週休六日の魔帝生活   作:灰の熊猫

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仕事の割当はいつも悩みのタネ

「ま、魔帝様ぁ!? ちょっ、まともな戦闘出来ないって、どういうコトですかぁーっ!」

「うーん、いい声で鳴くねぇお嬢ちゃん。――けど、『慣』れてきた。ここからはそっちの本気も、我には届き得ないとその身で知るコトだな……」

「なんで二話目になってようやく圧のあるセリフ吐いてんですか! っていうか内実がメチャクチャショボいんですよプレッシャーの割に! 今私かなり瀕死なんで圧かけないで下さい潰れます! 内臓が!」

 

 ここ暗いなー、出るかー。そう呑気な調子で魔帝は、どういう訳か胡座をかいたままその場を浮遊し、そのまま封印の間から出て地上へ繋がる長い螺旋階段を登り始める。

 綺麗に階段一つ一つを一定の高さでホバー移動するその無駄な基本スペックの高さに舌を巻きながらも、魔王は魔帝の背を追いかけながら先程の爆弾発言への疑問を投げかけた。

 

「あー、それがなー。我の封印、正しい解き方せんと全然解けんし、間違ったらペナルティで魂のどっか砕くぐらいのセキュリティしてたんよ」

「歴代魔王が解除失敗で痛い目見たのそのせいですか! っていうかえげつないですねペナルティ! 魂への攻撃とか再生のしようが無いじゃないですか!」

「え、即死トラップにしないだけ有情だったと自負してんだけど……我の案は『周辺地方への地震・雷嵐・炎上・凍結・死病の災厄五連フルコース』とかだったのに、大分ダウンスケールさせられてさー」

「魔王から見ても無情極まりない充実のラインナップ! 心無いんですか!?」

「心があるから他人が嫌がる事が出来る、かつて我のダチはそう言っていた……我を罠にハメて爆笑しながらね……」

「最悪ですねその友達!」

 

 聞けば聞く程に常識と倫理と価値観と力の違いを思い知らされながらも、魔王は懸命にツッコミを入れていく。

 正直ツッコミを放棄したいという気持ちはあったが、魔王は部下に振り回される内にどうしても思った事(ツッコミ)が口からついて出る悪癖がつき、それは魔帝相手でも変えることの出来ない悲しき性格(さだめ)だった。

 はっきり言って無礼極まりない魔王からのツッコミに対して、当の魔帝は楽しげに笑い飛ばしてこそいたが。

 

「ま、お嬢ちゃんが頑張ったのはもうそりゃよーわかる。たかだか三百ちょいで我の()()()()でもサルベージしたのは、まさに偉業よ。パナいねー」

「口調が軽ぅーい! 風に吹かれるタンポポの様に――ん? ()()()()?」

「うむす。ま、この階段長いし、ゆっくり聞かせてしんぜよーぞ」

 

 かつかつと階段を登る音――魔帝は浮いているので魔王の足音のみが――が静かに地下内に響く中、魔帝の言葉に魔王はツッコミを一時中断させられた。

 なんかさっきから爆弾発言しか聞いていない。そして、なんか次もそうな気がする。

 やばい。魔王は再び、寒気に等しい予感を覚えた。

 

「我、そもそも魂の格がクソデカだからねー。八百長試合ではあったけど、神皇の攻撃で上手いこと魂を分割して、それでようやく封印できるサイズになったんよ。アレよアレ、でっかいスイーツを同じテーブルで皆に分けて食べやすくするとか、そんな感じのアレ」

「なんで例えをえらくショボく表現すんですか! 次元の温度差で風邪引きますよ!」

「はっはっは、小粋な魔帝ジョークよ。我、フレンドリーさでも当時トップ張ってたからさー」

力量(レベル)が違いすぎて反応に苦しむんですよ! 今の私、宇宙の星とそれを見上げるネズミぐらいのレベル差ありますからね魔帝様と!」

 

