――勇者。それは、人間達の希望の象徴。
幾年もの間、幾度もの事、幾人もの人間を襲う存在、魔族。それらに対し数々の人間国家は結束・同盟軍を結成するも、それでも強力な生態を持つ様々な魔族の軍勢には劣勢を強いられていた。
しかし、その均衡は思わぬ形で破られる事となった。
「……崖の先にあるあれが、魔王城ですか……」
「なんともまぁ、禍々しいっすねー。加えて、魔族達の街と来た。落とすのは一筋縄ではいきそうにないっすよーありゃ」
部分鎧の下に修道服を着て、十字槍を背負い眼鏡をかけた茶髪の壮年。軽装の布服にコートを纏い遠眼鏡を覗く短めの金髮を後頭部で結った少女。その視線の先に、黒く染まった巨大な城が聳え立っている。
魔王城。この
「思えば長かった――と、感傷に浸るのも早すぎるという物だ。何せ、立地が極めて悪い。見ろ、通じる道はこの下の谷だけ、しかも森で視界が閉ざされている」
「うーん、行き来とかどうしてるのかなー。……あ、竜とかいるか、魔族。いーなー、わたしも空飛びたいなー……ねね、こうばびゅーんってココ飛んでいけない?」
「え゛っ。いや、流石にボクの魔法にそういうのはありませんし、あっても途中で撃ち落とされるだけでは……?」
「……お前は少しは緊張しろ」
その後ろから、身の丈よりも巨大な剣を斜めに背負い騎士鎧を着込んだ蒼髪の青年と、二本の剣を腰の左右に佩いた白髮セミロングの少女、フード付きのローブを深めに被って深緑の前髪を瞼にかかる程伸ばしている中性的な少女がやってくる。
神父、盗賊、騎士、勇者、魔導師。たった五人の一党にして、数々の魔族を打ち破ってきた人族の最大戦力。それが、この少女達の正体だ。
一党の始まりは、かつて勇者がただの少女だったある日に”神剣”が落ちてきた事。それを手に取った少女は、その日から”勇者”となった。
十歳の時に剣を手に取り五年。たった十五歳で、少女は世界の中心たる王都の武闘大会でも一番となる程の実力を付け、そして魔王の討伐という人間の悲願を背負い旅に出た。
そして、その終わりがついに目の前に見えていた――
「じゃ、休憩しよっかみんなー。わたし、お腹空いちゃったよー」
「お前本当に緊張感とか無いのか? 魔王城が見えたんだぞ? この苦難の旅の終わりが見えているんだぞ? どうやったらこの流れでそうなる?」
「おいしいご飯を食べないヤツは誰にも勝てない、己自身にも……そう、言ってたよ」
「どなたの言葉ですか、勇者様」
「わたし。今考えた」
「勇者さん、マジで通常運転っすねぇ……」
「……ボク、流石にちょっと敵の本拠地見えてすぐにご飯食べるって気にならないんですが……」
一人背嚢を下ろし、敷物を広げて食事の準備を始める勇者。その緊張という物を欠片も見せない姿に、残りの四人は呆れていた。
思えばこの勇者という人間は、一年の旅を通して概ねこうだった。一切悩まない訳でも苦しまない訳でも無いが、どうにも全体的に呑気で楽観的な姿勢を取っている。
たった五人で魔族との戦争最前線に立つという無謀極まりないこの旅も、何度と無く勇者のこのタフが過ぎる精神性に支えられてきた。あと同じぐらいに呑気な姿勢を支えてきた。
「まま、実際気ぃ張ってもしょーがないじゃん、まだ着いてもない所の事考えてもさー。谷下に進む前にご飯でも食べて一息付くのがいいよ、リクツ的に!」
「お前の”理屈”、腹の空き具合と連動しているだろう」
「とはいえ騎士さん、今回だけは勇者さんの
「え、あれ、わたし賛成されてるのになんか貶されてる気がする? しない?」
「……」
「……」
「あれぇー? わたしの大事な大事な仲間達からの援護がどこにも無いんだけど?」
既に缶詰や燻製肉などの保存食まで取り出してすぐにでも調理を始めようと腰を下ろした勇者に対し、残りの四人はそのまま立って見下すか、目線を逸らすしかしていない。
確かに周囲に敵影が無い内に休息をするという判断は速やかで正しい。が、肝心の勇者の瞳にはそんな理性的な色は見えなかった。どう見ても食欲一色に満ちていた。
