ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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特別編『中沢君とウワサの亡霊』⑥

 象のような長い鼻を持った長い胴の化け物。

 細長い手足で這うように動き回る姿は巨大なトカゲか、ヤモリを思わせた。

 その化け物──マチビト馬のウワサは網目状に架けられた橋に貼り付き、じっとこちらへと長い鼻先を向ける。

 煌々(こうこう)と光る電飾のような縦長の目が獲物を見定める捕食者の如く、俺を捉え、狙い澄ました鼻先から、半透明の巨大なシャボンを続けざまに吐き出した。

 無数の泡砲弾。

 ぬらぬらとしたその表面は粘り気のある液体特有の不快なテカリを帯びている。

 撃ち出された泡砲弾は、俺の親指に弾かれた同じ数の金色のコインに貫かれ、音も立てずに割れた。

 かつては環さんたち魔法少女を追い詰めたその球体は、否定の魔法の前ではさしたる効果も見せずに消えていく。

 

『sdjfligl矩ilrg噌lsejflhrwgj峨ewlhnjfdjng──!!』

 

 その様子に業を煮やしたのか、マチビト馬のウワサは長い鼻を真上に伸ばして大きく()える。

 叫び声に呼応するかのように、何もない空間からポタリと澱んだ銀色の雫が落ちて、マチビト馬のウワサの鼻先に触れた。

 黄色や赤で彩られていた巨体の表面を澱んだ銀色が染め上げる。

 頭部や身体から生えていた細長い手足は、関節が増え、膨張し、変形していく。

 

『aelfjkgk菰kgjs炉.llbhsjlksagl諏簾素kjslkrl……』

 

 澱んだ銀色に変色したマチビト馬のウワサは、手足を貼り付けていた無数の橋を踏み砕き、中空を泳ぐように俺へと接近する。

 コンテナを積んだトラックよりも数倍のサイズ。

 その圧倒的な質量の突進で俺を押し潰そうと襲い来る。

 確かにこれほどの巨体が相手なら、コインやステッキでは消し切れない。

 大布ですら覆い尽くすのは困難だ。

 万事(きゅう)す。

 お終いだ。

 どうにもならない。

 と……、少し前の俺なら泣き言を喚いていただろう。

 だから、俺が生み出すのはそのどれでもない。

 

「悪いな。もうアンタは怖くないんだ」

 

 握り込んだ()()()を振り被る。

 目と鼻の先まで迫っていたマチビト馬のウワサへ生成していたトンファーを叩き込む。

 打撃と同時に否定の魔法を敵の全身へと満遍(まんべん)なく流した。

 イメージとしては、トンファーの接触部を蛇口にして、相手の内側に魔力を注入させる。

 その瞬間。

 パチンと(あぶく)が割れるように濁った銀色の巨体は跡形もなく、消え失せる。

 屋根まで飛んだシャボン玉のように。湯船に浮かんだ気泡のように。

 俺はマチビト馬のウワサを完全に消し去ったことを確信した後、大きく息を吐き出して、その場にへたり込む。

 

「つ……疲れた。あと、痛い。顔も身体も全部痛い……」

 

 涙目で泣き言を漏らす俺に離れた橋で見守っていた桜子さんが近付いて来る。

 

「|よくがんばった。ぐっじょぶ|」

 

 抑揚のない声音と何を考えているのか分からない無表情の顔で雑に褒められた。あんまり嬉しくない。

 

「さようでございますか。……ていうかさ、手伝ってよ。桜子さんも戦えるんでしょ」

 

 もう俺ボロボロなんだよ。見てよ、この手足の(あざ)。顔とか確実に()れてるよ? パンパンだよ。顔パンパンマンだよ?

 自分の顔を指差して、桜子さんを責めるように見つめる。

 

「|ぐっじょぶ|」

 

「いや、あの……」

 

「|ぐっじょぶ|」

 

「その単語、別に無敵の返しじゃないからなっ!?」

 

 無表情でサムズアップを続ける彼女の思考はさっぱり読めない。ただ確実に分かるのは俺の抗議を聞く気がないことだけだった。

 余計にくたびれた俺は変身を解いて、衣装を制服へ戻した。緊張が弛んで軽く目眩(めまい)を覚える。

 ……脳震盪(しんとう)とかじゃないよな、これ。わりと本気でヤバくないか、俺……。

 グラリと真横へ身体が揺れ、頭が硬い橋の上に頭を打ち付けかける。

 

「あ……」

 

 疲労と痛みで上手く回らない思考で、頭部に響く痛みを予想した瞬間。

 

「あ、れ……?」

 

 硬い橋板とは思えない柔らかな感触が俺の側頭部を迎え入れていた。

 状況を確認しようと視線を巡らせて、俺を見下ろす淡い桜色の瞳と目が合った。

 顔が近い。というか、この距離……。

 膝枕されてる……!?

