週休六日の魔帝生活   作:灰の熊猫

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咄嗟のアドリブにこそ本質が出る

「こ、んのぉっ!」

 

 世界樹の太い枝によって両腕ごと上半身を拘束され、魔王は上空へ連れ去られる様に飛翔させられる。その最中、魔王は急ぎ指先だけで魔法陣を描いた。

 焦熱の魔法。魔法の速度だけを意識して発動した、物の一部だけを焦がし尽くす魔法。それが魔王を捕まえている枝の背中に回っている部分だけを、火を発さず一瞬で消滅させる。

 ()()()()()()()()()()

 

()()()()ですねチキショーッ!」

 

 全力で悪態をつきながら、しかし魔王は速やかに次の行動へ移る。

 再生しきった枝がまた自分を拘束し直してくる、その確定している未来より早く、速く。魔王は両腕に力を入れて広げ、左右に絡む枝に肘を打ち込んで拘束から逃れた。

 魔王が宙から落ち始めると同時に、枝が虚空を締め上げる。しかしその場で締められた枝は、その場で形状を丸まった木の塊へ変えていく。

 大木槌(ハンマー)。枝の塊が魔王に向けて振り被る、その前兆を見た瞬間に魔王は次の行動を決めた。

 

「燃え尽きゃぁーっ!」

 

 自由になった両腕で、自分の身体より大きい魔法陣を描く。紅い円陣より、魔王の全力が込められた業火が放たれた。

 火山の噴火を思わせる火炎の津波が木槌を一瞬で焼き尽くし、枝の全てを焦がし、その根本である世界樹本体にまで届く。

 雄大な世界樹に焦熱の風穴が開き、そこから火が延焼して走り――()()()()()

 樹木の表面へ広がろうとしていた火も。炎で開いた黒い風穴も。その全てが瞬く間に再生し、再び魔王を拘束しようと()()()()枝が飛び出してくる。

 それを見た魔王は、今撃った魔法と同レベルの全力で舌打ちした。()()()()()()()()()()()()

 

「この、くの、こっ、なっ――こいつぅーッ!!」

 

 氷の槍で枝を貫き、凍らせる。再生される。

 風の刃で枝を裂き、吹き飛ばす。再生される。

 岩の壁を枝に当て、粉砕する。再生される。

 雷の鎖で枝を縛り、消滅させる。再生される。

 半ばヤケクソとなっている世界最強の魔法使いのやる事なす事、それら全てが一拍置けば無に帰していった。ひたすら枝の破壊と再生が繰り返され、魔王は空から墜ちてゆく。

 

(――あぁ、()()()()無理ですね)

 

 魔王は一つの諦めを覚え、自分を執拗に追ってくる枝に対し両腕を下ろし、魔法陣を消す。

 迎撃が無くなった枝は、空気の膜をブチ抜く様な速度で魔王の体に目掛けて飛び掛かった。

 

「魔王っ、舐めんなぁーっ!」

 

 その枝が体を捉えるギリギリの刹那、魔王は枝を足裏で全力で蹴り飛ばす。

 これ以上無く引き付けての、渾身のカウンターヤクザキック。枝を蹴った反動により、魔王は迫り来る驚異より爆発的に逃れる落下速度を得た。

 

「うおぁっしゃらぁぁあいっ!」

 

 魔王どころか女である事も忘れた迫真の叫びを上げつつ、魔王は真下へ墜落しながらも優れた体幹コントロールと風魔法の併せ技で、自分に強引な宙返りを打たせる。

 温い空気を肌が感じる。地上が近い。極限状態における魔王の自己防衛本能は、すぐさま自分の体に防御魔法を・両手に風魔法を即座に構築した。

 

「ふぬぐぉあっ! ――魔帝様無事ですか!」

「うむす。ええもん見せてもらっとるでー。……あ、これセクハラとかじゃなくて魔王ちゃんの見事な暴力っぷりを褒め――」

「狙われてないならいいです!」

 

 落下。同時、爪先・脛・尻・背・肩。体を捻り地面に倒れ込み衝撃を分散する、五点着地法。

 防御魔法で着地点の肉体をピンポイントで強化し、左手の風魔法で全身を捻るアシストによってそれを完璧に成功させて見せた魔王は、魔王が上空誘拐されてから一ミリも動いていない魔帝の姿を見て、ひとまずは安心した。そしてちょっとイラっとした。

