ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

78 / 139
第五十二話『中沢君と皆殺しの救世主』④

 純白と漆黒の二色のみで構成された空間。

 それは肯定と否定が交わることなく存在する、ヌルオさんの確固とした精神性を表しているようだった。

 外の世界から隔絶されたこの場所で、繰り返される攻防は既に片手では収まらない。

 俺の渾身の一撃は何度となく打ち砕かれ、その度に新たな武装に組み換える。

 ハンマーでは駄目なら、メイスを、メイスで駄目なら長い棍棒を。

 貧相な思考で思い付ける武器を手当たり次第に挙げていく。

 ステッキの集合体である以上は打撃武器にしかならず、刃の付いた斬撃武器や遠距離攻撃可能な射撃武器は作れない。

 もしかすると時間や労力を掛ければ、変化できるようになるのかもしれないが、その間にヌルオさんが新たなステッキや布を生み出してしまえば本末転倒だ。

 この戦法は言うなれば、がむしゃらに突撃を繰り返して、万に一つの勝利を狙うもの。

 ヌルオさんが武器を生み出す前に、俺は元からある武器で、手を変え品を変え、有効な手段を探して、作り出し続ける。

 “下手な鉄砲も数打ちゃ当たる”を地で行く、大雑把極まりない戦術だ。

 防御は考えない。真っ向勝負になれば、知力や経験で劣る俺に勝ち目はないのだから、受け切らずに武器を分解させて、衝撃を散らす。

 見苦しくていい。無様で結構。

 格好いい戦い方なんて、俺には土台無理がある。

 だったら、(わず)かでも勝ち目がある方法を選ぶまで。

 見っともないこの攻撃が俺にできる精一杯だ!

 ステッキを組み上げた黒の棍棒を引き絞り、俺は立ち塞がる彼に目掛けて、何度目かになる打突を放った。

 

「おおおおぉぉぉぉぉ!」

 

 彼はそんな俺を見て、笑った。

 とても嬉しそうに。

 とても誇らしげに。

 優しい笑みを向けていた。

 

「……!」

 

 深々と何かを貫いた感触が指を(つた)う。

 棍棒の先端がヌルオさんの胸を抉り抜け、俺は彼の脇を通り過ぎていた。

 否定の魔法が彼の身体を削り取った。

 そう理解するまでに、さほど時間はかからなかった。

 俺は振り返れず、前を向いていた。

 すぐ後ろに背中を向けたまま、(たたず)むヌルオさんの気配を感じる。

 

「君の、勝ちだよ……中沢君」

 

「ヌルオさん。俺は……っ」

 

「駄目だよ」

 

 振り向こうとした俺を、彼は静かな声で押し留める。

 

「君が見据える方向はこっちじゃない。分かってるはずだよ?」

 

 正面に映る黒い壁にいつの間にか、出口があった。

 長方形に切り取られた隙間から眩い光が差し込んでいる。

 

「君の未来に僕は必要ない。だって、君はずっと前から自分で選んだ道を歩めているだろう?」

 

 俺の選んだ道……。

 それは“中途半端(どっちでもいい)”じゃなく、“中庸(ちょうどいい)”。

 (かたよ)らず、過不足せず、極端な方へ走らない真ん中の道。

 上条を殺さない。でも、その行いを認めもしない。

 上条を殺すことなく、上条を止める。

 あいつを否定するのは、他の誰でもなく、俺でありたい。

 それがあいつにずっと憧れていた友達の務めで、多少なりともあいつの抱える絶望を理解した俺の役目だって思うから。

 俺は、上条恭介の絶望を否定する。

 そのための手段も方法も揃った今なら、俺の言葉をあいつに届けることができるかもしれない。

 

「俺は行くよ。ヌルオさんが導いてくれた、その先へ」

 

 一拍間を置いてから、彼の答えが返って来る。

 

「……うん。いってらっしゃい。中沢アキラ君」

 

