週休六日の魔帝生活   作:灰の熊猫

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斯くして労働契約は結ばれり

「――め下さい、魔帝様……! どうか、お目覚め下さいっ……!」

 

 暗闇の中、その闇すら吸う様な暗く深い紫と赤の光が、円陣より立ち昇っていく。

 その円陣の外の縁では、一人の女が祈る様に声を絞り出しながら、地に両手両膝を付いて多量の汗を石床に落としていた。

 ()()。側頭部には天へ伸びる双角、銀の様に煌めく長髪、荘厳な紋章を背負った紅のローブを着込んだ魔族。それが今、石床に跪いている女の正体だった。

 

(凄まじい封印の強度……だけど、手応えは、ある……!)

 

 魔王は必死に、或いは決死の覚悟で円陣――()()に両手をかけ、全身全霊を以て破ろうとしていた。

 魔王城の遥か地下、歴代の王位継承者にのみ伝承される、円陣の間。この場所には遥か古に世界の全てを平伏させ、神々にすら立ち向かったとされる伝説の魔帝が封印されているという。

 その威光は神を束ねる最高神にすら手が届き、しかし最期には相討ちとなってこの地に封印される事となった。伝説はそう締められており、魔帝の復活は魔族にとって悲願の一つだった。

 そして今代の魔王は、その悲願を達成()()()()()()()()()状況にあった。

 

(あと、少し……! あと、もう、ちょっ、とっ……!)

 

 封印への干渉、その反動だけで魔王の腕は手先から肩に至るまで噴き出す様に出血し、脳の内側から稲妻が走る様な頭痛が絶え間なく訪れる。

 歴代魔王が何千・何万・何億と失敗を重ねて構築し、完成した開封の魔法。更に事前にあらゆる触媒を用いて強化魔法を重ね、それでもなお魔王は封印の解除に苦しんでいた。

 当然だ。何千年、或いは知られていないだけで何万年と破られていないだろう、そんな難問(ふういん)に自分は挑んでいる。積み重ねた歴史とあるだけの力、自分の命を賭けても届かないかもしれない、いやその可能性の方が高い。

 腕の感覚がほぼ失せる。頭が何を考えているのかすらわからなくなる。視界の外側が真っ赤に、内側が白く染まる。命が、壊れている。

 

(……や、るん、だッ……!)

 

 それでも魔王は陣から手を離さなかった。やる、ただやる。消し飛びそうな意識の片隅に残るその意志に突き動かされ、魔王は魔法を行使し続ける。

 ()()()()()()()()()。文字通りの不退転の状況が、彼女に自殺に等しい開封(こうい)をさせ続けて。

 ――そして、それは終わった。

 

「ッ、きゃあっ!」

 

 爆発。そうとしか言えない轟音と暴風に吹き飛ばされ、魔王の身体が宙を水平に飛ばされた。

 そのまま魔王は封印の間の隅、入り口近くの石壁に磔にされる。封印に臨む為の身体強化が無ければ、壁との衝突だけで下手をすれば死んでいた。受身も取れずに叩き付けられた身で、魔王はそんな事を思った。

 そう、()()()

 

「――ッ、がほ、げほっ……! い、いき、てる……?」

 

 生きている。意識がある。封印の解除の最中、確実に死に至る一歩手前だった。しかし、今自分は生きている。

 自分の状態を確かめる。両腕は肩口までひしゃげて動かない。背中は壁に叩きつけられた時の衝撃で、ローブの内側から夥しく出血し、背から地面にかけて血の河が落ちていっている。

 視界も真っ赤に染まり、一応は無事だろう脚も感覚が無い。それもそうだ、これだけの怪我を負いながら、今自分は痛みを感じていない。痛覚が消える程に瀕死の重症だと、魔王は自分の状態を客観的に確認した。

 

「ふ、封印、は……?」

 

