ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第八話『中沢君と怪しいお水』④

「貴様、何者だ。ここはマギウスの翼の……」

 

「うるさいよ」

 

「ふぶっ……!」

 

「これほどの狼藉許されな……」

 

「黙ってて」

 

「あぐっ……!」

 

 先ほどから立ち塞がる黒羽根の子たちを一顧だにせず、張り倒して地下施設を突き進んでいる。

 魔法はもちろんステッキすら使わず、一人に付きビンタ一発で片付けていく様は爽快感や同情を超えてただただシュールだった。

 大体五人一組で現れては(はた)かれ、意識を失い、床に転がる。上から下までお揃いの背中は哀愁が漂っていた。

 というか、仮にダース単位で出てきても同じ目に合う気がする。むしろ、少数で出てきているからこそ、この程度に加減してくれているのだろう。

 俺を閉じ込めて殺そうとした集団にこう思うのはなんだけど、今はただただ遠くに逃げてほしい。

 祈る俺を尻目に捕えた一人の黒羽根の子へ尋ねるヌルオさん。

 

「そろそろ同じ見た目の魔法少女をしばくのにも飽きてきたんだ。フクロウ幸運水のウワサの本体はどこか分かるかな? それとも君もこの場でお昼寝(シエスタ)する?」

 

 怖い……。手加減はしているのだろうけど、容赦はない。

 武器を向けている訳でも、拷問している訳でもないのにここまで脅迫が成立するのは、後ろで倒れている人数のせいだろう。

 最初は敵対心を見せていた魔法少女は、怯えて縮こまり始めていた。

 

「わ、我々は……黒羽根……マギウスの翼……」

 

 二刀流の剣を構えてはいるものの、完全に腰が引けている。

 

「あ、そう。じゃあ、(むし)っちゃおうか。飛べなくなるまで」

 

 淡々とした口調で指を動かし、“何か”を抜くジェスチャーを行うと、彼女はその場で武器を捨て、ビシッとした姿勢で斜め後ろを指差した。

 

「あそこの角曲がった場所です! 私、詳しいんで案内します!」

 

 一人の魔法少女が組織への忠誠心よりも身に迫る危険に屈した瞬間だった。

 

「ありがとう。可能な限り早くしてね」

 

「はい! 誠心誠意案内させていただきます!」

 

 発声と姿勢がやたらいい。この黒羽根ちゃんは体育会系の部活動に所属していると見た。

 格好揃えて、変に古風な口調で統一しても、俺と同じ中学生かせいぜい高校生くらいだよな。そりゃ、訓練された軍人でもないんだから身の安全を取るよ。

 

「あっ……でも、その前に白羽根の月夜様か月咲様に会ったら、どうしよう……」

 

「君の都合なんて知らないよ。こっちも急いで……」

 

 そういえば、その二人に連れて行かれた深月ちゃんは大丈夫だろうか。

 俺のために幸運水をもらいに行ったらしいけど、その二人に酷いことされてないといいんだけど。

 そう思った瞬間、ヌルオさんは僅かに沈黙した後、呆れたような溜め息を吐いた。

 

「…………はぁ。じゃあ、その子たちを先に片付けてあげるからどこに居るか教えて」

 

「え、あ、はい! よろしくお願いします!」

 

 ヌルオさんが怖いのは分かるけど、この子、上司売るの躊躇(ちゅうちょ)しないなぁ……。

 

 

 ***

 

 

 利敵行為に躊躇のない黒羽根ちゃんの案内で最初に降りてきた階段近くに辿り着くと、そこには直径二十センチくらいの大きさで黄緑色に発光する立方体が浮かんでいた。

 周りには同じく黄緑色の枠のようなものが浮かび、その中心には達筆な筆記体で英語のようなものが黒字でこれまた浮いている。

 

「魔女の結界……? それにしては安定し過ぎているようだけど」

 

 また俺の知らない用語を呟く。

 それに答えたのはここまで案内してくれた黒羽根ちゃんだった。

 

