ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第五十五話『中沢君と皆殺しの救世主』⑦

 なあ、上条……。どうしてこんな風になっちまったんだろうな?

 俺もお前もたまたま魔法少女と関わっただけだったのに、何でこんなにも違ってしまったんだろうな?

 お前は凄い奴だよ。

 魔法少女たちの未来なんて、俺には絶対背負えない。

 自分のことだって最近ようやく決められるようになったばかりだっていうのに、他人のことまで責任持つなんて到底無理だ。

 そこまで大勢の他人の未来を真剣に考えられるのは、それこそ、神様みたいなものだろうよ。

 可哀想とか、幸せになれたらいいのに、とか同情する程度じゃなくて、絶対に自分の手で助けるんだって本気で考えて実行している。

 英雄かよ、救世主かよ。

 物語の主人公なのかよってぐらい凄過ぎだ。

 凄過ぎて、俺みたいな凡人には共感できないよ……。

 魔法少女の未来とか、魔女になる運命とか、俺には自分と関係しているって思えない。

 確かに大変だなとは思う。頑張って生きていってほしいとは感じてる。

 でも、普通、それが限界だろ?

 出会って一ヶ月経つかどうかの赤の他人の未来をまるごと救いたいとは考えられない。

 自分たちの手でどうにかしていってくれよ、としか思えない。

 薄情かなぁ……?

 冷たいかなぁ……?

 だけど、それが俺の思う普通なんだよ。

 苛酷(かこく)な人生歩んでる人たちのドキュメンタリー番組をテレビで見て、その人たちの境遇に同情はしても、傍に行って改善してやろうとまで考える人間がどのくらい居るんだ?

 その内、考えたことを実行する奴は全体の何%だっていうんだよ?

 ほとんどの人間は動かない。動こうとも思わない。

 それは冷たいからじゃなくて、そこまでの余裕がないからだ。

 自分の人生を歩んでるだけで精一杯だからだ。

 普通で、平凡で、平和な日常をやり過ごしていくだけでも一苦労なんだ。

 だから。

 だからさ、上条……。

 もう俺にはお前を助けてやれそうに……ない。

 俺にはお前を超える覚悟も信念も持ち合わせてない。

 許してくれとは言わない。分かってくれとは言わない。

 俺がお前に望むことはたった一つだけ。

 

「ごめん、上条……もう立ち上がらないでくれ!」

 

 震える指先で否定の魔法の込められたコインを弾く。

 キィンと硬質な金属音を奏で、目の前に立つ上条の心を砕くために放つ。

 放つ。放つ。放つ。

 魔力からコインを作り出しては撃ち放つ。

 空中に散布された無数のコインは上条の身体を抉り、穿(うが)ち、吹き飛ばす。

 

「がっ、あ…………」

 

 肌を破き、肉を潰し、骨を砕く魔法のコイン。

 苦悶に歪む上条の端正な顔からは、既に血の気が引いていた。

 俺はこんなことをするために力を手に入れたっていうのかよ……。

 自分の所業に吐き気が込み上げてくる。

 魔法少女を心の底から救いたいと願う聖人君子みたいな友達に対して、俺は手を休めることなく、攻撃を続ける。

 纏っていた魔力は残滓しか残っていない。衣服の残骸は肌から滲み出した血で真っ赤に染まり、あたかも深紅の衣装を身に着けているように映った。

 だが、それでもなお上条は諦めない。

 何度も身体が宙へ舞い、地べたを這い(つくば)って倒れても、震える脚で立ち上がってくる。

 (こら)え切れずに俺は声を上げた。

 

「やめろよ……やめてくれよぉ! 死んじまうぞ! お前、本当に死んじまうんだぞッ!?」

 

 瞳の奥で光を灯し、赤く染まった歯が動く。

 

「……僕は、まだ死なない。全ての魔法少女を……これから新たに生まれてくる魔法少女が、一人も居なくなる……その時まで、僕は……彼女たちを幸福な夢を与え続ける役目が、残ってる……」

 

「! ……キュゥべえが諦めて魔法少女を生み出すのを止めるまで、魔法少女の安楽死を続けるっていうのか……?」

 

