週休六日の魔帝生活   作:灰の熊猫

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失敗が成功の基とは限らない

【王族より緊急示達・及びそれに伴う謝罪について】

 

 この度、千年樹海を中心に起こった大規模地震・及び世界樹の唐突な出現に関しまして、現王族を代表して報告します。

 私は先日、民の皆様へ告知もせず、独断で世界樹の種子を用いて世界樹を発芽・強制的に成長させました。その不始末で皆様の暮らしに支障と無用な混乱を招いた事を認め、ここに謝罪します。

 

 竜人師団長と伴に人間軍・及び勇者の進軍が樹海に至った事を確認した私は、当代魔王が事実上不在の今、早急な侵攻対策が必要と判断しました。

 愚考の結果、以前より考えていた『世界樹の防衛装置化計画』を、王族の資産を用いて敢行し、結果この度の地震と繋がりました。大変な迷惑をおかけし、改めて深くお詫び申し上げます。

 また、変異した世界樹――便宜上、これより『魔界樹』と称します――の防衛機構である自動迎撃システムは機能しておりますが、規定範囲内の人間のみを攻撃する設計の筈が、魔族にも攻撃する不具合が生じております。

 現在原因を調査中であり、樹海内に設置した結界ラインを大きく越えた場合は魔界樹の攻撃対象となる事象を私・及び竜人師団長が確認しております。

 

 日頃から軍を挙げて「人間軍の侵攻阻止」に取り組む中、喫緊の情勢とはいえ軽率な行動をしてしまいました。王族という立場にありながら、城下町の皆様へご迷惑をおかけした事には、責任を鑑みると痛恨の思いでございます。

 こと人間達への迎撃能力に関して言えば、私の魔法攻撃を以てしても突破が困難である事から、対勇者にも十分に能力を発揮するものと判断しております。

 以降の城下町よりの移転・出征に関しては、再び配布する『地下大洞穴道への案内・及び竜人師団による飛空移動』を参照していただきたく思います。

 

 今後はこのような事が起こらないよう、王族・軍間における報告・相談を徹底し、再発防止に努めたいと存じます。誠に申し訳ございませんでした。

 

――魔王軍大将代行・王女より

 

  ◆  ◆  ◆

 

「――うーん。マオちゃん、文章までマジでおカタイねぇ。もっとカジュアルに行こうぜー?」

「……うっさいです……私は王として、民達に誠意を見せ続けねばならんのです……」

「大丈夫かなぁこの王。もうちょっと気持ち良く、ストレス発散として反乱の芽と無差別にぶっ潰して見せしめに市中引き回しとかしてもええんちゃうん? マオちゃーん、ちょっとひと処刑殺ろうぜー!」

「私は暴君を目指すつもりはないんです……そんな器でもないですし……」

 

 魔界樹の出現とそれによる大地震。それから二日が経過した今、魔界ハイムの一室では憔悴しきって机にへばりつくマオと、そのマオの頬を指でつつくマティウスの姿があった。

 事件当日、城下町へと戻る最中『じゃ、我眠くなってきたし寝るわー』と、風の結界の中で昼寝を始めた魔帝を絶句しながら家に送り届けた魔王は、直後に城へ直行。

 

『なんなのだあの樹は、どうしたというのか』

『魔王様か王女様が何かしたのか。というか王女様でしょ絶対』

『詳しく説明して下さい王女様、絶対王女様なら把握してるでしょ』

『非常時に王女様が真っ先に出て来ないって時点でもう確定では』

 

 隠密魔法を纏った魔王は、既に困惑と混乱にざわめく住民の反応と、説明を求めて城に殺到する魔族達を見やりながら無視して猛ダッシュで城に潜入。執務室の窓辺にて、遥かなる宇宙を眺める様に思考を停止させていた竜公爵をチョップで再起動させる。

 竜公爵に『あれは私と魔帝様の仕業です、詳しくは後でお触書に起こしながら説明します』と端的に説明した後、魔王は正礼装に慌てて着替え、城の正門上へと移動。

 

『お待たせしました王女です! すみません私の仕業です! 明日に公的に今回の事についてお触れを出すので、それまで待ってください! 人間達がなんかやったとかそんな事無いんで安心して下さい! あと私のせいって最初から断定してたヤツ、一部顔を覚えましたからねッ!』