 まるで話が進まない。そう思っていても魔王はツッコミという己の魂の宿痾から逃れられず、魔帝の言葉に声を張り上げていく。

 あくまで邪気無く笑い続ける魔帝を見て、魔王は薄々悟っていた。この人、全然立場の上下とか気にするタイプじゃない。

 命の危機と度重なる魔帝問題発言シリーズに晒され、完全に限界(ハイ)になっている魔王は、もう敬語ぐらいしか礼儀を弁えていなかった。普通に身の程知らずだった。

 

「まーそんな訳で、我は魔力とか権能とか結構世界のあちこちに散らした上で、本体はここに封印させたっつーワケなんだけどなー。封印の無理な破壊も加わって、今の我は当時のパワーを出せないんよ。魔帝パワーの引き出しの鍵がひしゃげてる感じ? みたいな?」

「……え、それ大丈夫なんです魔帝様? 封印解き放った張本人が言うのもなんですけど、お体に障ってません?」

「大丈夫大丈夫、我の強靭・無敵・最強の欲張りセットから”最強”が抜けただけだから」

 

 そう言いつつ、魔帝は背後の魔王へと振り向きながらふよふよと浮遊してバックする様に階段を昇っていく。この場の螺旋階段の構造は地上に至るまでほぼ一定の旋回と間隔と魔帝は見て、もう別に前向く必要無いかなーと考えての事だった。

 そして、魔帝は自分自身の状態を確かめるべく、浮遊移動しながら腕を組んで深く考え込んだ。

 

「――んむ。よし、完全理解(ダウンローデッド)。まず、我の能力は現在殆どが制限されてんね。さっきも言ったけど、やっぱまともな戦闘はムリだわ、ムリムリかたつむり」

「そ、そんな……魔帝様を戦えなくしてしまうなんて、私はなんて罪深い事を……」

「え? いや、戦えはするよ?」

「え?」

 

 えっ? 王帝コンビは、互いの発言に揃って小首を傾げた。

 

「……えーと……すみません、どういう事です? 戦えはするけど、戦闘はムリって」

「あぁそーだ、この言い方じゃわからんわな今時の若いモンじゃ。我がどんな風に戦ったかって伝承されてる?」

「ええと……『その力は神々をも凌ぐ、まさに破壊の神の如し』とは伝わってますが……」

「そうそれ。我、破壊が大好物なんよ。そりゃもう三度のメシより破壊好き」

「……いや、どう反応すればいいんですその発言」

 

 ぱちん、と魔帝は指を鳴らして魔王に指差す。答えになっているのかなっていないのか微妙な答えに、魔王もまた微妙な顔を浮かべた。

 魔王からの反応がイマイチ面白()くないのを見て、魔帝は話を続ける事にした。

 

「キミ、魔王なんでしょ? 現魔族のトップ、最強なんでしょ?」

「……何を以て最強とするかは判断が分かれる所だと思いますが、戦闘能力的にも軍内で最上位である自負はあります」

「あ、そういうタイプの魔族かキミ。いーね、気に入ったわ――っと、また話がズレちまうわ、やべーやべー」

 

 久々にまともな会話すると楽しくてしゃーないなー。からからと笑う魔帝を見て、魔王はなるべく客観的を心がけた自分の発言に対し忸怩たる思いだった。

 封印の解除の為に現状瀕死であるとはいえ、魔王(じぶん)と魔帝の力は桁違いに離れている。たとえ全快したとしても、この自称戦闘不能・不完全体魔帝には到底届き得ない。

 言動はアレだが全魔族が崇める存在に対し、弱い自分がトップであるという事を申告しなければならないというのは”魔王”という肩書きを持つ者としては極めて恥じ入る事だった。

 というか、なんでこれだけの力の差を感じさせているにも関わらず『戦闘が出来ない』のか。魔王の疑問は、振り出しに戻った。

 

