ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第五十六話『中沢君と皆殺しの救世主』⑧

 黄金の輝きに呑まれ、俺の心は絶望の只中(ただなか)にあった。

 何のために決めた覚悟か。何のために選んだ道なのか。

 俺の行動に果たして意味はあったのか。

 分からない。

 分からないよ、ヌルオさん……。

 あなたから受け継いだ魔法を使って、上条を止めたかった。

 でも、それは叶わなかった。

 上条自身の強い意志と信念を否定し切ることはできなかった。

 だから、俺は上条を殺戮者にしないために、やむなく殺してでも止める決意をした。

 苦渋の決断だったけど、それでも確かに自分で選んだ道だった。

 だけど……。

 だけど、それすらも叶うことはなかった。

 上条が手に入れた新たな力は、俺の決意(ひてい)を遥かに凌駕した。

 所詮(しょせん)、世界の脇役でしかない俺には、上条みたいな主役に勝つことは最初から不可能だったんだ。

 だったら、俺の決断に何の意味があった?

 俺の意志に価値はあった?

 ……ないだろ。そんなもの。

 どう足掻いたって、俺はその他大勢(エキストラ)止まり。

 初めから特別な人間には勝てない。そういう風に世の中は作られている。

 俺は誰の目にも留まらない単なる端役。脇にすら置いてもらえない矮小で惨めな存在。

 黄金の輝きを放つ神々しい上条を見て、つくづく思う。

 この世界には二種類の人間が居るってことを。

 一つは、こいつのような世界の在り方さえも強い信念で変えてしまえる、宝石みたいな奴。

 もう一つは、俺みたいなどう頑張っても何にも影響を与えられない、ただの石ころみたいな奴。

 宝石は宝石。

 石ころは石ころ。

 最初から、役割は決まっていた。

 そして、それは何があっても変わらない。

 涙が(にじ)む。

 歪んだ視界で、上条が俺へと伸ばした左手のひらを向けた。

 そこから外側に凹凸のある歯車のような黄金の輪が、幾重にも折り重なって生まれる。

 あれは砲身だ。

 膨大な魔力を収束させ、放つための発射孔(はっしゃこう)

 防ぎようのない攻撃だということは、肌で感じる魔力の流れで分かる。

 以前見たウワサと融合した巴さんの砲台が、おままごとに感じられるほどの常軌を逸した魔力量が収束している。

 彼女のあれがバケツ一杯の水だとするなら、これは海だ。

 世界中の海水を一ヶ所に集めて算出したような途方もない数量の水。

 

「最後に……“最期”に言い残して置きたいことはあるかい?」

 

 飽和した魔力の輝きに阻まれ、上条の顔も見えない。

 辛うじて視界で像を結ぶのは、緩やかに回転する大小様々な輪だけ。

 

「……俺は」

 

 黄金の光に染まる空間の中、本心からの声を吐き出す。

 

「俺は……端役でいい。部外者でいい。主役を張れる(うつわ)じゃなくて、いい」

 

 既に、いつでも発射できる準備は整ったのだろう。

 上条は静かに耳を澄ませて、俺の最期の言葉を聴いていた。

 俺一人ですべてを解決するのはどうしたって無理だった。当たり前だよな。俺はそんなに凄い存在じゃないんだから。

 だって──。

 

「この場の主役は、俺でも、お前でもない…………『魔法少女(かのじょ)』なんだっ!」

 

 遥か頭上から降りて来る“小さな光”を感じ取っていた俺は、叫んだ。

 充満する膨大な黄金の魔力とは違う、その小さな輝きは紛れもなく、魔法少女の魔力の流れ。

 

「上条君っ!」

 

 その内の一人が上条の名を呼ぶ。

 俺はその声の主を知っている──環さんだ。

 巨大な鳥に似たドッペルを逆巻く髪から生やした彼女は、グライダーのように滑空しながら急降下する。

 いや、()()()()()()()()

 ドッペルを発現させた魔法少女が次から次へと舞い降りてくる。

 さながら流星群の如き光の流れが、黄金の世界に降り注いでいく。

 

「……これは、一体どういうこと……?」

 