 本当の意味で、魔法少女が地球上から一人も居なくなる日までこの結界(てんごく)を維持し続けるつもりなのか。

 一体何十年、何百年掛かる想定でいるのかも分からない。

 ここで延々と魔法少女をファントムワールドに取り込んで、彼女たちを殺し続ける。

 気が遠くなるどころか、気が触れてしまいそうな地獄の日々を過ごしていく気なのか。

 それが上条が選んだ『魔法少女の解放』。

 たった一つ残された『魔法少女を救う方法』。

 ……ああ、お前は本当に、どこまで責任を持つつもりなんだ。

 呆れ果てるほど誠実で、共感できないくらいに高潔で、理解が及ばないほどに慈愛に満ちている。

 お前はもうとっくに選んでいたんだな、上条。

 それなら、俺も選ぶよ。

 選んだ先に後悔と絶望しかないと分かった上で、選択する。

 お前が魔法少女の幸せを守るために地獄を歩もうっていうのなら、俺はお前が死神になる前に、お前を──殺す。

 

「…………」

 

 その感情を読み取ったのか、上条が駆けた。

 今まで温存していたとしか思えない速度で距離を詰めてくる。

 その左手には、澱んだ銀の糸鋸が生成されていた。

 上条が俺の名を絶叫する。

 

「中沢ァァァァァァァァァァァ!」

 

 俺もまた迫り来る敵の名前を、力の限り叫んだ。

 

「上条ォォォォォォォォォォォ!」

 

 目一杯の否定の魔力を込めた、コインの弾丸を撃ち出す。

 金色の軌跡を描き、コインは俺の指を蹴って飛び立った。

 上条は回避する気配など微塵も見せずに直進してくる。不退転の覚悟を決めた突進。

 振り被った一刀に絞り出した魔力が流れ込む。

 余計な小細工をする意図は皆無だ。

 魔力の帯を引いて飛行するコインは上条の左手、より正確には左手首を狙う。

 そこにあるのは正方形の魔力の塊。濁った銀色の石英。

 上条の魔力の源であり、魔法を汲み上げる核。

 魔力の流れが見える俺には、その石英が上条の精神と密接な繋がりがあると感じ取れた。

 ソウルジェムとは違う。だけど、俺と否定の魔力の関係とも違うもの。

 恐らく、いや、間違いなく、それをこんな方法で砕いて切り離せば、上条は死ぬだろう。

 そう確信できるのは、俺が魔法を否定する魔法を扱っているからだ。

 だから、今までそこだけは狙えなかった。

 上条を殺す覚悟が決まるまで目を逸らしていた。

 だけど、俺はもう逃げない。

 中途半端な真似はしない。

 これが魔法少女を救おうとした英雄に対する、俺の答え。

 俺の選択。

 俺の──中庸の道(ちょうどいい)

 しかし、上条また俺が急所狙うだと分かっていたのだろう。

 コインが飛来する道を阻むように右手で庇う。

 突き出した右の手のひらを犠牲にして、威力を削る気だ。

 右手を捨て、左手を。俺を斬り殺す一撃だけを残すつもりなのだ。

 だが、俺もまた……。

 俺もまた、上条がそうするだろうと見越していた。

 この期に及んで自分の身体を気遣う訳がない。

 そう思った。そう信じたからこそ、俺はこの攻撃を放ったのだ。

 糸鋸の間合いに入る。彼我の距離は既に二メートルを切っていた。

 俺の首を斬り落とそうとする細い刃が鈍く光る。

 そして、金色のコインが右のてのひらに触れる──寸前。

 

「……!」

 

 右手の甲からを()()()()()()()()が、上条の左手首を目指して突き進んだ。

 『メルティング・ポイント』。

 コインが物体を貫通する手品(マジック)

 魔力で構成されたこの空間を否定の魔法で数センチだけ消失させたのだ。

 原理で言えば、ヌルオさんが使っていた空間転移の劣化版。

 だが、すべてを融かし尽くす魔法を持つ上条に使うには“融点”を意味するこの技は皮肉に感じられた。

 金色のコインが、濁った銀色の石英と接触する。

 

「『拒絶(リジェクト)』……」

 

 銀の破片が砕け散り、振るわれかけた糸鋸は粒子になって飛散した。

 俺の真横を上条の身体が通り過ぎる。

 目を(つぶ)り、背後で上条が崩れ落ちる音を聞いた。

 どこまでも性質なあいつに勝った方法は、詐欺のような後味の悪いものだった。

 ゆっくりと目を開き、本物そっくりの青空を見上げる。

 

「……………………ッ!?」

 

 いつまで経っても、空が消えない。

 魔力を生み出す源を破壊した以上、結界は形を保てず、崩壊するはずだ。

 それは魔女の結界でも、ウワサ空間でも同じこと。

 主を失った世界は罅割れて砕け散るのが道理。

 だとするなら。

 背後でゆらりと立ち昇る膨大な魔力の流れを感じた。

 

「まさか……!」

 

 振り返った先には、背を向けて立つ上条の姿。

 その左手首には砕け散った石英。そして、その奥から輝く()()()()()