 しかし息を入れる間も無く、魔王が蹴っても一切勢いを衰えなかった木の槍が降ってくる。

 

「遅いッ!」

 

 しかし魔王は倒れ込んでからすぐに風に乗って側転し、既に立ち上がっている。側転を助ける左手の横風の勢いをむしろ強めながら魔王は跳び、自身を掴もうとした枝の側面へ飛び回し蹴りを打ち込んだ。

 人間の胴よりも太い枝へ爪先をめり込ませたまま、魔王は蹴りの勢いによって自分への軌道を僅かに逸しながら、その枝先を地面へと叩き込む。それにより、枝の穂先は地割れの一角へ埋められた。

 『螺旋断空脚(ヘル・ガスト)』。魔王の全身全霊を込めた脚が、世界最大の樹を上回った瞬間である。

 

「離脱します、失礼しますね!」

「お――」

 

 受け流した枝が再度魔王を狙って地から突き上がろうとしている、それより早く魔王は右手に待機させていた風を解放した。

 自身を後方へと吹き飛ばすジェット噴射。途中で魔帝の体を引っ掴み、魔王は爆速でその場を離脱した。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「――ふぅっ! はぁっ、はぁっ……! この距離なら、流石に大丈夫、の筈……っ!」

「うわー魔王ちゃん腕すっべすべ」

「ふん!」

「フゥー我死んだー!」

 

 枝が自分に追ってくるよりも遥かに速いスピードで、魔王は世界樹から大きく距離を――巨大な世界樹が細く見える程に遠い場所まで、異常なと言える程の間合いを取った。

 枝はやってこない。代わりに引っ掴んでる魔帝が自分の腕を撫でてくる。反射的に魔王は、真円に腕を回して振り払うと同時に魔帝の顔面をブチ抜く。

 『陰陽反転拳(デス・ワインド)』。魔王の全ストレスを込めた裏拳が、次元最大の帝を上回った瞬間である。

 まぁ、それよりも短い刹那で最初から無かった事の如く再生されたが。

 

「……はぁ~。や、やばかったぁ……ちょっとこれは、想像外、でしたね……」

「”人間が侵入してきた時に自動攻撃”、だっけ? 魔王ちゃん実は人間だった説出ちゃったかー」

「魔王の家系は何千年も続いてますけど、徹底的な純血主義なんでそれは有り得ません。……しかし、これは……」

 

 深呼吸を終えた魔王と、この期に及んでぼけーっとしている魔帝が、世界樹()()()()()を遠くから眺める。

 それは世界樹というにはあまりにも禍々しすぎた。樹木全体はドス黒く、樹皮は血管の如く脈打っている。それはまさに、世界樹では無かった。っていうかこの世のモノと思えない程に見た目が凶悪だった。

 文化的観点が純粋悪たる魔帝としては、すごい綺麗に育ったねーって感じだったが。

 

「魔帝様の力を甘く見ちゃいましたね……ほんの肉片とはいえ心臓は心臓、魔帝様の影響をここまで受けてしまうとは……うあー、公爵や民達にどう伝えましょう……」

「はっはっは、やっぱ魔王ちゃんウケるわー。なに、人間を迎撃しようと作ったけどミスって無差別攻撃するようになっちゃったん? 元気出しなよ」

「いや、無差別ではないです。魔帝様は全然狙われてなかったじゃないですか」

「……あ、ホンマや」

 

 肩を落としてずーんと落ち込む魔王に対し、魔帝はあくまで他人事な笑みを貫きながら魔王の背を叩く。しかし世界樹の様なナニカは、魔帝(じぶん)に対しぴくりとも反応しなかったのを完全なる傍観者として見届けていた。

 アレは的確に、魔王のみを拘束・攻撃してきた。”範囲外”なのか既に世界樹モドキの動きは完全に沈黙しているが、それはつまり”範囲”は魔王が設定された通りに機能している――即ち、暴走してはいない事を立証していた。

 