 被害の程度はともあれ、自分は生きている。生きてさえいれば大体の傷は魔法でなんとかなる、だからこそ今回の開封を断行した。

 高位魔族特有の自然治癒が始まり、全身の感覚が痛みごと戻ってくる。死の半歩手前ほどの痛みが一挙に訪れ、意識が再び飛びそうになるが、歯を食いしばり耐えて前を見る。

 封印の円陣がある広間の中央。()()()場所。

 

「――あ、ああっ……」

 

 そこに、既に陣は無い。

 代わりに、人が居た。

 

「……ま、魔帝様、なのですか……?」

「……む……」

 

 広間の中央で胡座をかいて俯く、魔族の男。

 深淵の如く深く染まるも輝く赤髪。耳を覆う様に生えている二つの大巻角。額にも備えられた、伏している三つの瞼。

 そして、存在感。ただそこに座している、それだけで空気が何倍にも重くなっている様な威圧感を伴う、魔王とは比較にもならない程迸っている魔力。

 格が違う。動いていない、起きてすらいない。だが、一つ身動ぎして唸っただけの存在に、魔王は心の底から恐怖と感嘆を覚えていた。

 

「……ま、魔帝様! 魔帝様、お目覚めを! どうかこの魔王に、僅かばかりのご助力をお願いしたく……!」

「…………」

 

 呆けていた魔王は慌てて自分の四肢の再生を済ませ、両手両膝と頭を地に臥せる。魔帝は未だ、瞼を開かないでいた。

 封印は確かに解除できている、目の前の存在が伝説の魔帝である、その二つだけは確信出来ていた。ならば、後は絶対的な存在である魔帝へ誠意を示す事しか、魔王にはやる事が無い。

 何せ、魔帝の立場からすれば封印から解かれた義理はあるが、わざわざ低い立場の魔王に力を貸す義務はない。というよりは、神々をも超える存在がその程度の事で恩義を覚えるともわからない。

 故に、(こうべ)を垂れる。言葉を待つ。一秒先には魂が直接砕かれてもおかしくない、そんな重圧の時間を魔王は地に這いつくばって耐えていた。

 

「――あ」

「……魔帝様……?」

「……あと、五万年、寝させて……」

「長すぎですよ!?」

 

 思わず魔王は頭を上げて全力でツッコミを入れた。

 神すら慄く伝説の存在、その第一声。その中身が、スケールを馬鹿デカくしただけの二度寝の要求。あまりにもあんまりだった。

 

「うえぇ……ねっむ、眠い……あれ、なんで起きてんの我……? おかしいな、さっきまで確かに夢の中で百五万三千二百五十三回目の神魔戦争(ラグナロク)もしも(イフ)ルートシミュやってた筈なんだけど」

「封印の中で何の夢見てんですか!? ってかなんですその回数!?」

「あーあー、ちょい声のボリューム下げてくれー……寝起きの頭に響くぅー……」

 

 額の第三の目以外を開いた状態で、魔帝は右目を眠くて仕方無いとばかりに擦って体をゆらゆらと揺らしていた。

 存在感はそっくりそのままに、まるで威厳無く佇む――というか、声をかけなければ数分でそのまま寝てしまいそうな姿。凄まじいギャップに、魔王は生まれてこの方最大と疑う余地も無い程のショックを受けていた。

 

「……あれ? つか、マジで君誰? 我の同胞の親戚? めっちゃかわいいね、淫魔王(サキュバスロード)かなんか?」

「魔王です魔王! 著しい名誉毀損はやめて下さい、魔界法廷に証言持ち出しますよ!?」

「え、あ、ごめん。……あれ、そんな法制定してたっけ我……? 別にサキュバスってそんな悪い事してなかったと思うんだけど……」

 

 うーんうーん、と魔帝はこめかみの角の人差し指で叩きながら、記憶を辿る。魔王からすれば全魔族の現トップを務める身として、単なる見かけだけで不当な扱いを受けるのは不服極まりなかった。

