私には見極めなければならない事柄がある。
一人の魔法少女として、この神浜を外敵から守る者として、
既に彼がこの道を通り、帰路に着くことは把握済み。
あとはただ、現れるのを待つだけ。
道端にある
そして──。
──……来た。
彼は、近くにある大規模小売店の袋を手に持って、歩いて来る。
こちらに気付かず、道を通り過ぎようとする彼の前に塞がった私は、静かに呼び止めた。
「いきなりで申し訳ないのですが、少しお話宜しいでしょうか。中沢さん」
「……へ? お、俺ですか? ていうか、何で名前を……」
会話の主導権を握るために不躾だと思いながらも唐突に名前を呼んだことが功を奏したのか、彼──中沢さんは想像以上に戸惑っている様子だった。
「申し遅れました。お初にお目にかかります。私は
「あ、はあ。俺は中沢ですぅ……ってもう何でか知ってますよね、あはは」
遅ればせながら自己紹介をすると、あまり状況を呑み込めていないながらもお辞儀を一つ返してくれた。
まるで覇気の感じられない表情からは、一ヵ月前にあった『銀羽根』と激闘を繰り広げた猛者とは思えない。
マギウスの翼最高戦力にして、一度は神浜に存在した全ての魔法少女を支配下に置いた超越者、上条恭介。通称・『銀羽根』。
一時は神浜市の東側を纏めていた和泉十七夜すらその力で下し、従えていたと聞く。
彼がこの街を出て行き、マギウスの翼壊滅してしばらく経った今でも、彼の持つ圧倒的な魔法の力は色濃く記憶に刻まれている。
私ですら彼が生み出した世界に囚われていたあの絶対的な異空間を自らの意思でのみ打ち破ったと聞いていたので、どれほど屈強な精神を持つ
……いや、そう思わせることこそが彼の狙いだとすれば、私は術中に
あり得る話だ。能ある鷹は爪を隠す。この軟弱な態度はその強さを他者へ悟らせない表皮。
こちらを値踏みしている可能性すらある。
少し、情報を与えて反応を観察させてもらおう。
「私は魔法少女です」
「ああ! じゃあ、あの環さんの『神浜マギアレギオン』っていう同盟の……」
「いえ、私は彼女の作る同盟には参加していません。ただ多少の情報交換程度は行っておりますが。それと、同盟名は神浜マギアユニオンだったと記憶しています」
「そ、そうでしたね、あはは」
名称を訂正すると、中沢さんは僅かに恥ずかしそうに首の後ろを掻いて、誤魔化すように肯定した。
神浜マギアユニオン。
環いろはという新顔の魔法少女を中心として、市内で魔法少女を纏めていた歴戦の魔法少女が集まり、生まれた大がかりな組織。
マギウスの翼が壊滅した後の受け皿としても機能しているので真っ向から否定するつもりはないが、私から見れば危うさを秘めた同盟だ。
「そういう中沢さんも不参加のようですが、何か理由があるのですか?」
愚者の皮を剥がすために、私がそう尋ねると彼は虚を突かれたように目を丸くした。
「え……いや、だって。俺は魔法少女じゃないですから」
「ですが、魔法は使えるのでしょう?」
制服時には掛けているアンダーリムの眼鏡を指で僅かに持ち上げた。
そう、彼には魔法の力がある。
あらゆる魔法を打ち消すことができる、“否定の魔法”。
銀の街の維持を優先し、弱体化していたとはいえ、『銀羽根』を相手に優勢に立ち回っていた姿は私も目撃した。
それほどの強さを持ち得ていながら、親交のある環さんの同盟に参加していないのはどうにも解せなかった。
「まあ、それは、そうですけど……」
ちらりと自分の右手へ視線を落とす中沢さん。
より正確に言えば、その中指に
「
腰を据えてじっくりと話をしたいと考えていたので、私はここぞというタイミングでそう切り出した。
そこには前以て私のチームに所属する三人の魔法少女を待機させている。
もしも途中で話がこじれても、不意を突いて押さえ込む手筈は整っていた。
「えっと……俺。今、親に頼まれたおつかいの帰りなんで。早く帰らないといけないんですけど」
……勘付かれた?
さり気なく、場所の移動を促したつもりだったが、こちらから口に出したせいで違和感を持たれたとでも言うの?