「……詳しい事情が明かせない以上、範囲対象の検証に兵士達は使えませんね。帰ったら公爵にもアレに近付いてもらって、攻撃されるか確認しましょう」

「”次回、公爵くん死す!”ってサブタイトル、今の内に付けとこっか?」

「大丈夫です。公爵は私と同様、恥を晒してでも生き延びるタイプなので」

「うーん、この感情を排した所。魔帝ポイントの加点対象ですねぇ、解説の魔王ちゃん」

「そうですねぇ、ガヤ実況だけの魔帝様。そのポイント、ゴミ箱にでもあげてください」

 

 魔王は心底自分の失敗に落ち込んだものの、程々に切り上げて思考を切り替える。どういう訳だか産みの親たる魔王本人にまで害を及ぼそうとしたという事実。

 その検証の為、無関係にも関わらず近い未来で竜公爵は実験台となる事が確定する。その不幸と不憫に、魔帝は心の中で手を合わせた。そして合わせて叩きまくった。内心で拍手喝采していた。

 ブラボー、魔族に情など不要。必要ならばなんだってする、そのスタンスこそが魔族らしさなのだ。魔王ちゃんもちゃんとわかってんじゃーん。魔王本人が聞けば心底嫌がるだろう、そんな感想を魔帝は浮かべていた。

 

世界樹(ユグドラシル)なんてカワイイ名前似合わんな……せや、魔界樹(マグドラシル)と名付けよう。お、我ながらいいネーミングやんけ、惚れ直すがよいぞ魔王ちゃん」

「…………とりあえず、仮称はそれにしましょっか。しかし、やはりと言うべきか……私ながらトンデモない性能に育ててしまったモノです」

「あ、そういや魔王ちゃん怒涛のラッシュが即座に再生されてたよね。魔王ちゃんあれガチ全力で自分守護ってたやん。世界樹ってスゲーんだねー」

「世界樹があんな再生能力あるんなら、戦争で焼き払われたりしませんよ。アレは私の想定した、しかし想像以上になってしまった世界樹――いえ、魔界樹特有の生態です」

 

 新生した世界樹へかなり適当に名前を付けた魔帝が思い出すのは、魔王の攻撃を真っ向から受け止め何度と無く消滅しながら、それを無視して再生・追撃してきた光景。

 魔帝は自分の尺度を抜きにし、人間の最大戦力である勇者達からバカスカ受けた攻撃と、今の魔王が見せた魔法ガトリングを比較する。勇者の全力攻撃(ラストアタック)を除けば、魔王の攻撃は勇者一行五人分に匹敵する威力・速度・精密さだった。

 それすら無為とした、異常な再生力。しかしそんなモノは、元来の世界樹の性質には無い。

 

「かつて魔帝様は”権能を散らした上で本体(じぶん)を封印してもらった”と言ってました。なので、魔帝様の心臓を――体の一部を使って成長させれば、その魔帝様の権能がコピー出来ると思ったんです」

「……あ、あー! あれ、我の”不滅”なん?」

「ちっちゃい肉片しか使わなかったので、適度なレベルまで下げてコピー出来ると踏んだんですが……再生力が想像以上というか、異常でしたね……」

 

 今回魔王が作ろうしたのは、()()()()()()()()だった。

 巨大な世界樹のガワを被った、不老・不死・不滅という害悪三点セットを現世レベルに落とし込んだ代物。そこに迎撃プログラムを仕込む事で、無人の自動城塞とする。

 その目論見は半分成功した。こと魔法分野に関しては世界最強クラスたる魔王の与える攻撃も、即座に再生する。近くに居る相手に対し、巨体の枝を用いた迎撃も行う。

 ただ一点の失敗――魔族にも攻撃してしまうという、想定外の仕様。その一つさえ無ければ、魔王の目論見は十割成功していたのだが。たった一つの失敗が、あまりにも大きすぎた。

 

「人間の侵攻は、魔界樹が突っ立ってるだけで防ぎます。完全な”不滅”では無いので、根本から焼き切られれば終わりでしょうが……その根本(コア)は、地中深くに埋めたあのガラス珠です」

「ははーん。枝とか葉っぱで上空から攻撃してくるけど、実は地下に本体ありましたーってか」

「魔帝様がさっき言った『樹を斬り落とさないと次元が壊れない』、そのダウンスケール版になりますね。根っこを断たない限り、あの樹は文字通り不滅です」

「魔王ちゃんにすら攻撃しちゃうのに?」

「……しちゃうのに、です……」

 