 じっと瞬きもなく、桜子さんは俺を凝視する。

 こうして間近で見ると彼女は驚くほど整った顔立ちの美少女だと再認識させられる。

 

「あ、あのこれは?」

 

「|治療してる|」

 

「治療……?」

 

 そう言われて、気付く。

 ジンジンと(にじ)んでいた顔の痛みが引いている。

 顔だけではない。墾田永年私財法にしこたま殴られたみぞおちや脇腹、手足からも熱っぽい痛みが治まっているのを感じた。

 よくよく見れば、彼女から放たれる魔力の流れが俺へ向けて伸びている。

 

「|貴方を癒すのはこれで二回目|」

 

「ん、二回目って? ……ああ、最初に会った時か」

 

 二回目と言われて、俺は思い出す。

 キレーションランドの激戦の後、万年桜のウワサの結界内で目を覚ました時も、ちょうどこんな風に桜子さんに膝枕をしてもらっていた。

 あの時は初対面というのも(あい)まって、かなり驚かされた。

 それにしても、痛みだけじゃなく、桜子さんの持つ魔力の性質なのか、気分まで落ち着いてくる。

 春の日に木陰で微睡(まどろ)むような、そんな穏やかで眠くなるような感覚……。

 体力も酷く消耗したのもあって、さっきとは別の意味で意識が重くなってきた。

 いや、駄目だって。流石に寝るのは……。

 申し訳程度に葛藤(かっとう)をしつつも、睡魔には勝てず、俺は目蓋(まぶた)を降ろした。

 

起きて|」

 

 |頬(ほほ)を優しく突かれる。

 完全に意識が遮断しかけていた俺には、そんな小さな刺激では眠気を打ち破る気にはなれなかった。

 だが、次の瞬間、凄まじい衝撃が右頬に走る。

 

「ぅぶっ……!?」

 

 痛みと驚きで両目を見開く俺へ間髪入れずに、左頬にも同じ衝撃が襲った。

 

「へぶぁっ!?」

 

「|あ、起きた?|」

 

 寝起きの視界に映るのは片手を振り上げて、俺を見下ろす桜子さんの顔。

 俺は平手打ちで起こされたのか。

 ヒリヒリする頬を押さえて、俺は桜子さんの膝枕から逃げるように跳び起きた。

 

「起きたよ。起きたけど……。うう、ほっぺが痛い」

 

「|? まだ治せてなかった?|」

 

「え、それ本気で言ってるヤツなの?」

 

 皮肉や冗談でもなく、俺が痛がっている理由に見当が付かないようで無表情で首を傾げている。

 マジか……。この人。人を起こす刺激に微弱か、最強かの二択しかないのか。ひと昔前の扇風機だって、もっと刻むぞ。

 治療をしてもらっておいて何だが、やっぱり桜子さんは人間らしい情動が欠けている。

 多分、薄っすら赤くなっているだろう頬を恐る恐る撫でながら、俺は彼女へ文句を言う。

 

「そりゃ膝の上で寝てたのは悪いけど、もうちょっと優しく起こしてくれたって……」

 

「|中沢。周りをよく見て|」

 

 ささやかな抗議を遮って、桜子さんは真横を指差す。

 渋々ながら俺は顔を横に向けた。

 そこはベージュと黒が目立つのマーブル模様の世界がどこまでも続いていた。

 色彩は薄暗いのに妙に明るい空間。

 発光するサンキャッチャー風のガラス玉が所狭しとぶら下っている。

 

「ここは確か……“ひとりぼっちの最果て”のウワサ空間」

 

 おかしい。やはりおかしい。

 周囲の空間が(わず)かな時間で変化したからじゃなかった。

 順番が違う。

 神浜市で起きた順通りなら、次は“フクロウ幸運水のウワサ”が来るはずだ。

 なのにこの場所は“ひとりぼっちの最果て”。

 順番が変わった。いや、飛ばされたのか。

 どうして? 理由は……。

 違和感があった。どうしても拭えない違和感が。

 

「|中沢?|」

 

「あ、いや、何でもない。ここも今までと同じように」

 

「|ウワサの主となる存在を倒す必要がある|」

 

 コクリと頷く彼女に俺は無視できなくなった疑問を一旦()み込んでから、言った。

 

「分かったよ。でも、ここの主とは戦う前に話がしたい。可能か分からないけど」

 

 もしも『彼女』が俺の記憶の通りなら、きっと戦う必要はないかもしれない。

 それが叶えば、俺の今抱いている疑問も解決に繋がるはずだが、果たして……。

 




久しぶりの投稿。
一応、エンディングまでぼんやりとは考えているので時間に余裕があれば少しずつ進めていきます。
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