ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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特別編『中沢君とウワサの亡霊』⑦

「|ねえ、中沢|」

 

 マーブル模様の世界が広がる奇妙な空間、“ひとりぼっちの最果て”の中心を目指し、進んでいると前を歩いていた桜子さんが振り返って呼びかけてきた。

 

「うん? どうしたんだ、桜子さん」

 

 俺がそう聞くと、彼女は不思議そうに尋ねた。

 

「|どうして、変身しないの?|」

 

「ああ、それか」

 

 俺は顔無し手品師──ヌルオさんの衣装に変身せず、未だ制服姿のままだった。

 確かにいつウワサの化け物が襲い掛かって来てもおかしくない危険な場所では無防備過ぎるだろう。

 でも。

 

「ほら、否定の魔法ってウワサとか魔女に対しては、ほとんど天敵みたいな力だからさ。その力をいつでも使える状態だと、相手に戦闘態勢だって誤解されそうだし……何より」

 

「|何より?|」

 

「……ガッカリさせたくないんだ」

 

「|どういう意味?|」

 

 無表情ながら、三割増しくらいでキョトンとした表情で桜子さんは聞き返した。

 説明の苦手な俺はどう伝えたものかと頭を巡らせながら、ポツポツと答える。

 

「このウワサ空間の主……名無しの人工知能のアイさんはヌルオさんのことが好きだった。俺があの格好してたら、またヌルオさんと会えたってぬか喜びさせるかもしれないだろ?」

 

 見滝原市の魔法少女たちもあの姿の俺をヌルオさんと見間違えて、喜んだあとに凄くガッカリしていた。

 まして、アイさんはヌルオさんに恋をしていた。そんな相手に勘違いさせるような格好で会いに行くのは残酷過ぎる。

 俺の発言を聞いて、桜子さんは少し押し黙った後、静かに口を開く。

 

「|まるで|」

 

 透き通る桜色の瞳が俺をしっかりと見定めている。

 

「|まるでウワサを人間扱いするんだね|」

 

 人形じみた美貌とガラス玉のような宝玉のような瞳でその台詞を(つむ)ぐ桜子さんは、無表情なのにどこか複雑な感情を抱いているように映った。

 

「人間扱いか。まあ、そうだな。俺は彼女ほど人間ができてる存在(ヒト)を知らないよ」

 

 自分の存在が人間に害をなす存在だと理解して、友達や他者を守るために消滅することを選んだ気高い人。

 俺が同じ立場に置かれたら、とても同じことができるとは思えない。

 

「だからさ、もしかしたら話し合いで先に進ませてくれるかもって思ってる」

 

「|それは。思い違いをしてる|」

 

 バッサリと桜子さんは俺の意見を一刀両断する。

 

「思い違いって……」

 

「|この銀の塔内部のウワサは過去のウワサを模倣しただけの存在。それは名無しの人工知能のウワサだって例外じゃない。到底、以前の自我や記憶を保持しているとは考え難い|」

 

「そんなの会ってみないと分からないだろ!」

 

 否定的な物言いに思わず、語調が荒くなる。

 だが、桜子さんは俺の心情には無関心とばかりに言葉を重ねた。

 

「|不自然なほど肩入れしているけれど、本来ウワサは人間みたいな感情は持っていない。あくまで作られた噂話の役割に沿って行動しているにすぎないの。だから、偶然イレギュラーが起きて自我を得た過去があっても、この塔内部で再構成された以上……敵として考えた方がいい|」

 

 冷徹に考えろと言う彼女に、俺は感情的になり、言い放った。

 

「桜子さんだって、同じウワサだろ! 何でそんな風に言えるんだよ!」

 

「|……そう、同じ。同じだから、言えるの|」

 

「……えっ」

 

 透明感のあるの桜色の瞳が戸惑う俺を捉えていた。

 無感情に、無感動に、“万年桜のウワサ”は語る。

 

「|私たちウワサは役割をまっとうしようとする本能があるだけ。私がねむたちを守ろうとしているのはただのウワサとしての本能。感情や道徳観念から来るものじゃない|」

 

「本能だって? だって、桜子さんは俺の傷、治してくれたじゃないか」

 

「|それは貴方が私のねむたちを守るという役割を果たすために必要だからやっただけ。この助言もそう。魔力で作られただけの存在に人間性を見出すのは──無意味|」

 

「……よく分かったよ。アンタを少しでも人間みたいだって思ってた俺が馬鹿だったよ。もう、話しかけないでくれ、()()()()()()()

 

 どこか裏切られた気分だった。

 勝手に見出して、勝手に信じて、勝手に落胆しているだけだということは分かっている。

 それでも、俺は桜子さんもアイさんと同じように、ヒトではなくても、人間だって思っていた。

 心があるって思っていた。

 苛立ったまま、俺は万年桜のウワサを追い抜かし、前へ突き進んだ。

 

「|…………|」

 

