ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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特別編『中沢君とウワサの亡霊』②

 “銀の街”が崩れ去った時、剥がれ落ちた大量の魔力の残滓が神浜市内へと流れ込んだ。

 その大半は既にこの一ヵ月で消滅していたものの、一部の魔力は未だ残留したままになっていた。

 本来であればその魔力も徐々に消えていくはずのものだった。

 だが、そうはならなかった。

 

『銀羽根様が居てくれればよかったのに……』

 

『あの人がまた私たちを救ってくれたら……』

 

『あの時、夢の中で死んでいた方が幸せだったのかも……』

 

 そんな感情(オモイ)がソレに姿(カタチ)を与えた。

 消えるはずだった魔力に。滅ぶはずだった残滓に。

 亡霊という正体(カラダ)を与えてしまった。

 闇の中で響いた無数の声が、銀色の不定形な液体に降り注ぎ、ぼこぼこと泡立ち、そして──誕生したのが“銀の塔”。

 ──………………。

 

「…………っ!?」

 

 まるでその時の状況をリアルタイムで見ていたかのように、俺の脳内で流された光景は……。

 桜子さんの手のひらが俺の額から離れていった。

 

「今、のは……?」

 

「|私が見ていた記憶。あれが生まれた理由|」

 

 彼女の言葉にぞわりと俺の中で大きな感情が波打った。

 それは、嫌悪感だった。

 俺はあの“銀の街”で確かに聞いた。

 確かに聞いたんだ。

 

『現実に戻ったら打ちのめされることの方が多いと思います。幸せな夢の中へ戻りたいって思うかもしれません。でも、上条様が愛してくれた事実を思い出せば……その想いさえ信じられたのなら、きっとまた戦えます。魔女になったとしても後悔しません』

 

 黒江さんが言った言葉に、あの場に居た魔法少女たちは全員頷いたはずだ。

 上条が掲げた救いと決別すると納得したんじゃなかったのか?

 あの時に抱いた彼女たちの言葉は嘘だったのか?

 ぞわりぞわりと胸の中で膨張する(おぞ)ましさ。

 

「な……何だよ。それは」

 

 心の奥で渦巻くのは失望。嫌悪。そして、怒り……。

 

「何だよ、それは! 受け入れたんじゃなかったのか? 決めたんじゃなかったのか? ふざけんなよ!」

 

 詰め寄っていた桜子さんに向けるのは筋違いだとしても、叫ばずには居られなかった。

 声を上げずには居られなかった。

 ふざけてる。どこまでもふざけている。

 狂ってる。これ以上にないほど狂い尽くしている。

 全部茶番だ!

 茶番以外の何物でもない──!

 これでは何のための戦いだったのかも分からなくなる。

 湧き上がる怒りで混乱する俺を、冷淡な表情で眺める桜子さんは静かに言った。

 

「|擁護をするなら……彼女たちは不安なのだと思う|」

 

「不安……? 不安だって?」

 

 それを。

 それを納得して、突き進むと決めたのではなかったのは誰だ!?

 歩む先に絶望が待っていても、戦うと決めたのは誰だ!?

 

「その不安を抱えて生きると決めたのは魔法少女たちだろうが!」

 

「|それでも、彼女たちの感情は不変じゃない。縋る相手を求めるのは自然なこと|」

 

「それを上条に求めるなよ! あいつはもう関係ないだろ! 自分たちで何とかしろよ! そのためのマギアユニオンだろ!?」

 

 そのために魔法少女だけの互助組織を作って、何とかやっていったのではなかったのか。

 そう喚く俺に、なおも桜子さんは平坦な口調と声で答える。

 

「|いろはたちは充分努力している。それでも銀羽根を求める魔法少女は居なくならない|」

 

「どうしてっ……?」

 

「|彼は個としてはあまりにも強大過ぎた。その存在は否応なく、絶対者として魔法少女たちの記憶に刻み込まれている。上条恭介としての苦悩を知ってなお、その認識は根強く残っている|」

