ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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特別編『中沢君とウワサの亡霊』③

 “銀の塔”の入り口は俺たちの来訪を拒むこともせず、あっさりと迎え入れた。

 桜子さんが何かの力を(ほどこ)したのかとも思ったが、彼女もまた意外そうにしていたため、違う様子だ。

 この塔自身が俺たちを呼び込んだ。

 そうとしか思えないような無防備さを露わにしていた。

 内部に広がっていた空間は外側から想像したものよりもずっと広大で、ずっとデタラメな場所だった。

 

「……ここは」

 

 そして、その光景には見覚えがあった。

 異様に長く傾斜の激しい階段が目の前に伸びている。

 周囲にはいくつもの人名が明朝体やゴシック体、読み方も分からないような書体で浮かんでいた。

 川面に浮いたゴミのように緩やかに流れてはぶつかり合って止まったり、沈んだりしている。

 

「絶交階段のウワサ空間……!」

 

 かつて、神浜市立大学附属学校中等部、東棟の北側四階から屋上へ続く階段と繋がっていたウワサの世界。

 否定の魔法によって、絶交階段のウワサと共に消滅したはずのあの場所が俺の目の前に広がっていた。

 

「どうして、ここに?」

 

「|原理は分からない。けれど、銀羽根の魔力の残滓に当てられて、ねむの中からも消滅したウワサが復活したの。だから、そのせいで今、ねむには……負荷がかかって倒れてしまった|」

 

 普段は感情を見せない桜子さんの瞳が初めてそこで揺れた。

 同時に俺の中で納得がいった。

 環さんたち以外に関心を示さない彼女が、大多数の魔法少女の危機だからといって率先して動くとは思えなかった。

 せいぜい、環さんたちの身に危険が及ばないように自分のウワサ空間に避難を促すのが関の山だろう。

 銀の塔の対処を急いだのは、突如柊ねむの身に起きた負担を取り除くため。

 根本的には環さんと彼女の妹たちにしか興味がない。

 この人の本質は“ウワサ”なのだ。アイさんのように倫理観や人間性を獲得したウワサとは違う。

 もしも見知らぬ魔法少女が魔女に襲われていたとしても、彼女はそれを素通りすることだろう。

 悪意も隔意も嫌悪もなく、ただ無関心に命の危機を見過ごす。

 だからだろう。

 俺もまた、桜子さんにだけは後ろめたさを感じずに済むのは。

 人でなし(ウワサ)相手なら、自分が魔法少女から逃げていることを責められる(いわ)れはない。

 

「……なるほどな。大勢の魔法少女のために動いた訳じゃなかったってことだ。それはそうか。桜子さんは()()()()()()()()()()()ウワサなんだもんな」

 

「|……? それがどうしたの?|」

 

 皮肉も通じない。

 目の前の存在はそういう性質の“モノ”だった。

 不思議そうに尋ねる彼女に俺は首を振って答えた。

 

「どうでもないよ。どうだっていいことだよ」

 

 もう話すことはない。言葉を交わしてもこの気持ちは共有できないだろう。

 右手の中指にはまった指輪をかざし、意識を集中させる。

 あの事件からただの一度たりとも使って来なかった魔法の力を顕現させる。

 黒い宝石が手のひらの中に納まり、そして──。

 

「……変身」

 

 否定の魔法を握る、手品師の衣装が俺の身体を包み込む。

 俺を導いてくれたあの人の声は聞こえない。俺を助けてくれたあの人の存在はどこにも感じない。

 それでも俺の手には否定を司る魔法の力があった。

 

「|『』『』『』『』『』|……」

 

 絶交階段のウワサの手下、金庫の化け物が俺を取り囲むように床や壁から現れる。

 もはや懐かしさすら感じさせる最初に見た怪物。

 ジャラジャラと冷たい鎖を震わせ、空中を滑る金庫の化け物たちは俺の元へと襲い掛かって来た。

 その数……十体、いや十五体。

 

「|『』『』『』『』『』|!!」

 

 そのすべての敵が鎖を長く伸ばして、俺の肉を潰し、骨を砕こうと差し迫る。

 姿勢を低く構え、俺は差し向けられた鎖の()()を読む。

 より正確に言うのなら、鎖から発生している魔力の流れ──その向きと動きを観測する。

 ……見える。

 肉体に通された否定の魔力によって、不可視の揺らぎを捉える。

 ……分かる。

 その揺らぎが次に移動する先を俺に予測させる。

 指の隙間に生み出した金色のコインを、手首の(ひね)りと共に撃ち出す。

 両手を合わせて、計四枚の硬貨。それらは否定の魔法を帯びて、伸びた鎖を寸断する。

 

「『』『』──!?」

 

 引きちぎれた鎖の断片は否定の魔法を受けて、弾け飛んだ。

 だが、撃ち放たれた俺の極小の一撃は、瞬間的に相手を抹消するほどの効果はない。

 結果、どういうことが起こるのか。

 答えは簡単だった。

 否定の魔法を受けて、消滅し続けている鎖の断片は宙をさまよい、すぐ近くに浮遊する金庫の化け物へと衝突する。

 弾かれた“おはじき”がすぐ(そば)の“おはじき”に当たり、跳ねた先で更にまた別の“おはじき”に当たるのと同じように。

 連鎖する。

 連続する。

 繋がり合う。

 放ったコインの約二倍に当たる数の敵は、弾け飛んだ自分たちの破片によって、消えていく。

 取り囲まれていた俺は中心からほとんど動くこともなく、崩壊していく金庫の化け物たちをただただ眺めていた。

 

