ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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特別編『中沢君とウワサの亡霊』①

 俺は自分を凡人だと思っている。

 その認識はあの特別な経験を経ても変わらなかった。

 魔法の力があろうと、劇的な非日常の中を駆け抜けようとも、どこまで行っても中沢アキラ(おれ)平凡な凡人(おれ)のままだった。

 魔法少女が抱える様々な問題。

 希望と、絶望。

 夢と、現実。

 それらを知ってなお、俺は彼女たちのような当事者意識は持てなかった。

 常盤さんにチームへ誘われた時、断ったのもそれが原因だった。

 根本的なところで、俺は彼女たち魔法少女が立っている舞台まで上がる気がないのだと気付かされた。

 俺は、ヌルオさんのように魔法少女たちを見てその在り方を否定することも、上条のように肯定することもできなかった。

 あの時、俺が自分の意思で関わろうと思えたのは、ヌルオさんへ認めてほしいという強い熱意や上条を救い出したいという確かな動機があったからに過ぎない。

 “銀の街”に取り込まれた時には、力はなくても、想いはあった。

 今はその逆。

 力はあっても、想いがない。

 もちろん、俺自身に魔法少女たちへの隔意はないし、中には親しい相手だって居る。

 でも、俺が中途半端な正義感や同情心で介入して、どうこうしていい案件じゃない気がするのだ。

 ホームルームで担任の先生の話をぼんやりと聞き流しながら、ここ最近胸の内側をモヤモヤさせている思考を巡らせていた。

 それは放課後を告げるチャイムが鳴り響いてからも友達に声をかけてもらうまで、しばらく虚空を見上げてぼうっとしていたほどだった。

 夜遅くまでゲームしてたせいだよ、なんて言って誤魔化して校門前で別れたものの、変に思われていることくらい顔を見れば一目瞭然(りょうぜん)だった。

 背中に受ける不審げな視線を感じながら、俺は一人、帰宅路を歩く。

 自然と視線が下がり、何となく足元にある小石を蹴りながら進んでいると、コンと蹴っていた小石が何かにぶつかって止まる。

 小石がぶつかったのは、青いヒールのある女性物の靴だった。

 

「わっ! す、すいません!」

 

 誰かの足に小石をぶつけてしまったと、慌てて顔を上げる。

 だが、そこに人物の顔を見て、俺は目を疑った。

 汚れを知らない純白の長い髪。小動物の耳にも似た二つの膨らみを生やした頭。形の良い鼻筋から静寂さを宿した瞳。桜の花びらのような小さく品のある口元。

 人間離れした美貌の少女。

 事実、彼女は()()()()()()()()

 

「さ、桜子さん……!? 何で……何でここに居るんですか!?」

 

 “ウワサ”。

 特殊な異空間を展開し、そこにのみ出現する存在。

 桜子さんは『万年桜のウワサ』と呼ばれるウワサだ。本体である巨大な桜の木は北養区のどこかにある山なのだそうだが、神浜市内であれば入り口や出口を自由にできるらしい。

 しかし、それを踏まえても通学路の真っ直中に平然と立っているのは不自然極まりない。

 え……というか。現実空間でも自由に動き回れるのか?

 

「|中沢。今はいちいち説明をしている暇はない。とりあえず、私と一緒に来て|」

 

 一方的にそれだけ伝えると、彼女は俺の右腕を掴んで引っ張る。

 

「え、ちょっと待っ……」

 

 いきなり俺をどこかへ連れて行こうとする桜子さんに、待ってもらおうとしたものの、尋常ではない腕力で引き寄せられて転びかける。

 傾いた身体が一瞬にして落下の気配を感じ取った次の瞬間……。

 酷く、柔らかな感触に受け止められた。

 

「|どうしたの? ちゃんと歩いて|」

 

 桜子さんが不思議そうな顔がすぐ近くで覗き込んでいた。

 彼女に受け留められた。そう理解した時、俺の体温は火が点いたように体温が急上昇する。

 今、俺の身体は桜子さんに寄り掛かって密着しているのだ。

 すると、この柔らかな感触は……。

 

「はわわ……。ご、ごめん。わ、わざとじゃないんだ。ホントだから。真実だから」

 

 慌てて彼女の身体から離れようとして、後ろへ小さく跳ぶが、右腕を掴まれていたせいでまた体勢を崩し、再び受け止められてしまう。

 