 再び魔王は瘴気の如きネガティブな黒いオーラに包まれ、頭を下げて落ち込む。

 不滅の要塞、子供が考えた様な理想の防衛装置。しかしそれは肝心の創造主にすら牙を剥いてしまった。植物であるが故に言葉は届かず、説得の余地も無く、理由を聞き出す事も出来ない。

 魔帝の良い所だけを抽出しようとしたが、味方にまで被害が及ぶ悪い所も遺伝した。血は争えないとは言うが、血のみであっても魔帝は争ってきた。そんな事ある? という気持ちで魔王はいっぱいいっぱいだった。

 

「……一応コアの所在がハッキリしている以上、地中を掘り進んでコアを砕けばあの魔界樹はこちらから緊急停止させられます。完全に手に負えないと判断したら壊しますよ」

「『弱点なんて持ってるからザコはザコなんだよ、弱点なんか全部克服しろ』。それが我のモットーやったけど、弱点があるおかげで暴走を止められる。成程、弱者らしい良い発想よの」

「貶すのか褒めるのかどっちかにしてくれません? 出来れば貶す物言いだけを無くしてくれません? 私今結構落ち込んでるんですよ?」

「メンゴメンゴ、強くてゴメンねぇ」

「あ゛ぁぁ弱くてゴメンなさいねぇ!」

 

 魔帝の言葉がトドメとなり、ついに魔王は両手両膝を地面に付けて落ち込んだ。

 王の威厳など必要無い。そんな物、魔族を守る為ならドブに捨ててしまえ。遥か前からそんな覚悟をしてはいたのだが、こうも自分の失敗と弱さをド直球に言われるのは普通に辛かった。

 しかし魔帝はそんな魔王の無様な姿も、『リアクション豊かで楽しいなー』と思うだけで、いつも通り純粋に、悪意なく、混じり気無しに笑い飛ばしていた。言葉の反面、貶す気持ちが全く無いので余計タチが悪かった。

 

「あ、完全な不滅じゃないんやろ? 魔王ちゃんの攻撃も再生はされたけど、我みたいに”無かった事”に出来ないし。勇者ちゃんがめっちゃデカい剣作るヤツ撃ったら突破出来るんじゃない?」

「”巨神剣”ですか。ええ、アレを受ければ流石の魔界樹でもへし折られて、再生に時間がかかってしまうでしょうが……その心配は無用です」

「お、断言するやん。その心は?」

「勇者のあの技は()()()()()()()()()なんですよ」

 

 ”巨神剣”。魔帝に対し勇者が最後に放った、魔族の大群すら一撃で吹き飛ばす光の奔流。魔帝以外の全てを必滅する――魔王が全力で防御しても受け切れない、そんな理不尽な大技。

 しかしその驚異に比例した欠点も、既に魔王は把握済みだった。

 

「あの技の最大のデメリットとして、アレを撃つと神剣は二刀とも丸三日は力を失います。つまりアレは連射出来ず、撃った後の勇者は”無敵”から”人間最高峰”に成り下がります」

「メインウェポン無しでも最高峰なん? コワ~……」

「おかげさまで暗殺が失敗しまくりました。マジでシンプルに強いんですアイツ」

 

 放った後の神剣の無力化(ラグタイム)。三日に一回、単純計算にして魔帝の二倍は出動して魔族の大群を雑に葬れる驚きのコストパフォーマンスではあるが、一応はそれが技の欠点だった。

 勇者側からすれば、想定外の驚異に直面した時に最強の技が撃てないという事態は避けたい。味方を巻き込む状況でさえ無ければ、どんな状況でもひっくり返せる魔王泣かせの切り札。

 それ故に、勇者は()()()()を想定している。

 

「勇者はアレを温存して城を目指してきます。しかし魔界樹と対面し、攻撃を受けてもすぐに再生する姿を見れば、技を撃つべきかどうか悩むでしょう。なんせこっちには、その大技を喰らって尚ピンピンしてる理不尽な化物が後ろに控えてますからね」

