拝啓 ヌルオさんへ
この手紙はもう居なくなってしまったあなたのために、したためています。
あの事件から一月が過ぎ、色々と私たちみかづき荘の住人も変わっていきました。
頑張り屋で無理をしがちだった鶴乃ちゃんは今では時々、弱音を聞かせてくれるようになりました。
この前も「つかれたよー、やちよししょー」と、アイロンがけの途中だったやちよさんの背中にもたれかかって、嫌な顔をされても構わず甘えていたくらいです。
「もう頑張り過ぎないって決めたからこれから無理せず、愚痴とか言うかもしれないけどよろしくねー」というのが鶴乃ちゃん本人からの意見でした。
・ヌルオさんへ言いたかったこと。(本人記入欄)
『わたしが最強でなくても皆、案外一緒に居てくれるもんなんだね。もっと早く信じられてたら……もうちょっとだけ長くヌルオさんとゲームできてたかも』
自己主張が苦手だったさなちゃんは最近では自分から気持ちを話してくれるようになりました。
「私は結局、あの人たちに……家族として受け入れてほしかったんだと思います。上条さんが創った夢の中で、私はそう感じました」と少し悲し気に話してくれました。
自分という存在を認めてほしかったのだと、さなちゃんは語ってくれました。
多分、それは私を含めたみかづき荘の全員が認めても消えない傷なのだと感じます。
いつか透明じゃなくなったら、その時は今度は面と向かって家族と話し合いたい。それが今のさなちゃんの願いなのだそうです。
・ヌルオさんへ言いたかったこと。(本人記入欄)
『本当のことを言うと私はヌルオさんのことが怖かったです。厳しくて、容赦がない正論を言うあなたは私にとって逃げ出したくなるような“現実”でした。でも、今になってもうちょっとあなたと話しておけばよかったとも思います。これからはアイちゃんが信じてくれた私を隠さず、堂々と生きて行くつもりです』
フェリシアちゃんは両親が亡くなったきっかけが自分だったことを思い出したと私たちに教えてくれました。
「オレが二人を殺したんだ。それを願い事で今まで忘れて、魔女のせいにしてた……なさけねーよな」とバツが悪そうに教えてくれました。
だけど、本人が言うように、フェリシアちゃん自身が彼女のお父さんとお母さんを殺したとは私は思いませんでした。
不幸な偶然がたまたま重なってしまっただけだと思っています。
この件で彼女を責めるような人が居れば、私はその人を認められません。たとえ、それがヌルオさんでも私は抗議するつもりです。
私たちに話す前に中沢君と共有していたおかげか、フェリシアちゃんはこの話をしてからも必要以上に背負い込むなく、元気にしています。
けど、今度、フェリシアちゃんが住んでいたマンションを探して皆で向かう予定です。
ちゃんと両親を弔うと決めたフェリシアちゃんに私たちは協力しようと思います。
・ヌルオさんへ言いたかったこと。(本人記入欄)
『オレが親二人を殺してたことを知ったら、お前なんて言ってたんだ? ……まあ、きくまでもねーよな。えらそうに自分のやったことから目をそらすなとか、事実からにげるなとか言ってただろ? わかってるよ。ゲンジツトウヒ(漢字わからねー)はもう止める。まだつれーけど、これでも自分でやったことみとめていくつもりだぞ』
やちよさんは長かった髪をバッサリ切ってショートカットになりました。
「ずっと心に残っていたかつての仲間の死を受け入れたから」とやちよさんは言っていましたが、みふゆさんからは「あれは絶対、失恋ですね。やっちゃんの親友のワタシにはわかります」と言われていました。直後、無言で拳を握り締めたやちよさんが暴れ……ハッスルしてしまったので皆でなだめました。
