ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第五十話『中沢君と皆殺しの救世主』②

「……さて、皆、席に着いてもらったところだし、お茶会を始めようか」

 

 流しテーブルを囲むように配置された椅子へ着席した俺たちを認めてから、上条は取り仕切って言った。

 席順としては上条の対面座に俺。その俺の両隣が環さんと黒江さん。

 環さん側の列にういちゃん、深月ちゃん、梓さん、七海さんが座り、黒江さん側の列には和泉さん、柊ねむ、里見灯花、アリナ・グレイが座っている状態だ。

 (はか)らずも、みかづき荘サイドとマギウスの翼サイドの両端に分かれる結果になっていた。

 上条が座る奥の席から多少距離があるものの、一番近い椅子には七海さんやアリナ・グレイといった実力のある魔法少女が率先して引き受けてくれた。

 明確に殺意を向けられている俺や、かつて狙われたことのあるういちゃんは、こちらから見て手前側に位置する場所に着席している。

 上条は涼しげな笑顔で皿に置かれていたティーカップを、取っ手を摘むように運び、口へ寄せた。

 優雅で上品な仕草は、その整った顔立ちと相まって絵になる光景だった。

 長いくすんだ銀色の髪が微かに揺れ、女性とは異なった色気のようなものさえ感じさせる。

 テレビに出てくる同世代くらいの男性アイドルやジュニアモデルが霞むレベルの美貌は、見知った俺にすら魔性じみた印象を与えた。

 ここに集まっている魔法少女たちも上条の一挙手一投足に目を奪われ、息を呑んでいるほどだった。

 陶器製らしき皿にカップが置かれ、カチャリと硬い音がする。

 静まり返った場で穏やかな声が流れた。

 

「どうしたんだい? 僕に言いたいことがあって、ここまで来たんだろう?」

 

 上条の余裕を持った言葉に、ようやく俺たちはハッと我に返る。

 そうだ。俺たちは上条と話すために深層まで降りて来た。この期に及んで、気圧されて喋れないなんて馬鹿げてる。

 だが、俺よりも一歩早く口火を切ったのは、環さんだった。

 

「……この銀の街をすぐに消して、中に捕えられている魔法少女たちを解放して!」

 

 これ以上にないくらい真剣な面持ちで上条へ言い放った。

 しかし、上条はその言葉を聞いて薄く笑うだけだった。

 

「『解放』か……。君がその単語を使うんだね、環いろはさん」

 

 瞳を細め、剃刀(かみそり)のような鋭利さを持った台詞を投げる。

 

「“魔女化する運命からの解放”を(はば)んだ、君が」

 

「…………っ」

 

 環さんは言葉に詰まり、声にならない声をあげた。

 真っ直ぐに上条の顔を見据えていた視線が徐々に下がり、(うつむ)いてしまう。

 

「ごめんね。言い過ぎたよ。でも、悪いけど、そのお願いは聞けない」

 

 環さんを黙らせた上条は続けて言う。

 

「君たち魔法少女には未来がない。やがて必ず押し寄せる破滅に絶望すると知っている。それを黙って見過ごすような真似はできないんだよ」

 

 柔らかな声だったが、譲れない芯が含まれていた。

 上条な魔法少女の未来を(うれ)いている。魔女やドッペル症になるだろう彼女たちを容認できない。

 だからって……。

 

「だからって、すべての魔法少女の命を奪うんですか?」

 

 俺が声を上げる前にういちゃんが上条へ問う。

 再び、出鼻を(くじ)かれた形になったが、言いたいことはほぼ同じだったので、喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。

 

「ああ、奪うとも」

 

 上条は戸惑うなく、鷹揚(おうよう)に頷いた。

 

「心地良い夢を見てもらい、緩やかに安寧の中でソウルジェムを融かしていく。もちろん、君も仲間外れにはしないよ、環ういさん」

 

「私をもう一度、魔女に……『エンブリオ・イブ』にすれば、魔法少女を解放できるとしてもですか?」

 

「っ……うい!」

 

 とんでもない爆弾発言をするういちゃんに、隣に居た環さんが目を()いた。

 里見灯花と柊ねむも騒然とする。

 だが、上条だけは落ち着いた様子で答えた。

 