「それはマギウスの翼のトップ、“マギウス”の一人。アリナ様の魔法です! なんでも結界を作る魔法で内側に気に入った魔女を飼育してるって聞きました!」

 

「結界を生成する魔法、おまけに魔女の飼育、ね。それで君の上司は魔女の餌やりでもしてるの?」

 

 魔女、というのがよく分からないが、餌やりとか飼育とかいう単語を使われている以上は知能は低そうだ。

 脳内で小さな黒いトンガリ帽子を被った二頭身の小さな女の子っぽい生物を想像する。

 教育テレビ番組に出てきそうでかわいい……。

 

「多分、侵入してきた魔法少女たちを魔女を使って迎撃しているんだと思います! さっき、私、三人組の魔法少女が侵入するの黙って見てましたから!」

 

 ハキハキとした口調で駄目な発言をする黒羽根ちゃん。

 ヌルオさんに屈する前に利敵行為していないか。むしろが素なのか……?

 

「君、元気はいいけど役立たずって言われない?」

 

「はい! 元気だけが取り柄です! では、私、ここで待ってます! 戦闘に巻き込まれたくないので!」

 

「いい性格してるね、君」

 

「お褒めに預かり光栄です!」

 

 辛辣なヌルオさんの皮肉にも平然と受け入れて、黒羽根ちゃんは敬礼のポーズを取る。

 もはや最初の頃、取り繕っていたのが嘘のようだ。いや、もしかして他の仲間に見られないように隠れてて、最善のタイミングで寝返る機会を待っていたのかもしれない。

 どちらにせよ、ここまで来ると一種の無敵感すら感じられる。出世はしないが、最後まで生き残るタイプの人間だ。

 ヌルオさんも相手をするだけ無駄と思ったのか、無言で立方体の中に飛び込んでいく。

 内側に入ると、そこは中世のコロシアムのような場所になっていた。

 ウワサの空間に似ているが、これが結界というものなのだろうか。

 中心部の開けた場所には、首のない巨大な女性、脚の生えた卵、ソフトクリームのような捻じれた尻尾の生えた椅子といったウワサ以上に形容しがたく取り留めのない化け物がうじゃうじゃとひしめき合っていた。

 その中で天音姉妹が横笛を吹き鳴らし、その隣で赤い髪の魔法少女が気だるげに戦いを眺めている。

 魔女の群れに襲われているのは、環さんたち三人の魔法少女と……深月ちゃん。

 一旦、その手を止めて彼女たちは嘲笑うように喋った。

 

「深月フェリシア。愚かなことでございますね。せっかく、マギウスの翼にお誘いしてあげましたのに……」

 

「まさか、一緒に来た一般人をウワサの餌にしたって言っただけでいきなり襲って来るなんてねー。ホント恩知らずー」

 

「く、クソがっ……お前ら、あいつを、中沢を……!」

 

 ゴーグルが付いた紫色の頭巾に、大きなハンマーを背負った彼女は、傷付いた身体で必死に魔女たちに抗っている。 

 

「まだ間に合うかもしれないよ、フェリシアちゃん。早くここから出て助けに行けば、きっと……!」

 

 俺がまだ閉じ込められて桶フクロウの餌にされたと思っているのか。

 安心させてあげたいところだが、今の俺は、中沢じゃない。

 悩む俺を他所にヌルオさんはコロシアムの中央に降り立つ。

 ちょうど深月ちゃんを庇うような位置に着地すると、片手に五本ずつ、計十本のステッキを頭上に放り投げた。

 

「お前は……誰だよ」

 

「ただのチンケな手品師だよ」

 

「ヌルオさん!? 何でここに……」

 

 深月ちゃんの近くに居た環さんが代わりに名前を答えてくれる。

 

「それより倉庫でウワサの餌になりそうだった人たちなら助けておいたよ」

 

 遥か高く放り投げられたステッキが布状に開いて、ひらひらと宙を舞う。

 

「何者だろうと関係ございません。裏切り者と一緒に魔女の夕餉(ゆうげ)にして差し上げます」

 