「えー、そんな超偉大でカワイイカワイイ魔王ちゃんからの尊敬と信頼を一身に受けられるスゴい奴がいるのー!? だれのことー、ねーねー魔王ちゃーん!」

「はいはい魔帝様の事ですよー。あーはいはい信頼してますよーだ」

「ざっつぅー。……でも。そんな魔王ちゃんが、我は好きだよ……?」

「はいはい」

「ざっつぅー」

 

 勇者の一撃は、魔王を倒す為にある。しかしその一撃を撃つべき対象が二つあれば、勇者は必ず躊躇してしまう。それを撃って尚、無傷だった魔帝(ラスボス)を事前に見せつけられたが故に。

 更に勇者は自分の大技を撃った後、警戒を最大に高める。神剣がただの剣に成り下がれば、自分が負ける――殺される可能性が少しでも大きくなるからだ。

 故に”巨神剣”を撃てば、勇者は慎重に――悪く言えば引け腰となる。勝てる相手が遠くに見えても無理に突っ込まない、魔族を攻めるよりも人間軍を守る事を優先し、前線に出過ぎない。

 人間側が勝っている状況で、その選択は戦略的に正しく堅実だ。しかし、その堅実による遅延こそが例によって魔王の望む所だ。

 

「という事で、勇者は神剣を()()()()()。魔帝様の囮プラス私の空爆が印象に残ってる以上、魔界樹に無理せず突っ込む事はそう無いでしょう」

「突っ込まれたら?」

「城に残ってる竜公爵と私が出陣し、日に余裕があれば魔帝様を投げつけ、全力で樹海突破の邪魔をします。私達の最大のホームな以上、嫌がらせならいくらでも出来ますよ」

「『絶対に勝てる』とかちゃんと言ってもいいと思うんやけど、王的に」

魔王(わたし)的に言えるのは『絶対に負けたくない』だけです」

 

 そう言い終えて魔王は、魔族にまで攻撃してきた魔界樹の取り扱い、及びいきなり生えてきた凶悪な世界樹モドキを民達にどう説明するかをぶつぶつと呟き考え込み始めた。

 魔王は『勝つ』と断言する事は全くしない。後ろ向きに、悲観的に、絶望的なまでに。不利を自分自身へ言い聞かせる様に、『負け』ばかりを声に出している。

 全部ぶっ壊して勝ってスッキリしたい魔帝としては、そんな子孫の姿を見るのは結構もやもやしてしまう。しかしどうやっても、現代魔族と自分の視線の高さが合わないので何も言えない。少し考えた後、圧倒的強者たる魔帝はやっぱり思考を完全に放棄した。

 

「――よし。ともかく、公爵への報告と民達へのお触れが最優先ですね。魔界樹の範囲外ギリギリを迂回し、全速力で飛んで戻ります。行きますよ魔帝様」

「うおー魔王ちゃんに抱きつくチャンスだ! 我をおんぶしろー!」

「風が呼んでますよ、魔帝様」

 

 魔帝が魔王に飛びかかる。魔王が一瞬で風のボールで魔帝を閉じ込める。そのまま魔王は右手で魔帝を風ごと掴む様にしてから、地上から飛び上がった。

 このやり取り、実に三秒。樹海を囲む切り立った断崖の上空より、魔王達は城へ向けて円状のコースを取って空の旅を始めた。

 

「すんすん、魔王ちゃんが冷たい……世界の温度をマイナス方向に反転加速させて、一瞬で氷河期を呼ぶ我の魔法ぐらい冷てぇよぉ……」

「冷酷にも程がありませんか私の態度。どんな偏見と見積もりを挟んでもそこまでにはならないでしょう。アイス食べたければ、その風の結界の中にミニ吹雪出しますよ」

「別に我は温度ダメージは受けんけど……そんな事をしてみな、我がうっかり今の悲嘆をこの世界へ反映させかねないぜ……? 今言った魔法で」

「すみませんでした勘弁してくださいやめてください皆死んでしまいます」

 

 魔王は器用にも、全速力で飛行しながら空中で土下座する。露骨なジョークを口にしながら、魔帝がぞっとする様な冷たいプレッシャーを放ったからだ。

 青ざめる魔王の姿を見て、魔帝は雰囲気をすぐに平時の物に戻す。その後、はっはっはといつも通りのからっとした笑いを向けた。

 全くシャレにならない。言葉の通じない魔界樹に、言葉が通じても根本的には制止出来ない魔帝。結局、ほんの気変わり一つで世界の破滅に繋がる魔帝の方が圧倒的に恐ろしかった。