リビングの壁には「かなえさん」と「メルさん」の写真が置かれるようになりました。鶴乃ちゃんは仏壇とかなくていいのか聞いていましたが、「二人とも仏教徒じゃないし、仰々しいのは好まないでしょう。……思った以上にいい値段だったしね」とやちよさんは答えていました。最後の一言が妙に感情が込められていたのは、きっと私の気のせいだと思います。
・ヌルオさんへ言いたかったこと。(本人記入欄)
『私は“人生で今が一番楽しいです”って顔してるわ。見せられないのが残念でならないわ。貴方には言ってやりたいことが沢山あったけれど、勝手に居なくなって戻って来ないウサギに言葉は不要ね。自分はお前より強いから居なくならないなんて言ってた癖に嘘つきね。居なくなって清々してるわ。ええ、本当に』
『めちゃくちゃ引きずってるじゃないですか……』byみふゆ
みふゆさんはみかづき荘から出て、灯花ちゃんの家に住み込みで家政婦さんとして働いています。
いや、違いますよ? 家主のやちよさんをからかい過ぎて追い出されたとかじゃなくて、また灯花ちゃんたちが悪いことをしないように監視の意味も込めて自分の意志で出て行きました。
「恭介君の一件で嫌と言うほど分かりました。ワタシがもっと毅然としていれば、事態はここまで悪化することはありませんでした。実家に居た幼い頃のワタシと何ら変わりはありません。
ワタシは自分の意志を貫くことができず、流れに身を任せていただけだったんです。ここに居たら、居心地が良すぎてやっちゃんに頼ってしまいそうなので出て行こうと思います」とやちよさんに話してから去って行きました。
みふゆさんなりの罪滅ぼしと意思があったのだと思います。灯花ちゃんやねむちゃんの暴走を止められなかったのは自分の責任だと思っているようでした。
私がそれに対して、みふゆさんだけの責任ではないと伝えましたが、「ワタシもワタシで打算もありますので、ご心配なく」とウインクと一緒に返されてしまい、それ以上何も言えませんでした。
・ヌルオさんへ言いたかったこと。(本人記入欄)
『ワタシはアナタに対して別段あえて書くほどのことはないのですが、やっちゃんの親友として一言書かせて頂きます。「この女誑しのげっ歯類め! やっちゃんの恋心を返してください!」』
『ウサギはげっ歯類に含まれない。ウサギ目という独立した種族に分類されているよ』byねむ
『わたくしはウサギより、従順なワンちゃんの方が好きよ。毛並みが良くて、血統も申し分ない猟犬。そうね、恭介みたいなワンちゃんがいいわ』by灯花
……これ、乗せていいのかな。
あ、ねむちゃんはウワサを大量に作っていたせいで魂がすり減って、マギウスに居た頃は変身していない時は身体を動かすのも大変だったそうなんだけど、上条君が残っていたウワサを取り込んだおかげで、杖を突いて日常生活が送れるくらいには回復しました。
それからういについてです。
“ういが存在していなかった”という状況がいつの間にか変わっていて、私と一緒に神浜市に越してきたことなっていました。
ういの魂がこの世界と繋がったせいらしいのですが、私にはよく分かりませんでした。
ちょうどみふゆさんが居た部屋が空いたので、ういもみかづき荘で暮らすことになりました。
本人は小さいキュゥべえとして過ごしていた記憶はぼんやりとしか覚えていないそうです。
今はただ、また姉妹で一緒に暮らせることを嬉しく思っています。
・ヌルオさんへ言いたかったこと。(本人記入欄)
『初めまして、になりますね。環ういです。おぼろげな記憶の中ではたくさん話した(一方的に何か聞かれた?)記憶がありますが、今はあまり覚えていません。すみません。ただ、今こうしてお姉ちゃんと一緒に居られるのは中沢さんとヌルオさんのおかげだと思っています。ありがとうございます。
PS. ハツカネズミさんよりは知能指数高いと思っています』
追伸の部分は聞いてもはにかんだ笑顔を浮かべるだけで教えてくれなかったのですが、ヌルオさんは覚えはありますか?