「わかると思うけど、帝とか神とか皇とかって、結局の所パワーよパワー。パワーが無いヤツは名乗っても生きていけんのよ。王位簒奪とかこぞって皆狙うしね、まぁ我は全部返り討ちにしたったけど」

「……はぁ」

「で、そのパワーなんだけど。我が今使えないのは、主にそのパワーの調節(コントロール)なんよ」

「……はい?」

 

 力のコントロールを使()()()()。その奇妙な言い回しを、魔王は呑み込めない。

 しかしその言葉の意味は、すぐに開示される事となった。

 

「我のメインウエポンって、基本的に()()()()()でなー。戦闘っていうか、蹂躙しか出来んのよ」

「……あの、それってどういう――」

「その一、地殻破壊。地盤を変動させて、星を地面から割り砕く。相手は土地ごと死ぬ」

「――は?」

 

 ぴん、と魔帝の人差し指が立てられる。

 その指先と言葉のワンセットに、魔王は今日何度目かもわからないフリーズを喰らった。

 

「その二、環境破壊。自然のバランスを崩壊させて地上を枯らす。相手は生態ごと死ぬ」

「……」

「その三、天象破壊。光とか雲とか気圧とかぐちゃぐちゃにする。相手は空気ごと死ぬ」

「…………」

「その四、次元破壊。次元を直にぶち壊す事で世界の根源を殺す。相手は世界ごと死ぬ」

「………………」

 

 魔帝の右手の指が一本一本立てられていく。魔王の価値観が一つ一つ壊れていく。

 何を言っているのかわからない、というか理解したくない。なんだその魔法は。そんなんアリか。そんな軽々しく言える様なモノなのかそのラインナップ。

 魔王の口はやはり硬直していたが、頭の中だけは変わらずツッコミを放棄していなかった。

 

「その五――うーん、やっぱ思い出しにくいなー。記憶の方もちょっとノイズがかってるし、ボケ老人ってこういう感じなんかねー。不老・不死・不滅の帝王三天権能は生きてんだけどなー、ちぇー」

「……あの。もしかして今言った魔法、今でも使えるんです?」

「そりゃ使えるよ、我魔帝ぞ? 主に頑丈な神界を破壊する用のヤツだから、今のリミテッド我でも現世の次元レベルなら……まぁ、一時間もあれば世界をまるごと破壊出来るんじゃない?」

 

 魔王は絶句した。予想以上に、目の前の魔帝の出来る事がヤバかった。

 確かに神々を超えて最高神に手が届くと言われただけはある、暴力と言う事も烏滸がましい、極まった力。何が一番ヤバいかと言うと、魔帝本人が全くの自然体である所がヤバい。

 魔帝は変わらず、本当に変わらない軽い調子で言い放った。『一時間もあれば世界を破壊出来る』。そんな発想が、まるで朝飯のメニューを思い出す様に浮かんでしまっている。

 そして何よりも、最も魔王にとってまずい事実は。

 

「……魔帝様は今、それを()()()()()()しか出来ない、のですか……?」

「お、やっぱ察しいいねーお嬢ちゃん。そそ、今の我、調節とか出来んでね。我が使える魔法は、原則味方識別無し・範囲指定不能・撃ったら後は血の野となれ屍の山となれー、って感じよ。ぶっちゃけ、ぶっぱの後はキミらの帰る土地とかろくに残らんだろねー」

 

 魔王は一瞬目眩を覚え、くらりと後ろにふらついた。思わず階段を踏み外して後ろの奈落へフォールダウンする所だった。

 確かに力そのものは窮地の魔王が求めていた、圧倒的なモノだ。しかしそれが、単なる世界滅亡しか書かれていないスイッチの群れとなれば話は別だ。

 魔王の求める物は、奪われた自分達の土地を奪還し、人間達に対し上位を取った上での()()だ。正直な所、たとえ出来るとしても人間を壊滅させるまで戦うのは無駄な損耗が多い。多すぎる。