 浮遊する無数の輪から作られた砲身を魔力へ戻した上条は、環さんを含めた数え切れない魔法少女たちを唖然した様子で眺めた。

 現実と向き合うことのできなかった魔法少女たちが、都合の良い世界から抜け出して、あろうことか絶望の象徴であるドッペルを使い、目の前に現れた。

 上条からすれば絶対にあり得ない光景に、悲鳴のような声を発する。

 

「まさか……中沢の妄言に惑わされて、幸福な夢を自ら捨て去ったっていうのか!?」

 

 俺は思わず笑ってしまった。

 何を言うかと思えば、勘違いもいいとこだ。

 俺が? 石ころみたいな俺が、この光景を作り出したと本気で思っているのか?

 きつい冗談だ。想像力が豊か過ぎる。

 

「お前だよ。上条……。お前が、魔法少女を呼び起こしたんだ」

 

 理解できない異国の言葉でも聞いたかのように、上条の顔は当惑に染まった。

 

「僕が……? どういう意味だ! 何を言っている!?」

 

 何で分からないんだよ。

 察しの悪い俺だって一発で分かったぞ。

 自分に向けられる感情に無頓着なのか? どこの鈍感主人公だよ、お前は。

 

「自分のために身体を張って、自分のために苦しんで、自分を心の底から愛してくれている相手を救いたいって思うのは普通のことだろ? 魔法少女たちは()()を助けるために、夢から覚めたんだよ」

 

 簡単な話だ。誰にだって分かる当たり前の事実。

 自分の幸せを誰よりも願ってくれる人にも、救いがあってほしいという気持ち。

 その感情を胸に抱いて、彼女たちはこの場所にやって来たのだ。

 辛い現実と向き合ってでも、大切なお前に会うためだけに彼女たちは目を開いたのだ。

 

「……僕を、救う? 魔法少女が、あの弱くて儚い少女たちが……?」

 

「ちょっとは喜べよ。お前が昔、小学生だった頃、好きだって言ってた“魔法で皆を幸せにする少女たち”が今、目の前に居るんだぞ?」

 

 確かにお前の言う通り、俺は『魔法少女の弱さ』を知らないのかもしれない。

 だけど、お前もまた『魔法少女の強さ』を知らない。

 

「上条様……」

 

 魔法少女の一人が一歩前に出て語りかける。

 黒江さんだ。

 

「私はずっと自分が嫌いでした。でも、そんな私をあなただけは肯定し続けてくれた。弱くてどうしようもない私でも魔法少女で居ていいって、存在してていいんだって、言ってくれた」

 

「そうだよ。弱くたっていいんだ! 戦えなくていい! 辛い現実なんて見なくてもいいんだよ! だから……眠っていていいんだ。幸せだけを感じていればいいんだよ!」

 

 上条の言葉を受けた彼女は、少しだけ嬉しそうに、そして、少しだけ悲しそうに首を左右へ振った。

 

「それじゃ、駄目なんです。私たちが弱いせいで、戦わないせいであなたが代わりに苦しみ続けるっていうなら、私は幸福なんて要りません。上条様にも幸せで居てほしいって、そう思うから!」

 

「……だから、破滅の道を進むっていうのかい?」

 

 黒江さんを見据える上条の瞳には不変の絶望が色濃く映し出されている。

 

「君たちがドッペルを保てているのはこの結界の中だからだよ。生きてるだけでソウルジェムは濁る君たちはいつか必ず、絶望に染め上げられる。普遍的な他者との交流にさえ心を痛め、傷付き、その境遇ゆえに誰にも頼れず孤立する。そんな君たちが! どうやって生きていけるっていうんだ! 他者を恨み、社会を憎み、やがて世界の破壊までも望むはずだ!」

 

 魔法少女の弱さに囚われた上条には、地獄へ堕ちていく哀れな子羊にしか見えないのだろう。

 その願いは愚かで向こう見ずの勇気でしかないと。その希望は見せかけだけの張りぼてだと。

 上条には“弱さ”にしか映らない。

 

「一時の希望に浮かされ、絶望から目を逸らしているだけだ。そんなのはただの現実逃避! 思考停止となんら変わらない! 君たちは、結局未来を少しも直視できていないじゃないかぁ!?」

