「───センパイ、またフィールドワークにかこつけて帰省?」
「こら。そんな訳ないじゃない。先輩ならもっと堂々と帰ると思うのだけれど…」
講義の後、そんな事を言ってくる、二人組の後輩がいた。
「地元の調査だって立派なフィールドワークだ」
大学に入って、それなりの年月が経過したある時から、彼女達とは奇妙な交流が続いていた。
「ま、それはその通りだけど…」
「先輩の幼馴染って、本当に実在してるのかしら……」
「煩い。わかんないから探してんだってなんべんも言っただろ」
そんな彼女達との出会いは、ひどいモノだった。
─
───
─────
───もう何度足を運んだか覚えていないが。
かつて『■■神社』があった地に自分は立っている。
現在、この土地には
祭神は建御名方神と八坂刀売神。
その昔は付近に湖もあったが、随分昔に土砂崩れで埋まってしまったのだと、そう言う風になっている。
ここに駐在する神職は居らず、ただ古びた小祠が聳えている。
この小祠の中は、未だ覗いていない。
───今日ここに来たのは、この祠の中を覗くためだ。
罰当たりだ。
そんな事はわかっている。
神々の存在をぼんやりとは言え信じている身、背筋に通るモノがある。
だけど、これ以上の手がかりはない。
手詰まりなのだ。
仮にもし祟りの類があるのならそれで構わない。ここには何かがあるって事だから。
「………」
御扉を閉ざす御鍵は、錆びて朽ち果てているからか、軽い力でも直ぐに壊れた。
「よし………」
意を決して御扉に手を掛けると、ギィィ、と木の擦れ合う音が、辺り一面に鳴り響く。
その扉の中には───鏡が一枚、あるばかり。
「鏡……そうだよな、そんな…モンだよな」
結局の所何を期待していたのだろうか。
中にあったのは極々一般的な、御神体として扱われているだろう鏡。
埃被ったそれを手に取っても何も起きないし、変わらない。
「あー!見てメリー!アレ賽銭泥棒ってやつじゃない!?」
「!!」
いきなり叫ぶ人の声に、危うく鏡を取り落としそうになる。
鏡を元あった場所へ置くと、恐る恐る背後を振り返る。
一人は黒い帽子を被った黒髪に、白のシャツに赤ネクタイ。
黒のケープを羽織り、スカートを履いていた。
もう一人は白いナイトキャップを被った金髪に、紫色のロングドレスの様な服を着ている。
その二人組の女性は、どこか対照的に思えた。
「……賽銭泥棒じゃないよ。確かめたい事があってね。盗人じゃない」
「嘘吐きは泥棒の始まり、って言わないかしら?」
メリー、と呼びかけられていたであろう方が刺すように咎める。
「まあいいわ。今警察に──」
「待て待て待ってくれ!怪しいかもしれないけど違うんだ!探してる人が居るんだ!」
「探してる人ぉ? それがアンタの今やってる事とどう繋がるのよ」
端末を構えたまま、胡乱気に睨みつける。
「この神社はもっと大きく、湖のほとりにあった。それがある日突然、そんなものは初めから無かった様に世界が変わっていた」
「───それで?」
「それと同時に、ある一人の少女が消えた。痕跡も、記憶も何もかも。もう何年も探している。ここが、最後の手がかりかと思って開けては見たけど」
「ふうん…なるほど、ね」
黒い帽子を被っている女性は、そう言うと携帯端末をゆっくり下ろした。
「詳しく聞かせなさいよ」
「自分でもなんだけど、信じるの?」
「一応。私達も丁度似たような事を調べててね」
「蓮子!」
「大丈夫よメリー。この人多分当たりだから」
「当たりって…」
──────
────
──
と、その後に色々話をしている内に、どうやら同じ大学の学生だという事が判り。
こうして奇妙な交流が続いている。
「わからないから、探す、かぁ。好奇心の向けどころとしては、健全だと思うけど……」