 減り続ける兵站、同胞の犠牲、上層部へ寄せられる苦情の数々。そういった物を無視して戦争を目一杯まで続けるのは、非現実的だ。勇者という戦力を手に入れ、ガン有利となった人間達はこちらを壊滅させようとしている。だがそれ以前は、裏取引や非公式の冷戦地帯(サイレントライン)などを挟み、なんだかんだで上手いこと人魔は世界で共存していたのだ。

 

「……あの、マジで言ってます……? その、小規模な……それこそ、ちょっと人間達の土地の手前にドーン、って脅しをかける程度の魔法とか、ありません……?」

「太陽の光を捻じ曲げて一箇所にドーン! って集中砲火するヤツとかならイケるかなー。まぁやっぱ威力も範囲も調節出来んし、最悪地殻消し飛ばしてマグマまで到達するかもしれんよ」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

 ダメだった。魔帝の口を開く言葉の全てが、世界の一角を消し飛ばす最終兵器だった。

 確かに人間達の蹂躙は出来るし、劣勢で滅亡寸前である魔族の現状をひっくり返す事は出来る。しかしその後が続かない。魔族が帰るべき土地は破壊され、あまりの非道に人間達の抗戦意識は燃え上がり、下手をすれば余波だけで世界の寿命が削れる様な不可逆の被害が両サイドを襲う。

 手に余るとはまさにこの事だった。人間達は勇者という切り札を持って戦争のテーブルを優位にしてきたが、魔帝という存在はそのテーブルを砕いた上で魔族(プレイヤー)にまでダイレクトアタックしてしまう机上の外の大型爆弾だ。

 

「いやーメンゴなお嬢ちゃん。神魔戦争の初期段階で我気付いちゃったのよ。『あれ、これ通常魔法とか要らなくね? 世界ごと焼き払っちまえばええやん』って。つー事で、もう白兵戦用の魔法のキャパ減らして、戦略級の魔法ばっか使うようになってねー。それで我は今()()()()戦闘は出来んってか、出禁よ出禁。はっはっは」

「……すごいですね魔帝様……すごいです……」

「おう、崇め奉ってよろしいぞ。我は魔帝、真なる魔やぞー? 当時の神々も皆こぞって『悪魔がァッ……!』と負け犬の遠吠えを無数に吐いて散っていったモンよ」

 

 はっはっは。今日何度と無く聞いてきた、フランクに過ぎる笑い声を上げながら魔帝はふわふわと階段を昇っていく。当然魔帝本人も、魔王の言葉を素で受け取っている訳では無いだろう。

 魔帝は何度と無く『メンゴ』と、軽すぎるものの謝罪を口にしている。それはつまり、魔王への協力の意思は確かにあるが、自分が出来る手助けが魔王の為にならないと理解している事を意味している。

 事実魔帝は、かわいい子孫が泣く泣く頼ってきた期待に応えられない事を申し訳なく思っていた。一ミリぐらいには。

 

「……そ、そうだ! さっき、さっきの! 私を不平等契約に追い込んだ、あの悪辣極まりない契約魔法! あれで勇者とか人間の王を洗脳すれば!」

「あ、それもムリ。我の幻覚・掌握系の魔法、だいたい神族と魔族にしか効かんのよ」

「なにゆえそんなピンポイントに!?」

「種族を限定した方が魔法の効力が上がりやすいからさー。敵対する神族や洗脳とかで裏切った魔族(なかま)を対象に取った魔法ばっかが残ったのよ。人族とか神魔戦争の前に完全に滅亡させたし、しゃーなくない?」

「あぁぁ最後の平和的手段が奪われた! 人間の王を洗脳してゆっくり内政を掌握して、勇者を孤立させられないかなーとか一瞬思ったのに!」

「お嬢ちゃんやっぱいい性格してるわー。我、特攻脳筋戦法ばっかだからお嬢ちゃんみたいな絡め手タイプはいつも重宝してたのよね。どう、後で我とサ店とか行ってデートせん?」