「|流石は否定の魔法……。出力を極限にまで絞ってもなお、魔力で作られたモノを完膚なきまでに消滅させる効果を持つ……。いや、()()()()()()()使()()()。使用すればするほどに総量が減衰していく力を効率よく使う方法……貧者の知恵|」

 

 無表情ながら感心したように言う桜子さんだったが、まるで褒められている気はしない。

 実際、単なる評価であって、俺を褒める意図は少しもないのだろう。

 

「貧者で悪かったねぇ。……それより本当に手伝う気はないみたいだな」

 

 桜子さんもまたウワサだ。

 それも他のウワサと違って特別な存在だと言える。

 神浜市に残っていたあらゆるウワサや魔女を取り込んだあの上条にでさえ、取り込まれずに環さんやういちゃんたちを隠し切った。

 ウワサの中でも特注品。規格外の存在。それが俺の彼女に対する認識だった。

 

「|当然。私がここに居るのは戦うためじゃない|」

 

 そう答えてから、遥か頭上まで続く巨大な階段の傍に寄る。

 上って行くつもりなのかと思ったが、どうにも違う様子だ。

 数段だけ上がってから、スカートに付いたポケットをゴソゴソと漁ると一本のマジックペンを取り出した。

 キュポッと先に付いたキャップを外して、段差に何やら書き込み始める。

 

「……な、何やってるんだ?」

 

「|必要な工程。……できた|」

 

 文字が、書かれていた。

 『柊 桜子』

 その文字が段差の二か所に書き込まれていた。

 

「……柊って、確か」

 

「|ねむの苗字。そして今は私の苗字でもある|」

 

「へー。って……名前? 階段の、六段目と七段目に──っ」

 

 そこでようやく、俺は彼女がしていることがどういうことなのか理解した。

 

『絶交階段の六段目に自分の名前! 七段目に絶交したい相手の名前を書いちゃえばそれが絶交証明書! 未来永劫ずーっと交際を絶つコトが認められるの!』

 

 絶交証明書。

 ただし……彼女は絶交したい相手の場所にも自分の名前を記入している。

 

「何をしてっ……」

 

「|これでいい。私は役割を終えたウワサ。そして、ウワサはもう必要ない。もっと早くにこの決断をするべきだった|」

 

 先ほどとは比べようもない数の鎖が階段から蔦のように伸び上がり、桜子さんを絡め取る。

 雁字搦(がんじがら)めにされた彼女は、水面下に引きずり込まれるかのように段差の隙間に吸い込まれていった。

 吸い込まれる寸前、桜子さんの顔は──酷く穏やかに見えた。

 どうして。

 なぜ。

 決まっている。

 桜子さんは柊ねむを助けるために、ここへ俺を連れて来た。

 彼女に負荷を掛けるウワサを排除させるために。

 その中にはきっと……桜子さん自身も含まれていたんだ。

 守りたい人たちを守るために、その人たちと決別しに来たんだ。

 

「……っ」

 

 ああ、そうかよ。あなたもそうなのかよ。

 ウワサなんじゃないのかよ。人間の真似をしている化け物だったんじゃなかったのかよ。

 自分の存在が大好きな人を傷付けると理解して、別れを選ぶなんて……それはもう。

 

「人間じゃないかっ……」

 

 俺なんかよりよっぽど筋の通った、血の通った人間の在り方だった。

 認めるよ。桜子さん……。あなたは人間だ。

 誰が何と言おうと、その心は。その感情は紛れもなく、人としての思いやりだ。

 おかげで思い出した。

 俺がこの魔法だの奇跡だの、そんな荷が重い世界に足を踏み入れた理由を。

 俺はすぐ傍で誰が酷い目に合うかもしれない。

 そんな理不尽が。

 そんな不条理が。 

 

「納得できないから。どうしても認められないから。どっちでもいいって思えないから……どうにかしたいって願ったんだ!」

 

 まっすぐにどこまでも高く伸びる階段を見上げた。

 ずっと逃げていた。ずっと目を背けていた。

 俺には大きすぎると。

 俺には荷が重すぎると。

 関係ない。関係なかったんだ。

 魔法少女の運命がどうとか、俺は上条みたいなヒーローじゃないとか。

 そんなものはどうだっていい。下らない。知ったことじゃない。

 重要なのは、今、俺が何をしたいのか。

 僅かに目を瞑ってから、両目を大きく見開いて、俺はコインを高く跳ね上げた。

 

「……それが一番大切なことだよな? ヌルオさん」

 

 もう俺の傍で助言をくれはしない。

 もう俺を当たり前のように導いてはくれない。

 それでも、俺の心の……最も深いところに彼がくれたものが残っていた。

 

「それが俺にとっての“ちょうどいい”ってことだから」

 




転職して新しい仕事に取り組んでいる最中なのでなかなか更新する余裕がないですが、合間合間を縫ってちょこちょこ書いています。
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