 状況は混乱と混沌、その絶頂にあった。自分は何千年という歴史の果てである魔帝の解放を遂げた筈が、今やっている事はツッコミだけである。

 本当にこの人、伝説の魔帝様なんだろうか。感じ取れる力は間違い無く本物なだけに、魔王は逆に目の前の男の事を疑い始めた。

 

「うーん……まぁ、長いこと寝てりゃ色々忘れるモンか。しゃーない、よくわかんないけどメンゴなお嬢ちゃん、なんか失礼しちゃったっぽいわ我」

「え、あ、いや、魔帝様が頭を下げる様な事では……こちらこそ、立場も弁えず声を荒げてすみませんでした……」

 

 魔帝はあまりにも軽く、その重々しい頭を魔王へ下げる。素直すぎる謝罪を受けて冷静になった魔王は、今更ながら自分の軽挙妄動を自覚してこちらからも頭を下げる。

 なんか、全然思ってたのと違う。もっとこう、厳かな空気の中で頭を下げて力を求めるみたいな、そういうシチュをこれまで抱いてたのに。魔王はたった今、理想という物の無為をこれ以上無く思い知っていた。

 

「つか、なんで我起こされたの? 神魔休戦協定に変更でもあったん? それとも神皇のアホが起きちゃって、合わせて封印解けちゃったとか?」

「……え? ……あの、なに協定、と?」

「え、”神魔休戦協定”。知らん?」

「す、すみません、初めて聞きました……」

「マジかー。何万年経ったか知らんけど、伝承途切れちゃったんかー。全く、世界の理も風化するもんなんかねぇ」

 

 はー。感心と呆れが半々といった溜息をついて、魔帝は額の瞼の上を押す様に擦る。

 魔王からすれば、何が何だかわからない。どうにも大事な協定らしいが、歴代魔王の記録や魔帝に関わる伝説の中にも、神魔休戦協定という名前は無かった。

 

「うーん、封印解かれちゃったし協定も伝わってない。こりゃ相当経ってんなぁ、神魔戦争から何万年だ……? 流石に我の知り合いの子孫がいるなら、我の復活とかぜってー考えんだろうし」

「――えっ? 復活を……え、なんて?」

「え? 我の復活とか、当時知る奴らは絶対やらんだろ、って……」

「……えっ、え゛ぇぇっ!? ちょ、な、なんでっ!? 全魔族の悲願って伝え聞いてるんですけど私ぃ!」

 

 『復活を望まない』。魔帝のその言葉が最後の引き金となって、ついに魔王の思考は全て消し飛ばされた。思わず食ってかかる勢いで、魔王は膝立ちとなって前につんのめる。

 目玉が飛び出る様な衝撃を受けて顔を近付けてきた魔王へ、魔帝は思わず胡座はそのままに背を仰け反らせた。

 

「うおっ、近い、近いて。年頃のお嬢ちゃんがそんないきなり異性に顔近付けちゃあかんて。視線とか言葉とか介する系の魔法とか喰らったらどうすんの」

「いやそんな微妙に為になる忠告はいいですから! ふ、復活はしないって、どういう事なんです!?」

「うーん、この互いの認識がズレまくってる感じ……最初に次元()渡りした時を思い出すなー、これぞまさにジェネレーションギャップならぬ次元の隔てり(ディメンションギャップ)よ」

「そういう言葉遊びいいんで! お願いしますから説明を! ハリー!」

「お、おう、メンゴ……若者は元気あっていいなー……」

 

 言動に勢いはあれど、血まみれで今にも(じぶん)へ倒れかねない見た目をしている魔王の肩を、魔帝は軽く掴んで距離を取らせる。事実、魔王は封印の解除と自己再生で殆どの力を使い果たしている状態であり、魔帝の認識は正しかった。

