「今までどこに居たんだ? この絶妙なタイミングで登場したってことは、完全な消滅から蘇ったんじゃなくて、元からどこかに潜んでたんだろ?」
再会したヌルオさんに心を震わせていた俺だったが、それでも聞かずには居られなかった。
最終局面で
それが知りたかった。
ヌルオは頷いた後、手品のタネを明かすように
「それを話す前に僕が君にルーツを聞かせた時、残りの魔力残量も教えていたよね。覚えてる?」
魔力残量……? そんな話をした覚えは……。
ああ! あのヌルオさんの存在がどのくらい保つかどうかの話のことか。
自分のこととはいえ、言い方が身も
「それは覚えてるよ。確か、あの時のヌルオさんは『リジェクト二回分』って言ってたよな」
……ん?
キレーションランド内でヌルオさんはリジェクトを使わなかった。
使ったのは俺だ。ヌルオさんからすべての魔力を託されて、使用した一回のみ。
それによって、エンブリオ・イブをういちゃんに戻した。
では、残りのリジェクト一回分の魔力はどこに消えたのか。
俺の疑問を察したようにヌルオさんが言葉を差し込む。
「気付いてくれたようだね。そう、僕が中沢君に託したのはリジェクト二回分の魔力。それを君は一度にすべて、エンブリオイブへ注ぎ込んだ。結果、環ういの肉体には“否定の魔法”が撃ち込まれる。……『回収』の固有魔法を持つ魔法少女へと」
「まさか……! 残り一回分のリジェクトの魔力はういちゃんに『回収』されてたのか!?」
ヌルオさんはあえて、上条と戦うための魔力を残さなかったのだ。
残りの魔力をういちゃんの中へ残すために、すべての魔力を俺に撃ち込ませていた。
あの絶望的な状況下で、逆転の布石を残していたっていうのか……。
「だ、だけど、ういちゃんへの魔法で回収されていたとしても、それはただの否定の魔法でしかないだろ? ヌルオさんの自我はあの時も上条と対峙していたぞ」
「そうだね。そういう意味でいうと厳密には今の僕は、あの時消滅させられた
「どういうことだよ? それじゃあ……今、ここに居るヌルオさんは……?」
何と答えるべきか悩んだように顎に手を当てていたヌルオさんだったが、やがてちょうどいい答えが見つかったらしく、口を再び開いた。
「……バックアップ。いや、破損したデータの復元かな? この場合。察しの通り、否定の魔法……単なる魔力に分かたれていた僕に自意識はなかった。だけど、運よくその状態から少し前の僕に戻すことのできる力を持った魔法少女が居た。――それが環いろはさん。彼女だ」
ヌルオさんが言うには、環さんは自分が持つ魔法の性質を誤解していたのだそうだ。
彼女はずっと自身が持つ固有の魔法は治癒だと思っていた。
しかし、実際は治癒などという生易しいものではなかった。
『事象の巻き戻し』。
それが環さんの持っていた本当の
「でも、環さんはずっと自分の魔法が『治癒』だって思ってたんだろ? どうやって気付いたんだ?」
「彼女は上条君の魔法で消滅しかけた僕やモキュゥべえを救っている。『腐敗』、『融合』、『掌握』と性質こそ変化しているが、上条君の魔法の本質は“触れた物質を侵食させる力”。本来なら『治癒』では治せない。癒すための魔力さえも侵食してしまうからね。彼女が気付いたのは恐らく、モキュゥべえを魔法で戻した時だろう」
彼女は自分が持つ魔法の性質を理解した。その力をういちゃんに繋げて、回収されていたヌルオさんの魔力を巻き戻した。
それは分かった。
だけど、まだ分からないことがある。
「どうやって、環さんはあの状況で上条を出し抜いて、そこまでやれたっていうんだよ? 何の打ち合わせもなく、土壇場でできることじゃないだろ!?」
上条は常に結界内を監視できる。
ヌルオさんを復活するための算段をしていれば、即座に上条に阻まれていたはずだ。
いくらすべての魔法少女を安楽死させると決意しているあいつとはいえ、ヌルオさんの存在を看過するとは考えられない。
そんな俺の問いを聞いて、目の前のヌルオさんはにやりと笑う。
「それが
「え……?」
「ソウルジェムを介した
テレパシーってあの頭に響かせる声のことか?
