「あーたーらしーいー朝がっきたー、滅亡のーあっさーだー」
「やめてください死んでしまいます。私の胃が」
魔王城下町、中級集合住宅『魔界ハイム・第二階層』。その内の部屋の一つにて、起床した魔帝は剣呑な歌を口ずさみながら、飾り気の無いまっさらなリビングへとのんびり歩いてきた。
それを迎えるのは、当代魔王。本来は魔王城の最奥に居座るべき彼女は、リビングの中央に置かれたダイニングテーブルの上でチラシと新聞に目を通している。
古代で魔の頂点として、神と覇を競った男帝。現代の魔を統べ、世界を分つ戦争の頭目たる女王。その二人はたった今――新居で同居生活をしていた。
「うーん、いい匂い……今日の朝食何? 人肉とか?」
「
「魔帝と魔王の食卓とは思えぬ圧倒的庶民感。永らくに渡る魔帝人生において、ここまで所帯染みた朝は無かったぜ」
魔王は新聞から目を切り、一点を指差す。魔帝がその方向を見れば、リビング傍のキッチンにて魔王が挙げた食材が
『料理はプログラムです』。この部屋へ転入した初日に魔王はそう言い切り、魔王の繊細にして圧倒的な魔法操作によって料理を半自動的に行ってみせた。
我とは全く別方向にスゲー。魔王の高度が過ぎる一般的な所業を見せられ、魔帝は今も舌を巻いていた。
「丁度出来上がる頃合いです。席に付いて下さい、
「我も流石に朝飯の皿にケンカ売られた事は無いのー。あれ、我戦闘禁止令出てる以上、皿に勝てないんじゃね? へへっ、我に挑むか、一介の皿風情が……」
「あの、ちょっと圧出さないでくれません? マジで皿をキッカケに
「…………」
「沈黙はやめてくださいってばぁ! 冗談ってわかってても怖いんですってばぁ!」
一瞬だけ魔帝は魔王を脅かすだけの圧を発する。しかしそれは、これまで見せてきた空間全てを震わす様な威圧と違い、せいぜいテーブルと窓を震わせる程度の力しか出されていない。
魔王はすぐに引っ込んだ圧と、
それから十秒もしない内に、まるで見えない人間がいるかの様に朝食がキッチンからテーブルの上へ、律儀に道の中央を浮かんで運ばれた。
「……ふー。魔帝様、どうです? その指輪、違和感とかありません?」
「んむんむ、問題ナッシン。なにせ魔王ちゃんの愛の篭った指輪ゆえな、失敗とかあるワケ無いやろ~」
「その
「マジかよ七回も破局してたわ。指輪パリンパリンで笑う」
そう言って魔帝は自分の左手の薬指に嵌めた、妖しく光る斑水色の宝石を持つ指輪を魔王に見せ付ける。その指輪は、ここに転居する前に魔王から魔帝へと贈った物だった。
効力は、ただそこに居るだけで魔王すら威圧する程の魔帝の力を、少なくとも一般魔族よりちょっと上程度に収めるという物。ちなみに魔帝が薬指に嵌めている理由は『我がそうしたかった』というだけで、世間一般的に愛の象徴とされる意味合いは微塵も無かった。
「つーか我にデバフとか、そうそうかけられるモンじゃないんだがの。三天権能のおかげで、我そういうのには滅法強いんやけど」
「まぁそこは苦労したので……って、三天権能ってアレでしたよね。”不老・不死・不滅”とかいう相手にしたくない能力ナンバーワンのヤツ」
「おう聞いてくれや我がマイハニー! コレ我ながら自慢のアビリティなんでな!」
「言っておきますけど、私がここにいる理由は単に魔帝様の監視ってだけですからね? その為だけに現職魔王が市井生活とかしてんですからね? 嫁扱いやめてもらえません?」
魔帝と魔王、この二人が同居生活をしているのは魔王の言葉通り、魔帝の監視の為だった。