 横笛の音色に合わせるかのように魔女たちがヌルオさんたちへと襲い掛かる。

 深月ちゃんがハンマーを振り上げてようとするが、ヌルオさんはそれを手で制した。

 彼女が怪訝(けげん)そうな顔で何かを問う前に、答えが凄まじい速さで雷雨のように飛来する。

 天から降り注いだのは恵みの雨などではなく、黒いステッキ。

 数十のステッキが宙を舞う黒い布から放たれたのだ。

 串刺しにされた魔女たちは影さえ残さず、一瞬で消滅していく。

 

「なっ……この魔法!? まさか、マギウスの方々が仰られていた……」

 

「じゃあ、こいつが例のウワサを消して回っているっていう顔無し手品師!?」

 

 天音姉妹は笛の演奏を一時中断し、驚愕の声を上げる。

 だが、彼の攻撃はまだ終わってはいなかった。

 床に突き刺さった何十本ものステッキは崩れ、無数の黒い布として広がった。

 再び、そこから周囲に居る魔女目掛けて矢のようにステッキが舞う。

 布がステッキに、ステッキが布に。

 その工程を繰り返し、爆発的に増えていくステッキの連射は数え切れないほどになっていく。

 あれほど(うごめ)いていた魔女は残らず、踊る杖たちによって駆逐されていた。

 後には、絨毯のように広がった黒い布だけがコロシアムの上に敷かれているだけだ。

 そのコロシアムも否定の魔法の影響でじわじわと薄れていく。

 天音姉妹はもちろん、深月ちゃんや環さん、それから大量の魔女が消え失せたことでようやく姿が見えるようになった七海さんと由比さんまでもが、一連の範囲攻撃に唖然としていた。

 俺だって例外じゃない。

 強い強いと思っていたけど、今回のヌルオさんの力は以前の比じゃない。

 しばらく本人のいう通り、長い時間眠って休んでいたせいだろうか。

 

「いつもより少し調子がいいね。ゆっくり寝ていたからかな?」

 

「マジかよ。マミレベルの奴が居るなんてね。それも魔法少女じゃねーみたいだけど、アンタ何者だ?」

 

 たった一人だけ面白そうに目を見張っているのは赤い髪の魔法少女。

 中華風のドレスを着た彼女は、長い槍を肩に担いでこちらに近付いて来る。

 

「魔女を操る魔法少女もイカレてると思ったけど、アンタの魔法の方がよっぽどイカレてるね」

 

 あれだけの物量の攻撃を見ても怖気付いていないなんて、どれだけ強い魔法少女なんだ。

 その余裕に天音姉妹も冷静さを取り戻して、彼女に命令を出した。

 

「こういう時のためにあなたをマギウスの翼に招いたのでございます。佐倉杏子!」

 

「そうそう。やっちゃえやっちゃえ!」

 

 事の成り行きを見守ることしかできない俺は、佐倉と呼ばれた赤い魔法少女のまだ見ぬ実力に怯えた。

 しかし、彼女は充分にこちら側まで近寄ると、クルリと背を向けて、天音姉妹に言った。

 

「悪いけど、マギなんちゃらっての抜けさせてもらうわ」

 

 ええーー!?

 あの流れからの寝返り?

 マギウスの翼っていうのは結束力がない組織なのか。

 流石に動揺を隠せない天音姉妹の姉の方が叫ぶ。

 

「ど、どういう意味でございますか!?」

 

「いや、言葉通りだよ。元々乗り気じゃなかったし、あんな馬鹿みたいな火力の相手させられるなんていくら何でも割りに合わないだろ?」

 

「グリーフシードだけじゃなく、食事や寝床も提供するって話だったでしょ!」

 

 妹の方がグリーンシールドなどの条件を再提示して、思い止まらせようとするが、彼女はそれも一蹴する。

 

「そんなもん、命あってのものだろ? 別にアンタらに恨みはねーけど、義理立てする理由もないよ」

 