でも、それは上条にも使えるじゃないのか、そう俺が言うと彼は首を左右へ振って否定した。
「上条君には念話は使えないんだよ。彼の魔力の源はソウルジェムじゃないからね。だから、ずっとマギウスの翼のペンダントを用いていた」
そのおかげで情報を傍受されずに環ういさんは、全員に堂々と情報を開示できた訳だ、とヌルオさんは悪戯めいた表情を見せた。
「とは言っても上条君は決して間抜けじゃない。念のために最も重要な会話は彼の意識が逸れた瞬間に行う必要があった。その点、あの芸術家さんは上手くやれたらしいね」
そうか……。上条がアリナ・グレイとの会話で動揺したあの瞬間、ういちゃんがテレパシーを使って、環さんや他の魔法少女にヌルオさんのことを伝えたのか!
だから、環さんは俺に『あとはお願いするね』と言い残し、巻き戻したヌルオさんのソウルジェムを託した。
彼女のコネクトは不発だったのではなく、成功していたのだ。
「随分と綱渡りの作戦だったみたいだけど、環ういさんはやり遂げた。いや、彼女から情報を受け取った全員が上条君に悟らせないように動いていたことを考えると、あの場に居た魔法少女たち全員がやり遂げた、と表現するべきだね」
かくして、ヌルオさんは魔法少女たちの尽力によって復活を果たした。
俺はそれを知って、改めて魔法少女たちが上条の思うような弱い存在ではないと感じた。
皆は命懸けで俺にバトンを回してくれたのだ。
後は俺とヌルオさんで上条を止めるだけ。
意を決して、彼に告げる
「じゃあ、ヌルオさん。俺と一緒に上条を止めよう!」
当たり前のように頷いてくれる。
しかし、そう考えていた俺の予想を裏切るように、呆れた声で彼は言う。
「“止める”? ……何を言ってるの? 中沢君」
「えっ、だって上条を止めれば、この状況は全部丸く収まるから……」
思ってもいない反応に戸惑う俺に、冷ややかにヌルオさんは言い放った。
「この期に及んでまだ、そんな甘い考えでいるなんて失望したよ。君はまだ上条君を
「殺すって……そんな……」
まるで深い谷底に突き落とされた気分だった。
「上条君はこの世界に居るすべて魔法少女を殲滅して、外側に位置する神サマ──『円環の理』すらも掌握しようと
だからね、中沢君──とヌルオさんは言葉を区切ってから、諭すような口調で語る。
「君は大人しく僕に肉体を明け渡して、黙って見ていればいい。後は全部、僕が終わらせてあげるから」
シルクハットのツバに隠れた顔から覗く口元だけが、目に留まる。
甘い
もし本当に上条を殺すしかないのだとしたら、ヌルオさんに任せることが正解なのではないか。
今までやってきたように俺は身体を渡して、彼が何もかも終わらせてくれるまで眺めておく。
それが最も良い解決方法……。
最善の行動…………。
………………違うだろ、それは……。
俺はこの結界内で何を見てきた? 何を学んできた?
何を手に入れてきたんだ?
「それは……できないよ、ヌルオさん……」
「どうして? 上条君が大切な友達だから? それなら、彼はもう君を何度となく殺そうした敵でしかないよ。それとも自分の身体で殺人をされるのが嫌なの? それも平気だよ。もはや彼の肉体は半ば概念化しつつある。規模は違うが、存在としては魔女と何ら変わりない」
「違う……違うんだよ! そうじゃない! 俺は
上条一人を排除して、めでたしめでたし?
冗談じゃない。
あいつは、あいつで沢山考えて、目一杯悩んで、それでもうそれしかないって追い詰められて、皆殺しを決意した。
それをそんな雑に……邪魔なものでも退けるように否定したくはなかった。
「俺は……俺の想いで上条を止める! 俺の意志で上条の選んだ決意を否定する! だからっ……ヌルオさんには従えないっ!!」
心の奥底から湧き出る感情を告げる。
それは俺が目指している“
それは俺がなりたい自分像からかけ離れた方法だから。
「俺は──ヌルオさんを“否定する”!」
そう叫んだ時、身体の芯から熱いものが込み上げてくるのを感じた。
熱に似た、だけど、もっと強くて、もっと激しい何か。
その何かに呼応して、俺の格好が変わっていく。
黒く染まる衣服は、目の前に居るヌルオさんと鏡写しのようなテールコートとズボン。
手には白い手袋。そして、その手に握られているのは……。
「ステッキ……。これはヌルオさんと同じ……っ」
頭に被さっているのはきっとシルクハットだろう。
そして、身体に
「中沢君。それは君自身の否定の力だ。君の感情に応じて、この空間に満ちる魔力が同調したんだ」
「ヌルオさん……」
彼は俺の衣装の変化に驚く素振りも見せずに、そう教えてくれた。
脚を開き、ステッキを俺へ向けて構えを取ったヌルオさんは静かに告げる。
「いいよ。君が僕を否定するというのなら、僕もまた全霊を
戦闘態勢へ入った彼に、俺は混乱した。
ヌルオさんと、俺が……戦う!?