とは言いながら、腕を組んで天井を見上げる蓮子に、暗に否定されている気持ちになる。
「別に、私も蓮子も先輩を否定したいわけじゃないのよ? ただ……」
「ただ?」
「先輩にその資格はあるのかしら?って」
メリーが奇妙な事を言う。
「資格……?」
「だって、その…幼馴染さん?が忽然と、神社毎消えるって、そんなの神隠しじゃない」
「そんな事は知ってるけど…」
だから探している。
神隠しに遭った彼女を。
消えてしまった、あの子を。
メリーに言われるまでもない。
そんな事は、わかっている。
「なら、こうも考えられない?神の嫁になったって」
「神の嫁…ねぇ」
蓮子がメリーに続いて語る。
確かに、《神の嫁》なる事は、古を訊ねればそう珍しくはない。
「ま、センパイなら、知っていると思いますけど、『一体、神に仕へる女といふのは、皆「神の嫁」になります。「神の嫁」といふ形で、神に会うて、神のお告げを聴き出すのであります。』*1
って話があるじゃない? その人、巫女だったのよね?」
「いや───少し、違った気が」
そう、■■だ。巫女とは違う。
本人だってそう───
「違う? うーん」
蓮子が首を捻る。
「神職と同じ事もやってた……はず。お祓いだってしてた、し」
巫女がお祓いをするのは、一社の故実に基づかない限り、基本的にはないと言って良い。
罪穢を祓い禊ぐのは、神と人との間を取り持つ神職の役目だからだ。
「神職を兼ねた巫女……女性神職、訳ないわよね……年齢も年齢だし」
メリーも首を傾げる。
だから、■■だと。
さっきから────頭が痛い。
「ねぇ、センパイ、その神社で行われていた祭祀、或いは神事。どんな事やっていたか覚えてる?」
「どんなって……」
■■■と■■■の二柱の■■の力を───して、■を■め、豊穣を■■する───ありふれては居るが、地域独特である■、の───
そうだ、覚えている。
覚えている、筈、なのに────頭が、痛い。
「───かぜ」
メリーが、唐突にそんな事を呟いた。
「メリー?」
唐突な発言に、訝しむ蓮子。
「あら…ごめんなさい。自然と口に出てしまったの」
「か、ぜ……?」
頭がズキリと痛む。
かぜ、風。
その言葉は、ずっと昔から、知っていた。
『良いですか? この神事はですね、■■■さまと■■■さまの御力をお借りして、風を鎮めて農作物の収穫を祈る───』
「風を、鎮めて───ッ」
『とっても、たいせつなオマツリなんですよ? ちょっと、聞いていますか──』
あたまが、いたい。
「「センパイ(先輩)!?」」
気がつけば、あたりは暗くなっていた。
■■■
「ッ……」
目を開けると、そこには天井が。
自分が横たわっていたのだと、徐々に現実を飲み込んでいく。
「あら? 気がついたみたいね、蓮子」
「え? わっ、ホント。もー、驚いたんだからねセンパイ」
メリーと蓮子がこちらを覗き込んでいる。
「ここは……」
身体を起こすと、そこは講義外なのか、使われていない空き教室。
と言うよりは、場所は変わっていなかった。
「───やべっ時間!」
そうだ。
今日中に出発する予定だったのだ。
こんな所で油を売っている余裕はない。
「残念だけれど。先輩が気を失ってから、結構な時間が経っているのだけれど。間に合うの?」
メリーのそんな言葉に、血の気が引く。
恐る恐る時刻を確認すると、間に合うであろう時間は、とうに過ぎている。
「嘘だろ……」
「今回は諦めましょう、センパイ」
蓮子はニヤニヤと笑った。
「先輩。そう気を落とさないでね? 色々調べた事があるのよ」
メリーは慰める様な表情を浮かべた。
「センパイの風を鎮め…って言葉。そこから色々調べてあげたんですよ、私とメリーで。ホント疲れたわ。私、理系だし」
「……その間、ここでぶっ倒れて居たのを放置してたって事になるんだけど」