 彼女はそれ以上、何も言うことはなかった。

 嫌な沈黙が続く中、俺たちは“ひとりぼっちの最果て”の中心と思しき場所へ辿り着いた。

 ベージュと白と黒のマーブル模様が大きく渦を巻いたその場所は、ステージのように迫り出している。

 そのステージの上には、白い服を着た濃い緑髪の巨大な女性の像が投影されていた。

 

「アイさん!」

 

 のっぺらぼうの白い顔が俺に向く。

 機械音声じみた声音が響くように放たれた。

 

『……貴方は?』

 

 言葉が通じる。やっぱり、彼女はあのアイさんのままだ。

 正しかったのは俺の方だ。間違っていたのは桜子さんだ。

 内心に込み上げてくる安堵と喜びを抑え、返事をした。

 

「俺、中沢って言います。こうして、(じか)に話をするのは初めてですけど、前にもヌルオさんの中でアイさんと会ってはいて……ってアイさん? 大丈夫ですか?」

 

 自己紹介も兼ねて、俺が話し始めると急にアイさんは頭を押さえて身体を曲げた。

 

『アイ……。ヌルオ……。その単語に聞き覚えは、あります。しかし、ワタ、しハ……』

 

 緑の髪と白い服にノイズ画像のようなものが走り、虫の羽音にも似た異音が周囲に響き渡る。

 

「アイさん!?」

 

『アい……。そウ、わたシに入力サれた名称……。でモ、誰二……?』

 

 悶えるように身体を揺らす彼女へ俺は更に呼びかけた。

 

「しっかりしてください! アイさんに名前を付けたのは二葉さんでしょう、二葉さなさん!」

 

『サ……NA……? aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa』

 

 音節の繋がったけたたましい叫びがアイさんから、吐き出された。

 何が起きたのかも把握できないまま、俺はひたすらに狼狽(うろた)えていた。

 

「|中沢。上!|」

 

 混乱の中、桜子さんが珍しく大声を出す。

 視線をアイさんから離し、上を見上げるとそこには、おびただしい数の三角形が浮いていた。

 ……なんだ、あれは。

 大量の二等辺三角形。いや、違う。あれは紙飛行機だ。

 それらは一斉に()()()()縦にひっくり返る。

 二等辺三角形の裏側から羊の頭蓋骨の付いた丸っこい身体が現れた。

 ハングライダーのように紙飛行機と繋がった羊の頭骨の化け物は、一瞬の間を置いてから急降下してくる。

 

『ピロン』

 

 電子音と共に長方形の薄い便箋(びんせん)を俺へと投げつける。

 手裏剣のように投擲(とうてき)された便箋は鋭利な刃物のように俺の足元へ突き刺さった。

 

「うわっ」

 

 大きく後ずさったせいで体勢を崩し、尻餅(しりもち)を突く。

 見た目とは裏腹に恐ろしいほどの強度を持つ便箋は易々と地面を貫いていた。

 もし、爪先にでも当たっていたら、革靴ごと寸断されていただろう。

 

「使い魔……いや、ウワサなのか」

 

 とにかく変身しないと。

 急いで魔力を集中させ、身体へ纏わせようとする。

 

『ピロン』

『ピロン』

『ピロン』

『ピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロン……』

 

 だが、それよりも前にハングライダーに繋がった羊の頭骨から、刃のメールがほぼ同時に俺へ向けて放たれる。

 

「あっ……」

 

 真っ赤な血が宙を滑り、マーブル模様の床に新たな色を加えた。

 全身に突き立てられた白い便箋は血飛沫で汚れ、表面を伝う雫が地面に落ちる。

 

「|中沢……。怪我はない……?|」

 

 純白のワンピースは見るも無残に赤く染まっていた。

 

「何で。何でだよ、アンタ……。俺のことを」

 

「|私は……ウワサとして役割を……まっとうしてるだけ。だから、中沢が気に病む必要は……ない|」

 

 苦し気に言葉と共に血を流す彼女はゆっくりと身体を傾け、そして、俺の目の前で崩れ落ちた。

 俺を庇って、倒れた彼女を見て、ようやく俺は自分の愚かさを実感した。

 桜子さんはこうなる可能性も考えて忠告してくれたのに。

 俺は、それに耳を貸さなかった。

 彼女が感情や思いやりがあるかなんて、この際どっちでもよかった。

 肝心なのはそこじゃなかった。

 

『ピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロン……』

 

「……うるさいよ、もう」

 

 変身を終えていた俺は、便箋の手裏剣を具現化したコインで迎撃する。

 後悔と自責の念で強くシルクハットのつばを片手で握り締めた。

 

「桜子さん。すぐに片付けるから、今度はちゃんと話してよ。言葉にしてくれないと伝わんないから……」

 

「|……中沢|」

 

 掴んだツバが取っ手に変わり、黒いトンファーへ変化する。

 宣言通り、それからすぐに着信音は鳴らなくなった。

 

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