 が、魔王からすれば自分が倒れる事など知ったこっちゃない。何せ歴代魔王や全魔族の思想の根底が、張本人である魔帝本人から否定されているのだ。自分の命を含む他の些事を差し置いてでも、その真意を聞き出さなければならない。

 

「あー……そもそも我の事、現代(いま)はどう伝わってんのん? ほれ、流石に伝説とかあるんだろ? そうじゃなきゃ我を目覚めさせるとか考えんだろーし」

「え、えーと……遥か昔、この地上を征服した後に神界へ戦争を仕掛けて、永きに渡る最高神との激闘の果てに辛くも相討ちとなって封印された、と……」

「あぁ、あの八百長そんな綺麗に伝わってんのかー。ま、伝説なんてそんなモンよなー」

「…………八百長?」

 

 ぴしり。魔王の心身が、湖表の薄氷の様に凍結すると同時にヒビが入る。

 なんだか物凄く嫌な予感がする、嫌な予感しかしない、嫌な話な気がする。魔王の中の警鐘が、破城槌の様に猛烈に叩いて鳴らされた。

 

「あー、そーさなー。かいつまんで話すと、まず我って望んで封印されたんだよね。神皇――そっちが最高神? って呼んでるアイツと話し合った結果でさー」

「……は……あ……?」

 

 『自分から封印された』。この瞬間、魔王とその他全魔族の根底が粉々となった。

 

「いやー、神魔戦争(ラグナロク)が途中で千日手っていうか、億年手ぐらいに膠着してさー。我らから仕掛けたはいいものの、勝つも負けるもいかないって感じになっちゃったんだよね。我、パワー的には無敵だったけど、神々(アイツら)って逃げと嫌がらせに徹すると最悪でなー」

 

 フリーズした魔王を意に介さず、魔帝は後頭部を両手で抱えて、アルバムをめくって懐かしむ様な軽いノリで当時に起きた事を説明していく。

 不幸にも魔王の体は脳だけは止まらず、耳にした言葉を一言一句刻んでいく。目を背けたくなる様な事実を耳は全て拾い、脳はしっかりと整理して覚えていく。

 脳が停止している部分は、開いた口を塞ぐ機能だけだった。

 

魔族(われら)側は逃げられ続けて、神々(あいつら)側はこっち倒せない。互いに支配した次元(せかい)を滅ぼしては取り戻すっての繰り返して、理解(わか)っちゃったのよ。あ、未来永劫勝敗つかんなコレ、って」

「……」

 

 いやぁあの頃は若かったなー。誰もが使う枕詞を添えながら、歴史と規模と次元が違いすぎる話を魔帝は語る。まるで飾らず、っていうかもうちょっと飾って欲しいと願う程に、魔帝の言葉に虚飾は感じられない。

 顔を綻ばせて懐かしむ魔帝と、凍り付いた時が少しずつ動き始めて小刻みに震える魔王。対極的な対面の中で、魔帝は古代の昔話を続けていった。

 

「んで、当時の同胞(ダチ)達と話し合って。次元渡りの応用で神皇とこっそり思考(チャンネル)合わせて、終戦しよーぜーっつったの。まぁ終戦するにゃーお互いに被害出過ぎたから、色々案出し合ってなー」

「……」

「で、一番丸く収まる形って事で、我と神皇(アイツ)のタイマン最終戦争(アルマゲドン)する事にして。上手い事お互いに相討ちになった様に見せかけて、我らわざと封印されたんよ。トップがやられた、これ以上やっても泥沼だ、戦争やめやめ、終ー了ー! って感じ」

「…………」

「あ、心配しなくても神々(アイツら)からの報復とかもう無いと思うよ。我ほどじゃないけどダチも凄い奴らだったから、上手い事終戦を約束させた筈だし」

「……それが、例の協定、と?」

「うん、”神魔休戦協定”。ざっくり言えば、魔族と神族の次元渡りを封じて、お互いの世界でじっとしていような、って感じのやつ。あと規模過剰な魔法の行使禁止とか色々。下手すりゃ隣の次元(せかい)ごとぶっ壊す系の魔法とかそこそこあったから、当時」

