ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 紫色の落胆

 今回は……今回こそはきっとうまく行くって信じていた……。

 美樹さんも魔女にならなかった。巴さんは魔法少女の真実に暴走して心中を(はか)ることもなかった。

 佐倉さんは風見野に帰らないで見滝原に留まってくれた。鹿目さんはいつも通りに私に希望をくれた。

 ワルプルギスの夜は神浜で大きなダメージでも受けたのか、剥き出しになっていた歯車は一部が欠けていた。

 この時間では、この世界では、すべてのピースが揃っていた。

 これ以上にないくらいのチャンスだった。

 なのに……。

 

「これでも、駄目だっていうの……?」

 

 無惨に破壊された見滝原で、私は泣き言を呟いていた。

 傷を負ったワルプルギスの夜どころか、それが率いている使い魔の大群にも押し負けている現実に気が触れそうになる。

 これで駄目ならどうしたらいいの? どうすればよかったっていうの?

 それとも私たちにはどう頑張っても希望の明日には辿り着けないの……?

 絶望感に打ちひしがれた私に、鶏頭の使い魔の一体が背後から太鼓を打ち鳴らして近づいて来る。

 振り返って銃を構えようとするが、前方からも象の使い魔が突進してくる姿が見えた。

 他の皆とは散り散りになった状況で挟まれた!? 

 同時に対処するには時間停止の魔法を使わないと……!

 盾に埋め込まれた砂時計を弄ろうとして気付く。

 もう、残りの砂が残っていないということに。

 流れていく破滅への(とき)を止められない。

 私にはもう……どうにもできない。

 

「誰か、助けて……助けてよぉっ!」

 

 酷く情けない慟哭が喉をつんざき、(あふ)れ出た。

 限界だった。

 堪え切れなかった。

 無意味なことだと分かっていながら抑えられなかった。

 期待をした分、裏切られた。

 希望を抱いただけ、絶望は色濃くなった。

 一人でこの想いを背負っていくのは無理だった。

 足音を響せて接近する強大な二体の使い魔に挟まれ、私は自分の終わりを悟る。

 不意に頭の(すみ)で掠めたのは、神浜で会った魔法を否定する手品師のことだった。

 ヌルオさん。

 唐突に現れて、平然と最悪の状況を打ち崩していったあの強い彼がこの場に居てくれたなら、どれだけ良かっただろう。

 以前の時のように冗談めかした軽口と共に私の絶望を否定してくれたはずだ。

 そんな忘れかけていた都合の良い幻想が脳裏を()ぎってしまう。

 あの人には、そう思わせるだけの強さと不思議な魅力があった。

 そう、黒いシルクハットを被り、テールコートをはためかせて……。

 その時。

 

「え……」

 

 飛来した金色の薄く小さな円盤状の物体が尾を引いて──二体の使い魔を撃ち抜いた。

 頭部を穿(うが)たれた使い魔は一瞬の内に消滅する。

 幻覚と見紛(みまが)うほど、視界に映る光景は私がたった今、想像していた通りのものだった。

 半壊して傾斜したビルの側面を滑り降りるように駆け下りてくる黒い手品師。

 白い手袋に包まれた親指が金色のコインを弾いていく。

 周囲に散らばっていた使い魔の群れが、コインの弾丸を受けて、一体また一体と消失していった。

 夢か幻かと思ったそれは、紛れもない現実だった。

 ……来て、くれたんだ……!

 私たちを助けに、この見滝原まであの人がやって来てくれたんだ……!