「そうしたら、それなりにわかった事があるの」
「無視かよ、おい」
メリーは何事もなかったかの様に語りを続けた。
「『───の桜咲きにけり 風の祝に隙間あらすな』*2」
メリーは鳥が歌う様に、朗々と言葉を紡ぐ。
「それで、先輩の地元の辺りには、『風の祝』ってのがいたらしいの」
『私は、■■■さまと■■■さまの───』
ノイズが、走る。
心臓が握られたような、感覚に陥る。
「風の───」
『風祝、なんですよ!えっへん!』
彼女の声が、聴こえた。
そんな気が、した。
「風祝…」
言葉を確かめる様に呟く。
そうだ、そうだった。
「あの子は、そんな事を言っていた……」
「おめでと。一つ前進したわね」
蓮子が拍手を軽く叩いた。
「だけど…どうして今になって……いや、なんで今の今まで
霧が晴れたかの様だった。
彼女との想い出は、自分だけは忘れた事がない筈だったのに。
そうじゃ、なかった。
認めざるを得ない。
自分もまた、記憶が弄られている、と。
「でも、どうして残っていたんだ…?地元じゃ、記録なんて───」
「ふふ。だってこの歌を作った人、風聞だけで詠んだみたいだもの。きっと、神様も見逃しちゃったんじゃないかしら」
メリーはくすくす笑った。
「そんな適当な事ある?」
「だけど、公式の史書には『風祝』なんて記述は一個も出てこなかったのよね」
肩をすくめた蓮子は、そのまま続けた。
「ま、でもこうしてセンパイが思い出せたんだから、地元の人に片っ端から《風祝》を尋ねてみる事が出来る様になったじゃない」
「それは、そうだな、うん。しかし和歌か…盲点だったな。何故今まで気づかなかったんだ……?」
片っ端から調べたつもりだった。
だけど、これでは全く調べていないも同然だった。
「ま、それも含めて神様のお導き、って言うのもアリなんじゃないの?」
「だったらもっとすんなり会わせてほしいんだけどな」
蓮子の言葉に、苦笑いを浮かべる。
「そんなに会いたいんだ。その幼馴染」
「………ああ」
「ふーん」
そう言う蓮子は、あまり興味がなさそうで。
「神様のお嫁さんになってたらどうしましょうね、先輩?」
「……よしてくれメリー」
本当に。
こう、胃の辺りがぎゅっとする様な言葉だった。
「───よしっ、決めたわ!メリー!」
威勢よく指を弾いた蓮子。
「ふふっ、何かしら蓮子。きっと私も同じ事考えてると思うのだけれど」
メリーは微笑んだ。
この展開は経験上、あまり碌なことにならないのを、自分は知っている。
「次の帰せっ……こほん。調査、私達も行くわ」
「ハァ!?」
ほらやっぱり。
碌な事じゃない。
「正直今までは手かがりなしでまぁ、絶対無理でしょって感じだったけど。今回は違うじゃない?」
「えっ、いやそんな事思ってたの!?」
驚愕の事実だった。
今の今まで彼女達は何を思って話を聞いていたのだろう、と。
「以前行った時は、境界が
顎に手を当てて呟くメリー。
彼女は、ちょっと不思議なところがあった。
「あーでも。安心して良いわ。私達二人は二人で勝手にやるから。宿とかはこっちで考えるし」
「お前らな…」
着いてくるとか散々言っといて、これだ。
呆れて溜息も出ない。
「じゃ、チケット押さえるのお願いね」
「……は? たかる気か?」
本日分の金が無駄になったのにも関わらず。
次は三人分も出せ、と目の前の女性は語る。
「風祝。誰のお陰でたどり着いたと思っているんです?」
「……せめて半額」
「全額」
「半額」
「………今回だけな」
頭を抱える。
手酷い出費が決まってしまった。
「よしっ!決まりねメリー!」
「ふふっ、楽しくなりそうね蓮子」
御財布にとっては、実に楽しくない展開だった。
秘封倶楽部は趣味ですが、オリ主単独だとふらっと幻想入りルートしかなさそうなので……