「………………」

 

 魔王が声を出せたのはたった一言、一つの確認だけだった。もう何も言えない。というか口出し出来る要素が無かった。

 魔帝と神々の戦いは、現代の魔族達が考えている様な決着では無かった。魔帝の封印は、両側のトップの合意の上で仕組まれた事例でしか無く、そこに悲劇的な要素は全く無かった。っていうか本人がめちゃくちゃに喜劇的に語ってる。

 脳の中に叩き込まれた情報の整理が完結し、魔王の思考の歯車がようやく正常に回り始める。色々と、本当に色々と考える事がある。考えたくない事がある。

 しかし、最初にやる事は一つだった。

 

「――ふ」

「ふ?」

「……ふッ、ざけないでくださいよォーッ!!」

 

 魔王は叫んだ。叫びたかったから、叫んだ。

 追い詰められた理性を完全に千切り飛ばす様に、魔王のよく通る声が封印の間に甲高く響き渡る。不意の大声を起き抜けに喰らった魔帝は、耳鳴りすら覚えて思わず耳を塞いだ。

 

「うひぃえ……すげえイイ声出るねお嬢ちゃん……音神と()りあった時思い出したわ、この耳から脳にクる感じのダメージ……」

「そんな事はどうでもいいんですよ! 私、ってか私達魔族はすっごいすっごい、すっごい時間かけて魔帝様の封印を解こうと頑張ってたんですよ!? 父様とかお祖父様とかひいお祖父様とか、それからさらにもっとずっと昔っからー! なのに、なのにぃーっ!!」

「あーあーあー、ストップストップ、わかったからストップで頼むわ。お嬢ちゃんの声、耳塞いでもめっちゃ届くから勘弁してくれい」

 

 魔王は激怒した。していた。もう伝説の魔帝が相手だろうがお構いなしに、歯止めがきかなくなっていた。

 当時生きていた魔族達の事情はあるだろう。魔族と神々の戦争も、想像すら出来ない程に大規模だった。封印はやむを得ない事だったのだろう。

 しかし、封印を必死に解く事を悲願と掲げて数え切れない程に年を重ねて生きてきた現代(こちら)からすればたまったものではなかった。誰だこんな大切な事伝え忘れたのは。魔王パンチするからタイムスリップして出てこい。割と真面目に、魔王はそんな馬鹿らしい事を考えていた。

 

「う、うぅぅ……私は……私達は一体、何のためにここまでぇ……」

「な、泣くなってお嬢ちゃん……」

「泣いてませんよぉ! 全魔族の為に私は泣く訳にはいかないんですよぉ!」

「お、おぉ……なんかすげぇ志を感じさせるじゃん……若いのに……」

「これでも三百年は生きてますよ私ぃ!」

「いや若いじゃん。我ら時代の戦争のレギュラーとか、若手でも大体千年クラスだったよ」

「スケールがぶっ壊れすぎなんですよさっきからぁ!」

 

 涙目で魔王はぎゃんぎゃんと叫び続け、魔帝はそれに若干引きながらも落ち着かせようとする。この場に王とか帝とか、そんな大仰な称号を背負っていそうな存在はどこにもいなかった。

 いるのはただの想像外の出来事にショートする比較的少女と、その扱いに戸惑う比較的壮年男性だけだった。あくまで見た目だけの話であり、年齢差はそれこそ数え切れない程に離れていたが。

 

「はぁー……はぁー……終わりです……もうこの世の終わりですよぉ……」

「え、いや協定もあるから滅亡系の魔法はもうぶっ放さないって我。流石に我も戦争終わってもう落ち着いたから。ザ・賢帝だから」

「そういうこっちゃないんですよぉ! 私達魔族、今滅亡の危機にいるんですよぉ!!」

「えっ」

 