 

 城へ殺到する魔族と、声を魔法で拡声する事で城下町全体に対し、そう魔王は弁明を届けた。

 『やっぱかー』『まぁ王女様だしな』『次マオちゃんに会う時こえぇんだけど』と、結構素直に引き下がっていく城前の兵士・住民達の姿を、魔王は滝の様な冷や汗を見えない背中にのみ流して見届けた。あと一部怖がっていた顔を追加で覚えた。

 その後、執務室に戻った魔王は優れた分割思考(マルチタスク)を駆使して公文書を書きつつ、竜公爵へ今回の事態の詳細を説明。『という事で、魔界樹に近付いて攻撃される範囲を確認して下さい』と命令された竜公爵は、敬愛する魔王に対して心底嫌そうな表情を向けてしまった。

 そしてお触書と別途必要文書の執筆と発行を終えた所で、命からがら竜公爵が帰還。そこへ魔王は『よし、じゃあ安全ライン作るんで戻りますよ』と、竜公爵を使い樹海へとんぼ返り。濃霧で視界不良の樹海の中、ギリギリまで攻撃範囲を正確に把握しつつ魔王は結界を敷いた。

 その最中に魔界樹からの迎撃を命じられた竜公爵は、三回ぐらい死にそうになった。

 

「……はぁー……まぁ、思ったより町の混乱が大きくならなくて良かったです、いやホント……」

「一晩でガチ謝罪なお触書と危険表示結界(ライン)を早急に出す有能スピーディー対応されちゃ、そりゃ誰も文句言えんやろ。ナイスリカバリング、これにはマティウスおじさんもニッコリよ」

「……その間、共犯のマティウスさんはずっとこの部屋でぐっすり寝てましたけどね……」

「我は巻き込まれただけです。我は悪くありません。全てマオちゃんが考えた事です」

「…………何一つとして、自己弁護の余地がありません」

 

 はぁ。食卓にめり込む様に額を押し付けるマオから、生きる活力と色が抜け落ちていく。

 ここ二日の検証の結論として、魔界樹の自動攻撃機構はどんな魔族に対しても反応する事が判明した。これで人間でなく魔族にしか攻撃しない仕様でしたー、などという事になれば最早王朝崩落待ったナシだが、こればかりは実際に勇者・人間軍の到着を待つしか無い。

 そして妙な仕様として、()()()()()()()()()()()()()()事が分かった。

 

「……魔界樹、魔族に対してだけ明確に攻撃するんですよね……樹海内の魔獣達を派遣(テイム)しましたけど、素通り出来ましたし……」

「『誰がこんな風に生んでくれと頼んだ、復讐する』とかそういう知能を持っちゃったんじゃね?」

「竜公爵に迎撃させながら意思疎通(エンパシー)を試みましたが、アレに思考は無い事が判明しました。迎撃範囲もおよそ私の設定から外れていない辺り、”魔族への攻撃”以外の想定外は一切ありません」

「はっはっは、想定外がデカすぎんやろー」

「ホンットにそうですねもぉっ! 私は何をやらかしてんですかねぇっ!」

 

 机が壊れない程度に自制した力で、マオが両手のアームハンマーで机を叩く。お触書では”痛恨の思い”と書いていたが、実際に抱く思いは文章では抑えきれない程の痛恨っぷりだった。

 魔族に匹敵する魔力を持った魔獣や、意志を持つ植物。それらに対し、魔界樹は攻撃しない。そもそも反応するようならば、樹海の入口周辺は発芽の時点で大惨事となっていた。

 しかし、魔族に対しては魔力の大小を問わずに反応する。試しにこっそり、投獄中の現魔王軍に反抗する過激派(うらぎりもの)を魔界樹に放り込むと、力量を問わず即座に反応したのだ。

 魔王や竜公爵の様なわかりやすい高位魔族以外にも反応する。しかし魔族に匹敵する力を持つ魔獣達と、今回の事件の元凶にして根源である魔帝には反応しない。この理由だけは、現状どうしても解明出来ずにいた。

 