 じわりと涙が(にじ)んだ。

 これが今生の別れだと嫌でも分かってしまった。

 彼を形作っている魔力が徐々に崩壊していく気配を背中越しで感じる。

 だから、最後に伝えたい言葉を選ばないといけない。

 なのに……全然まとまらない。

 言いたい言葉が多すぎて、伝えておきたい想いがあり過ぎて、一つになんて到底絞り切れやしない。

 もう迷わないって、決めたのにやっぱり俺は優柔不断だ。

 考えに考え抜いた結果、ようやく告げられたのは感謝の言葉だった。

 

「ありがとう、ございました……」

 

 陳腐(ちんぷ)で、ありがちで、どうしようもなく、月並みな台詞。

 万感の想いを乗せるにはまったく足りていない言い回し。

 それでも『普通』の俺にはそれが“ちょうどよく”思えてしまった。

 フッと小さく彼が微笑んだのを確かに聞いた。

 

「どう致しまして…………」

 

 吹き抜けた風が遠ざかるように言葉尻は掻き消える。

 主の居なくなった部屋には、もう俺しか居ない。

 (こぼ)れ出しそうになる涙をぐっと堪えて、俺は出口へと突き進む。

 差し込む光の外側に出るために。

 導き手の居ない世界を自分の目で見据えるために。

 ──俺は行く。

 

 

 ***

 

 

 意識が再び戻った時、最初に視界へ映ったものは……上条が浮かべた驚愕の表情。

 理由は一つ。

 殺意を込めて振り下ろした一撃が、一本の黒いステッキによって受け止められていたからだ。

 

「なッ……!」

 

 しかし、取り乱したのはその(わず)かな一瞬のみ。

 鍔迫(つばぜ)り合いのように武器同士を押し付け合い、更に一歩踏み込んでくる。

 剣呑な色を帯びた瞳で、こちらを強く(にら)み付けた。

 

「……まさか、この状況下でも僕を阻みに現れるとは、想像もしてなかったよ。……一体、どんな手を使って蘇ってきた!? ……顔無し手品師ッ!」

 

 そう、思うよな?

 普通はヌルオさんが復活したって。

 あの強くて、賢くて、いつだって不利な盤面をひっくり返すような、スーパーヒーローが舞い戻ってきたって、誰だってそう思う。

 だけど、違うんだよ。上条……。

 

()は……中沢だよ。間違えるなよ、上条ぉ!」

 

 激しい情動を解き放つように、俺は叫ぶ。

 その想いに呼応して、衣装はテールコート一式へと──ヌルオさんから受け継いだ『否定の魔法』を司る装束へと早変わりした。

 重なる魔力同士が反発し、俺と上条は弾かれるように両者とも後ろへ跳び下がる。

 上条が信じられないとでも言うように目を見張った。

 

「中沢……だって? 何を言ってるんだ! あいつに魔法が使えるはずがない! あいつは……」

 

「“何の力も持たない凡人”、だからか?」

 

「……!」

 

 別に上条の思考を読んだ訳じゃない。

 自分が周りからどう見えるかぐらい俺自身が一番分かっているだけの話。

 その認識については別段、否定する気もない。

 

「そうだな。俺にはお前みたいな秘められた才能とか隠れていた素質とか、そういう立派なものは一切ない。だから、きっとこれは『奇跡』って奴なんだと思う」

 

 ヌルオさんと偶然出会って、勇気を出して一緒に戦わせてもらって、色んなことを教えてもらった。

 その中で感じた想いや学んだ知識が俺を成長させてくれた。

 そして、俺を成長させてくれたのはヌルオさんだけじゃない。

 これまで出会ってきた魔法少女たちもそう。

 俺だけだったら一生縁がなかった様々な感情や信念、生き様を教えてもらった。

 

「今、俺がこの魔法(チカラ)を使えるのはあり得ないような偶然の積み重ねだ。少しでも違っていたら、少しでも変わっていたら、絶対に起きなかった事実。その紙一重で起きた事実の連続がここに居る俺を作ったんだよ」

 

 俺は相対する上条をまっすぐに見つめる。

 上条……お前だって、その内の一人なんだぞ?