 バッサリそう言って切り捨てた。

 何だろう。さっきの黒羽根ちゃんは格好悪く感じたのに、こっちはなぜか格好良く感じられる。

 余裕の違いか、冷静な判断を下したプロフェッショナルの風格がある。

 佐倉さんはそういうとヌルオさんを横目で見る。

 

「って訳なんだけど、構わねーだろ?」

 

「余計な時間を使いたくないからね。好きにすれば?」

 

 コロシアムが完全に掻き消え、元の柱だらけの地下施設に戻る。

 七海さんが天音姉妹に槍の切先を向けて降伏勧告をする。

 

「形成逆転ね。これ以上は無駄な抵抗よ」

 

「そうだよ。それにあなたたちのソウルジェム……相当濁ってきてるよ」

 

 由比さんがそれに続いて説得した。

 まだ出た総務事務。一体総務のどこが濁るっていうんだ。

 よく目を凝らして彼女たちを観察する。

 奇術師のような格好の彼女たちに濁りが分かるようなものが付いているか確認していくと、胸元のブローチに付いている宝石から確かに黒いものが滲んでいるように見える。

 あれが総務事務って奴なのか。

 

「ふふ……追い詰めたつもりなのでございましょうが……」

 

「追い詰めたのはウチらの方なんだよね!」

 

「神浜の、解放のその証……ドッペル」

 

「たっぷりと見て行ってよね!」

 

 天音姉妹が不敵に笑うと、総務事務が黒く輝く。

 そこから何かが這い出るようにシルエットを映し出す。

 次の瞬間には、宙に二つの半球が浮んでいた。

 半球はそれぞれ、右半球と左半球に分かれていて、片方にはブランコに乗る姉の月夜、もう片方はポールに逆さまで掴まる妹の月咲。

 外観の禍々しさは環さんには劣るが、独特の歪な雰囲気は彼女と繋がっていた巨大な鳥の化け物を思い起こせた。

 

「身体から魔女がっ!」

 

「何だ、ありゃ……?」

 

 魔女。そう言われると雰囲気はコロシアムを駆け回っていた奴らにも似ているような気がする。

 じゃあ、環さんから出たあれも魔女だったのか。

 

「さぁ……私たちが思うまま」

 

「さぁ……ウチらの思うまま」

 

「全ての雑音から私たちを隔絶せよ!」「全てのしがらみからウチらを絶縁して!」

 

 二人とも最後の台詞を同時にいうものだから、「全ての」以降がまったく聞き取れなかった。

 まあ、多分、敵を倒す的な意味合いの口上だろうから、気にしなくていいか。

 近くで佐倉さんがその間に小声で環さんと話し出していた。

 

「アンタ、あの変な水を飲んでるんだろ。だったら、さっさとウワサってのを始末した方がいいんじゃない?」

 

「でも……私だけじゃあ」

 

「なら、アタシも手伝ってやるよ。ここはこいつが居れば、後は大丈夫だろ。なあ?」

 

 ヌルオさんの肩を気安く、ポンと叩いてみせた。

 そうだ。俺の幸運もあとどれだけ残っているかも分からない。

 

「……最初から肩入れするつもりなら、わざわざ僕を口実にする理由あったの?」

 

「バレてたか?」

 

「あれだけやる気なさそうにしてるのに、一番弱い彼女に魔女が密集しないよう交通整理をしてただろう?」

 

「皆まで言うなよ、野暮な奴だな。それじゃ、任せていいんだね」

 

「勝手にしなよ」

 

 肩を(すく)めるヌルオさんから離れると佐倉さんは環さんを連れて、ウワサの本体を倒しに行ってしまう。

 俺はそれをヌルオさんの中から眺めていたが、どうにも腑に落ちない。

 佐倉さんとは知り合いなのか? 魔法少女嫌いの彼にしては随分、打ち解けて話していた気がする。

 

「馴れ馴れしいから呆れてただけだよ。僕に魔法少女の知り合いなんて居ないよ。さて……」

 

 ステッキを新たに作り出し、握り締める。

 

「ラムネに入ったビー玉を砕くとしようか」

 

「私のはテラリウムで」

 