「チャラいデートのテンプレ! ホントに太古の存在なんです魔帝様!?」

 

 頭を抱え続ける魔王と、それをからかい続ける魔帝。封印の間での対面から永遠に続いている構図のループが、いつまで経っても完結しない。

 国力は限界近く、頼れる主力の軍勢も僅か、手札には用途不明の最終兵器(カード)。これで一体どうやって戦えばいいんですか。魔王は命を賭けて封印に手をかけた先程よりも切羽詰まった気分でいた。

 もう魔帝の力に頼らなければ魔族が滅亡する。そう考えての事ではあったが軽率だった感が今更になって襲ってきている。神より上位の世界崩壊モノで制御不能な存在を解放するとか、私も含めて歴代魔王は何考えてたんですかね。冷静になってしまった今ではそう思ってしまった。

 

「まぁ歴史と文明は破界と再世のワルツ踊るモンだし、我が解放されるなんてイレギュラー起きてる以上は世界文化も何千周ぐらいしてループしたんちゃうん? いやぁ、話が通じる文明レベルで良かった良かった」

「……休戦協定は伝わってなかったのに、言語体系とかが同じなのは納得いきませんがね……」

「あ、それ我の権能の一つ。意思疎通のミスが無くなる様に、当時の言霊の神を喰って真言の能力得たんだよね我。いやー、後世でも使えるいい権能だわコレ」

「とんでもない事言ってますね!? 喰うモノなんですか神!? 倒すとかじゃなくて!?」

「我みたいな奪取能力(ラーニング)持ちの存在なら、殺すより奪う方がええやん? まぁ我は神の踊り食いを他の神達に見せつけて、悲鳴と怨嗟を聴くのが好きだったのもあるんだけどねー」

「生まれて初めて神々に同情しました私!」

 

 魔王からしてもドン引きの魔帝エピソードがまた一ページ重なる。歴代魔王にも人の絶望を趣味として非道を尽くす存在はいたが――そういう連中のせいで人間からの反魔感情が重なって今面倒な事になっているので、当代としては恨み骨髄であったが――、その極致を見せられている。いや聞かされている。聞きたくないのに。

 聞けば聞くほど、今の自分の立場が幸か不幸かわからない。魔帝の封印は解けたが制限がかけられている。協力は得られたが、強力すぎて使えない。何を言っているのかわかるが、何を言っているのか理解したくない。

 そうこうわちゃわちゃと話している内に、魔王の視線の先に光が――階段の終わりが見えた。

 

「うおー、久々のシャバの空気じゃー。いやまぁ城内っぽいけど。長く苦しい登りだった……」

「……ずっと浮いてたじゃないですか……瀕死上がりでこのクソ長階段登る私のが苦しかったという自負があるんですけど……」

「メンゴなーお嬢ちゃん。我、治癒系の魔法は使えんでなー。自己再生に頼り切りだったし、我が回復に回るより敵を殲滅する方が圧倒的にラクでなー」

「まるで参考にならないスペック差の弊害です……」

 

 階段から出た先は、魔王の間。魔王城の最奥にして、最も荘厳に装飾された空間だった。

 高位魔族でも破壊出来ない程に補強(コーティング)された素材で造られた広間、それが無数の柱に取り付けられた消えない蒼い炎で照らされている。そして魔王達が出てきた階段の後ろには、魔王用の巨大な玉座。よく見れば、二人が出てきた階段の側面にはスライドした石畳があり、玉座の位置が妙に奥まっている事から、玉座の上に隠し扉を置く形で階段を隠していたのだろうと魔帝には推測出来た。

 えらいレトロな隠し方だなー。我、こんな戸棚のおやつぐらいの感覚で隠されてていい存在なのかなー。現代魔族の認識の甘さに、本当に自分が生きていた時代とはかけ離れているモンなんだと考えながらだったが。