 

 悲鳴にも似た絶叫。

 裏返る声音には嘆きと悲しみがこれでもかと詰め込まれている。

 情動だけで空間を魔力が揺らす。地面だけではなく、空気までもが激しく振動している。

 だが、それでも魔法少女たちは二本の脚で大地を踏み締め、答えた。

 

「……いつか必ず破滅するからって前に進んじゃ駄目なんですか?」

 

「明日、魔女になるからって……今日、魔法少女であろうとするのは罪ですか?」

 

「私たちが、辛い現実の中で生きることを望むことも許されないんですか?」

 

 黒江さんの隣に別の黒羽根の魔法少女が並び立つ。

 フードを取り払い、素顔を見せて、上条へ問いかけた。

 俺には見覚えがなかったが、上条にはしっかりと彼女たちの名前をしっかりと憶えているのだろう。

 一人一人の顔を見て、驚愕したように目を見開く。

 

「絶望の中で死ぬつもりなのか……? 苦しみしかない道で果てるのが君たちの望みなのか……?」

 

「たとえ、絶望に染まることが決まっていても、私たちは知っています」

 

 黒江さんが穏やかな声で言う。

 対する上条の声は震えていた。

 

「……何を?」

 

「私たちの弱さも、情けなさも知って、それでも愛してくれたあなたのことを」

 

「……!」

 

「現実に戻ったら打ちのめされることの方が多いと思います。幸せな夢の中へ戻りたいって思うかもしれません。でも、上条様が愛してくれた事実を思い出せば……その想いさえ信じられたのなら、きっとまた戦えます。魔女になったとしても後悔しません」

 

 絶対の力を持つ無敵の英雄は。

 神様だって折ることのできない最強の救世主は。

 自分よりも遥かに弱い魔法少女たちの言葉を受けて、膝を突く。

 

「……他の皆も同じ気持ちなのか?」

 

 頷くすべての魔法少女たちを見て、上条は力なく項垂(うなだ)れた。

 

「そうか……。僕のやったことは、何の意味もなかったんだね……」

 

 俺はその言葉を聞いて、我慢できずに()えた。

 

「何でそうなんだよ! お前、ちゃんと皆の話聞いてたのかよ!」

 

 立ち上がって、上条の前まで行き、胸倉を掴み上げる。

 ふざんけんなよ。どうしてそんな結論になるんだよ。

 どうして俺よりもずっと頭が良い癖に、どうしてそんなに物分かりが悪いのか。

 覇気の失せた黄金の目が俺を力なく見つめる。

 

「お前が居たから、もう一度戦おうって。もう一度、頑張ろうって思えたんだろ! お前がどれだけ魔法少女一人一人を大切に思ってるって知ったから、現実を生きる決意ができたんだろ! どうして、そんなことも分からないんだよ!」

 

「中沢……」

 

「お前みたいな、主人公みたいな凄い奴が愛してくれたから、自分に自信ができたって言ってるんだよ!」

 

 分かれよ。分かってくれよ……。

 宝石のお前が無意味なら、石ころの俺はどうなるんだよ……。

 

「自分が大切に思う相手が、自分のことを同じように大切に思ってるって何で想像できないんだよ!」

 

 お前の行動が無意味だった訳ないだろうが。

 こんなにも他人の心を動かす姿が無意味であって(たま)るもんか。

 

「上条……お前が変えたんだ。“弱かった魔法少女”をこんなにも“強くさせた”んだ」

 

「中沢……なんでお前が泣いてるんだよ」

 

 胸倉を掴まれた上条は困ったように表情を(ゆる)めた。

 俺はそこでようやく自分が泣き出していることに気付く。

 ああ、俺はこんなにも許せなかったのか。

 魔法少女を自分の人生を投げ打ってまで戦った上条が、その戦いを無意味だと切り捨てることが何よりも許せなかったのだ。

 凡人がどれだけ頑張っても届かないその功績を、無価値だと決め付けることが死ぬほど許せなかった。

 

「いじめっ子のお兄さん。バイオリンのお兄さんから今すぐ手を離してくださいっ!」

 