「うん。君だけに絶望を押し付けるようなことはしない。平等に、公平に、すべての魔法少女を僕の魔法で安楽死させる」

 

 天使のような穢れのない顔で、死神のような皆殺しを公言する。

 

『────────────────────ッ!』

 

 この場に居る魔法少女全員に戦慄が走ったのを感じた。

 上条の殲滅(せんめつ)は既に確定事項なのだ。

 分かっていたはずのことだったが、改めてそれを言葉にされると怯まざるを得なかった。

 

「……それなら何故話し合いの場を(もう)けてくれたの? このお茶会こそが、貴方が自分の行いに迷いを感じている何よりの証拠ではないのかしら?」

 

 七海さんがそう尋ねると、圧倒されていた他の魔法少女たちも口々にそれに追従する。

 

「七海の言う通りだ、恭介君。一人の魔法少女を殺してしまったことを長らく気に病み、食事さえ採れないほど傷付いた君が大量殺人など望むはずもない。君は自責の念からそうせざるを得ない立場に追いやられていただけだ。本心から出た誠の行いではない」

 

「そうですよ、上条様! 私たちが弱い魔法少女が、上条様に何かも終わらせてほしいって望んだから……だから、仕方なくこんなことをしてしまったんです!」

 

 上条の側近であった和泉さんと黒江さんが、説得しようと言葉をかける。

 しかし、当の上条本人は七海さんを見つめて否定するように言った。

 

「何か勘違いがあるようだから言っておくね。これは話し合いの場じゃない。君たちが言いたいことがある様子だったから、僕はその気持ちを汲んだだけ。それだけに過ぎないんだ」

 

 出来の悪い生徒に辛抱強く教える親身な教師のように、上条はゆっくりと噛み砕いて説明する。

 

「僕はね、この計画を止めるつもりもなければ、君たちを例外にするつもりもない。全員まとめて、必ず安らかな死を迎えてもらう。これは既に決めたことだ。(ひるがえ)す気はないよ」

 

 すると、そこで今まで静観していた里見灯花と柊ねむが口を挟む。

 

「それは私たちが……マギウスが魔法少女の解放を諦めたせいなの、恭介……?」

 

「ボクたちが君を見捨てて逃げたせいで、止まることができなくなったのかい?」

 

 沈んだ表情で力なく聞く彼女たちは、上条から逃げるように去ったことに負い目を感じているようだった。

 里見灯花たちと上条の間にどんな関係があったのかは知らないが、ただの上司と部下という訳ではないように思えた。

 

「いいえ、マギウス・灯花。マギウス・ねむ……いや、灯花さん。ねむさん。君らは悪くない。むしろ、君らのような魔法少女に大きな役目を押し付けていた僕の落ち度だ。君もねむさんも、アリナさんも弱くて、愚かな魔法少女の一人でしかなかった事実に気付いてあげられなかった」

 

 皮肉でも挑発でもなく、悲し気な声音で上条は語る。

 君たちはただの弱い魔法少女だと。救われないといけない被害者の一人だと。

 それは失望の色すらない懺悔(ざんげ)のような吐露。

 

「責任や大義よりも、自分の大切な友達の方が大事だと感じる灯花さんやねむさんの本心を考えてあげられる余裕があの時の僕にはなかったんだ。恨み言のようなことを浴びせてしまって、本当にごめんね」

 

 ――魔法少女が“どうしようもなく弱い存在”だって、知っていたつもりだったのにね。

 そう漏らす上条の瞳には深い哀れみだけがあった。

 ここに来てようやく、俺は理解する。

 この場に居る上澄みの魔法少女ですら今の上条にとっては、敵対者ですらないのだ。

 救うべき哀れな子羊でしかない。

 この対話はそんな哀れでどうしようもない彼女たちの言葉に耳を傾けるだけのもの。

 苦労して自分の元へ会いに来た弱者たちへの慰撫(いぶ)

 もはや謁見(えっけん)だ。

 

「そんな……恭介、私たちは……」

 

「ボクたちは……」

 