何せこの魔帝は、存在その物が人魔・全世界の大災厄だ。魔帝本人の性格は穏やかでフレンドリーと言っていいのだが、事あるごとにちょっと世界を破壊したがる大悪癖がある。
そこに一切の悪意は無い。得意な事と趣味が破壊、そう言い切る魔帝の瞳はどこまでも澄み渡っている。知らずにそんなモノを封印から解き放ってしまった本人である魔王は、責任を持って魔帝の新生活を監視する事にした。
ちなみに魔帝は魔王の意図を正しく理解しながら『我の嫁我の嫁!』と、おおはしゃぎして煽っている。実際魔帝の生活能力が絶無な為に魔王が家事を担っている現況、傍から見れば否定はし辛いのだが。
「まぁ魔王ちゃんにとっても面白い話だと思うぜぃ? そもそも、不老・不死・不滅ってそれぞれどういう能力だと思うん? 所感を述べよ」
「え? ……まぁ、どれも”死なない”って共通項がありますが……別々に分けてある事という事は、それぞれ違う能力なんですよね」
「うむす。なれば王のルーキーたる魔王ちゃんへ教授してせんじよう、絶対強者の
二人はのんびりと朝食を摂りながら、なんでもない雑談の様に魔帝の理不尽極まりない能力についての話を始める。
”帝王三天権能”、不老・不死・不滅。あらゆる高位魔族を討伐してきた勇者すら傷一つ付けられなかった、無敵の力。勇者と相対する前にその絶対性を聞かされた時、魔王は『インチキ過ぎませんか……』と思わず零してしまった程だ。
しかし、その詳細を冷静に分析した事は無かった。
「魔王ちゃんは頭良いし、すぐ気付くと思うやで。第一問、”不老”ってなーに?」
「……そりゃまぁ、老衰しない事、ですね」
「老衰って?」
「え。文字通り、老いる事で身体が弱まる事じゃ――あ」
「お、もう気付いた? 秒やん、やっぱ察し良いねぇ」
サラダをフォークで運びながら、言葉を単純な所から魔王は思案していく。
不老。その反対は、老衰。時と共に衰え、やがて死に至る事。そこに”不”を付ければ、どうなるか。その答えを、魔王は直感的に一足飛びで理解した。
「――
「大正解、魔帝ポイント進呈! 我の”不老”は、つまり
魔王が目を見開いて答えを呟くのに対し、魔帝はパチンと指を鳴らす。
不老。その真髄は、時間という概念から隔絶される事だ。たとえ何年、何百年、何億年。どれだけ経とうと、魔帝は死ぬどころか衰える事も無い。常に全盛期を保ち続けている。
それに気付いた時、魔王は顔が引き攣るのを感じた。
「……あの、もしかして……例えばですけど、時間を操る魔法とかあったとして。それ、効かなかったりします?」
「その言い方じゃ時間魔法はこの時代じゃ廃れちゃった感じかー。そのとーり、我には
「うわぁ……」
それを聞かされた魔王は畏怖というか、なんかもう酷いな、という一歩引いた感想を抱いた。
『時間停止が効かない』――その言い振りでは、実際に喰らった事があるのだろう。戦争のトップとして常に敵の立場と意図を推測する身である魔王は、古代戦争の神側の視点を軽くイメージしてしまう。
何億年経とうと弱まらず暴れ続ける世界の破壊者。時間という絶対的なモノに干渉しても、まるで封じられない。しかも無効化は任意で、魔帝本人は好き勝手に加速して動き回る。
あ、こりゃダメだ。どうにもならないという諦めが、魔王の頭の中で結論付けられた。
「じゃ、次の問題行くやでー。”不死”ってなーに?」
「そのノリ続けるんです? ……どうせ額面通りの話じゃないんでしょうね」
そう言い、魔王は半分になったトーストを両手に持ったまま、口に運ぶ事を忘れて思考し出す。