しかし、実際勇者の言う事には一理しか無い。食事は敵地に乗り込む前に出来る立派な準備の一つであり、ここから腰を据えて魔王城までの道程を開拓する事を考えれば、谷下へ突入する直前の今は確実に休息が取れる時と言えるだろう。
ただ、『はやくごはんたべたい』という勇者の欲が見えすぎる姿勢に賛同しづらいだけで。
「まぁほらほら、リクツも通った事だしさっさと座ろうよ皆。ご飯は逃げないけどご飯時は逃げちゃ――」
「……? どうした、勇者」
「――構えて皆。ヤバいの、来る」
「!」
今にも食事を取り始める寸前だった勇者が、唐突に立ち上がると共に腰の二刀を逆手で鞘から抜き、瞬時に掌の上で半周させて構える。その瞳は、既に”勇者”のモノだった。
騎士が構える勇者の前へ出て、他三人が後方で三角の陣形を取る。周囲には何も見えていない、感じ取れもしれない。そんな状況でも全員は勇者の一声で、警戒を限界まで高めて辺りを見渡し始める。
勇者の勘――本人は『ハイパー勇者センス』と馬鹿みたいな名前を付けている――は、敵意と脅威に関してはどんな感知魔法をも凌ぐ察しの早さを誇り、数々の窮地を事前に救ってきていた。
その代わりに、敵の強さや数などの内訳は勇者の感覚的な尺度でしかわからず、味方にとっては相性が悪い相手の場合は十分に機能しない事もある為に、一党も危機感知を頼り切りにしている訳ではない。
だが、今回はその尺度がこう告げたのだ。『勇者の力を持ってしても不味い何か』が迫っている、と。
「……何も、姿が見えませんね……」
「不意打ち系じゃないのは助かるっすねぇ……それだけに『ヤバい』ってのが怖いんすけど、うち」
「魔導師、今の内に出来る援護を重ねておけ」
「はい」
神父が輝きを放ち始めた十字槍を、盗賊が懐から取り出した紅色の短剣を、騎士が拘束具の様な留め具を持つ大剣の鞘を外し、魔導師が複数の魔法陣を浮かべながら小型の杖を。その場の全員が各々の戦闘態勢を取る。
前後左右、全方位へと視線を向ける。まだ何も居ない、見えない。見えない敵が迫っていようが、瞬時に対応するという覚悟の元、全員が神経を研ぎ澄ましている。
「――上、下がれっ!」
「ッ!」
乱暴な勇者の声と共に、五人全員が全く同時にその場から飛び退く。
まるで平時の余裕の無い勇者の声。その声に産毛が立つ程の嫌な感覚を覚え、その後に
やわやわ、ゆらゆら、ふわふわ。無風の中で羽が真っ直ぐ降りてくる様な速度で、上空からゆっくりと。
「ふいー、空中散歩なんていつぶりの感覚かね。そもそも空とか宙とかしばらく関係無かったもんなー我、めんどくさくて瞬間移動ばっかだったし」
二つの巨大な角、三つの瞼、高位魔族特有の紋章が刻まれた黒いローブを纏った魔族の大男。空から降りてきたその男は、あくびを一つした後に額以外の二つの眼を薄く開いた。
その男は、いつまでも地上に足を付かない。首を手に添えてコキコキと鳴らしながら、足を伸ばせば届く様な高さで胡座をかいて浮き続けている。
空から降りて来たという奇襲性の優位も、人間を目の前にした敵意も、言葉の威厳も。これまで相手してきた敵にあった全てが、何一つ感じられない。
あるのはただ、常に鳥肌を立たせ続ける怖気を覚えさせる威圧感だけだ。
「……キミ、誰? わたしは勇者やってる身なんだけど、斬っていい?」
「あ、やっぱ君が勇者かー。わっか。若すぎんだろ。全く人間の世って怖いなー、こんなちっこい子に世界救済の尖兵させるとか正気じゃ――」
「シッ!!」
一閃。目の前の存在がまともに言葉を返さないのを見て、勇者は両手の剣を離れたその場で振るう。
それだけで、勇者と魔族の間の空間が裂かれて距離という概念が一瞬消える。不可視の剣筋が、魔族の首と胴を完全に両断した。
――様に、見えた。
「うおー、スッゲ。聞いてる以上に勇者ってスゲーんだな、どう考えても人間レベル超えてんじゃん。うーん、プラス三十点!」