 もう止まらないとばかりに魔王は心情を露わにし、その途中で魔帝にとって聞き捨てならないカミングアウトがあった。

 ここでようやく魔帝は寝惚けた頭を自分で回し始めた。そもそも目の前の自称魔王(おじょうちゃん)は、何故わざわざこんな血まみれになってまで自分の封印を解いたのだろうか。そこに考えが至る。

 

「ちょいちょい、クールクール、クールダウンお嬢ちゃん。滅亡の危機って何?」

「……あー……そうでした、こっちはそれ言ってないんでした……」

 

 魔帝からの問いかけを受けて、魔王はようやく冷静さを少し取り戻して語調を平らに戻す。

 がっくりと頭と肩を落とし、魔王は自分側の本題を告げる事にした。

 

「……その、恥ずかしながら……我ら魔族――いや魔王軍は今、人間達の攻勢を受けて、今や残る戦力も陣地も僅かという崖っぷちにいまして……」

「え、人間? 人族いるん? マジか、神魔戦争の前に完全に滅亡させたんだけど……あ、神共が種落として殖やしたとかかね? 神本体が世界を渡れなくても、別種族なら渡れるってルールだったもんなぁ」

 

 魔王はそれまでの勢いの反動から、うじうじとした調子で自分達の恥極まりない状況を語る。

 魔王軍は現在、絶賛人間達との戦争中だった。本来魔族と人間は世界を概ね半分に分けて共存している状態ではあった、しかし人魔の両側にいる過激派同士によって、遥か昔に戦争が勃発。

 魔族の末端の土地が奪われる、その代わりに魔族は人族の街を襲っては滅ぼす。世界全体から見れば小規模な紛争を繰り返す内に、人魔は互いに力と争いの規模を高めていった。

 そして当代魔王の今に至り、人間側に”勇者”と呼ばれる存在が誕生。四天王と呼ばれる幹部格、果ては半引退状態にあった先代魔王すら勇者とその仲間は撃破し、魔王軍をかつてない程に追い詰めていた。

 何よりも危険なのは、勇者によって制圧された土地に少しずつ人間達の軍が侵攻し、新しく城まで建造して魔族からの逆襲を迎撃する体勢が整っている状況だった。

 

「――というワケで。我々魔族は損害を減らすべく今いる戦力の大半を魔王城下町を中心に撤退させて密集。勇者達などの突出した戦力に対しては近場の街にゲリラ戦を仕掛け、間接的に侵攻を遅らせるのが精一杯という状況でして……」

「うわー、ヤベーな魔族。つーか人族よーやるな、当時のスペックじゃ考えられん大躍進じゃん」

「……はい……ヤベーです……」

 

 なんで魔族の神にも等しい貴方がそんな軽い調子なんですか。喉元まで出かかったツッコミをなんとか呑み込み、魔王は改めて自分達がいかに切羽詰まった状況かを思い知った。

 何せ、勇者とその一行がどうやっても止められない。単純な戦闘では撤退に追いやる事こそはあったが、最終的には反撃によって敗北・魔王軍は貴重な戦力を失い続けるハメになっている。

 なので勇者から見てギリギリ手の届くラインの街に攻勢を仕掛けたり、侵攻ルートを暴風雨や猛吹雪・果てには溶岩まで使って潰そうとしてきたが、その都度対策を用意されて少しずつ突破を許している。

 加えて、人間全体の戦力の向上が著しい。人間は魔族と比べて肉体的に脆弱ながら、戦争によって活発化してブン回った経済活動によって、勇者に頼らずとも画期的な武装類を開発していた。

 

「へー、どんなん?」

「一部魔族に限定的に特効の武器や、硬い甲殻も水の様に貫通する砲弾、何十メートルともある大蛇すら殺す様な毒など……」

「はっはっは、ヤッベ面白ぇー。なんでそんなに成るまでほっといたのそんな危険な連中」

「……返す言葉もございません……」

 