何かの暗号? まあ、そんな感じで私たちみかづき荘の魔法少女は今も健やかに活動しています。
あ、そうでした。最後に私自身の近況を書いておきます。
特に取りたてて書くようなことでもないですが、最近、『神浜マギアユニオン』という魔法少女の連合組合を作りました。
今まで対立というか、それぞれ西と東の地区の代表として別れていたやちよさんと十七夜さんが今回の一件で仲良くなり、南側の魔法少女をまとめていた都ひなのさんという方が加わって何だか大きな組織になってしまったという形です。
また、神浜市に住んでいる元マギウスの人たちも居場所を求めて参加してくれました。
私としては魔法少女同士でいがみ合うのは止めたいと思ってやちよさんに提案したことだったのですが、あれよあれよという間に何だか凄いことになってしまった感じです。
これも不本意なのですが、この連合のリーダーは私がやることになりました。
やちよさんがなるとばかり考えていたので、その時の私はとても驚きましたが、「私がやると以前と揉めたことのある魔法少女が不満を抱くわ。他の二人の代表がなっても同じことよ。つまり、いろは。リーダーは貴女を置いて他には居ないということよ」というやちよさんの言葉に説得されて、就任しました。
早い話が
難しい内容は私一人が決断するには荷が重すぎるので、皆で話し合って決めようと考えています。
今、神浜マギアユニオンではあの事件以降、姿を消したアリナ・グレイの捜索と、南凪区の東端にある特殊な魔女が結界にした廃墟の洋館・通称『果てなしのミラーズ』の探索に取り組んでいます。
大変だけど、魔法少女としての運命から逃げずに向き合うと、もう一人の私とも約束したので頑張っています。
ヌルオさんの魔法の影響で濁りづらかったソウルジェムは、以前と同じように……いえ、以前よりも濁り易くなった気はします。
魔女としての私を受け入れたせいなのか、巻き戻しの魔法を意識して使えるようになったせいなのかは分かりません。
でも、それも含めて後悔はありません。
だって、私が自分で決めて、私が自分でやっていることだからです。
・ヌルオさんへ言いたかったこと。(本人記入欄)
『ヌルオさん。あなたのおかげで私は人助け以外でも他人と関われるようになりました。他者の考えを理解して、悩んだり、傷ついたりすることが重要なんだって分かったからです。それでも時々、相手のことが分からない時があります。考えても考えても、どうしても理解できないことがあります。そういう時ってどうすればいいですか? どういう風に接していけばいいですか? ……教えてほしいです』
敬具 環いろは
***
自分の本人記入欄を書き終えた手紙を、私はそっと折り曲げて、茶色い封筒にしまう。
これは宛先人の居ない手紙。
ただの自己満足だと思う。
他の皆にまで協力してもらって何を書いているのかと呆れてしまう。
それでも書かずには居られなかった。
「お姉ちゃん」
振り返ると気付かない内に部屋に入っていたういの姿があった。
神出鬼没なところは小さいキュゥべえ時代と同じだ。
「うい、どうしたの?」
「どうしたのって、もう時間でしょ? きっともう皆待ってるよ」
ういの言葉を聞いて、私は部屋にある壁掛け時計を見た。
約束の時間まで五分ほどしかない時刻を示していた。
「本当だね。全然、時計見てなかった」
「ほら、主役が居ないと始められないよ。急がないと」
「うん」
椅子から降りて、私は用意していた重箱の入った手提げ袋を持ち上げる。
今日は前から決めていた。大切な日だ。
わざわざ、時間を作って別の街から来てくれた人たちを待たせては申し訳ない。
「お姉ちゃん」
手を差し出したういの手をギュッと握って、私は庭へと出る。
空中に浮かんだ丸い入り口からは季節外れの春の匂いが漂っていた。
私たちはその中へ潜るように入っておく。
一瞬の視界が真っ白い世界に覆われた後、満開の花びらが私たちを出迎えてくれた。
大きな万年桜の下には私の大切な人たちが揃って、こちらへ顔を向ける。
「待たせて、ごめんね。それじゃあ、──お花見を始めよう」
わあっとそれに応えて、全員が口々に反応する。
万年桜の幹から現れた桜子さんが無表情なのに
「|ずっと待っていた|」
「ごめんね」
「|許してあげる。だって、これがあなたにとっての祝福なのだから|」
「ありがとう。桜子さん」
ずっと私の、私たちの幸せを待ち望んでいてくれた彼女にそうお礼を言った。
そこでこころのどこかで腑に落ちた。
全部分かり合うことはできないのかもしれない。
丸ごと理解するなんて絵空事なのかもしれない。
それでも“思いやること”はできる。
何も言わずに私が持っていた手提げ袋をういが受け取る。
空いた両手で私は彼女を抱き締める。
「|いろは……? これは?|」
「私のありがとうって気持ちを表したの。……伝わったかな?」
「|分からない。でも、とても心地良い|」
「そっか。それなら、多分、伝わってると思う」
世界は簡単じゃない。
構成している私たちの気持ちは複雑で、それが広がって、絡まったり、離れたりしている世界はもっと複雑だ。
それでも重なり合う想いはある。
繋がることで得られる幸せは絶対にある。
だから、分からなくてもいいんじゃないかって思えた。
「そうだよね……ヌルオさん」
私は自分で決めた、全員で楽しい
全員分の後日談は大量なので、いろはの周りだけでふわっと纏めました。