 九割九分九厘、魔帝の言葉はジョークでしかない。しかしその言葉の裏には、無視出来ない一厘の狂気がある。割とぞんざいな対応を取るようになった魔王も、その一厘には忘れず最大限の恐怖と警戒を抱いていた。

 

「ジョークジョーク、魔帝ジョークよ。全く魔王ちゃん、我が本気でそんな事すると思うん?」

「魔帝様、本気でやらないと思ってます? 誓って言えます?」

「全然思ってないけど。試しに三分であの樹を平らにしてみせよっか? 樹海ごと」

「あ゛あ゛あ゛あ゛!」

「はっはっは」

 

 その気になっちゃったらいつでもお前らを滅亡出来ちゃうぞ。逃れ得ぬ絶対の宣言に対し、ついに蓄積されたストレスゲージが限界を超えた魔王が発狂の大声を上げた。

 魔帝はあくまでけらけら笑い転がる。今現在魔王の風に自由を囚われ、魔王のどんな命令にも従う立場ながら、魔帝はどこまでも破滅的な自由を謳歌していた。

 前門の勇者と人間軍、後門の魔族と魔帝。懸念事項のサンドイッチに押し潰されそうな魔王は、間違いなくこの現代最大の心労を背負う立場にあったが。

 

「……もうやだぁ……お父様なんで逝っちゃったんですかぁ……私が使える手札が少なすぎるんですよぉぉ……」

「あー魔王ちゃんがマジ泣きし始めちゃった。でも実の父親をカード代わりに思うのはちょっと良くないと思うよー」

「現実というテーブルが厳しすぎるんですよぉぉぉ……」

 

 両手で顔を覆い本当に半泣きになりながらも、魔王は風の制御を一切乱さず規定の飛行コースを全速で飛び続ける。魔王は残念なことに、泣きたくなるぐらいのストレスを完全に切り離して行動や仕事を正しくこなせてしまう精神力の持ち主だった。

 夢や幻として現実逃避出来れば、魔王はきっと幸せな最期を迎えられただろう。しかし現実と向き合った結果、こうして泣きながら心労と奔走する羽目となっている。その事実を、魔王自身がよく理解していた。

 もうやだ。ほんとにやだ。心の底から魔王は、自分の立場を誰かに譲って隠居したい気持ちでいっぱいだった。

 

「お、もう城が見えてきとるで。ほらほら、魔王ちゃんが城離れてるのを人目に見られるんは良くないんやろ。早めに高度下げるべきなんじゃないん?」

「……もう速度と高度はゆっくり下げ始めてますよぉ……崖近くをゆっくり下って樹海に降りて、そこからさらに人目のつかないルートで城下町に戻るんで、面倒ですがお付き合いくださいぃ……」

「うーん泣きながらでも全く揺るがぬ行動プラン。魔帝ポイントもっと進呈したいね」

「そのポイント、胃薬と交換して下さい……」

「それは無理やなー、誰かを治す願いは我の力を超えとるわー」

「薬一つすら買えないポイントなんていりません……」

 

 絶望に顔を歪める魔王。その絶望の半分を占める魔帝。

 さめざめと泣き続ける者、何一つ寄り添えない者。いつも通り対照的な二人は、城より離れた崖から樹海の端へ降りていき、木々の隙間に姿を消す。

 千年樹海に残されたのは、頭痛の種からすくすく育ち聳え立った禍々しい大木だけだった。

 




Tipsその10
魔界樹(マグドラシル)
さらにめっちゃ太くてデカくてヤバくなっちゃった樹。
無限の再生能力・広範囲自動攻撃・攻撃対象不明を備えてしまった悲しき現代のモンスター。後に魔帝はこの樹を『魔王ちゃんと我の子』と言い出し、魔王の胃痛がランクアップした。

”巨神剣”:
勇者最終奥義。魔族(あいて)は死ぬ。
正式な技名は”ファイナルダイナミック勇者ソード”(勇者命名)。勇者以外誰もそう呼ばない。



やらかした問題はとにかく早期決着したい。
同じ過ちを繰り返さなければそれでいいのだ。
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