 魔王は自分達がいる状況・受けている被害などを適宜魔帝へ説明していき、その正論ストレートど真ん中な指摘を受けてぐうの音も出なかった。

 勇者達の決起による猛反撃、戦争を介しての人間達陣営の文明の強化。単独の能力的に魔族が上位の存在であるという驕りがあった事は否めないが、それを差し引いてもイレギュラーが重なりすぎた。

 武力という意味では全盛期とも言えた先代魔王の頃の戦力も、殆どが殺されているか再起不能にまで追い込まれている。今代魔王・及び魔王軍には、勇者の足を止める手段があっても斃す戦力が無い。

 進退窮まった。そう判断した魔王は一か八か、勇者達がこの魔王城付近に到達するまでに伝説の魔帝を封印から解き、その圧倒的な力で現状の打開を図る事とした。

 

「……それで、その……どうかこの哀れで惨めで驕り高ぶった挙句、貴方様の眠りを邪魔した矮小な存在に、どうか少しばかりのご助力を、と……」

「うわぁ、地面に埋まりそうなレベルで落ち込んでら……すげえ苦労してきたんだなお嬢ちゃん……」

 

 そして両者の姿勢は、最初に戻った。頭を垂れて嘆願する魔王、胡座をかいてそれを聞く魔帝。違うのは魔帝が纏う雰囲気の軽さと、魔王が背負う雰囲気の物悲しさの二つ。

 魔王としては文字通り命を賭けて、ギリギリの所で魔帝の解放に成功という目的は達している。しかし肝心の魔帝は封印を受け入れていた状態であり、それを思えば魔王のやった行為は余計なお世話どころか意に真っ向から反する敵対行為にも等しい。

 故に、魔王はもう祈るだけだった。同情を煽り、印象をマイナスから少しでも向上させる。下手をすれば魔王軍がこの場を中心に消滅する可能性すらあるのだ、自分のプライドなどもう知った事ではない。

 魔王は軍を率いる立場でありながら、たった今靴を百人分舐める程度の覚悟まではしていた。

 

「んー……あ。そうだ」

「……?」

「ちょい顔上げな、お嬢ちゃん」

「は、はい、何か――」

 

 魔王が頭を上げる。瞬間、魔帝は顔を自分から近付け、間近で全ての瞳を開いて魔王の顔を射抜いた。

 額の第三の瞳が開いている。二つの眼差しが、魔王の目を真芯に貫いている。それを理解した時には、魔王の体は完全に竦んで動かなくなっていた。

 

「えーと、確か……『汝、我の言葉に、従え』」

「え゛、あ゛……?」

「『我の言葉、今より、全て肯定せよ』」

「……『はい』」

 

 魔王の竦んだ体に、何かが注がれていく。そんな感覚に戸惑っていると、魔王の口は一人でに動き始めた。

 『はい』。勝手に動いている。しかし、()()()()()()()()()。異常なまでに確固たる確信を覚え、魔王の心の底から根源的な恐怖が込み上げてきた。

 

「よし。じゃ、重ねて。『汝、誓約せよ』」

「……『はい』」

「オッケ。我、お嬢ちゃんに力貸してあげるよ。お嬢ちゃん面白いしかわいそうだし」

「『はい』っ……!?」

 

 やはり勝手に口は動いて別の言葉が紡げない、しかし頭の中の魔王は驚きに満ちていた。

 何せ、自分が望んだ通りの展開が来たのだ。想像していた覇気や威厳は全く感じられず、しかし力だけは確かだろう魔帝。特に義理も義務も無いにも関わらず、魔帝は助力を受けてくれた。

 限りなく最高に近い、理想的な展開。ファーストコンタクトの時はどうなるかと思ったが、これなら全魔族が助かる、いや再復興も夢では無い。そう魔王は思った。

 極めて短絡的に、楽観的に。

 