「――あれ。あの樹、我と動植物のことを同レベルに扱ってる? ようし、そんな無礼(なめ)た態度取るんだったら、パパちょっと本気出しちゃうぞー!」

「やめろぉーーっ! やめてくださいぃい! もうこれ以上問題を増やさないでぇえ!」

「……おう……ゴメンなマオちゃん……」

 

 あからさまなマティウスの軽口に対し、マオは閃光の如き速度で体を起こし、鬼気迫りながら悲壮感溢れるという二律背反を表情と悲鳴で表した。そんな事はしないと前に一応言っただろうに、それでも今のマオは本気に受け取ってしまっていた。

 明らかにいつもの冷静さが欠けている。魔帝というイレギュラーをほぼ身内として抱え、世界滅亡のスイッチの上を反復横跳びするかの如き軽口すら叩く、それ程の精神力を持った筈のマオの心が崩壊しかけている。

 ここまで限界化しているマオの姿に、マティウスは強い既視感を感じた。あ、これ我の封印を解いた直後の、初対面でどうしようもなく頭抱えてた時と同じヤツや。

 

「まぁ、なんだ、その……あ、せや! 魔界樹みたいなヤツ、各地に投下しようや! 世界樹じゃなくても、別の植物を我の血肉で育てて人間達の領地にバラ撒けば、そいつら殲滅した後にコア破壊して一件落着やろ!」

 

 頭上に電球を輝かせる様なひらめき。マティウスは我ながら大絶賛モノのアイデアを思い付いたとばかりに、マオへ新たな軍備を提案した。

 魔界樹の量産、魔帝の劣化コピーのさらにコピー。現状何故か魔族へも攻撃する固定要塞となっているが、これを人間達の拠点や基地にバラ撒けば、大体の軍は壊滅・撤退するだろう。

 核という弱点はあるが、転じてそれはいつでも魔王の意志で破壊可能という長所でもある。タネが割れるまでは――植物だけに――、多くの拠点・戦線を押し返せるだろう。

 

「……それは、不可能でした……」

「へ? ()()()?」

 

 しかし、マオは悲痛に満ちた顔でそれを却下した。それも過去形で。

 

「魔界樹を発芽させる時に使った肉片ですが、私の掌にこびりついた分も私はこっそり別の容器に保存していました。あの時はまだ、触媒として使えそうだと思ってたので」

「えっ、いつ、どのタイミングで? 全然気付かんかった」

「魔界樹の核を地に投げ、歩き始めたから辺りですね。どうせだし勿体無いので、詰めて持って帰ろっかなって」

「そんな残り物をタッパーに詰め込む感覚で扱われてたの、我の血肉」

 

 魔戒樹に用いた魔帝の心臓の破片、そこに残された僅かな残滓。欠片の欠片とでも言うべき掌に付着した血肉を、あの日の魔王は保存した上で帰還していた。

 魔王の勿体無い精神が表出しただけの事だが、それは英断だったと言えるだろう。魔界樹の発芽・及び半暴走に至る程に、魔帝の心臓は規格外の力を持っていた。故に、それをさらに薄めて小さくした血肉ならば、今度は制御出来るのではないか。

 ――過信だった。

 

「マティウスさんの言う通り、私は魔界樹のさらなるダウンサイジングを図りました。まぁ人間達の領土に投げ入れるとか戦略的な事は考えず、純粋に失敗の原因を探る為です」

「それで、『不可能』って?」

「……魔帝様の魔力に耐え得るモノがありませんでした」

 

 僅かな血雫に宿る魔力。魔王の知る中・持ち得る物で、それを受け止める器が無かったのだ。

 どうやら魔力の大きさより、性質の問題らしい。限りなく水で薄めた血を使い、同様の手順で別の魔法植物を発芽させてみた所、一瞬でドス黒く染まった後に朽ち果て、塵と化した。

 世界樹が耐久・容量(キャパシティ)に優れた特別な品種であったが為に、変異は()()()()で済んでいた。

 世界樹は世界で唯一、魔帝の魔力を受けて()()()()()代物。それが、魔王の研究結果だった。

 

「我々の持つ唯一の世界樹がアレになっちゃった以上、”魔帝様の力を栽培してこき使おう計画”はここで頓挫です。植物ではなく、魔獣や他の魔族にマティウスさんの血を与える事も……ホントに、ホンッッットに一瞬だけ思いましたが……想定されるリスクがデカすぎるのでやめます」