 石英よりも一回り小さな楕円形のその宝石からは、先ほどまでとは比べ物にならない魔力の流れが噴き上がっていた。

 俺が動けたのは、思考ではなく、脊髄(せきずい)反射だった。

 無意識下で、“これだけは放置してはならない”という恐怖から来る攻撃動作。

 とっさに指先で数枚のコインを作り上げ、黄金の宝石に目掛け撃ち放った。

 直進したコインは宝石に触れることなく、黄金の粒子へと変化し、蒸発するように消える。

 それを見つめながら、俺は大きく後ろへと飛び退いた。

 これもまた生存本能による無意識での動作だった。

 

「…………!」

 

 黄金の宝石が更にその輝きを強める。

 網膜が焼かれるような激しい光は、全方位に魔力の津波を垂れ流した。

 コインを使って抑えようと試みるが、焼け石に水だった。

 渦巻く魔力の中心で、黄金の魔力が上条の身体を覆っていく。

 収束する光の奥で振り向いた姿が纏っていたのは、擦り切れた銀色のローブじゃなかった。

 古代ローマの石像が着ているような、長く大きな一枚の布を優雅な(たる)みと(しわ)を持たせて巻き付けた衣装。

 黄金一色で塗り固められているのに、そこには成金じみた下品な印象は皆無だ。

 ひたすらなまでに神々しく、気品に満ちたその相貌(そうぼう)は大多数の人間が考えるような神そのものと言っていい。

 その背中には黄金の歯車にも似た大きな車輪が、ゆっくりと回転している。

 受けていた傷も汚れも治ったというより、元々存在しなかったように消え失せていた。

 金色の瞳が俺へとまっすぐ向けられる。

 

「……中沢。今、ようやく分かった気がするよ。これが僕の至った極致。僕の望んだ絶対の魔法(チカラ)。これで全ての魔法少女へ幸福な夢を与えられる」

 

 尋常ではない量の魔力をあらゆる方向へ垂れ流しながらそう語る上条は、先ほどまでは次元が違う。

 和泉さんが言っていた“上条の変異”はまだ途中段階でしかなかったのだ。

 今までのこいつはまだ(さなぎ)(まゆ)の状態だったと断言できる。

 不意に脳裏へ浮かんだのは、俺の知らない単語の羅列。

 

 ──『流転(るてん)の理』、ここに完成……。

 

「全世界へこの力を広げる前に、お前だけは始末しておくよ。これで本当にさようならだ、中沢……」

 

 その顔にほんの少しだけ、惜しむような感情を浮かべ、すぐに掻き消した。

 

「まだだ……! まだ、俺は負けてないぞ! 上条ォ!!」

 

 俺はありったけの魔力をコインに変換して、否定の魔法の防壁を張る。重なり合い、繋ぎ合ったコインは連結し、強固な盾へと化す。

 黄金に彩られた上条は静かに左手をかざした。

 それだけで否定の魔法の防壁は黄金の粒子へ変わって、空気に融けるように消滅する。

 

「……な」

 

 否定の魔法が、否定された。

 その存在を抹消された。

 そんなものは無意味だと、何の価値もないというかのように自分の魔力で捩じり潰した。

 そして、これが上条にとって攻撃ですらない行為なのだと直感できた。

 折れることはあった。(うずくま)ることはあった。

 だけど、これは違う。

 心の奥底を支えていた一番大事なものが粉々に砕け散っていた。

 俺は確かに選んだのだ。

 悩んで、考えて、覚悟を決めて、それを貫こうとした。

 しかし、選び取った中庸の道は圧倒的で不条理な力によって、完全に閉ざされていた。

 ……終わりだ。

 もう俺には何もできない。

 何も、ない……。

 立っていることもできず、糸が切れた操り人形のように膝を突いていた。

 




中沢君でさえ──。


***


『流転の理』 アブソリュート恭介

上条恭介が抱く魔法少女への愛とその幸福を否定し破壊しようとする邪悪に対し、決して許してはならないと信念の元、絶対者として覚醒を果たした姿。

固有魔法:昇華
あらゆる魔法は彼を前にしては形と性質を保てず、黄金の魔力へと昇華される。

モチーフはギリシャ神話の伝令神ヘルメス。
衣装は古代ローマでの衣装・トーガと黄金の車輪。
パーソナルカラーは黄金色。
上条君の固有魔法の変遷は、錬金術の『黄金錬成』の過程をイメージしています。
魔力の核である宝石はさしずめ、『賢者の石』ならぬ『三賢人(マギウス)の貴石』といったところでしょうか。
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