「……!?」
魔族の男は、何も変わっていなかった。斬った筈の首も胴も傷一つ無くそのまま、血飛沫一つ出ていない。
勇者の神剣は魔を討つ事に特化した剣であり、どんな魔族にも傷を付ける事が可能だ。たとえ距離が少し離れていようが、剣を振って起こされた風の刃にすらその力は乗る。
だが、目の前の魔族には神剣を受けた事による傷も、それどころか剣を受けた様子すらまるで見られない。それどころか、勇者に対してぱちぱちと軽々しい拍手を送ってきていた。
「質問、答えてもらってないんだけど。誰っていうか、何者なの、ホントに」
「え、あー……ご想像にお任せしちゃっていい?」
「ふざけるなよ、害獣が」
表情を無くした騎士が、目にも留まらぬ速度で突進する。大剣を構えてただけのゼロスタートから、一瞬で全開の速度で。物理法則を置き去りにした様に、腰溜めにした大剣で男の胸の中央を貫いた。
貫いて、いる。手応えはある。だが、
「フゥー容赦無ぇー! 死んだー! まぁ死なんけど我!」
「な、に……!?」
確実に心臓を貫いている、騎士の大剣は胸から背へと貫通している、しかしその状態のまま男はその攻撃に対してけらけらと笑い飛ばしていた。
人型の魔族であれば、心臓の位置はおおよそ人間と共通だ。時折心臓が複数あるという化物もいるが、それでも心臓を貫けば、というよりは胴体を貫通されれば苦痛で顔に表すものだ。
騎士はそのまま剣を回して胴を抉る。男の顔色が変わらない。それならば。
「ふん!」
「ぬわー! 我の顔に何すんじゃい! いやまぁノーダメだけど、それじゃダメよダメダメ」
「はぁっ……!?」
騎士は胸の中央から大剣を斬り上げ、喉から顔面を、脳天に至るまでを両断する。したつもりだった。だが、先程の勇者の一撃の様に男の様子は変わっていない。
幻を見ている訳では無い。感触は軽いが、貫いた感触も斬った手応えもある。にも関わらず、目の前の魔族は一切の傷が見られない。一滴の出血すら上がらない。
騎士は不快感にも似た恐怖心から、一歩でその場から大きく離れて勇者の手前へと戻る。手にした大剣に目をやれば、そちらにも汚れ一つ付いていない。
なんだこいつは。なんだこれは。理解が、追いつかない。
「んー、我が知らんかっただけで人間って強くなれるモンなんだなー。こりゃもう拍手喝采モノよ、誇らしくないのそんな鍛え上げて。つよないキミら? どう、世界の半分あげるから部下とかならな――ごめん、我があげられるモノもう無いわ……許して……」
「そんなモンいらないから、さっさと死ねっす」
「おっ?」
その時、今度は男の胸から杭と短剣の二本が生える。男が気付いて振り向けば、いつの間にか盗賊がその姿を限りなく透明にしながらそこに居た。
「今っす、さっさと全力でぶちのめしちゃって下さい!」
「了解です!」
「滅び給え!」
即座に盗賊はその場から離脱し、掛け声と共に魔導師と神父が杖と槍を掲げて魔法を嵐の様に殺到させた。
不死殺しの聖杭と、退魔の魔剣。勇者と騎士の攻撃の間に透明となり隠密して使った、とっておきの切り札。その使い所と判断した盗賊と同様に、魔導師と神父も全力で魔法を行使する。
火・氷・風・岩・雷・闇。あらゆる魔法がたった一所に降り注ぎ、余波で大地が揺れる。
出し惜しみは全くしない。勇者と騎士の剣が全く通らない事を思えば、魔法で突破口を図るしか無い。そう判断しての飽和攻撃。
「……ほえー。なーんか、スゴくなったモンだなー人間くん。我、ちょっとだけ興味湧いたわ。一眠りしたら図書館とか行こかな、いくつになっても勉強って大事だよねー」
「――……」
そんな全員の全力を嘲笑う様に、土煙の中からは変わらぬ呑気な声が聞こえてくる。煙が風で流れて失せれば、纏うローブに少しの焦げ跡すら付いていない男の姿が現れる。
何も変わっていない。ただそこに浮いて座っている、降りてきた時の光景で時が止まっていると錯覚する様な――そう思いたくなる程に、魔族の男はただそこに泰然とあり続けていた。