 真後ろから唐突に幼い声音が響いた。

 振り返ると、足元から巨大な毛糸の昆虫のドッペルを作りあげた、小さな魔法少女が立っている。

 幼い顔立ちに怒りの表情を浮かべて俺をじっと見ていた。

 睨むというにはあまりに迫力がない顔なのは、元々そういう表情を作るのが苦手なのだろう。

 

「えっと……いじめっ子って俺?」

 

「そうです! 早くその手を離してくださいっ!」

 

 俺の方が一方的に痛め付けられていた期間長かった気がするんだけどなぁ、と思いながらも彼女の言葉に従い、胸倉を掴んでいた手を離す。

 その幼い魔法少女は、子供用の弁当箱に入っているピックを大きくしたオレンジ色の杖のようなもので俺を牽制(けんせい)するように小刻みに動かして退()かせた。

 小さい子に悪者だと邪険にされるのは、正直、直接殴られるよりもよっぽど心にぐさりと来る。

 俺を引き剥がすと、その小さな魔法少女は上条へ微笑みかけた。

 

「もう大丈夫ですよっ、バイオリンのお兄さん。いじめっ子のお兄さんはわたしがやっつけましたからっ」

 

 別にやっつけられてはいないんだけど、と突っ込みを入れたくなったが、それをぐっと抑えて成り行きを見守った。

 

「バイオリンのお兄さんって……僕のことかい?」

 

「はい。ずっとわたしがどこか分からないところに居た時、時々バイオリンを聴かせに来てくれましたよね? 声で分かりますよっ。だって、お兄さん、いつも演奏を聴かせてくれた後、言ってくれてましたからっ」

 

 ──『必ず、僕が君たちを助けてあげるから』。

 その言葉に上条はハッと何かに気付いたように彼女の顔を見つめる。

 

「もしかして、君は……ドッペル症患者隔離施設に居た、魔法少女なのかい?」

 

「うーんと、それはよく分からないんですけど……でも、ずっとどこか暗くて冷たい場所に居た気がします。何だか気持ちが悪くて苦しくて、わたしがわたしじゃくなっていく気がしたのは何となく覚えてます。でも、バイオリンのお兄さんの演奏と、最後にくれる優しい言葉だけが、わたしがわたしのままでいいんだって思わせてくれましたっ」

 

 たどたどしさのある口調だったが、それでも上条にはしっかりと伝わった様子だった。

 

「そうか。そう、なんだね……」

 

「多分、わたしだけじゃないと思います。さっき、同じような話をしたお姉さんも……あ、来てくれました。あのお姉さんたちです」

 

 体育祭でしか見ないポンポンの付いた腕を持つメガホンのようなドッペルを腕から生やした魔法少女。

 クリスマスのリースを巨大化させたようなドッペルを背負った魔法少女。

 他にもドッペルを身体から発現させた魔法少女が上条の傍へとやって来る。

 

「君だよね。私を応援してくれてたのって」

 

「あなたですよね。枯れそうだった私の心に水を注いでくれたのは」

 

 それを見て、上条の頬に一筋涙が流れる。

 

「……ちゃんと、届いてたんだね。僕の想いは……皆に聞こえてたんだ」

 

 そうだよ、上条……。

 お前のやって来たことは絶対に無意味なんかじゃない。

 こんなにも身を削って魔法少女を救おうとした行動が無意味な訳がない。

 お前のやろうとしたことは認めることはできないけど、お前が抱いた想いだけは誰にも否定できない。

 

「だ、大丈夫ですかっ。あのいじめっ子のお兄さんにたくさん痛くされたんですね? もう大丈夫ですよ。痛いの痛いの、飛んでけー! 飛んできましたかっ?」

 

「うん……うん。もうどこも痛くないよ」

 

 小さな魔法少女に頭を撫でられ、上条は涙に濡れた顔で笑みを作った。

 そこにあったのは年相応の、俺と同じ中学生の笑顔だった。

 立ち上がった上条は涙を拭い、俺へ目を向ける。

 

「中沢……。僕の負けだ」

 

「馬鹿野郎。この状況見て、一体誰がお前の負けだって思う奴が居るんだよ」

 

