ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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特別編『中沢君とウワサの亡霊』④

 長い階段を真面目に上るつもりはない。

 そんな方法を取っていては間に合わなくなる。

 悠長に移動している間にも桜子さんの身が危険に(さら)されている。

 ……そういう時は──。

 

「“裏技(ズル)”、だよな!」

 

 ヌルオさんが教えてくれた魔力で満たされた空間内の移動法。

 上へ撃ち出したコイン。そのコインとシルクハットの内側を繋げる。

 距離や空間を否定する。

 次の瞬間、俺の身体はシルクハットの内側を潜り抜け、コインを布状に広げ、出口にして空中へ飛び出した。

 更にそれを繰り返す。新たに撃ち上げたコインを使って、上へ上へと移動する。

 時間にすれば、十秒ほどで絶交階段の天辺(てっぺん)まで上り詰める。

 見えた。

 大きなアーチとそれにぶら下がる鐘。そして、その鐘を鳴らしている円形の頭部を持った人型のもの。

 胴体があり、手足があるが頭は開いた朝顔をそのまま押し花にしたような奇妙な形をしていた。

 それはウワサの核。この空間の主。

 

「絶交階段の本体! ……桜子さんは」

 

 ──居た。見つけた。

 鐘がぶら下がっているアーチの上部に植物の(つた)状の突起物に絡め取られている。

 いや、違う……。蔦に拘束されているんじゃない。

 蔦の一部が桜子さんの身体と()()している……!

 融合。そうか、この絶交階段のウワサはただの再現じゃない。

 融合の魔法の残骸から復活したもの。

 その性質を()ね備えていて当然だ。

 

「桜子さんっ!」

 

 彼女の名前を大声で呼ぶが、眠ったように目を瞑ったまま、身じろぎ一つしない。

 まるでアーチに備え付けられた彫像のように桜子さんは反応しなかった。

 彼女の元へ更に向かおうとコインを撃ち出そうとする。だが、それよりも早く丸い頭のウワサが鐘を鳴らす。

 

 ――ラ゛ン ラ゛ン ラ゛ン ラ゛ !

 

 以前に聞いた時よりも遥かに歪で耳障りな外れ調子の鐘の音色が俺を襲う。

 

「がぁっ……」

 

 鼓膜が破れそうな轟音と全身に叩き付けれた振動波が空中にあった俺を撃ち落とした。

 激しい頭痛とせり上がった胃液が波打つ感覚に支配され、ハエ叩きで叩かれた羽虫のように落下し、真下に伸びていた階段へ墜落する。

 激突の衝撃で意識が飛びかけた。

 真っ白の火花が弾けた視界。上も下も、右も左も分からなくなった平衡感覚。更にそこから転がって、頭の中が掻き混ぜられる。

 落ちる。

 

      落ちる。

 

             落ちる……!?

 

 吹き飛びかけた意識を寸前で取り戻し、縁からはみ出し掛けた身体を跳ね起こした。

 どうにか立ち上がったは良いものの、内側と外側に受けた損害は大きく、再び攻撃を仕掛けるには時間が必要だった。

 そして、その隙を待ってくれるほど、絶交階段のウワサは甘くはなかった。

 

  ――ラ゛ン ラ゛ン ラ゛ン ラ゛ !

 

 (ひび)割れた鐘の音色が衝撃波となって俺へと雪崩(なだ)れ込む。

 

「ごふっ……」

 

 逃げ場のない衝撃が俺を皮膚を引っ叩く。痛みと苦しみで思考が圧迫される。

 辛い……苦しい……誰か助けてくれ。

 反り返った頭が苦痛から少しでも逃れようと自然と上を向く。

 階段の頂上のアーチに視線が行った。そこに囚われたままの桜子さんの姿が視界に入る。

 何を、考えているんだ……俺は。

 辛い?

 苦しい?

 助けてくれ?

 ……馬鹿か。

 お前(おれ)が助けるんだろうが!

 誰かに助けてもらおうとするなっ!!

 もう居ないんだよ! 俺を甘やかしてくれる人は!

 俺の泣き言を聞いて、助けてくれたあの人は!