「いやー、いいモン見せてもらった。こういう出し惜しみ無しの残虐ファイト、我大好きよ? でも流石に今ので弾切れかね」
「なワケ、無いでしょ」
「おっ?」
宙に残る土煙にけほけほと軽く咳込む男に対し、勇者が声をかける。
勇者は、二本の剣を自分の頭上で
「もっと面白いモノ、見せてあげる、よッ……!」
勇者の頭上で浮かんだ二本の剣が、光に包まれ繋げられる。
その光が広がり、一つの形が作られる。二本の神剣を核とした、勇者の体の十倍ほどの大きさの光の巨大剣がその場に顕現した。
「ブッ、飛べぇーーーっ!!」
巨剣の柄を握り、勇者が振り下ろす。その剣から、空の果てまで届く様な光の奔流が発された。
神剣の力を直結させる事で発揮される、紛れもない
その一撃は、魔族の幹部が率いる大群を相手に、その幹部ごと全てを薙ぎ払い消し飛ばす程の力が込められている。これを使って、倒せない敵は存在しない。
「――うおー……えーと……ナイスファイ? スゲーやこりゃ、マージスゲェ。語彙どっかに落としちゃったよ我、人間ってここまで出来るんだねー……」
――今の瞬間までは。
勇者の不意の一閃、騎士の急所への攻撃、盗賊の魔道具からの魔導師・神父の飽和攻撃、そして神剣の最大出力。その全てを、目の前の男は受け切った。いや、防御すらろくにしていない。
五人全員が、ついに手を止める。目を見開き、目の前の男へ注視する。見る事しか、出来なかった。
「……三回目になるけど、もう一回聞くね。キミ、本当に何者?」
「だからご想像にお任せしますっつってんじゃーん。まぁなんだ、イイ男にも秘密があるもんよ。ちょっとぐらいはネタバレしたくなっちゃうけど、そういうの興醒めじゃん?」
「舐めた事をッ……!」
「ストップ、ストップっす騎士さん! アレでびくともしない相手に無策で斬りかかっても無駄っす!」
どこまでも小馬鹿にする様な男の口振りに騎士の肩が角張るも、盗賊がそれを制止する。
認めざるを得ない。目の前の存在は自分達より遥かに格上で、倒す手段が存在しない。神剣の最大出力すら通らない相手ともなれば、ハッキリ言って手詰まり――というよりは、詰みだ。
何せ、目の前の男は今の所何もしていない。何もするまでも無く、こちらを手詰まりにさせている。圧倒している。
お前らなど敵にもならない、そう弄ばれている。故に勇者達がすべき事は、既に戦闘では無かった。
「……魔王……と、考えてもよろしいでしょうか?」
「ん、まぁ。キミらにとって最強の相手ってのは確かだねー、見たろ我の圧倒的なタフネス。キミらの攻撃はマジスゴかったけど、それを受け切る我はもっとスゴいやん? 差し当たり我が最強って事でええやろ」
「こいつがっ……!」
魔王。誰もその姿を見たことが無い、魔族を統べる王。人間の、世界の最大の敵。
そうとしか説明出来ない、圧倒的な力の隔絶。勇者達は眦を決して、目の前の男を睨んだ。
「んー……我としても、もうちょっとキミらとお話してあげたい所なんだけどねー。まぁ、今回は初顔合わせって事でさ。ここまで折角お越し頂いたキミらに、プレゼントのお知らせをしに来ただけなのよ我」
「……プレゼント?」
「ん、そう。魔王からのプレゼントのお知らせー、どんどんぱふぱふー」
ぱちぱちと両手を叩く男の言葉に、勇者達が怪訝な顔を向ける。この状況からの『プレゼント』、どう考えてもろくでもない内容しか思わせない言葉に、一行は構えるしか出来ない。
剣も魔法も勇者の全力も、何一つ効かない相手。勇者達は既にこの場を撤退する事だけを考え、そして勇者以外の四人は自分達が犠牲となって勇者を逃がす事すら視野に入れて少しずつ陣形を狭める。
そんな様子を意にも介さず、魔王を名乗る男はぼんやりと空を眺める。眼中に無いとはまさにこの事だと、この場の全員が自分達のあまりの無力さに唇を噛む事しか出来なかった。
「ん、よし。そんじゃ、カウントダウン始めよっか」