いえ、まだ分からない。早合点するのは良くない。
「夕食のご準備があるのでしょうか。ですが、まだ十六時を回った程度ですし、それほどお時間は取らせませんよ」
「いや、冷凍食品が結構あるんで。早めに冷蔵庫に入れないとまずいんですよ」
「冷凍、食品……?」
「え。冷凍食品ですよ。レンジでチンして食べるヤツ。って、そんなの知らない訳ないですよね?」
聞きなれない謎の単語を出してまで、中沢さんは
間違いない。彼は私の罠に気付いている。
この知性の低そうな態度と顔は演技。愚か者の振りをして、油断を誘っていたのだ。
まんまとその企みに騙されていた私こそ真の愚者。
ならば、これ以上腹の探り合いなど無意味だ。
「そうですか。では、このまま、お話を続けましょう。……単刀直入に申し上げます。中沢さん、私たちのチームに入って頂けませんか?」
彼ほどの知恵者であれば、マギアユニオンが持つ脆弱性を既に把握していたはず。
あの同盟は大規模である代わりに結束力に欠けている。組織としてはあまりに頼りない。
まず、リーダーである環さんは思想からして甘く、魔法少女の善意を信頼し過ぎているきらいがある。
悪意を持った魔法少女が入り込み、内部から崩壊させようと思えば容易くこなせるだろう。
彼女は知らないのだ。
あの邪悪な魔法少女、
魔法少女を率いるには、環いろはは
加えて、神浜市の東西間の確執。
どれだけ表面上、手を取り合っても地域規模での対立までは消せない。
同盟は薄氷の上で成り立っているような危ういものでしかない。今はまだ落ち着いているが、切っ掛けさえあれば、いつ内部で抗争が起きても不思議ではないのだ。
それを理解しているから、中沢さんは不参加の姿勢を貫いているのだろう。
彼もまた、私と同じく現状に危機感を抱いているはずだ。
「え……常盤さんのチームに、俺が?」
「はい。いかがでしょうか? 私としては貴方に是非、仲間に加わってほしいのです」
「ううん……でもなぁ」
反応は
未だ、意志薄弱な仮面を付けたまま、困ったように眉根を寄せている。
マギアユニオンへの不参加を貫いている手前、別の組織に加入することは環さんたちへの不義理と考えているのか。それとも他に懸念事項があるとでもいうのか。
「あー……やっぱやめときます。俺、常盤さんのこと、全然知らないですし、それに……」
「それに? なんです?」
「それに、魔法少女でもない俺が、魔法少女のことに積極的に介入するのって、なんか違うなって……」
いまいち、彼の発言の真意が
それが伝わったのか、少し悩んだ素振りを見せてから、語り始めた。
「当事者じゃないのに、一緒のつもりで戦うのはずるい気がするんです。確かに俺は魔法が使えます。でも、グリーフシードを使わなくても問題ですし、当然、どれだけ使っても魔女にはなりません」
「そうかもしれませんが、それは利点ではないのですか?」
魔法少女と違い、戦闘中に魔女化の危険性のないことこそ、中沢さんの持つ最大の強み。
しかし、彼は首を横に振った。
「俺は……
「……!」
「同じ、じゃないんです。肩を並べて戦っても、その戦いに対する意味合いが全然違う。『魔法少女の戦い』を共有することはできないんです」
「それなら……それなら、魔法少女を救うために戦ってはくださらないのですか?」
中沢さんはその言葉に困ったような、申し訳なさそうな表情で受け止めた。
「それをやろうとして、間違えてしまったのが上条です。あいつが間違えてたのは、多分、魔法少女との距離感なんですよ。俺は、俺の距離感で魔法少女と付き合っていきたいんです。拒絶はしません。でも、無理に繋がろうとも思いません」
──どこまでも魔法少女とは交わらない、部外者として関わっていくつもりです。
中沢さんは私にそう宣言するように言った。決して断固とした口調ではなかったが、その結論には強い覚悟が込められているように感じられた。
「……そう、ですか」
「はい。誘ってもらったのにすみません」
苦い笑みで頭を下げた。
彼を懐柔する策も、言い包める言葉も充分用意してきたつもりだった。
それでも、それを使う気にはなれなかった。
流されず自分で選ぶことを決めた彼に、そのような小細工は相応しくないと感じてしまった。
「最後に聞かせてください」
「何ですか?」
「貴方にとって魔法少女という存在は、どういうものですか?」
どうして、そんな質問をしたのか自分でも分からない。
ただ、彼の視点では──外側にある目には私たちがどう映っているのか知りたかったからかもしれない。
「そう、ですね……。一言でいうなら……」
中沢さんは一分以上、熟考した末にこう答えた。
「“厳しい宿命を背負った主人公たち”ですかね」
「“主人公”ですか?」
「はい。俺みたいな脇役には到底務まらないような、そういう現実と向き合ってるなって」
純粋な眼差しでそんなことを言う彼が、おかしくて珍しく声を上げて笑った。
主人公。そんな風に思ったことなど一度たりともなかった。
魔法少女の残酷な真実を知った時から、子供じみた考え方は消えていた。
ああ。本当に
何より、一瞬でもこんな発言をする彼を知恵者などと誤解していた自分が、
「そ、そこまで笑います?」
「ふふっ、すみません……本当に可笑しくて……ふふふっ」
「うう……」
きっと、彼はこれでいい。
どこかの陣営に置かれるよりも、どこか外れた場所にぽつりと置かれる
それがきっと似合っている。
「主人公……ですか。それなら、そのように気取ってみるのも悪くないですね」
私の前から中沢さんが去った後、どこか清々しい風が心の中で吹いていた。
仲間を待たせているファミリーレストランへと向かう足取りは普段よりも軽く思えた。
アプリ版をやっていないため、資料がないながら書いてみました。
本当はもっと勘違いギャグみたいな構想だったのですが、書いている途中でちょっと真面目な雰囲気になってしまいました。