 

「だとしても勝手過ぎる……!」

 

 強いから縋ってもいいと、思っているのなら筋違いもいいところだ。

 魔法少女(おまえたち)のことだろうが。一般人(おれたち)を巻き込むなよ。関わるなよ。

 

「もう、いい加減放っておいてくれよ!」

 

「|あなたもそう思っているから……マギアユニオンにも、“あの日のお花見”にも参加しなかったの?|」

 

「……!」

 

 桜子さんの真っ直ぐな眼差しと共に投げられた問いに、俺は沸騰していた感情を強制的に冷却された。

 “あの日のお花見”が何を指しているのかは聞くまでもなかった。

 環さんから誘われたあの花見のことだろう。

 俺は……行かなかった。

 彼女に誘われて、来てほしいと願われたのにも関わらず、その場に出向こうとしなかった。

 どういう理由で断ったかも曖昧だった。あるいは、実際に曖昧な返事で答えたのかもしれない。

 

「関係ないだろ、それは別に……」

 

「|中沢に距離を取られていることに、いろはたちも気付いている。でも、それをわざわざ責めるようなことはしない。ただ、少し寂しそうにしていた|」

 

「……知らないよ。俺は別に拒絶するつもりはない。必要以上に、関わる気がないだけで……」

 

「|それは誰に対する言い訳なの?|」

 

「…………」

 

 俺は黙り込む他なかった。

 多分、これ以上問答を繰り返しても意味がない。

 強引に話を変えて、逃げるように視線を銀の塔へと向ける。

 

「それより、俺をここに連れて来た理由って……」

 

「|亡霊のウワサを倒してほしい。『魔法少女は()()()には勝てない』、その認識があるせいであのウワサには魔法少女の攻撃は届かない|」

 

 桜子さんもまた別段、話を引きずることなく、本題へと入ってくれた。

 俺に気を遣ってくれたという訳でもなく、彼女としても早く本題に入りたかったようだった。

 

「俺なら倒せるってどうして分かるんだ? 俺だって、結局上条には勝てなかったんだぞ」

 

「|あなたは、“銀羽根を唯一追い詰めた存在”だから。少なくとも魔法少女間ではそういう共通認識がある。つまり、中沢……あなただけがこのウワサを打倒し得る可能性を持っている|」

 

 銀羽根を唯一追い詰めた存在……。

 恐らく、その共通認識は“銀の街”最深部での戦いを魔法少女たちが目撃していたからだろう。

 実際には、銀の街の維持に上条がほとんどの力を()いていたから、辛うじて俺が優勢に立てていたに過ぎないのだが、そこまで理解した者はほとんど居なかったのだろう。

 

「なるほどね。だから、俺だけをここに連れて来たのか」

 

 急いで移動したのは、あの場所だと帰宅する環さんも鉢合わせる可能性があったからだろう。

 俺としても、環さんたちと顔を合わせずに済んだことは幸いではあった。

 

「|それじゃ頼まれてくれる?|」

 

「嫌だって言ったら素直に帰してくれるのか?」

 

「|保証はできない|」

 

「そんなことだろうと思ったよ……」

 

 桜子さんは別に俺の仲間でも友達でもない。

 敵対こそしては居ないが、味方だと思ったことは一度もない。

 無力だった俺一人を“銀の街”に突入させたこともあるくらいだ。

 正直なところ、ここで俺が死んだってさほど気にも留めないんじゃないかって思う。

 ……だからこそ、こうしてちょうどいい距離感が取れているようだとも言えるけど。

 俺は一つ溜め息を吐くと、指に嵌った黒い宝石付きの指輪へと視線を落とす。

 

「……分かったよ。このまま、放置するって訳にもいかないしな」

 

 彼女はそれを聞くと返事もなく、銀の塔へと歩き始めた。

 俺もまたその後に続くように進んで行く。

 胸の中には、身勝手な魔法少女たちへの不快感だけが微熱を帯びた傷口のように広がっていた。

 

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