 もし居たとしたら、そいつは結果でしか物事を判断できない本物の馬鹿だ。

 こんなにも感謝されて、認められて、愛されてる奴のどこが負けなんだ。

 

「勝ったんだよ、お前は。ただ、争う理由がなくなっただけだ」

 

「でも、ここまでのことを起こしたのなら責任を取らないといけない」

 

 この期に及んでまだ責任か。

 上条らしいといえばそれまでだが、この場へ揃った魔法少女はきっと誰一人上条に裁かれてほしいとは思わないだろう。

 それでも上条だけは律義に責任を背負い込む。

 なぜならそれが上条恭介という人間だから。

 

「はぁ~? なーにをトークしてるのか、まるでアンダスタンできないんですケド」

 

 いきなり素っ頓狂な発言を放ったのは、マギウスの一人、アリナ・グレイ。

 その近くに居るのは同じく、マギウスの里見灯花と柊ねむだった。

 

「キョースケに罪なんてある訳ないんだヨネ」

 

「アリナの言う通りよ。これは私たちマギウスが始めたこと」

 

「恭介はそれに巻き込まれただけだ。彼に罪があるとすれば、それはボクらが取るべき責任だ」

 

 三人の意見に俺も内心で同意する。

 こう言っては身も蓋もないが、彼女たちが上条を巻き込まなければ、こうして上条が罪や責任を背負うことはなかったのだ。

 魔法少女の安楽死計画は上条が主導だったとしても、立場上、上条の上司に当たる彼女たちが責任を取るのも流れとしては間違っていない。

 しかし。

 

「はぁ~? アナタたちまでなーにをトークしてるワケ」

 

 あれ、会話ループしてる?

 再び、アリナ・グレイの素っ頓狂ボイスが響き、時間が一瞬だけ巻き戻されたのかと錯覚する。

 

「え、あなたこそ何を言ってるの?」

 

「そうだよ。恭介の責任はボクらマギウスの連帯責任……」

 

「そんなワケないんだヨネ。だって、キョースケはアリナの作品だカラ。自分が作り上げた芸術作品(アート)がいくら駄作だとしても、その責任は作品自身じゃなく、制作者(アーティスト)にある」

 

 ん……? まさか、この傍若無人の悪党魔法少女……。

 

作品(キョースケ)を作ったのは制作者(アリナ)。つ・ま・り、この場において、責任を問われるポジションに居るのはアリナだけなんだヨネ」

 

 責任とか罪悪感とか、そんなものから一番かけ離れたところに居るこの魔法少女が自分の非を認めている!?

 あり得ないもの過ぎて、気持ちが悪い。

 ひょっとして、俺、まだファントムワールドに居る? 都合の良い夢を見てるの?

 それとも実はさっきの上条の攻撃で殺されていて、死に際に妄想でも見ているとか……?

 不安感を掻き立てる真っ当な発言に俺は心底怯えていると、いつの間にか環さんの近くに揃っていた顔見知りの魔法少女たちの一人、梓さんが口を挟む。

 

「驚きましたよ、アリナ。アナタがこの場の全責任を取るなんて口にするとは思ってもみませんでした。上に立つ者として、部下の罪を背負うと。そういうのですね?」

 

「はぁ~? みふゆはなーにをトークしてるワケ」

 

 あれ、デジャブ?

 伸ばす度にイントネーションが上に吊り上がっていく声音は、もう何か一周回って癖になりそうだった。

 

「アリナは“責任がある”とは言ったけど、“責任を取る”なんてワンフレーズもセイしてないんですケドォ?」

 

「は?」

 

 ポカンと口を開けて少々間の抜けた表情で梓さんが固まる。

 他の魔法少女たちも(おおむ)ね、同じような表情をしていた。

 無理もない。あの流れだとまるで自分が責任を取り、すべての罪を被るのだと考えても仕方ないだろう。

 つまり、アリナ・グレイの言い分は──責任は自分にあるが、それはそれとして責任を取る気はないと言ったところだろう。

 

「え、それは勝手過ぎませんか!?」

 