「けど、我がお嬢ちゃんの為に働くのは七日に一日だけな。我、めっちゃ眠いしだるいし」

「『はッ』……あ゛……!?」

「ありゃ、効き悪いな。我は七日に一日しか働かない。オーケー?」

「『は』……『はい』っ……」

「うーん、凄まじいレジストっぷり。起き抜けで慣れない系統の魔法とはいえ、我の魔法こんな抵抗出来るんか。お嬢ちゃん天才ってよく呼ばれてない?」

 

 ちょっとまって話がなんかちがう。っていうか話が勝手に決められてる。

 魔王は全肯定マシーンとなった口とは完全に反対の、困惑の真っ只中にいた。

 

「じゃ、同意って事で。『汝、その誓約、魂へ刻め』」

「『は』……『い』……っ……」

「よしオッケー。もうしゃべっていいよー」

「――……ッ! はぁっ、はぁっ……! な、なんですか、今の……!」

 

 魔帝が手を軽く叩き、同時に魔王の体と意思が再度合致する。

 それに伴い、()()()()()

 

「さっき言ったじゃん我、視線とか介する系の魔法喰らったらダメって。ヤバい幻覚系とか喰らったら、ほれこの通りってコトよ」

「そうじゃなくって! 週に一回だけって、なんでっ……!」

「さっき言った通り、我眠いんよ。封印の解放、正規の手続きしてないからか我のパワー全然戻ってないし。もう一万分の一スケール・我って感じ」

「なあっ……!?」

 

 くあ、とあくびを一つ見せながら、魔帝はのんき極まりなくそんな言葉を放つ。

 完成・成功したと思われた封印の解除、それその物が失敗している。正確には不十分で、魔帝は持っている力を発揮出来ない状態と自己申告してみせた。

 その状態でも魔王を存在感だけで威圧してみせた力を恐れるべきか、その状態のせいで思わぬアクシデントが起きている事を怖れるべきか。二つの恐怖に、魔王は顔を引き攣らせた。

 

「ま、そんなワケで。ちょっと悪い気はしたけど、そういう契約をお嬢ちゃんの魂に刻んだから、よろしくなー」

「……魂に?」

「んむ。契約系の魔法でな、履行しなかったら魂を奪うとかそういうのあるんよ。強制・契約・不可逆の三連コンボ。これ我のダチの一人の得意技だったんだけど、最悪に趣味悪いと思わね? はっはっは」

「――――」

 

 絶句。再度、口が動かなくなる。今度は魔王自身の意思が、言葉を停止させていた。

 圧倒的な理不尽だった。力による抵抗不能の契約の押し売り、そのゴリ押しによって自分は命をあっさりと握られた。

 確かに命を賭ける覚悟で来たし、事実失っても仕方ない状況だった。それを思えば、僅かでも助力をしてもらえる今はベストと言えずともベターな状況だ。

 理性はそう告げている。しかし、納得は出来なかった。

 

「あ、そうだ。我、さっき言った通り今パワー全然無いから。まともな戦闘とか一切出来ないんで、そこんとこもよろしくなー」

「……はっ……あ゛ぁぁぁッ!?」

 

 そして今再び、魔王の鳴き声が地下を揺らした。

 




Tipsその1
魔王:
約三百歳ちょい。人間平均よりちょい下ぐらいの背丈の銀髪少女。
好きなモノは一方的な魔法遠距離戦、得意なモノは同僚達へのツッコミ。

魔帝:
自己申告で億ぐらいいってる歳。人間上位ぐらいの背丈の赤髪おっさん。
得意な技は一方的な世界破壊、苦手な技は世界を破壊しない事。



好きなモノを好きな時に書くという紙の様に薄く軽い意識で書くつもりです。
作者の趣味とノリと勢いによる不定期更新となると思いますが、エターなるまでよろしくお願いします。
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