 

「――お、おぉぉ……魔王様……! も、もしや、そのお方が……!」

「……うげぇっ……」

「おん? お、また高位魔族じゃん。爵位竜人(ノーブルドレイク)?」

 

 そしてその階段の出口より少し離れた位置で、一人の男が魔王達を心配と驚愕が入り混じった顔で迎えてきた。

 赤の軍服に黒銀の胸当てと白銀のマントを纏う、小型の翼と魔王より小さめの双角を備えた青年。軍の実質的な二番手にして、魔王の一番の側近。

 爵位竜人――竜公爵が、絶対的な存在感を発しながら浮かんでいる魔帝を食い入る様に見ていた。

 

「……公爵。申し訳無いけど、この玉座の間に結界術かけて。魔力漏れと防音、あと出来れば限界まで衝撃に備えられる事に特化したヤツ」

「! 畏まりました、魔王様」

 

 血に染まり疲労困憊といった魔王からの命令を、竜公爵は二の句を継ぐ事無く受け入れる。即座に公爵は右掌の上に蒼い魔法陣を浮かび上がらせ、その内側に魔族文字を瞬時に書き上げる。

 公爵がその魔法陣を宙空へ投げる様に浮かせる。直後、魔力の波動が広間全体を覆い尽くした。

 

「おー、現代チック……我の時代の魔法と体系全然違うなー、もう完全に我の魔法ヴィンテージモノじゃん。違和感ハンパねーわー」

「……それで、魔王様。えーと……その、そのお方が……?」

「……はい……魔帝様です……」

「うーす。魔帝だよー。伝説がお世話になっておりますって感じ?」

 

 ほーい、といった軽い調子で魔帝が竜公爵へ右掌を向ける。

 竜公爵は死ぬ程微妙な表情を浮かべた。目の前で何故か胡座をかいたまま宙に座っている存在。その魔族から感じられる力は明らかに異次元だが、見られる第一印象はメチャクチャに気さくで気安かった。まるで力と態度が一致していない。

 竜公爵が魔王へちらりと目を向ける。魔王は感情の無い顔で、ただ頷いた。

 『本当ですか? ちょっとイメージと違くないですか?』『私もそう思います』。そんな言葉と意思が、この無言の虚空にて一瞬でやり取りされた。

 

「魔王様。お体の方は大丈夫ですか? 正直、大分弱っているようですが」

「残存魔力は殆ど無いけど、肉体の方は大丈夫です。事前の術の効力で自然治癒されてるので、スプラッタな見た目程ダメージはありませんよ。心配有難うございます、公爵」

「いえ、私にとって魔王様の身を案じる事は当然の事ですので」

「うはー、すっげぇザ・臣下の鑑。我の時代にも欲しかった、こういう忠誠度溢れる側近」

「すみません魔帝様ちょっとだけ黙っててもらえません?」

 

 概ね魔帝の人間性と扱いのラインを見極めた魔王は、もう魔帝へ遠慮する事無く発言する。

 魔帝もまた魔王の言葉に対し、メンゴメンゴと言いながら一歩身を引いた。空中に浮かんでいるので一歩分、後ろへ水平移動しただけだが。

 

「……説明して頂けますか? 正直、今命令された結界の内容から言ってどうにも厄介事の気配がしますが」

「ええ、もう……マジで他言無用でお願いしますね、公爵……他言したら私と一緒に無理心中してもらうぐらいには衝撃の事態になっちゃってますので……」

「えぇ……」

 

 そして、魔王は竜公爵へ現状をかいつまんで話した。

 封印の解除が不完全ながら成功した事。協力の約束その物は取り付けられた事。開封が不完全だった為に魔帝の力が本人にすら制御不能である事。あと週休六日制である事。

 一つ一つを説明されるごとに、公爵の顔は喜びから悲しみへ、悲しみから気まずさへ、そして最終的にはどうコメントすればいいのかわからず顔を引き攣らせるといった様に推移していった。