 黒い手品師が地面へと靴底を擦過させて、ビルの側面から跳躍する。

 喜びと感動を抑えきれず、私は彼の名を呼ぼうと口を開いた。

 

「ヌルオさ……」

 

「おわぁぁっ!?」

 

 跳ぶ寸前に靴の爪先を割れた窓ガラスに引っ掛けたのか、体勢を崩した彼は、間抜けな声を上げて、頭から地面へ飛び込んだ。

 

「……ぶべっ」

 

 顔を(ひび)だらけのコンクリートを擦らせて止まる。頭上から離れたシルクハットはひっくり返って上下逆さに転がった。

 頭を地べたに垂らし、膝を曲げて足先を天へ突き出すその姿勢は、天守閣に飾られるシャチホコを想起させた。

 

「…………ん?」

 

 (こぼ)れかけた笑みが戸惑いで硬直する。

 え……? 今のは、何? こけた? あの絶望さえ軽々と蹴散らすヌルオさんが、こけてシャチホコみたいに倒れたっていうの……?

 頭の中で流れていた華麗で超然とした彼のイメージからかけ離れた姿に私は言葉を失った。

 鼻血を垂らしながら、起き上がった彼は顔を押さえて謝る。

 

「ごめん。ヌルオさんじゃなくて……」

 

 涙目で立ち上がった彼は私の知る、飄々(ひょうひょう)とした不敵な否定の手品師とは似ても似つかない仕草だった。

 けれど、このどこか情けない雰囲気と気弱そうな表情には見覚えがある。

 ひょっとして、まさか……この人。

 

「な、中島さん!?」

 

()()、ね。まあ、暁美さん的にはどっちでもいいんだろうけど」

 

 訂正されて、本気で間違えていたことを反省する。

 最初は正しく呼んでいたのにいつの間にか間違えて覚えていたみたいだった。

 

「……すみません」

 

「いいって、いいって。悪気はないんだろ? 記憶に残りにくい平凡な人間だってことくらい嫌ってほど分かってるから。……痛てて」

 

 擦り傷だらけの顔で苦笑いを浮かべた中沢さんは、笑った拍子に傷が痛んだ様子で顔を(しか)めた。

 鼻から垂れる血を白い手袋で拭うと、彼はヌルオさんと明確に違う少し頼りない表情で言う。

 

「それより他の魔法少女の皆を助けに行かないか? 多分、ピンチなのは一緒だろうと思うし……」

 

「で、でも、中沢さんじゃ……」

 

 頼りないと言いかけて、その先を呑み込んだ。

 いくら何でも面と向かって告げるには失礼過ぎる発言だ。

 だけど、どうしてもさっきの着地失敗の姿が頭から離れない。

 

「俺じゃあ心配か? ヌルオさんみたいには頼れない?」

 

「えっと、それは……」

 

 落としたシルクハットを拾いながら振られた中沢さんの質問に言葉を(にご)す。

 正直に言えば、その質問には頷いてしまいそうだった。

 助けてくれた相手にそんな風に思うのは無礼だと思うのに、酷く落胆している自分を偽れない。

 中沢さんの目がスッと細まる。

 あっ、怒らせてしまった。すぐに謝らないと……。

 

「……す、すみませ」

 

 シルクハットの内側からジャラリと金色のコインを取り出して、彼は私目掛けてそれを弾いた。

 

「ひっ……」

 

 放たれたコインは顔を庇った私の耳の横を通過する。

 とっさに振り向くと、すぐ近くまで忍び寄っていた影の魔法少女が、頭の中心に風穴を開けて消滅する姿が視界に入った。

 彼は困ったように眉をハの字に下げて言う。

 

「確かに俺はヌルオさんみたいに格好良くもなければ、安心感もないけどさ。それでも俺は、『俺ができること』をやるためにここへ来たんだ。そこだけは、信じてくれよ」

 

 まっすぐに私を見つめる中沢さんの瞳には強い意志が感じられた。

 どうして、ヌルオさんじゃなくて中沢さんの意思で魔法を使えているのか。どうして、神浜から遠く離れた見滝原に当たり前のように居るのか。

 聞きたいことはたくさんあったけれど、今はそれを話す時間が惜しい。

 (とき)は──止まらない。

 だから、私は力強く頷いた。

 