 

「だからっ……!」

 

 痛みと苦しみを根性で()じ伏せて、指先を動かす。

 俺はコインを飛ばして、階段の上へと空間転移を繰り返す。

 鐘の音の合間を縫うように。音の流れを潜るように。

 濁り切った銀の鐘音を──。

 

「だからっ、俺が戦う……!」

 

 ──金の硬貨(コイン)で打ち砕く。

 コインを出口にして、もう一度アーチの傍へと瞬間移動した俺の指先から放たれた金色の一撃。

 空間を塗り潰すような音の波が、裂けて破れる。

 カッターの刃で切り裂かれた紙が二つに裂けていくように、コインは音波に切れ込みを入れていく。

 もう迷わない。

 もう逃げない。

 もう投げ出さない。

 だって。

 

「だって、それだけは譲ったら駄目だと。そう思うから」

 

 ラ゛ ン ラ゛ン…… ラ゛……ラ゛……。

 

 鐘の音色は最後まで響くこともなく、否定の魔法で撃ち抜かれて消し飛び、霧散する。

 アーチが崩れ、その内側へ取り込まれつつあった桜子さんの身体が空に投げ出された。

 

「桜子さん!」

 

 眠ったように動かない彼女に俺は手を伸ばして、掴む。

 取りこぼさないように強く抱き締める。

 怪我は……ないみたいだ。

 ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。俺の身体は重力に引かれて、真下へと落ちていく。

 

「う、うわあああああああああぁぁぁぁぁ!?」

 

 絶交階段は本体のウワサが倒されたせいか、罅割れて砕けていく。

 途中でどうにかして降り立つこともできそうにない。

 コインで移動しようにも桜子さんを抱き締めた状態ではコインを飛ばすこともままならない。

 第一どこに飛ばしたところで足場がなければ、落ちるまでの時間が僅かに延びるだけだ。

 

「わあああああああぁぁぁぁぁぁ! ど、ど、どうしよぉおおおおおおおおおお!?」

 

「|うるさい。中沢|」

 

 いつの間にか、目を覚ましていた桜子さんが俺に対して文句を吐く。

 そんなこと言われてもこの状況で叫ぶなって方が無理な話だ。ただでさえでも俺は高所恐怖症なんだから。

 だが、俺の恐慌した態度を物ともせず、彼女は落下しながら手を真上に掲げた。

 その瞬間、どこからともなく現れた桜の花びらが宙を舞う。

 

「これは!?」

 

 魔法なのか。

 そう尋ねるよりも早く、空中に固定されるように出現した桜の幹に受け止められる。

 着地、いや、着木した俺たちは一息吐く間もなく、伸びていく枝に持ち上げられ、上へ上へと押し上げられていく。

 銀色の天井が見え、そして、次の瞬間。

 ぐらりと景色が変化する。

 一瞬にして、絶交階段のウワサ空間から別の場所へと変わっていた。

 その場所もまた、俺の知っている場所だった。

 赤い夕陽が空を染め上げた神社。

 異様な数の鳥居がでたらめに絡み合った橋を跨いで乱立している。

 橋の下は池のように水で満たされていて、水上都市のようにも映った。

 

「口寄せ神社の、ウワサ空間……」

 

 確か、このウワサは……。

 

「|会いたい名前を絵馬に書き、お作法通りにお参りすれば、想いの人に会わせてくれる|」

 

 俺の心を読んだ訳でもないだろうに、桜子さんは内心の続きを口にした。

 会いたい人……。あの時は俺にはそんな相手は居なかった。

 でも、今は違う。

 もう一度会いたいとそう思う人が、ただ一人だけ居る。

 そう思ったとほぼ同時に足音が聞こえた。

 振り向くと俺たちが居る場所から一番近い橋の上に人型のものがこちらへ近付く姿が見える。

 あれは──まさか。

 そんな──。

 

『墾田、永年、私財法……墾田、永年、私財法……』

 

「いや、お前かよ!」

 

 紫色の蝋燭のような外皮、その上で黒い明朝体で文字がうねる様に(うごめ)いているそれは。

 墾田永年私財法。

 そう読めた。

 




再び、登場。
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