初めて彼と出会った時、
大衆の目には留まらないごく平凡なその他の一人。
決して、スポットライトの当たることのない小市民。
それが『中沢アキラ』に対する僕の感想だった。
魔法や奇跡とは
僕が力を貸したことも成り行き以外の何物でもなかった。
彼は言ってしまえば、掲げた信念や一貫した主義を持ち合わせていない人間。
突発的な勇気で前に突き進むこともあれば、些細な理由で
そう。中沢君は頻繁に折れる。
決断できずに選択を迷う。
苦境を超えられずに諦める。
恐怖に打ちのめされれば、その都度、
困難を突き付けられれば、何度となく、その場に
意図も容易く、絶望する。
だが、一度だって途中で投げ出したことはなかった。
迷う度、選び直し……。
諦める度、立ち上がり……。
怖気付く度、覚悟を決め……。
その場に蹲る度、決意を改め……。
絶望する度、希望を
それが中沢君の進み方であり、在り方だった。
ある意味において、魔法少女とは対極にある生き様。
今思えば、だからこそ、彼はここまで辿り着けたのだろう。
強い芯を持った人間……例えるなら上条恭介のような強者であれば、ただ一度きりの絶望によって道を
極端な方向へと突き進み、後戻りなど許されない場所へとたった一人で向かって行ってしまう。
しかし、中沢君は違う。
弱くて脆い彼だから、何度絶望に直面しても変わることなく、諦めてやり直し続けることができた。
平凡で普遍的な彼だから、真っ直ぐに偏りのない道を立ち止まりながら、ゆっくりとした速さで歩んで来られた。
中沢君……。試行錯誤しながら中庸の道を通って来られた彼を、僕は自分のことのように誇らしく思う。
だから──。
「ヌルオさん……行くよ!」
──覚悟を決めて向かってくる君を、僕は全力で
正面から接近する中沢君へ、宙に並べるように生み出した十本のステッキを射出し、迎え撃つ。
追尾ミサイルの如く、彼を標的と捉えたステッキ群は一斉に散開した後、再び、包囲陣を描いて飛翔していった。
さながら口を開いた肉食獣の
「なぁッ!?」
迫り来る十本のステッキに中沢君は驚愕の悲鳴を上げた。
当然のように僕が白兵戦で迎撃態勢に入ると思っていたのだろう。相変わらず、思考が甘く、見通しが足りない。
今まで見せてきた僕の戦闘から、この程度のことも想定していなかったのかと呆れてしまう。
中沢君は四方八方から飛来するステッキに反応することもできず、打突の嵐に呑み込まれた。
辛うじて頭部などの急所を庇い、自分のステッキをがむしゃらに振るって弾くものの気休めにしかならない。
小手調べのつもりで放った攻撃で満身創痍となり、無様にも床に伏す。
「……もう終わり? 幕切れにはあまりにも早過ぎないじゃない?」
「まだだよ……。まだ終わってない!」
起き上がろうとする彼の瞳には強い意思が
引き裂かれたテールコートの隙間からは血が滲み、起こした身体を支える脚は震えている。
だが、僕は知っている。
中沢アキラはここからが本領だということを。
華麗な動きも知略に満ちた考えもない。情けない姿を
「俺はまだ、ヌルオさんに見せてない……! 俺がどれだけ成長できたのかを!」
「へえ……。なら、その成長とやらを早く見せてよ。街くたびれて、うたた寝しそうだ」
挑発と共に更なるステッキの流星を白い天井から次々と生やし、中沢君の元へ差し向ける。
雪崩れ込む黒の連撃はその数、五十。まともに浴びれば、今度は傷や打撲程度では収まらない。
もしもこの程度で沈むのなら、彼に上条恭介の相手は務まりはしない。
あれはもう、半ば概念化しつつある存在だ。
まだ辛うじて未完成ではあるものの、『円環の理』いや……
それはつまり、知覚範囲がこの宇宙の外側まで拡大しているということ。
流動的に広がり、あらゆるものを取り込んで、絶えず拡大と変形を繰り返し続ける無限の
名を付けるなら──『
「俺にも同じ魔法が使えるならっ!」
中沢君が腕を水平に振る。
彼の足元から即座にその気迫に応えるように、無数の黒いステッキが生成され、斜め上から降り注ぐステッキを相殺していく。
ぶつかり合う否定の魔法同士は反発し、互いに打ち消し合って、魔力の粒子へと変わることなく、消滅する。
荒い呼気を漏らす彼を見て、自然と口の端が上がる。
そう。その通りだよ、中沢君。
僕が使える
後は発想と判断力が戦況を左右する。
「……っ! ヌルオさん、どこへ隠れたんだ!?」
ステッキの流星を撃ち落とし、
彼の問いに答えるように、僕は
「ぐぅふぅッ!!」
仰向けに倒れる中沢君を見下ろしながら、僕は緩慢な動作で床に敷かれた“入り口”を潜り抜けた。
何のことはない。最初に放っておいた十本のステッキの内、一本を布に変え、そこを起点に空間転移をしてみせただけだ。
次の攻撃で注意を真上に向けさせたのは、床への意識を外させ、また僕自身の姿を視界から消すための仕掛け。
「観察眼が足りてないね。君が周囲をよく見ていれば、僕の攻撃の意図も読めたはずだ。むしろ、余裕を持って空間転移する僕に反撃できたはずだよ」
君はずっと見てきただろう。
僕の戦い方を。相手のいなし方を。その戦術を。
それを利用し、自分の戦い方に組み込むんだ。
模倣ではなく、学習しろ。
鏡合わせで同じことをするだけでは勝利は得られない。
「……ほんとヌルオさんってスパルタだよな。でも、なんか嬉しいよ。ずっとヌルオさんには守られてきたから、こうしてちゃんと戦ってくれるのが凄く嬉しい」
打たれた顎を押さえて、中沢君はまたも起き上がる。
その顔は痛みで泣き出しそうなのに、言葉通り
半泣きでくしゃくしゃの表情で、見栄えの悪い心の強さを体現している。
「だから、俺もそれに応えるよ……」
右手で掴んだステッキを、僕にではなく、床へと勢いよく突き立てた。
伝導する魔力の波紋が床を通じて、彼の周囲に顕現する。
「これは……」
中沢君を取り囲むように隆起したのは、
膨大な数のステッキで組み上げられた正四面体の
「まさかとは思うけど、そんな隙間だらけの
防壁の隙間から中沢君を見据えると、その表情には自信の程が
苦し紛れの策、ではないようだ。
ならば良し。
その自信を試させてもらうとしよう。
真正面から吹き飛ばすために、あえて飛び道具は使わない。
魔力を集めて作り出すのは、一本のステッキ。
凝縮し、収束させた魔力で形作る最硬度の一振りの手の中に創造する。
さあ、見せてよ。中沢君……!