「……カウントダウン?」
「そ。ちょっとしたサプライズでね、勇者達ツアー御一行を出迎える花火やんのよね」
そう言って、男は無造作に手を上げる。
「ごー、よーん、さーん、にー、いーち……」
そして、伸ばした手の指を一本ずつ折っていく。
何をする気だ。何が来ようと防御が出来るよう、全員がそれぞれの獲物を前に構えて地を踏み締めた。
「――ゼロ」
全ての指が曲げられて拳が握られた瞬間、男から魔力が迸る。
それまで何もしていなかった男が、何も動かないまま圧を発する。単なる魔力の解放、それだけで勇者達は臓腑の内まで押し潰される様な衝撃を受け、踏み締めた地面がそのままめくれる様に土煙が体を吹き飛ばそうとした。
「なっ、に……!?」
「ぐうっ……!」
嫌な予感を覚えた騎士が前に出て魔力の壁を展開し、それが紙屑の様に砕かれる。
それでも僅かに圧力が弱まった事により、騎士と勇者を除いた三人は数歩たたらを踏んで体勢を崩すだけで済んだ。
「……ッ、皆、無事!?」
「少し手は痺れたが、それだけだ……!」
「げほ、げほっ! け、煙いっす……風、風を!」
「はいっ……!」
魔導師が杖を振り、風の魔法陣が周囲を包み隠す煙を吹き飛ばし返す。
土煙が晴れた先には、男を中心とした軽いクレーターが出来ている。
男は魔力を無造作に放っただけで、攻撃どころか次なる魔法の構えもしていなかった。
「……なんの、つもりだ……!」
「いや、何のつもりと言われても。花火って、合図が必要じゃん? だから、これがわかりやすいかなーって」
「だから、一体何を言っているのですか――」
神父が真意を問いただそうとした時。勇者達の遥か後方より、雷轟が響く。
他の四人は目の前の男への警戒を解かず、状況の確認の為に盗賊だけがその物音に振り向いた。
そして、見てしまった。
「……ッ! 勇者さん達、まずいっす!」
「手短にお願い、盗賊さん!」
「
「!?」
その内容を聞いて、前に立つ騎士に警戒を任せて勇者は顔の半分だけを後ろへと振り向かせる。瞳の半分が、それを見る。
――
「なに、あれ……」
「勇者、説明しろ!」
「……空から、数えられないぐらいの炎が、降ってきてる……!」
二人の視線の先にあったもの。それは、投石機で投げ込まれる様な大きさの炎が、遥か遠くの雲の上から今まさに降り注いでいるという、信じられない光景だった。
勇者達が使う魔法とは比べ物にならない、大魔法。それが勇者達から見て後ろ――軍の最前線にあたる拠点の場所へ、雨の様に打ち込まれている。
ぞわりと、勇者は全身の毛が逆立つのを感じた。
「打ち上げ花火ならぬ、打ち下ろし花火。うーん、綺麗な光だ。知ってるかね勇者ちゃん達。魂ってのは、燃え尽きる前が一番輝くんだぜ……尊いと思わん? 蝋燭みたいに短い生命の光って」
「……お前ッ……!」
うんうんと男は頷きながら、しみじみと情緒に浸りながら無情極まりない言葉を紡ぐ。
なんの魔法陣も無く、あるいは土煙で紛れている間に一瞬で魔法を使ったのか。真偽は定かでは無いが、この距離から男は遥か遠くにある人間軍の拠点を直接攻撃した。
最前線の拠点は城塞とまでは言えずとも、魔族の侵攻を阻止する為に様々な防衛用の兵器が備えられている。しかしそれは、地上から迫ってくる軍勢を想定しての事だ。
遥か上空からの攻撃を、それも大魔法を凌げる様な造りはしていない。
「あれ、何してんのキミら?」
「……なに?」
「なに、じゃないが。助けとか行かないのん? 我が言うのもなんだけど、このままほっとくとキミらの拠点全滅しちゃうんじゃね?」
「……!?」
助けに行く気が無いのか。それを許さないだろう相手本人が、まるで人間側の様な言葉を発してみせる。
その言葉に全員が戸惑い、そして次の瞬間には理解し難い真意を理解した。
「……見逃してやる、とか言いたいのかなぁ、魔王さん……?」