「そんな顔しないで、二人とも。ほら、君らの大好きなお茶会好きだよ。もう悲しむ必要も、辛い想いをする必要もないんだから」

 

 慈愛に満ちた視線には、何の期待もありはしなかった。

 生まれたての赤ん坊か、手のひらサイズの小動物を眺めるような目。

 愛情はある。優しさもある。思いやりだって充分感じる。

 だけど──致命的なまでに相手を見くびった眼差しだった。

 里見灯花たちは言葉を失ってしまう。

 もう彼女たちは上条が礼を尽くしていた上司ではなく、無条件で愛情を与えられる庇護者でしかなかった。

 何を言っても彼には届かないと悟り、開きかけた口を悔しそうに閉ざす。

 代わりに最後のマギウスが言葉を(つむ)いだ。

 

「随分と傲慢(アロガント)なワードをユーズするようになったヨネ、キョースケ」

 

 一人、憮然とした態度で椅子に腰掛けていたアリナ・グレイは紅茶の入ったティーカップを投げ付けた。

 淡い茶色の液体を撒き散らしながら、陶器のカップが上条へ飛ぶ。

 だが、飛び散る紅茶もティーカップもすぐさま銀色の魔力に変換され、霧散する。

 本人には当然ながら、テーブルクロスにすら一滴の染みも付かなかった。

 アリナ・グレイはそんなこともお構いなしで偉そうな態度で文句を言う。

 

「アリナが紅茶、嫌いだってコト、きちんとレクチャーしたはずなんですケド?」

 

「懐かしい。イチゴ牛乳しか飲まないって、言ってたね。魔法の扱い方を訓練してもらっていた時、よく途中で食堂まで取りに行かされてた」

 

「そうそう。アリナのアトリエからダッシュでキャリーさせてたヨネー。遅れたらその分、ハードに仕上げてあげた……リマインドしてきた? “アリナの作品”だった時のコト」

 

 相変わらず、内容が頭に入って来ない言葉遣いだが、内容としては上条が灰羽根を名乗っていた頃の話だということは分かった。

 あまり丁寧に指導している姿は想像できないが、上条に魔法の使い方を教えていたのはアリナ・グレイだったようだ。

 彼女によって無理やり拉致され、軟禁された後、マギウスの翼の一員として酷使されていたと梓さんから聞いていたが、上条の表情や口ぶりからは怒りや恨みといった感情は読み取れない。

 むしろ、懐かしむように微笑みさえ浮かばせていた。

 

「アリナさんには感謝しているよ。おかげで僕は魔法を手に入れ、魔法少女の境遇を知ることができた。あなたの思い付きのドッペル移植実験で命を落とさなかったことが、単なる偶然してもね」

 

芸術(アート)には犠牲が付き物だカラ。単なる気晴らしにメイキングした作品だったけど、まさかここまで超大作になるとはイメージしてなかったヨネ」

 

「それで、どう? 僕はあなたにとって満足の行く作品になれたかい?」

 

「……言うまでもなく、──『駄作』。全然エキサイトしない」

 

 堂々とアリナ・グレイは言い切った。

 上条の顔色は変わらない。この会話自体、あいつにとっては子供の遊びに付き合っているようなものなのだから当然と言えば当然のことだ。

 アリナ・グレイはなおも話を続ける。

 

「理由は一つ。あなたが“空っぽ(エンプティ)”だカラ。昔のアリナだったら分からないけど、今のアリナには分かる。キョースケがもたらす滅びには、キョースケの願いも望みも感じないんだヨネ」

 

「…………」

 

 僅かに。

 ほんの僅かに上条の微笑みが崩れた。

 優し気に細まっていた瞳が開いたように見える。

 

「魔法少女の解放も、安楽死もキョースケの心から求める主題(テーマ)とは思えない。そこには情熱(パッション)執着(オブセッション)も感じられない。ねえ、キョースケ」

 

 アリナ・グレイはその芸術家としての審美眼を持って、上条へと問いかける。

 

「アナタが本心から望んでるテーマって……何?」

 