 

「――というワケで。魔帝様は魔王軍の現状を打開する手段にはなってくれますが、戦えば最終戦争待ったナシです。言い分を多めに見積もれば、人間の絶滅と同時に魔族と世界の壊滅に繋がるでしょう」

「……魔帝様、嘘ですよね……?」

「魔帝ウソつかんよ。かわいい子孫の前でウソつくとかカッコ悪いじゃんよ」

「おぉ、もう……」

 

 竜公爵は頭を抱えた。その姿は先程までの魔王と全く同じだった。

 確かにこれは無理心中を覚悟をする程にまずい事案だった。事実上、魔王軍の状況は全く変わっていない――いや、いっそ悪化していると言っても過言では無い。

 どう運用すればいいのかわからない魔帝という爆弾を、身内に抱えた状態。今は友好的な――友好的すぎて正直対応に困るが――関係ではあるが、翻意一つで魔族も人間も世界ごと滅亡しかねない。

 どうすりゃええねんこんなん。魔王と竜公爵のガタガタの心情は今、一つとなった。

 

「まー、そんなワケでどうするよ魔王ちゃんに公爵くん。我絶賛眠いけど、寝る前に一仕事ぐらいなら出来るよ? まぁ魔王のお嬢ちゃん的に、我の仕事ってスゲー割り振りにくいんだろうけどなー」

「……魔帝様の気遣いと理性的な分析に感謝します……」

「よせやい、お嬢ちゃんみたいなかわいい子に言われると照れるぜー。魅了の神ほどじゃ無いルックスだけど。モテるだろお嬢ちゃん」

「いりますその注釈? 『あ、キミ二番目ぐらいにはかわいいね』とか言われて喜ぶ女います?」

 

 魔帝からの微妙に喜びにくい褒め言葉を受けつつ、魔王はこれからどうすべきか、まず最初に何をするべきかを考え始めた。

 目下最大の問題は、進撃中の勇者一行だ。単独で一騎当千、幹部格の魔族を打ち破ってきた不倶戴天の象徴。これが、本拠地である魔王城の三歩手前の地点ぐらいにまで迫ってきている。

 竜公爵や魔王(じぶん)が出撃すれば、恐らく勇者達の敗北までは追い込めるだろう。その位には実力に自信はある。だが、()()()()だ。

 

「……魔王様、やはり自分達が直接出向くのは――」

「却下です。下手につついて撤退されれば、損をするだけです」

 

 魔王は竜公爵からの提案を蹴る。勇者達は突出した戦闘力を持つが、無敗ではない。幹部の一部や先代魔王が直接戦闘に持ち込んだ時、勇者達をあと一歩の所まで追い込み、敗走させた事がある。

 そう、()()()()()しまう。倒す事が出来ず、悪運強く生き残られ、撤退しては立て直る。そしてその後、交戦の経験と情報からこちらの弱点などを分析され、二度目・三度目でこちらが敗北する。

 人間達の最も危険な所は、自分達の弱さを自覚して補おうとする精神性だ。能力によるゴリ押しを好みがちな魔族とは対照的に、人間は情報と作戦で勝ちを拾おうとする。

 勇者一行とは、人間勢力における最大の威力偵察部隊なのだ。勝てる所まで突き進み、負けそうな所からは離脱して情報を得る。少なくとも、魔王はそう認識していた。

 

「今後の事を考えれば、公爵はともかく私は姿を見せる訳にはいきません。和平交渉の札が一つ失われます」

「魔王様、この期に及んでまだそんな夢物語を――」

「極めて現実的な案です。魔族全体の疲弊を考えれば、状況を見て”和平を望む魔族の勢力”として、最後に私が姿を見せて終戦させるのが望ましい。しかし私が魔王だとバレれば、”争いを望まぬ薄幸の美少女”ではなく、賞金首や陰謀家扱いがオチです」