「だが忘れるな……我がぐっすり眠りこけていようと、第二第三の我が必ず現れる事だろう……」

「マティウスさんが二人になったら、もう私は全力で公爵に全てを投げますよ」

「やだー我はマオちゃんと一緒がいいー」

「私がッ! イヤなんですッ!!」

 

 懐くマティウス、拒むマオ。邪念一閃、全身全霊の拒絶だった。

 植物であれば思考の代わりに外付けの指向性(プログラム)を与える事で、魔帝の力を魔王の思い通りに出来る。しかし動物・魔族が魔帝の力を得ると仮定したなら、どうなるだろう。

 仮に不完全(うまく)権能を継承出来たとして、生まれるのは劣化とはいえ不老不死不滅の化物だ。そんな存在が己の力に溺れないなどと誰が断言出来るだろうか。

 最悪、血を継いだ対象に魔帝の性格まで複製されたり、魂が乗っ取られる可能性がある。そうなったらもう、魔王は死ぬ。胃痛と頭痛と責任感で自害を選んでしまうだろう。

 

「あぁぁ……世界樹の要塞化、思いついた時は『私ながらナイスアイデア』って思ったのにぃ……どうしてこんな事に……私達の世界は……」

「あーアカン、心が折れかけとる。ここは一発、我がそのハートに激励を――」

「ふんす!」

 

 なんとなくマオは自分の座る椅子を左足で弾き、右足で横にいる魔帝を蹴り穿つ。

 なんとなく、本当になんとなくの事でマティウスの顔にマオの横蹴りが埋め込まれる。極めて直観的に放ったその脚の先には、両手を鉤状に構えてわきわきとしているマティウスの姿があった。

 マオはこの時、世界で初めてマティウスの悪意無きセクハラを阻止する事に成功したのだった。

 

「ふー、やれやれ。ちょっとしたじゃれあいだってのに、マオちゃんは手厳しいぜー。あ、足厳しいか。そんな言葉現代にある?」

「ねーですよそんなモン。さっさと離れて下さい、私の体幹が片足立ちに耐えてる間に」

「ほいほい。くそー、マオちゃんの好感度稼げねぇー」

「人の好意を『稼ぐ』なんて言ってる内は常時ゼロですよ」

 

 顔面に突き刺さったマオの脚を完全に無視する様に、マティウスはすごすごと引き下がる。風穴が開いている筈の顔には、ただ残念そうな表情が浮かんでいた。

 マオは最早すっかり最近お馴染みの友と化した溜息を肺から解き放つ。魔帝の復活、勇者の一時的な撤退、魔界樹による防衛線の構築。ここの所心労ラッシュが止まらないが、全体で見れば圧倒的に魔族にはプラスな事が続いている。

 とはいえ、絶望的だったマイナスがようやくゼロに近付こうとしているだけで、未だに戦争の情勢は全く変化していない。これからも魔王は、どうしようもなかった状況をどうしようも無く頑張ってどうにかし続けなければならない。

 どうすりゃええねんこんなん。何度と無く浮かんだ考えの中、魔王は既に新しい対策を考え始めていた。未だ次にどうすればいいのかわからず、こうして魔帝の休日に家へ戻った今も常に頭をぶん回していた。

 

「まぁまぁ、ともかくコレで人間達は止められるんやろ? これからはしばらくはゆっくり出来るって。大丈夫? サ店行く?」

「行きませんよ行けるワケないでしょ。まだまだ考えるべき事も、後処理もあるんですから。とんでもない大失敗をかました以上、少しでも何か得られる物を見出さなきゃいけません」

 

 ド直球かつ軽率にデートに誘おうとするマティウスをにべも無くマオは追っ払う。

 実際、マオは最優先でやるべき事を終えて一時休日を挟んでいるだけで、魔界樹の性質や実態について完全な検証と把握を終えた訳では無い。懸念事項が天地に聳え立って見える状態で呑気に散歩が出来る程、マオの精神と心臓は頑丈ではなかった。

 というか、先日の町案内の時の様に余計なトラブルをランダム発生されては休みどころではなくなる。今日はただ、竜公爵に民達のクレーム対応――不平不満というよりは、詳しい説明を求める方が多い――を肩代わりしてもらい、その間にマオが善後策を考えるだけに済ませたい。