「……決まってる。君ら魔法少女を幸福で安らかな終わりに導くことだよ。それが僕の望み。僕の願い。それ以外にはもう、何も要らない」

 

 泰然自若としていた上条が初めて見せた()()()

 俺はそれに覚えがあった。

 結界の表層にあった銀の街。

 あの場所で見たものが、きっと上条の……。

 そこまで俺が考え込んだその時、上条がパンと手を叩いた。

 

「それじゃあ、これでお茶会はお開きにしよう。言い残したことはないかい? もしあるなら悪いけど、続きは夢の中の僕に言ってくれ」

 

 その発言でこの場の魔法少女全員が一斉に椅子から立ち上がり、あるいは椅子を蹴り飛ばして、臨戦態勢に入る。

 各々武器を魔力で作り出し、それぞれの固有の魔法をいつでも放てるように準備していた。

 対する上条は椅子に腰を下ろした姿勢を崩すことなく、穏やかな表情で左手を軽く持ち上げただけで動く気配すら見せない。

 

『中沢君……』

 

 一番傍に居る環さんの声が俺の脳内へ響いた。

 彼女もまた他の魔法少女と同じように上条の方を向いて、魔法を使おうとしている。

 

『あとは……お願いするね』

 

 魔法少女たちが輝く光を解き放つ。

 環さんはういちゃんの背中へ、ピンク色に発光した手を押し当てていた。

 

「え……環さん……?」

 

「──『コネクト』!」

 

 問い返すのとほぼ同時に、上条が挙げていた左手で──指を鳴らした。

 その瞬間、地面から這い上がる銀の魔力が、全員の輪郭を歪める。

 あっという間の出来事だった。

 

「そんな……」

 

 異形の姿になり果てた魔法少女たちは、微動だにせず、上条を見上げている。

 それはまるで王に忠誠を誓う従順な臣下のように映った。

 全身を覆い隠すその巨大な異形は……D・ドッペル。

 上条はずっと、俺が魔法少女たちを目覚めさせていることを黙認していた。その理由が分からなかったが、今なら理解できる。

 簡単な話だ。“いつでも彼女たちを夢の中に戻すことができたから”。

 D・ドッペルは防御機構だと和泉さんは言っていたが、それは正確な認識ではなかった。

 D・ドッペルの本質は盾、矛でも鎧でもない。『檻』なのだ。

 外部からのあらゆる干渉を阻害する究極の檻、それこそがD・ドッペルだった。

 だが、これすらも上条にとっては弱者への配慮なのだろう。

 誤って、すぐに融かしてしまわないように、優しく命を奪うためだけの揺り籠。

 それが上条の作り出した『D・ドッペル』。

 

「何かしようとしていたみたいだったけど、不発だったようだね」

 

 上条はD・ドッペルに覆い尽くされた魔法少女を見渡して、少しだけ悲し気に呟く。

 自分へ一太刀も浴びせることの叶わなかった彼女たちへの憐憫(れんびん)か、それとも別の何かだったのか分からない。

 D・ドッペルに変えられた魔法少女たちは、緩やかな速度で上空へと舞い上がると、虚空に吸い込まれるように消えていった。

 

「あ……!」

 

「安心していいよ。また夢の世界に沈んでもらっただけだ。彼女たちは僕の救うべき魔法少女だからね。ただ今度はもう二度と目覚めることはないだろうけど」

 

 上条が顔に手を当て、僅かに俯く。

 すると、流しテーブルと主を失った椅子たちが融けるように地面へ呑み込まれた。

 緊迫した空気に動けず、座ったまま固まっていると、上条が静かに言う。

 

「……中沢。お前は神様の存在を信じているかい?」

 

 唐突過ぎる話題に俺は一瞬だけ付いて行けなかったが、どうにか言葉を吐く。

 

「居る……んじゃないか? 別に俺は特定の宗教とかには入ってないけど……」

 

 俺の返答を聞いて、目元を押さえた上条は口の端を歪ませる。

 

「居るんだよ、神様は。居るのに何もしてくれない。……ただただ馬鹿みたいに眺めているだけで、魔法少女を助けようともしてくれないっ!」

 