「お嬢ちゃん我が言うのもなんだけど凄い容姿に自信あるやん」

 

 竜公爵からの白けた目と魔帝からの茶々を無視し、魔王は考え続ける。

 下手な戦力を出せば被害が出る。強い戦力を出せば情報的な不利を背負う。私はこの可憐で人好み間違いなしの姿を見せたくない。

 魔帝は余程意にそぐわない失礼な事でなければ動いてくれそうな印象がある、しかし戦闘させてはいけない。控えめに言って、手詰まりだ。

 

「魔帝様、極めて失礼な事を申し上げますが、直接戦闘……格闘戦などはいかがですか? 魔帝様程の格があれば、それだけでも圧勝出来るのでは」

「なんで我がふよふよ浮いてるかわかる? 我、自分の足で歩くのもしんどいんよ。無理な解除の弊害の一つっぽいねこりゃ、身体能力は一般魔族以下じゃねコレ? ウケるわー」

「く……! も、申し訳ありません、我々が至らぬばかりに、魔帝様に不自由を……!」

「ええよええよ、我寛大ゆえゆえ。このままならない感じ、駆け出し帝時代を思い出すわー。ちょっと一部が強すぎてニューゲームすぎるけど」

 

 竜公爵が思い付いた案も、無慈悲な現実という事実が踏み躙る。竜公爵は土下座をする勢いで頭を下げるが、魔帝はどこ吹く風とばかりに何も気にしていなかった。

 魔法は禁断、格闘は禁止。魔帝の力を頼りにしたいが、どれも頼りにならない。竜公爵は極めて失礼と心の中で謝罪しながらも、この人一体何が出来るの? と魔帝へ思い始めていた。

 

「――魔帝様。先程の話から今まで口にした言葉、全て本当なんですよね?」

「ん? え、さっき言ったじゃん、魔帝嘘つかない。正確には嘘ついて騙し討ちする相手がもう居ないもん、昔は意思を操る神を殺す為に”自分の魂に嘘をつかせる”とか色々やってたけど――」

「わかりました。一つ、やって頂きたい事があります」

「……おん?」

「ま、魔王様?」

 

 竜公爵が考える事を放棄しようとしたその時、魔王が腕を組んで険しい顔をしながら口を開く。

 魔王の眼差しは迷い無く魔帝へと向けられていた。魔帝はその真剣な顔立ちに『あ、シリアスな顔も結構ええやんお嬢ちゃん』とだけ思い、竜公爵はこの状況で何をする気なのかと困惑する。

 魔王は組んだ左腕をとんとんと右手の指で叩きつつ、整った顔立ちを思案で深めていた。

 

「何よ魔王ちゃん、せっかくの寝起き一発目だし我なんでもやるぜ? どこ滅す? 滅す?」

「魔王様、どうするおつもりで……?」

 

 何やら思いついたらしい魔王に対し、魔帝はにやにやと笑う。竜公爵からすれば、魔王がどうするかが全くわからない。

 一歩取り扱いを間違えれば即世紀末という魔帝に対し、何をさせるのか。正直魔王が追い詰められてとんでもない事を言い始めたならば、命を賭してでも止めようという覚悟を竜公爵は密やかに決めた。

 

「……私に考えがあります」

 




Tipsその2
竜公爵:
約六百歳ぐらい。長身細マッチョのドラゴン系青年。
先代魔王の直轄の部下の一人で、当代魔王の側近。主な仕事は魔王と一緒に苦労人する事。

魔帝パワー:
戦争当時は次元と次元をくっつけて神界の一部を対消滅させるとか色々やってた。
本人曰く「世界の一部しか対象に取らない魔法は有情に満ちてる」。



どこの誰にだって仕事に向き不向きはあるゆえ致し方なし。
ファンタジーも職場意識はちゃんと持ちましょう。
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