「|あなたは何がしたいの?|」

 

 きょとんとした顔からは怒りや嫌悪感の類は見られないが、同時に俺の感情を少しも理解していない様子だった。

 感情がない、というよりは異性との接触に対する認識が根本的に欠如しているように見える。

 どれだけ人間のように見えても、やっぱりそういうところは人外なんだと改めて思い知らされた。

 息を整えて、(たかぶ)った気持ちが収まってから今度はゆっくりと彼女から距離を取る。

 

「えっと……とりあえずさ、付いて行くから手を離してくれないか?」

 

 自覚は薄いようだったが、桜子さんの怪力で腕を引っ張られたまま歩かされると、またいつ転びそうになるか分からない。

 

「|わかった。でも、急いで|」

 

 釈然としない様子だったが、それでも彼女は手を離してくれた。

 一安心した俺は彼女の隣に並ぶようにして駆け足で歩き始める。

 

「まず、何が何だかまるで分からないんだけど、俺はどこに行けばいい?」

 

 桜子さんは速足で歩きながら、片手を前に掲げた。

 あと数メートルで十字路に差し掛かるという地点の虚空に、大きな輝く円が生まれる。

 外側に小さな鳥居のようなものが生やした円。中央に『開』という漢字を僅かに崩した文字が浮かんでいる。

 俺はそれに見覚えがあった。

 

「これって……確か、『ホテルフェントホープのウワサ』がある空間への入り口……」

 

「|もう、あそこはフェントホープじゃない|」

 

「え?」

 

 聞き返した俺に答える気配もなく、桜子さんはその光る円の中へ入って行く。

 正直に言えば、かなりの戸惑いもあったが、付いて行くと言ってしまった手前、見送る訳にもいかず、彼女に続いて円に入る。

 潜り抜けた先で見たものは──俺の予想だにしない場所だった。

 ひしゃげた無数のガラクタの大地。色取り取りのカラフルなおもちゃが入った箱を逆さまにして、乱雑にばら撒けばきっとこうなるのかもしれない。

 ぬいぐるみ、人形。化粧道具にケーキなどのお菓子。一つ一つを観察すれば、それぞれ原形は残っているものの、そのどれもが()()()()()()()()

 しかし、何よりも目を引いたのはそのガラクタの大地で高く(そび)え立つ巨大な塔。

 近いものを挙げるなら、旅行番組で見たイタリアのピサの斜塔だろうか。

 あれを更に大きくして、幻想的な飾りをこれでもかと追加したような西洋風の塔だ。

 だけど、俺を何よりも驚かせたのはその“色”だった。

 

「“濁った、銀色”……!」

 

 思わず、呆然と呟いた言葉に続くように口を開く。

 

「|そう、濁った銀色。“銀羽根”上条恭介の魔力の色|」

 

 俺は顔を桜子さんに向けると、感情が抑えきれなくなって問い詰めるように聞いた。

 

「どういうことだよ! 上条は今、見滝原に居るんだぞ! ……いや、そもそもあいつにはもう魔法も魔力もないはずだろ!?」

 

 彼女は俺の苛立った言動にも動じることはなく、平静な様子で答える。

 

「|そう。あれは上条恭介の魔法じゃない|」

 

「だったら、何でっ……」

 

「|話は最後まで聞いて|」

 

「……っ」

 

 喉の奥から出そうになった言葉を呑み込んで、桜子さんの説明を待つ。

 俺が黙り込んだことを確認してから、彼女は静かに話し始めた。

 

「|ここは亡霊が遺してしまった理想のお墓。融け残った願いと想いの搾り滓|」

 

 説明があまりにも詩的過ぎて、どういう意味か分からず、俺は困惑した。

 桜子さんは少しの間、どう言えば俺の理解を得られるのか考えるように沈黙してから、こう話した。

 

「|崩れ落ちた“銀の街”の残骸……そう言えば、伝わる?|」

 

「……!」

 

「|その表情。理解してもらえたみたい

 

 表情は相変わらず、|乏(とぼ)しいままだったが、ほんの少しだけホッとしたように俺には見えた。

 俺は改めて、銀の巨塔へと視線を移す。

 なるほど。そう言われれば、最初に彼女が言った言葉の意味も理解できる。

 つまり、この場所は上条の魔力の残り。

 

亡霊(ファントム)が遺してしまった理想の墓……」

 

 

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