「……はい! 信じます」

 

 他人を値踏みするなんてどうかしていた。

 私だって実力が足りてないのは同じこと。

 私ができることは“手にした希望を疑うこと”じゃない。

 “この希望を信じること”。

 それが私にできる、私の戦いだ。

 

 

 ***

 

 

 金色のコインが鶏頭の使い魔を一体ずつ仕留めていく。

 ヌルオさんのステッキや大布を使ったトリッキーな変幻自在の戦闘とは異なる、飛び道具を用いたシンプルな戦い方。

 同じ中距離での攻撃でも巴さんの火力重視の射撃とも違い、一撃一撃にはそこまで大きな魔力は込められていないように見える。

 でも、たった一枚のコインで確実に一体の使い魔を消失させるその力は本物だった。

 

「俺のコインは省エネだけど、ここまで数が多いとキリがないぞ……。暁美さん、あの時間止める奴はもう使えないのか?」

 

「すみません。もう使えません……。今の私にできるのは銃火器での援護くらいです」

 

「じゃあ、やっぱ上条頼りか。あいつがワルプルギスの夜を倒してくれるまで持久戦で持ち(こた)えるしかないな」

 

 中沢さんが使い魔を倒しながら、溜め息交じりによく分からない台詞を漏らした。

 

「それって、どういう意味ですか?」

 

「ああ。暁美さんには分からないよな。あのワルプルギスの夜に向かっている黄金の光、あれが上条なんだ」

 

 そう言われて私は援護射撃の手を止めて、空を(あお)ぐ。

 中沢さんに聞かされて初めてその存在に気付いた。

 黄金の発光体がワルプルギスの夜が放つ玉虫色の火柱や持ち上げた高層ビルの残骸を光の粒子へと塗り替えている。

 あれほどの(まばゆ)い輝きを放っている物体に今まで認識できなかったのか分からない。 

 

「あ、あれは……味方なんですか?」

 

「え? 何言ってんだよ。味方に決まってるだろ?」

 

「そう、なんですか?」

 

 あっけらかんとした中沢さんの態度に私は当惑を感じた。

 むしろ、どうして私が疑っているのか理解できないといった様子だ。

 

「それよりあっちに魔法少女の魔力を感じる。急ごう」

 

「あっ、はい」

 

 一旦、会話を打ち切って私は、彼と共に荒廃しきった見滝原を駆けた。

 しばらく進むと、取り囲むように密集した使い魔の群れに突き当たる。

 中心に見えるのは鹿目さんたちだ。

 大量の使い魔たちと交戦しながら、(はぐ)れた仲間同士で集まりつつ戦線を下げていった結果、背後から突撃してきた別集団に挟まれてしまったようだった。

 完全に包囲されているのにも(かか)わらず、それでも完全に押し潰されていないのは前衛と後衛で分担がなされているおかげだ。

 佐倉さんと美樹さんがそれぞれ背を向けるように前に出て、接近して牽制(けんせい)しつつ、数を減らす。その後ろ、陣形の中央に当たる部分で鹿目さんと巴さんが遠距離から討ち漏らした使い魔を倒していく。

 無尽蔵に近い数でなければ、彼女たちだけで対処できたと思わせるほどの連携。

 けれど、それも限界が近いように思えた。

 四人の陣形は少しずつ、範囲が(せば)まり、小さくなっていく。

 

「鹿目さん!」

 

 思わず、私が声を上げると彼女はピンク色の矢を射ってから、私たちの方へと瞳を向けた。

 

「ほむらちゃん……無事だったんだね。それに、一緒に居るのは……ヌルオさん!」

 

 鹿目さんが傍に居る中沢さんの姿に気付いて、期待の(こも)った眼差しで見つめる。

 視線を受けた彼は居心地が悪そうに謝罪する。

 

「ごめん。俺、中沢です……」

 

「あ……。中沢くん……なんだね」

 