 部下へ負担を押し付けて得た休日でありながらも、施策を練らなければならない。そこに疑念を抱けない所に、マオの置かれた境遇がいかに切羽詰まったものかが垣間見えた。

 

「ふえー、つまんねーのー。マオちゃんが遊んでくれないなら、我どーすりゃええんよー」

「お金あげますから好きな所行ってください」

「我が好きな場所は、マオちゃんのいる所だよ……」

「私の事は忘れて新しい出会いを求めて下さい」

 

 どさり。マオはマティウスへ、一週間は余裕で遊び尽くせる程度に膨らんだ金貨袋を渡す。どんな大金よりも貴女の方が良い、そんな愛情(ゆえつ)を込めた微笑みをマティウスは向けたが、マオはまるで対極の様に冷え切った鉄仮面をお返しした。

 それきり、マオは自分のとっ散らかった思考をまとめる独り言をぶつぶつと呟きながら、自分の思索の深淵へと沈む。完全に見放された、そう感じたマティウスは素直に机の上の金貨袋を受け取る事にした。

 マオを弄り倒すのは楽しく、最も期待値の高い遊びだ。だが、精神すりきりいっぱい限界ギリギリの今ちょっかいをかけるのは、ガチで嫌われそうでよろしくないと感じた。

 マティウスにとってマオは、古代を含めてもトップクラスのお気に入りだ。これからも楽しい遊び相手としての関係を保つに辺り、嫌悪と憎悪を分かつ一線は超えてはならない。そう思っての事だった。

 言い換えれば、別の日には今日の分も含めて一杯遊んでもらおうと思っていた。それこそマオの精神が保つギリギリまで。

 

「しゃーねーなー。マオちゃーん、我大図書館にでも行ってくっわー。夕方には戻ってくるから、ご飯用意しててなー」

「出掛ける時は魔族を気をつけて下さいね」

「……ん? ()()()?」

「ばったり市民と喧嘩を起こして、うっかり町を滅ぼさないで欲しい、って事です」

「あれ、これ我の心配じゃなくて他人の心配じゃね?」

「当たり前でしょう、私は民の暮らしを護るべき魔王なんですから」

「護るべき対象からナチュラルに外された……かなしい……」

 

 送り出す相手ではなく、送り出された先の誰かを思いやる。

 塩対応にも程があるマオの見送りを受け、マティウスは好感度を上げなければならないのではないかという焦りを、ほんのちょこっと僅かながら少しだけ覚えた。

 そして家を出て十歩ぐらいで忘れた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「んー、お日様さんさん。こんなにも広い青空の下、何も破壊しないで歩くなんて……なんて、難しいんや……」

 

 城下町の大通りを、マティウスはだらだらと歩いていく。人間軍の脅威が届かぬ穏やかな町中で、マティウスの足取りは誰よりもすっとろかった。

 一歩一歩は亀の様に遅く、時折足を止めては左右にうろつき周りを見渡す。町に最近やってきたお上りさんと考えても、あまりにも目的が感じられない遅々とした歩み。ぶっちゃけ、不審者にしか見えなかった。

 魔帝にとって”目的地に向かってただ歩く”という行為は、遥か昔に忘れかけていた概念に近かった。日単位で寝て少しだけ起きる時間感覚、敵や目的地に対して真っ先に瞬間移動を考える常識、移動するならついでとばかりに広範囲を破壊しながら突撃をかます悪癖。

 破壊的な事ばかりやってきたせいで、マティウスの生活習慣は破滅的なまでに常人からズレていた。

 

「やべー、蹂躙突撃(トランプル)瞬間移動(テレポート)の無い移動ってこんな難しかったんか……地に足付けた生活ってすげぇんやな……我、なんか現代魔族達が偉大に思えてきたわ……」

 

 マティウスは足を使って一歩一歩進むという行為の、あまりの難しさと面倒さにもはや感嘆すらしていた。

 何秒かけても目的地に着かない。移動しても地が割れ空が裂けない。何百を超える致死の隙があっても攻撃されない。こんな事を、現代の魔族や人間は受け入れて生きているのか。