「だって言ったじゃん、顔合わせって。そもそも我はキミらと戦いに来たんじゃないのよ、ってか戦いにならんし? ならんかったし? はっはっは、ウケる」
「く……!」
けらけら、からから。男の嘲笑を受け、勇者は無念で黙り込む事しか出来なかった。
戦いにならない、ならなかった。受け入れがたい、どうしようもない事実。その上で、見逃される。
背を向けた所を攻撃する様な意思も、男の表情からは見えない。それどころか、やって来た時のままその場で浮遊し続け、頬杖を付きながらあくびを見せている始末だった。
「……覚えといてね、魔王さん。わたし根に持つ一途なタイプだから、今回の事は一生忘れないよ」
「うんうん、よくよく覚えるが良い。忘れられちゃったら我ショック受けちゃうもん」
「……戻りましょう、勇者様。道筋はボクの魔法でマーキング済みです」
「…………うん」
五人は地を擦る様にゆっくりと後ずさり、男が本当に何もしてこない事を確かめる。一定の距離が取れた状態で、勇者達は魔王を睨みながら後ろへ小走りする。
お元気でー。頬杖を付いていない方の手を振って見送る姿にこれ以上無い程の怒りを覚えながら、勇者達は全員でその場から背を向け、拠点の方向へと走り出した。
これまで負ける事はあった、逃げる事もあった。しかし、これ程までの敗北感を覚えた事は無かった。自分達は、敵とすら認識されないまま背を向けて逃げ出したのだ。
何が勇者か。どこに”勇”があるのか。ぎりぎりと、勇者は歯軋りした。
「……思っている事は皆お前と同じだ、勇者。だが今は耐えろ」
「我々が間に合いさえすれば、助かる命もあります。今は、救助の事だけを考えましょう」
「……そう、だね……」
騎士と神父から窘められ、勇者は頭を振って雑念を捨てる。
魔王を倒すのは確かに大事だが、人命はそれ以上だ。どれだけ多くの魔族を倒そうと、失われた命は戻ってこない。敵を倒す事よりも人を守る事こそが、勇者の使命だ。
だが、この無念は必ず晴らす。その烈火の様な怒りだけを心の深い奥底へと押し込み、勇者は道を戻る足取りを早めた。
◆ ◆ ◆
「……これで初仕事も終わりかー。なーんか、働いた気ぃしねーなー。まぁ我が強すぎるのが悪いんだけどのー。あー、ひと世界壊してぇー」
勇者達を見送った後、男――魔帝は、背を倒して宙に寝転がる。
どうやら、
これでマジでいいんだろうか。我、
Tipsその3・デラックス増量版
勇者:
そろそろ十七歳。普通の背丈の白髮美少女(基本自称・他称多め)。
紛うこと無き現人類最強であり、魔法などの搦手も使えるので神剣無しでも極めて真っ当に強い。
好きな物はごはんアンドごはん、得意技は神剣二刀流からのラッシュでゴリ押し。
騎士:
二十三歳。長身老け顔で青髪セミロングの青年。眉間に皺を寄せがちなので、強面の印象。
勇者の幼馴染の兄貴分であり、勇者のストッパー兼振り回され役。王国騎士最強のエリート。
得意技は実は守護魔法で、肉体的にも精神的にもタフなせいで勇者から無茶振りをされまくる。
神父:
二十九歳。騎士より若い顔立ちの、ちょっとツンツン茶髪のアラサー壮年。
退魔機関の戦闘員で、温厚だが魔族側なら人間だろうが迷いなく槍で刺殺出来る精神性の持ち主。
即座に滅したいと漆黒の意思を抱くレベルで嫌いなものは魔族全般と異端認定対象。
盗賊:
十六歳。小柄の金髪ショートポニテ少女の魔道具収集家。
”盗賊”は自称なだけで、隠密魔法をメインとした近接戦・射撃戦・魔法戦のオールラウンダー。
好きな事は敵の嫌がる行為全般、得意技は味方の派手な攻撃に隠れての即死不意討ち。
魔導師:
二十歳。殆どフードで見えないが、深緑ボブカットの童顔少女。背丈は勇者よりちょい上。
魔族とのハーフで迫害されていた所を勇者に拾われた。人類レベルの魔法は全部習得済み。
好きな事は勇者一行と過ごす事、嫌いな物はイジメ。でも戦闘スタイルは魔法による蹂躙爆撃。
渡る世間は初見殺しばかり。
就職直後に渡す仕事に難しい事を任せてはいけないぞ!