 意気消沈したように(しぼ)む声に、再度、中沢さんが謝った。

 

「ホント、ごめん。俺でごめんな」

 

 だけど、申し訳なさそうにしつつも、その表情に卑屈さはなかった。

 確固とした意志と(よど)みのない信念を感じさせる視線を鹿目さんに返しながら、指先でコインを操る。

 左手の人差し指の上でコインが落ちることなく、回転し始めた。

 

「あの人の代わりにはならないし、あの人のようには振る舞えない。でも、俺が俺としてここに居るからには……」

 

 回り続けるコインを、そっと近付けた右手の中指で弾いて飛ばす。

 半円を描いて空中へと躍り出たコインは、緩やかな速度で密集していた使い魔を複数体貫通して消失させていった。

 

「……できる限りの働きを、させてもらうつもりだ」

 

 その様子は薄い布地を針で突き刺し、糸を通すような滑らかなものだった。

 鹿目さんだけではなく、他の皆も一様に目を大きく見開く。もちろん、私も同じだ。

 すごい、としか言いようがない。

 こんな当たり障りのない感想しか浮かばないほどに、彼の魔法は圧倒的な戦果をあげていた。

 けれど、その強さに反応を示したのは私たちだけではなかった。

 魔法少女たちに群がっていた使い魔は突如方向転換して、中沢さんに吸い寄せられるように向かってくる。

 

「う、うわっ! こっちに来たぞ!? どうなってるんだ!」

 

 予想外だと言うかのような態度で慌てふためく中沢さんだったけれど、私からするとごく自然の反応にしか思えない。

 少なからず、使い魔にも知能がある以上はこの場における最大戦力の敵から排除しようとするのは当然の帰結だ。

 パレードのように列を成して突進してくる象の使い魔の群れを前に彼は、シルクハットを逆さまに持ち、その内側から大量のコインを作り出す。

 

「とりあえず、これで一気に倒して……」

 

 右手で中のコインを掴み取ろうとした彼は、手元に意識を集中させたまま、前に一歩踏み出した。

 それがいけなかった。

 

「って、あぁぁーっ!?」

 

「中沢さん……!?」

 

 アスファルトが砕け、地面に(しょう)じていた断層に足を取られて、前方へずるりと転倒する。

 その拍子にシルクハットの内に溜まっていたコインが、バケツの水をひっくり返した時のように地面へ大量に散乱した。

 撒き散らされた無数のコインは突き進んでくる先頭列に居る象の使い魔に踏み潰されていく。

 

「ああぁぁ…………あっ!」

 

 痛ましい叫びを上げた中沢さんは、途中で何か思い付いたような声を出し、指をパチンと鳴らした。

 先導して行進していた象の使い魔の足元で黒い魔法の光が爆ぜる。

 長い鼻で天を仰いだその使い魔は、まるで地雷でも踏んだかのように脚を失い、完全に消滅することもなく、その場で横たわった。

 四肢を失くして倒れ伏した使い魔に後続の使い魔たちはたちまち激突。あっという間に象の使い魔の群れは玉突き衝突を起こして、()き止められた。

 ……まさか、わざと転んだ振りをして、使い魔の油断を誘ったっていうの? そうだとするなら、あまりに巧妙な罠。

 一瞬、すべてが策略なのかと考えて、中沢さんへ目を向けた。

 

「はー……はー……た、助かったぁー」

 

 だけど、倒れた状態で顔中汗(まみ)れの彼を見て、すぐにただの偶然だと思い知らされる。

 ……本当に運が良かっただけらしい。

 

「うん?」

 

 顔を見上げた中沢さんの元に、人間大のプードルとその背に騎乗した被り物のマスコットのような使い魔が風船を持って浮かんでいた。

 およそ攻撃的なフォルムをしていないせいか、それとも危機的状況を乗り切った緩みか、中沢さんは私の方を向いて尋ねてくる。

 