あの強くて、冷静で、誰よりも頭の回るヌルオさんと、弱くて、取り乱してばかりで、考えなしの俺が……勝負するっていうのか?
「ま、待ってくれよ。俺は……」
思い留まってもらうために俺はステッキを下ろして、戦う意思がないことを証明する。
だが、それは無意味な行いだった。
「おごっ……」
懐に潜り込んだヌルオさんの
衝撃がみぞおちを抉り、呼吸が遮られて中空を舞った。背中と後頭部が後ろの壁に激突して、床に沈む。
痛い。苦しい。
壁に背を持たれ、座り込んでむせ返る。
咳き込む俺に影がかかった。
見上げた瞬間、頭を真横から蹴り上げられ、更に床を転げ回る。
「……ぅっ」
視界が白くなった。
打撃と吹き飛んだ衝撃による痛みが身体をかけ巡る。
平衡感覚が崩れ、天地がひっくり返ったような錯覚に陥った。
「あ、う……」
とにかく、立ち上がろうと床に触れて、身体を起こそうともがく。
だが、床を掴んだ手は、突如現れた黒い革靴に踏み付けられた。
「ぃッずぅッ……!」
痛みに身
黒い先端が俺の顔のすぐ前でピタリと静止していた。
見上げた俺をシルクハットの陰で覆われたヌルオさんが見下ろしている。
「……あれだけの
話にならないとばかりに、俺の頭をゴルフボールのように見立て、ステッキで弾き飛ばす。
今度は悲鳴も上げる暇もなかった。
痛む箇所が多すぎて、どこが患部なのか、どのくらいの損傷なのかも把握できない。
コツコツと革靴が床を叩く音が聞こえ、俺は反射的に床を手で打って、立ち上がった。
飛び退くように後ろへ起き上がったせいで、ぐらりと態勢が傾きそうになるがどうにか堪え、前を向く。
ステッキで自分の手のひらを軽く打つヌルオさんの姿があった。
「これじゃあ、上条君どころか、今の僕にも勝てやしない。この体たらくでよくもまあ、僕を否定するなんて
「俺は……戦うんじゃなくて、話し合いで……」
「聞いてもらえる訳ないだろう。口先だけで、何もできず、無様に悲鳴を撒き散らすだけの君の話を、一体誰が聞いてくれるって言うの?」
吐き捨てるような台詞に俺は言葉を失った。
そんな俺に彼は呆れ果てた表情で続ける。
「対話というのはある程度、対等な立場でなければ成立しないんだよ。そして、その立場を勝ち取るためには、話を聞くだけの価値があると行動して相手に示さなければならない。そのために君が今するべきことは何?」
俺がするべきこと……。
俺の価値を認めさせるためにできること……。
垂れていた鼻血を手の甲で擦り取る。赤い染みが付いた手袋で、グッとステッキを握り締めた。
覚悟を決め、俺はそれを構えて向き直る。
僅かにヌルオさんの口の端が綻んだ。
「それでいいよ。喚き散らすだけなら幼い子供にもできる。だけど、相手の意見を真っ向から否定しようと言うのなら、戦って認めさせるんだ。君の価値を、君の存在を」
もう俺は逃げない。
言い訳もしない。
抱いた想いを貫くために、戦うことが必要だって言うなら俺は──戦う。
ヌルオさんを。
尊敬している憧れを。
助けてくれたヒーローを。
否定して、乗り越えるために戦う。
「ヌルオさん……行くよ!」
それが、今の俺がやらなければいけないことだと思うから。
正直、この展開を書きたくてずっと連載していました。
次回の投稿は少し間が開くと思います。