 当てていた手のひらを離し、怒りに声を震わせる。

 その瞳はくすんだ銀色ではなく、金色に輝いていた。

 神々しさを感じさせる金の虹彩(こうさい)を見た俺は、なぜかヌルオさんと交わした会話を思い出す。

 この世界の外側には、神様になった魔法少女が居ると。

 その神様は因果の流れが異なるこの世界にだけは干渉できないかったと。

 しかし、神様は自分たちの力で現状を変えようとしている心意気を認め、試練を与えたとも言っていた。

 その試練こそが、否定の魔法の結晶であるヌルオさん自身。

 では……神様が課した試練を見事に踏破してみせた上条は、()()()()()()()()()()()()()()

 

「何もしない、居るだけの神様なんて要らない。少なくとも僕はそう思う。だから、あれも融かして塗り潰す。役に立たない神様は居るだけ無駄だ」

 

 和泉さんが言っていた、『上条自身が別の何か変異しているようにも感じられた』という言葉が意味していたものは、つまり──。

 

「……代わりにお前が人間辞めて、神様になろうっていうのかよ!? だけど、お前がなれるのは神様じゃない。死神だっ! どこまで行ってもお前の魔法(ちから)は、命を奪うことしかできない!」

 

「死神でいいよ。何もせず黙って見殺しにするくらいなら、僕は責任を持って皆殺しにする。魔法少女の抱いた希望も、絶望もすべてが背負う。だけど、その前に魔法少女たちの願い(ユメ)を破壊したお前だけは許さない」

 

 椅子から立ち上がった上条は、笑みも怒りも消して、無表情で俺へと歩み寄って来る。

 美しい銀色のローブをはためかせ、前方にある隙間から左手のみを突き出した。

 その手の中には、澱んだ銀の糸鋸が生み出され、強く握り締められている。

 

「中沢……お前には魔法は使わない。バラバラに切断して、結界の外に放逐してやる……」

 

 あたかもそれは西洋絵画に見られるような死神の姿と重なった。

 俺もまた椅子から飛び退き、距離を取ろうとするが、一気に加速した上条は俺の目と鼻の先まで到達する。

 

「……っ!」

 

「──死ね。魔法少女の敵」

 

 振り下ろされる弓型の凶器。

 直線に張り詰められた細い刃は容易く俺の身体を引き裂くのだろう。

 とっさに握った右拳を腕をかざしたのは、頭部を庇う反射的な動作だった。

 掲げた手のひらの中に何か小さな感触があった。

 親指の爪くらいの、小さな小さな、硬い触り心地……。

 俺はその感触を知っていた……いや、()()()()()

 安名さんに占ってもらった内容が浮かぶ。

 “今の調子でいると痛い目を見るが、辛い状況に耐えきることで過去にあったものが戻り、成功へ導いてくれる”。

 成功を導いてくれる、俺の過去にあったもの。

 それは……──。

 澄んだ黒い光が、俺の右手の内側から輝きを放つ。

 俺の意識や感覚は遠いどこかへ引き寄せるかのように、突然(うす)らいだ。

 

 

 ***

 

 

 白い床と天井。四方を囲む黒い壁。

 不自然なほど白と黒だけで構成された広い部屋の中心。

 そこに俺は立っていた。

 初めて来る場所なのに、どうしてか懐かしさを感じられる不思議な場所。

 呆然としていた俺の背中に声がかかる。

 

「久しぶりだね。中沢君」

 

 その声に俺は振り返り、彼を見た。

 テールコートと、白い手袋。

 頭には黒のシルクハットを被り、片手には同色のステッキが握られている。

 一目で分かった。

 アリナ・グレイのファントムワールドで見た幻影とは違う……本物なんだって。

 理屈じゃない。根拠はない。説明しろって言われてもできっこない。

 それでも分かる。そうだと信じられる。

 

「ホントだよ……。俺、ずっと会いたかったんだよ?」

 

 ヌルオさんが(たたず)んでいた。

 飄々(ひょうひょう)と不敵な雰囲気を引き連れて。

 当たり前のような顔で、俺の前に『顔無し手品師』は現れた。

 




そろそろ大詰めです。
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