 思うように動けない事に対しての苛立ちは無い。マティウスにとってのストレスとは、神魔戦争における神々の遅延行為(いやがらせ)神皇(どうかく)からの煽りの数々ぐらいであり、それに比べれば自由気ままに歩くという自由が保証されている今など、夢にも等しい爽快感だった。

 まぁ、ちょっとずつ慣れてきゃええか。一般生活という初挑戦の事象に、魔帝はどこまでものんびりと――それこそ、普通の目線からは緩慢すぎて逆に不審なレベルで構えていた。

 

「……お? また会ったな、ニーサン」

「ん? あ、”大鬼”くんやん」

「そういうニーサンは”マティウス”くんだっけ」

「せやで。我はマティウスやで。マオちゃんにさんざ怒られて蹴っ飛ばされて追い出された、悲しい悲しいマティウスくんやで」

「……何しでかしたら、あのマオちゃんにそんなに怒られるんだ……?」

 

 そうしてマティウスがだらだらとほっつき歩いていると、通りの向かい側より先日マオとの町案内で出会った大鬼がやってきた。

 その背に自分の得物だろう大斧は無い。どうやら今日は大鬼も完全なオフらしい、そう思っていると心底不憫かつ不思議な視線が向けられている事に気付いた。

 

「マオちゃん、この町が荒れてた頃はそりゃもう嵐みたいに暴れ――って言うと俺も蹴られんな。ともかく、昔はよく民度低い連中を片っ端から成敗してたけど、最近は滅多に足を上げる事は無かったんだよ」

「”手を上げる”じゃない辺り、マオちゃんイコール足技(キック)ってのは常識なんやなココ」

「『王女の足音が聞こえてくる』、当時ボコられた魔族が震えて言った言葉が有名なぐらいにな」

 

 マティウスは大鬼を見上げながらも、大図書館方面へ鈍く進む足を止めない。大鬼も歩幅を合わせてくる。どうやら、オフでありながらマティウスに付き合ってくれるらしい。

 一度顔を合わせただけの身にも関わらず、随分興味を持ってくれているようだ。現世ではマオ・竜公爵としか知り合いのいない現状、フレンドリーに接してくれる相手は大事だ。

 ()()()()()()。マティウスは、やはり破滅的な発想で以てこの大鬼と絡む事にした。

 

「カワイイもんだよねーマオちゃん。ちょっとからかっただけで、すげぇオーバーなリアクションするもん。はっはっは、前のデートでは痛い目見たわ」

「……あんた、公開処刑喰らったって聞いたんだけど? 土手っ腹ブチ抜かれながら殺意ビンビンに警告されたって聞いたんだけど」

「”処刑”ならこの先も生かす必要無いやん。ちょっとしたじゃれあいのボディーブロー一発なら、ダチ同士でもやるもんやろ?」

「背中までぶち抜かれて警告されといて”ちょっとした”で済ませていいのか……?」

「ここまで五回ぐらいはしてるコミュニケーションやで。面白ぇーわーマオちゃん」

「マジで死ぬ気かアンタ? こんな命知らず知らねえぞ俺」

 

 はっはっは。王族直々に下された殺傷一歩手前の私刑を、何度と無く受けておきながらあっけらかんと笑い飛ばしてネタとしている。

 その声色に虚偽は全く感じられない。大鬼は、マティウスに対する第二印象を”とんでもねえ大型変人”と受け取り、一抹の興味とそれを遥かに凌駕する異常さを感じた。感じてしまった。

 今この時を以て、現世におけるマティウスの三人目の犠牲者(しりあい)が生まれた。

 




Tipsその11
王族のお触れ:
魔王軍直属の公式マスコミによって出される、王族からの正式通告。
今回の視聴率はここ百年で最高の、九十三パーセントを記録した。

大鬼(オーガ)
フリーランスの傭兵。三メートル程の赤褐色マッチョメン。
見た目に似合わず誰にでもフレンドリーな人格者だが、現役魔王軍のベテランも認める()()()()。好きなモノは筋トレと、その成果を存分に発揮出来る死闘(シチュ)



失敗する程成功に近付くなどというナイーヴな考えは捨てろ。
世の中にはどうにもならない失敗など吐き捨てる程あるのだ。

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