「勝手も何もアリナが責任を取るなんて面倒くさいことするはずないんだヨネ。ちょっとミートしないからって、みふゆはそんなコトもフォゲットしたワケ?」

 

 一方的に好き勝手に喋り終えた後、俺や上条の方を向いて何やら満足げに薄く微笑む。

 

「それじゃ、シーユー・アゲイン!」

 

 足元のカビの湧いた絵具のようなドッペルを変形させて、どこかへと飛び去って行く。

 

「待ちなさい!」

 

 梓さんや七海さん、そして和泉さんのようなベテランの魔法少女は飛行して、逃亡したアリナ・グレイを追っていったが、なぜだか捕まらないような気がした。

 

「アリナさん、僕のためにあえて泥を被ったのかな。あれでも僕の魔法の師匠だったから……」

 

「いや、どう見ても自分がやりたいことやっただけだよ。あれは」

 

 むしろ、安心してしまった。

 綺麗なアリナ・グレイなんて、存在しない。

 俺も命を助けてもらったことは何度かあるが、あの人が善人だとは少しも思えない。

 

「上条」

 

「何だい?」

 

「責任問題は一応、(かた)が付いたんだ。だったら、やることは一つだろ?」

 

 俺は手を差し伸べて、上条に言う。

 ずっと伝えてやりたいと思っていたその言葉を。

 

「帰ろう、見滝原に」

 

 俺は上条を見滝原に連れ戻してやりたかった。

 本心すら塗り潰して、魔法少女へ尽くした、この優しくて、気高いただの中学生に日常を取り戻してやりたかった。

 手を伸ばしかけた上条は、途中で指先を引っ込める。 

 

「僕は、どんな理由があろうとも本気でお前を殺そうとした」

 

「俺も同じだよ。最後には本気でお前を殺す気だった。お互い様だ」

 

 そんなことを今更、気にされてもこっちが困る。

 俺はそういう人間だって知った上でまだ友達で居る気なんだから。

 

「それに……僕にはもう……」

 

 上条が何か言いかけた時、ういちゃんが俺たちの傍まで近付いて来て、言った。

 

「行ってください。まだ、あなたはそこに居ることができるんだから、きっとまだ……間に合います」

 

「環ういさん……」

 

 里見灯花と柊ねむも同じように駆け寄って来て、上条へ声をかける。

 

「自分の街へ帰って、恭介。ワルプルギスの夜の移動速度も予想よりも遅い。今ならまだあなたの友達の魔法少女も無事かもしれないわ」

 

「灯花さん……」

 

「恭介。人工魔法使いを意味する『(ファントム)』という名称……本当は別の意味が込められていたんだ。『素晴らしい明日(ファンタジック・トゥモロウ)』、略して『ファントム』。魔法少女の夜を越えて、明日へと続く希望を込めて名付けたんだ。恭介は恭介の素晴らしい明日を目指して」

 

「ねむさん……」

 

 三人の魔法少女へ向けて、上条は笑顔と共に告げた。

 

「ありがとう。行ってきます」

 

 そして、この場に居るすべての魔法少女たちへ言葉を伝える。

 

「皆……もう僕は君たちのことを助けてあげることはできない。それでも、僕は君たちの幸せを誰よりも願ってる。だから、いつでも僕が傍で見守ってると思ってほしい」

 

 魔法少女は口々に上条の名前を呼ぶ。

 大半が「上条様」だったが、中には「恭介君」や「恭チャン」と親しみの籠った愛称が聞こえてきた。

 あまりにも大勢の魔法少女が居て、どの声が誰の者かも判別できない。

 だけど、上条にはそれが分かったのだろう。

 優しく、どこまでも優しく微笑みを送った。

 それから、俺に向き直る。

 

「中沢。付いてきてくれるかい?」

 

 俺は上条が伸ばした左手をしっかりと握って答えた。

 

「当たり前だろ」

 

 神浜で俺がやるべきことは果たした。

 後は、見滝原まで上条を送り届けるだけだ。

 この役目だけは誰にも譲れない。

 俺が選ぶ、俺だけの選択だ。




恐らく、残りは二話か三話です。
ちょっと時間が空くかもしれませんが、完結まで頑張ります。
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