「こんなのも使い魔なのか?」

 

「中沢さん、油断しないで!」

 

「へ?」

 

 薄桃色のプードルの顔が、ボンと風船の如く膨らみ、巨大な口を広げて、中沢さんを食いちぎろうと牙を剥いた。

 

『プルッルルルルルッ』

 

「うわあああああああああああああああぁぁぁ!」

 

 あまりにも想定外の出来事に冷静さを欠いた彼は絶叫して、その場に縫い留められたかのように硬直する。

 ハエトリソウの如く、牙だらけの大顎(おおあご)が彼の頭部へ齧り付く寸前……。

 それより一手早く動き出していた私は拳銃でプードルの使い魔の喉奥を狙い撃った。

 

『プルァッ』

 

 事切れた使い魔は騎乗していた別の使い魔を振り落とし、ぐったりと沈み込むように浄化して消える。

 オレンジ色をした猫耳の被り物の使い魔も弾丸を当てると、持っていた風船ごと魔力の粒子へと還っていった。

 よろよろと起き上がった中沢さんは私を見つめて、感謝の言葉を述べる。

 

「あ、ありがとう、暁美さん。おかげで命拾いした」

 

「それは、別にいいんですけど……」

 

 ……何なんだろう?

 疑いようもなく、中沢さんは強い。

 けれど、不安定な時の巴さんよりも実力にムラがある。

 経験不足からか、瞬発的な状況判断力が低く、行動は行き当たりばったり。

 辛辣な言い方になってしまうけれど、注意力が散漫で洞察力の観点から言えば、魔法少女になりたての私以下だ。

 こんな魔法頼りのぼんやりした戦い方をしていては、不意を突かれて命を落としかねない。

 今の彼が魔法少女と同じようにソウルジェムさえ無事なら即死しない存在とは限らない。 

 

「も、もう少し気を引き締めてください。この使い魔たちは一体一体が危険な存在なんです。ちょっとしたことで死んじゃうかもしれないんですよ!」

 

「ご、ごめん……これからは気を付けるよ」

 

 面目ないというように頭を下げる中沢さんに私はハッとさせられる。

 私は助けてもらうためにこの場に居る訳じゃない。

 助け合うために“魔法少女”になったはず。

 それなら言うべき言葉はそうじゃない。

 

「中沢さん。あなたに足りない部分は私がサポートします。だから、中沢さんは、中沢さんのできることをこなしてください」

 

 力を一方的に貸してもらうだけなら、昔の私と変わらない。

 与えてもらうばかりじゃく、助け合うんだ。

 人任せじゃなく、自分の手で未来を掴むんだ。

 だって、それが私のなりたかった“魔法少女”なんだから。

 

「暁美さん……うん。分かった。それじゃあ、お願いな」

 

「はい。こちらこそ、お願いします」

 

 中沢さんが頷く姿を見てから、私たちは崩れた包囲網の隙間を掻い潜って皆と合流する。

 疲弊しているはずなのに鹿目さんたちはそんな素振りも見せずに迎え入れてくれた。

 

「ほむらちゃん。逸れちゃったから心配したんだよ」

 

「心配かけてごめんね、鹿目さん」

 

 目の前に居る大好きな友達を前にして、改めて思う。

 もう諦めたり、絶望して投げ出そうとすることも、無責任に期待して人任せで居ることもお(しま)いにする。

 

「でも、大丈夫。私もちゃんと戦うから」

 

 きっぱりとそう告げると美樹さんが茶化したように口を挟む。

 

「ふーん。それじゃあ、ほむらは今まではちゃんと戦ってなかったんだぁ」

 

「ううっ……そう言われると」

 

 答えらずに口籠る私の肩を巴さんが軽く叩く。

 

「はいはい。そういうお喋りは後でお茶でも飲みながらゆっくりとしましょう。今はまだ戦闘中よ」

 