君が作り上げた砦がどれほどの堅牢さを誇っているのかを!
練り上げ、一点に集めた魔力を引き絞り、漆黒の
突き出した打突の一撃が渦を描き、砦へと接触し──そして……。
「…………は?」
内側へまで抉り込まれた砦は無数のステッキに分かたれ、空中で乱舞した。
「おぶッ……!」
衝撃の余波だけで、中沢君の身体は木の葉の如く吹き飛び、天井付近まで舞い上げられた。
あまりの脆弱に絶句したが、同時に疑念が表出する。
脆過ぎる……。
手応えさえも感じ取れないこの脆弱さは異様を通り越して、異常。
中空で飛び散る大量のステッキを見て、更なる違和感を覚えた。
「……消えて、いない!?」
否定の魔法を受けてなお消滅せず、ステッキの形を保った状態で宙へと撒き散らされている。
無論、否定の魔法によって消失し切れない程の魔力を保有しているなら話は別だ。
上条恭介のように尋常ではない魔力量を持って、否定の魔法を受け切ることは不可能ではない。
しかし、この場合は違う。
彼と僕の魔力総量に劇的な差はない。
第一、彼の方が上回っているのなら、こうも
その時。
違和感に引きずられ、思考に没頭していた僕の元へ、天井を蹴り付けた中沢君が突撃してくる。
散らばっていたステッキ群が再び、彼の手の中へと集まり、別の形に組み上げられていく。
「おおおぉぉっ!」
それは
ステッキを束ね、
魔力から新たにステッキや布を生み出す間もなく、重心の乗った打撃を握っていたステッキで受け止めた。
「くっ……」
物質化した魔力同士が衝突し、激しいエネルギーが光となって爆ぜる。
だが──。
「うぉわぁぁぁ!!」
武器を打ち砕かれたのは、またもや彼の方だった。
ステッキ単位で分断された大槌は、弾け飛び、再び、空中へと舞い戻る。
彼もまた吹き飛ばされた勢いのまま、落下し、ゴム
……おかしい。
やはり、おかしい。
何故、消し飛ばない? 何故、
その答えが分かったのは、中沢君が飛び散ったステッキを再構築して、
なるほど。
タネが分かれば、何のことはない。
あえて、外れ易く作られているのだ。
あの砦も、大槌も、そして、その戦棍もステッキへ分解できるよう意図的に脆弱に作られている。
落した玩具のブロックが
部品ごとに分かれることで、流れる否定の魔法を散らしたのだ。
まして、同質の力であれば、外側へ逃がすことも不可能ではない。
受け止めるのでも、受け流すのでもなく、
それにより、自分の
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
戦棍をステッキで受ける。
分散される中沢君。
そして、明らかに先ほどよりも短くなった僕のステッキ。
──相手の武器を消耗させ、なおかつ相手に新たな武器を生み出す時間も奪う。
なんて彼らしい戦術なのだろうか。
砕けるが故に壊れない。
それは中沢君の精神性そのものと言っていい。
不屈なのではない。
強靭なのではない。
砕かれた上で、再び、作り直す。
平凡で、尋常であったからこそ到達した在り方。
恐らくは、この戦術もそこまで考えて編み出したものではないのだろう。
彼は、彼にできることを全力で行っているに過ぎないのだ。
生まれついての優れた感性からではなく、何度も失敗と挑戦を繰り返してきた経験から生まれた凡人の感性。
消耗し、手のひらの中で消えていくステッキを感じ取りながら、僕は彼を見据える。
分解されたステッキを今度は柄の長い棍棒に再構築させ、向かって来るあの未熟だった少年をただ見つめる。
彼の存在が、僕が存在していた証だ。
ただの記憶の
鼻血を垂らし、顔も身体も傷だらけで、痛みを堪えて突き進むその姿こそ、僕の誇りだ。
「おおおおぉぉぉぉぉ!」
中沢アキラ君。
今の君の存在が、紛い物の僕が誇れるたった一つの“
胸を貫く魔力の籠った一撃を僕は正面から受け入れた。
今度こそは、彼の武器が砕けることはなかった。
この話のラストシーンは当初からあったのですが、中沢君らしい戦術を思い付くのに時間が掛かりました。
彼だからこそ、至れた戦法でなくては駄目だという拘りがあったので若干時間が空きました。