 もしも、この安楽死計画を実行しようとしている奴がお前以外の誰かだったら……。

 顔も知らないどこかの誰かだったのなら……。

 俺はここまで必死になれなかったと思う。

 全部ヌルオさんに丸投げして、俺は関わりたいとも思えなかったはずだ。

 

「お前が、()()に居るからは俺は()()まで来たんだ! 今のお前を否定するためにな!」

 

 握り締めたステッキの先を上条へ突き付けて、そう宣言した。

 対する上条は歯を(きし)ませ、怒りに歪ませた顔で突進する。

 

中沢(おまえ)が僕を否定する……? ずっと顔無し手品師に隠れてた臆病者が! 誰かに責任を取ってもらっていた卑怯者が! 今更、のこのこ現れて! 僕を否定するって言うのか、中沢ァ!」

 

 助走を付けた大振りの斬撃は、受け止めたステッキの側面を削り取るように切り裂いた。

 だが、細い刃が俺の頭部を切断される寸前、もう片方の手の中にあらかじめ生成しておいたステッキを糸鋸の隙間に差し込む。

 弓なりに反った部分をステッキの腹で受けて、刃が顔に触れる直前で押し留めた。

 

「……ああ、そうだよ。俺は安全地帯で見てただけだった。責任だって背負わないように(かば)ってもらってた」

 

 まったく()って、その通り。

 俺は臆病者だし、卑怯者だ。

 返す言葉もありはしない。

 だけどな──。

 

「だけどな、俺は友達が馬鹿なことやってたら、どんな臆病者だろうと、どんな卑怯者だろうと止めるんだよ! それが普通だろ! 当たり前のことだろ!?」

 

 英雄とか救世主だとか、そんな途方もない者にはなれないし、なれなくてもいい。

 俺がなりたいのは、もっと普通で、もっと当たり前の存在。

 

「俺はお前と“対等な友達”になりたいんだ! 昔みたいに一方的に庇われることも、今みたいに取りに足らない雑魚に見られるのも御免(ごめん)なんだよ!」

 

 もし俺が、上条と対等な友達だったら、もっと悩みを打ち明けてくれていたかもしれない。

 もし俺が、上条と対等な友達だったら、こんなことになる前に助けを求めてくれたかもしれない。

 もし俺が、上条と対等な友達だったら、自分で何もかも抱え込む前に支えてあげられたかもしれない。

 俺が、弱くて、情けなくて、ずっと安全地帯に隠れていたせいで、お前がここまで追い込まれていたって言うのなら、それは俺の責任だ。

 

「何もできない弱者が……偉そうに喚くんじゃない!」

 

「ふぐッ……」

 

 上条の前蹴りが俺の腹部へと入り、後方へと吹き飛ばされる。

 後ろへ弾かれた勢いを利用して、後転した俺はステッキを突いて立ち上がる。

 魔力を得て、一人で戦えるようになって、俺は勘違いしていた。

 依然として、上条の俺に対する認識は弱者のままだ。

 上条にとって、取るに足らない雑魚なのは変わりない。

 これでようやくスタートラインに立てただけ。重要なのはここからだ。

 ヌルオさんからも言われていたのに、俺はすっかり忘れていた。

 話を聞いてもらうには、『話を聞くだけの価値がある存在』だと相手に示さなければいけない。

 そのために俺がすべきなのは、思いの丈を喚き散らすことじゃない。

 目に見える形で自分の強さを示すことだ。

 力()くで一方的に排除できる相手ではないと理解してもらうことだ。

 そこまでやって、初めて俺の言葉は上条の心へ届く。

 今のままなら、“聞いてあげていただけ”の魔法少女たちの声と何ら変わらない。

 

「……悪いな、上条。俺、舞い上がってたみたいだ。これじゃ、順序が違うよな?」

 

「今度は何のつもりだ? まだ御託(ごたく)を並べ足りないのか」

 

「うまくできないかもしれないけど……笑うなよ? これでも俺は本気でやってるんだから」

 

 脚を大きく開き、膝を落とし、右手で握ったステッキを水平に構える。

 シルクハットを被り直し、上条をしっかりと見据えて言った。

 

「──喧嘩、しようぜ?」

 

 空いた左手の指先を、手前に軽く二度三度と折り曲げる。

 それが、生まれて初めて俺がする、不細工な喧嘩の売り方だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。