「ウチのはアクアリウムだよ! ばーか」

 

 どう違うんだろう。

 俺にはその違いが理解できない。

 

「違いはないよ。……割れたら、同じさ」

 

 天音姉妹はヌルオさんのある種脅すような発言にも、気圧されることなく、横笛に口を付ける。

 姉妹が放つ音色が攻撃的に反響し始める。

 

『――――――――――――――――!』

 

「うう……」

 

「頭の中で音が……」

 

 意識の奥に居る俺にも割れるような強烈な音色が鳴り響く。

 これを直に聞いている七海さんたちは、その苦痛は比じゃないはずだ。

 二人は反射的に耳を塞いで、音を殺すとするが何の意味もないだろう。

 しかし、それを受けているだろうヌルオさんは、何の動揺も見せることなく、ステッキの先で床を叩いた。

 脳内を抉るような音の中で小さなカツンという音がした。

 駄目だ……ヌルオさん。その程度の音を立てたところでこの音は掻き消えない。

 けれど、彼の狙いは音ではなかった。

 床に残り、散らばっていた黒い布が、一斉に浮き上がり、天音姉妹を囲う半球に張り付いていく。

 演奏に集中していた彼女たちも僅かに目を見開き、驚きの反応を見せた。

 だが、それでも笛の演奏を流す手は止めず、激しい音を奏で続ける。

 完全に黒い布で覆われた二つの半球。

 ヌルオさんは持っていたステッキを指揮者のタクトのように振るう。

 二つの黒い半球は一瞬大きく離れされる。

 流れる笛の音は絶えず流されるが、もはやそれを支配しているのは彼女たちではなかった。

 強制的な指揮者がタクトを再度振るった。

 大きく離されていた半球同士は、先ほどとは真逆の方向に持ち上げて、衝突させた。

 脳内で響く音色など遥かに凌ぐ破壊音がその場に響き渡る。

 床に崩れるように黒い塊から美しいガラスのような破片が散らばった。

 

「ほら、言っただろう。ただのビー玉だよ。君らは」

 

 黒い布が役目を終えて薄くなり消えると、ガラス片もまた消え失せる。

 双子の姉妹は割られたラムネ瓶に入ったガラス玉のように無理やり外へ取り出され、倒れ伏していた。

 笛の音色はもう聞こえない。

 同時に何かが消えたような感覚が俺の中に伝わってくる。

 

「向こうもやってくれたみたいだね」

 

 そうか。環さんたちがフクロウ幸運水のウワサを倒したのか。

 これで俺の不幸も訪れに済む。というか、色々あり過ぎてもう幸運がいくつ残っているか考えている余裕もなかった。

 

「……これはどういうことです?」

 

 知らない声がした。

 天音姉妹が倒れる床の向こうの通路から五つの人影が見えていた。

 その内、四人は黒羽根の子。

 そして、中心に立つ一人は白いショートカットの少女。

 左右に長く伸びた黒いリボンが特徴的に映った。

 

「また新手の魔法少女……。ここは本当に魔法少女のバーゲンセールだね」

 

 とても嫌そうにそう吐き捨てるヌルオさん。

 だが、七海さんと由比さんは彼女を見て、嬉しそうな表情を浮かべてみせた。

 

「みふゆ!」

 

「み、みふゆー!」

 

 反応からして仲の良い知り合いのようだった。

 ヌルオさんの脇を走り抜け、由比さんはみふゆと呼ばれた少女に抱き着く。

 女の子って名前みたいな苗字の子が多いから、「みふゆ」が名前なのか苗字なのかも判断が付かない。

 

「みふゆ、ずっと探してたの。一緒に帰ろう! 万々歳でみふゆのお帰りパーティーしよう!」

 

「鶴乃さん。それからやっちゃん」

 

 やっちゃん!? ひょっとして、七海さんのことか?