「巴さん……」

 

 真実を知って暴走するイメージが離れなくてずっと苦手意識があったけれど、この人は本当に精神面さえ安定していてくれれば、こんなにも頼りになる人だったんだ……。

 感動する私を他所(よそ)に佐倉さんが怒声を上げる。

 

「いや、そういうマミも手ぇ休めてくっちゃべってんじゃねーよ! それから“新入り”」

 

「え、それって俺のこと?」

 

 槍を振り回して使い魔を押し戻しながら、彼女は中沢さんへ向けて台詞を放つ。

 

「アンタに決まってんだろ、中沢! 手を貸しに来たんならシャキッとしなよ。メソメソ泣き言ばっかの坊やは卒業したんだろ?」

 

「……はい!」

 

 一瞬だけその言葉の意味を考えるように押し黙ってから、嬉しそうな返事をする。

 こうして見ると優等生タイプの巴さんよりも、体育会タイプな佐倉さんの方がリーダー向きに思える。だけど、本人に言えば、「そんな面倒な役割したくない」と答えるのは火を見るよりも明らかなので口はしない。

 こうして、中沢さんを加えた私たちは、残った使い魔の群れを掃討していった。

 目に見えて数も減り、寄り固まるように行軍していた使い魔たちよりも隙間の方が目立つようになってくる。

 

「ふー……。大分減ったね」

 

「それよか、気にするのはワルプルギスの夜だろ。空のあれ……一体何なんだよ」

 

 佐倉さんが見上げた空には黄金の発光体が煌々(こうこう)とした輝きを放ち、ワルプルギスの夜の攻撃を金色の魔力へと変えている。

 中沢さんは、何故だか少し得意げな口調で言う。

 

「あれは上条だよ。やっぱ、あいつは凄いよ。あいつならきっとワルプルギスの夜を倒してくれるはずだ」

 

 美樹さんが不思議そうに聞き返した。

 

「中沢は何であの光が『カミジョウ』って名前だって知ってるの?」

 

 その質問に彼は虚を突かれたかのようにポカンと口を開く。

 それから気を取り直したように答えた。

 

「いや、だからあの光ってるの、上条なんだって。上条恭介。美樹さんの幼馴染の」

 

「え? あたし、幼馴染なんて居ないよ? ()いて言うならまどかがそうかもしれないけどさ」

 

 何てことのない口調で答えた美樹さんに対し、中沢さんは先ほどとは比べ物にならないほど呆然とした表情を浮かべた。

 

「……………………は? い、意味分からないんだけど」

 

 使い魔に襲われた時よりも遥かに狼狽(うろた)えた様子で私たちの方を向く。

 混乱した彼は引きつった笑みで質問を投げかけた。

 

「美樹さんって、上条に対してそこまで怒ってんのか? いや、確かに迎えに来た美樹さんに神浜市に残るって言ったのはあいつだけどさぁ。幼馴染が居ないとかいうのは言い過ぎっていうか……なあ?」

 

 同意を求める彼に私も鹿目さんも目を合わせて困惑する。

 せっかくなのでこの機会に、私はさっきから疑問に思っていたことを思い切って聞いてみた。

 

「あの、そもそもさっきから中沢さんが言ってる、その『()()()()()()()()()()』って、何ですか? 人名のようにも聞こえるんですけど、聞き覚えのない響きなのでちょっとよく分からなくて……」

 

 私がそう尋ねると、中沢さんの顔色を変えて、突然走り出した。

 

「あ、あのっ……」

 

 呼び止める間もなく、駆け出した彼はワルプルギスの夜と黄金の光を発生させている“輝く球体”の元へ進んで行く。

 私には、彼の反応の理由が分からない。

 どうして、あんなにも泣き出しそうな表情を浮かべたのか。

 私には分からない。

 




外伝を挟むかどうか悩みましたが、魔法少女サイドの描写の関係でこの形に決めました。
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