない様子だが、致命的に会話のキャッチボールが下手だった。

 こう、投げたボールを掴んだ後、そっと地面に転がしてしまうような感じと言えば分かり易いだろうか。

 明らかに自分を知ってもらう気もなければ、相手を知ろうともしていない。

 ん……? “黒江”?

 その名前って、最近どこかで聞いた覚えがあるような……。

 彼女の名前に引っ掛かりを感じ、記憶の中を探っていると和泉さんが大したことでもないように黒江さんへ話しかけた。

 

「やあ。黒江君」

 

「あ……えっと、白羽根の……」

 

「和泉十七夜だ。前にも名乗ったと記憶しているがね。それよりも、環君たちと行動を共にしているということは、君も恭介君から離反したということか?」

 

 その発言を聞いて、七海さんのD・ドッペルの内での会話を思い出した。

 『ああ。黒羽根の少女の……黒江といったか。その魔法少女もまた自分と同じようにファントムワールドを自由に移動でき、D・ドッペルを任意で扱える』。

 

「ああーっ! 和泉さんが言ってた、もう一人の上条側の魔法少女ってこの人か!」 

 

 鮮明に思い出したことで勢いが付き、声が大きくなってしまう。

 

「わわっ……」

 

 黒江さんはそれに驚いたように声を上げて目を白黒させた。

 それから視線を逸らして、傍に立っている環さんの陰へすっと隠れる。

 ……何だ、このか弱い生き物。

 聞いていた話では梓さんを襲った魔法少女だということだったが、この気弱な姿からは到底想像できない。

 俺は梓さんの方へ目を向けると、一歩前に出た彼女は尋ねる。

 

「ワタシを追いかけていた時とは大分様子が違いますが……あの時の黒江さんで間違いありませんか?」

 

 怒っているというより、梓さんもまた彼女が自分を襲った下手人なのか自信がないようで困惑交じりで尋ねる。

 すると、環さんの陰から顔半分をひょっこり突き出した彼女はこくりと首肯(しゅこう)した。

 

「はい……。あの時にあなたを殺そうとしたのは、私です。その、本当にすみませんでした」

 

 英語の教科書に出てくる和訳のような違和感ある文法で答える黒江さん。

 その表情や口調から本気で反省しているのは伝わるが、(かたく)なに視線を合わせようとしない姿は謝罪としては落第点だった。

 そして、その印象は梓さんも同じだったのだろう。

 

「ちゃんとワタシの顔を見て、言ってください」

 

 毅然(きぜん)とした態度で黒江さんを促す。

 環さんへ助けを求めるような眼差しを送るが、彼女は甘やかすことなく言った。

 

「黒江さん。そこは私に頼っちゃダメだと思うな」

 

 誰に対しても親切な彼女にしては珍しく厳しい意見だった。

 黒江さんは少し視線を彷徨(さまよ)わせた後、環さんの陰から出て、梓さんの正面に立つ。

 それから背筋を伸ばして、深く頭を下げた。

 

「本当にすみませんでした……」

 

 その謝罪に対し、梓さんは柔和な笑みで返答する。

 

「はい。きちんと謝って頂いたので許します。改めて、よろしくお願いしますね、黒江さん」

 

「あ……ありがとうございます。梓さん!」

 

 その二人のやり取りを見て、俺は梓さんの懐の深さを感じた。

 一度は命を奪おうとした相手とも関係性を結び直せるその在り方は格好良く見える。

 

「あ、そういえば、オレも眼帯のねーちゃんに殺されかけたけど謝られてねー」

 

「アリナも」

 

「ああ、そうだったか。すまない、色々と説明もあったせいで忘れていた」

 

「もっと真剣に謝れよー。あと、詫びにお菓子寄こせ。三千円くらいするたっけーヤツ」

 

「アリナはまあ、ヌードデッサンくらいで許してアゲル」

 

 背後で懐の深くないやり取りが繰り広げられたいが、それは聞かなかったことにした。

 というか、その理屈なら君ら二人も俺を殺しかけたけど、特に謝ってないよね……。別にどっちでもいいけど。

 まあ、そんなことは後回しでいい。この空間だと時間の概念が曖昧なせいで、現実空間ではどのくらいの時間が経っているかも分からない。

 

「とにかく、上条を探しましょう! あいつを説得さえすれば全部丸く収まるはずです」

 

 集まっている魔法少女全員に向けて、そう宣言した。

 まだファントムワールドに囚われている魔法少女は沢山居るが、その人たちも銀の街が消滅すれば(まと)めて助けることができる。

 そのためにはまず、上条を見つけ出す必要がある。

 深層がどれだけ広いのかはまだ分からないが、中間層にあった個々のファントムワールドでもかなりの規模があったことを考えると、探索だけでもそれなりの時間がかかるだろう。

 

「そこで俺はある程度の人数ずつのチームに分かれて上条を捜索することを提案したいと思います。これについて、何か意見ある人居ますか?」

 

 生まれて初めてリーダーシップというものを発揮して、全員に提案する。

 命懸けの状況を何度も乗り越えた俺にとって、率先して発言をすることは恐怖の対象でも何でもなくなっていた。

 今までの経験から自分を成長させたことを実感しつつ、俺は皆の顔を見回す。

 そこで環さんが、少しだけ困ったような顔で遠慮がちに手を挙げた。

 

「あの、中沢君……」

 

「はい! 何か意見ありますか、環さん」

 

「意気込んでいるところ、申し訳ないんだけどね。……中沢君の後ろの方に見える長いテーブル。その奥に座ってるのって上条君じゃないかな?」

 

「え……? 後ろ?」

 

 俺は振り返って自分の背後を見回した。

 少し離れた先に白いテーブルクロスのかけられた大きな流しテーブルがあった。

 花畑の中心に置かれるにはあまりにも豪華で場違いなそのテーブルには、お菓子やティーカップなどが載せられていた。

 そして、こちらから見て、テーブルの一番奥の席。

 そこに腰掛けている長い銀髪の髪の少年は……。

 

「上条……」

 

 神浜市上空に巨大な逆さまの街を作り上げ、魔法少女を幻影の世界へと攫ったこの事件の首謀者。

 魔法少女のために心地よい夢を見せ、安楽の中で命を終わらせようと企む人工魔法使い。

 俺たちがこれから探し出そうとしていた上条恭介、その人だった。

 穏やかな表情と眼差しの上条はよく通る澄んだ声音で俺たちへ言う。

 

「ようこそ。僕の世界の底へ。どうぞ、皆さん。まずはこちらへ来て、掛けてよ」

 

 超然としたその態度と浮世離れした雰囲気は、幻影世界(ファントムワールド)の王に相応(ふさわ)しい貫禄(かんろく)だった。

 




当初の予定ではやちよ編の後に、いろは視点の外伝でみたま編を挟むつもりでしたが、流石にもうそろそろ上条君編に入りたかったので削りました。
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