”強さ”の考察は、戦争のトップとしては極めて重要な事だ。情報収集を周到に行った結果、地力の劣る筈の人間軍は魔王軍を押し返していった。勇者という最強の剣の存在が最大の要因ではあるが、それだけでは魔王軍が勇者の居なくなった土地を奪還出来ない理由にはならない。
故に魔王は、魔帝の強さについても極めて真面目に考える。なお魔帝は単に魔王が困る顔が見たいだけで、つまりは単に自分が楽しもうとクイズを投げかけてるだけだった。
「……不死……死なない……”死ぬ”の反対……不老が”時間の否定”、じゃあ今度は何を否定してる……?」
「あ、ごっそさーん。いやー魔王ちゃんの家庭メシうまかったー。てか、なんで王なのにこんな一般料理上手いん? いつでも若奥様やれるじゃん」
「え? あぁ、私は王位を簒奪された時に備えて、一般市民の生活について調べてましたので……いや嫁扱いマジでやめてくれません?」
「驕りが無いの極み過ぎる。魔王ちゃんそんだけの力がありながら、どんだけ最悪の事態想定してんの」
「人間達の奴隷に堕ちた時ぐらいまで、ですかね」
「王が考えていい次元の想定じゃないやん。魔王ちゃん怖いわー」
「魔帝様に怖いとか言われるとは思いませんでした」
そうこうしてる間に魔帝は食事を終えて空の皿に食器を揃えて乗せる。そして椅子の上で胡座をかきながら、魔王が思案する顔をにこにこと眺めている。
魔帝にとっての魔王とは、可愛い孫娘・面白い子供・見てて飽きないペットの合の子の様な存在だった。趣味が戦争・蹂躙・破壊という現代では破綻した価値観を持つ魔帝にとって、その全てが出来ない現状、一番の趣味は魔王
そして今回の『魔王ちゃんで遊ぼう』のコーナーは、言葉遊びだった。
「……ちょっと変な言い方かも知れませんが……”生命の否定”、ですか?」
「ほっほーう。悪くない言い方だね、正解でええよん。ポイント追加ー!」
思案の果てに出した答えを魔帝は肯定する。死なない、イコール命の否定。
命を否定するこそが不死、その答えは一見して矛盾している様に思える。命が潰える事が死なのであれば、命という物を否定する事もまた同義であると見るべきだ。
しかしそれは、観点の一方でしか無い。
「薄々気付いてるとは思うけど、昔は生命その物を司る神もおってなー。ソイツに対抗する為に、我生命という
「私が同じ立場でも叫んでたと思います」
命が無いモノは死なない、誰でもわかる簡単な理屈。それこそが魔帝の不死性だった。
それを聞いた魔王は、顔を顰めながらトーストを口に運ぶ事を再開する。なんかもう、次元が違いすぎて驚く事も投げた。魔帝は文字通り、常識知らずの存在なのだ。
魔帝という強者の秘密から、魔王はあわよくば何か今回の戦争の参考になる事を掴もうと思っていたが、概念レベルの話を連発されてはどうにもならなかった。
「なんか魔王ちゃん冷や汗ダッラダラなトコ悪いけど、どうせだしラストいこっか。”不滅”」
「……この話、もう良くないですか? 魔帝様がどうやっても死なないって証明、もうされてません?」
「まぁ不老不死っての、定命
「――……」
不老不死の弱点。そう言われると、魔王の中で少し興味が湧いた。
勇者は魔帝には遥かに劣るものの、常識から外れた存在だ。いずれは老いるし、死なない訳でも無い。それでも尚、魔族にとって最大の脅威であり、旅の中で成長を続けてきた化物だ。
仮に、億に一つも無いとは思うが、勇者が不老不死の力でも得たとしたら。それこそ魔王が土下座して軍門に下るか、魔帝の
しかしそこに弱点があるなら、対応出来る策があるなら。それを事前に知るのは大きなアドバンテージになるのではないか?