 そんなイカのおやつみたいな呼び方で七海さんを呼ぶなんて、恐れ多いな……。それだけ、仲が良い相手ってことなのだろうけど。

 

「残念ですが……それはできません。見ての通り、今のワタシはマギウスの翼。やらねばならない使命があるのです」

 

「そんな……なんで」

 

 衝撃を受けたようにみふゆさんを見つめる由比さん。

 

「あー。くんずほぐれつの感動の再会はそのくらいにしておいてくれない? 君がトップのマギウスとかいう役職の子?」

 

 しかし、当然、魔法少女をセール品呼ばわりするヌルオさんには何の関係もなかった。

 俺にすら分かることがヌルオさんに分からない訳もなく、“空気を読まない”のではなく、“読んだ上であえて無視している”のだろう。

 彼の問いにみふゆさんは首を横に振った。

 

「いいえ、ワタシは白羽根です。あなたが(くだん)のウワサ潰し、ですか?」

 

「好きに呼びなよ。今はヌルオで通してるけど」

 

「ではヌルオさん。今度はワタシからお聞きします。今回、フクロウ幸運水のウワサを消したのはあなたですか?」

 

「いいや? 今回は譲ったよ。たまには楽させてもらうのもいいね」

 

 小馬鹿にするように鼻で笑って答えるヌルオさんに、みふゆさんは目の前で倒れている天音姉妹を眺める。

 そうして、侮蔑にしているように見せつつも握られたステッキからは力を緩めない。

 警戒しているのだ。あのヌルオさんが。

 

「ワタシたちは……本気で魔法少女の救済を目指しているんです。これ以上の邪魔はしないでください」

 

「魔法少女の救済? 怪物を作って一般人を餌にすることが? そいつは凄いね! 大迷惑だ!」

 

「……必要なことなんです」

 

「じゃあ、絶滅させないと怖くて夜も眠れないねぇ! ウワサも。マギウスの翼(きみら)も」

 

「…………今はやめましょう。少なくともワタシもあなたもこの場に居る二人まで巻き込むのは本意ではないはずです。それに――あなたの魔法も無限ではないのでしょう?」

 

 二人とも会話をしつつもお互いに探りを入れ合っている。

 内側の俺は胃が痛くなるような気分になる。あくまでなるだけだが。

 

「まだまだ元気いっぱいさ。試してみる? 君を倒した後に一曲踊れてしまいそうだよ」

 

「……これはお願いです。これ以上ウワサを消すのをやめてください」

 

「できない相談だ。いいかな? お嬢さん。(ウワサ)というものは“人知れず、消えていくもの”だよ。自然の流れは止められない。僕にも君にも。誰にもね」

 

「……そうですか。それなら仕方ありません」

 

 由比さんを自分から離し、みふゆさんは巨大なチャクラムを構えた。

 それに対応するようにステッキを握り締め、足を開く。

 戦うのか……。七海さんたちの大切な友達みたいな相手とも。

 だが、戦いの緊張が最大減に高まる前に、彼女は大きく真後ろに弧を描いて宙返りする。

 その瞬間、控えていた四人の黒羽根の子の内、二人が天音姉妹を担いだ。

 彼女のたちの背後の空間が大きな円状の光が放たれる。

 

「させないよ!」

 

 ヌルオさんがステッキを投げ放ち、天音姉妹の姉の方、月夜を抱える黒羽根を狙う。

 しかし、それよりも一手早く投げられたチャクラムが庇うようにステッキに激突して消滅した。

 空中で身体を捻りながら光の円に消えていくみふゆさんが言う。

 

「利き手と逆の方向を狙うと思いました。あなた、性格が悪いようですから」

 

「チッ……」

 

「みふゆ!」

 

 固唾(かたず)を飲んで耐えていた七海さんが、消えゆく光の円へ走り出す。

 けれど、そこには既に何も残されてはいなかった。

 こうして、初めてのマギウスの翼との邂逅は、お互いに勝敗が付くことなく終わったのだった。

 




フクロウ幸運水のウワサ編はこれで終了です。


ちなみに裏切った元気な黒羽根ちゃんは騒ぎに便乗して、既に逃げ出していました。
多分、もう出番はありません。
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