「……不死と不滅の違いって、なんですか……?」
「うんうん、流石にようポイントを理解しとる。一瞬でそこに行き着くとは、先生大歓喜や」
「いつ魔帝様は私の先生になったんですか。……ちょっと考えます」
トーストとサラダを遅れて食べ終えた魔王は、二人分の食器を洗浄する自動魔法を起動させ、キッチンへと送ってから再度思考の海に潜る。
一方の魔帝は『こんな下らない話にちゃんと付き合ってくれるなんて魔王ちゃんマジやさしいなー』程度の気持ちで、真剣な魔王の様子をにやにやと見ながら、呑気に欠伸をする。
一つのダイニングテーブルの上には、天地程の温度差があった。
「……不老・不死と違う……滅亡の反対、否定……」
不滅。一見して、不老と不死が揃っていればそれだけで存在としては”不滅”だ。
止められない常時
時間の否定、生命の否定。それだけではカバーしきれない、何らかの弱点。それをカバー出来る、何かの否定。
――滅亡しない事。滅亡の否定。滅亡という事象の、言い換えとは。
「…………あっ。そっか」
「結論出すのはっや、有能過ぎん? 天才はいる、悔しくもなんともないが」
そして二十秒弱の熟慮の末に、魔王は目を見開いて答えに辿り着く。その様子に、魔帝は『ほえーマジでやるやんこの子』と、何気に小さく舌を巻いた。
不滅の正体について、弱者という立場の閃きで理解した魔王は――ぶっちゃけ敗戦続きで悲観的になっており、思考力を鍛えねば
「
「お見事、全問せいかーい! 魔帝ポイントが溜まったそこの貴女、さぁ嫌いなモノを一つ言うがよい……どんな存在でも、ひとつだけ破滅させてやろう……」
「史上最悪の神頼み! 積み立てなきゃよかったそんなポイント!」
呟く様に、魔王は答えを漏らした。
そのスピード回答に魔王は喜色満面で、魔王に最悪クラスの提案を持ちかける。それが魔王にとって、絶対的に求めていない願いと知った上での愉快犯だったが。
「まぁ破滅はさておき、ちゃんと答え合わせでもすっかー」
「置きません。遥か地平の彼方まで捨ておいて下さいそんなモン」
「地平レベルでええんか? 瞬間移動で拾ってくるで、我」
「異議ありです。瞬間移動が協定で禁止されていると言ったのは魔帝様自身のハズです」
「む、一本取られた。公爵くんからの聴取もバッチリかい」
「魔帝様の情報と供述は一つ残らず覚える事にしてるんですよ。主に世界平和の為に」
一つ一つが洒落にならない魔帝ジョークを、魔王はスッパリと切り捨てる。
魔帝の一言一句、一挙手一投足。存在その物が超厄ネタである以上、魔王は監視にあたり全神経を費やす気概で、魔王の全知全能をフル活用し記憶・記録していた。絶対に漏洩しないよう、自分の頭の中だけに。
それはともかくとして、魔帝は最後の答え――”不滅”について淡々と語り始めた。
「不老不死ってだけじゃホラ、
「トンデモ無いですね古代魔族の皆様! 前々から思ってましたが精神性疑うんですけど!?」
「良い奴程早死するって言うじゃーん。ま、
さらに一つ語られる魔帝ズ・エピソードに、魔王は『記憶する』という決意を固めた事を聞いた事を後悔したくなった。聞きとうなかったそんな話、マジでそう思った。
しかし確かに魔王の言う通り、不老不死は不完全で無敵では無い。老いも死にもしないが、身体が仮にずっと切り離されたりでもすれば、文字通り手も足も出なくなってしまう。
それを利用して、『お前不死なのか、じゃあお前ボールな!』と、神をサッカーボール扱いにするのは本当にどうかと思うのだが。
「つーワケで我は気付いた。傷を含む
「……魔帝様が封印されるしか無かったっていう理由もわかりますね……」
「まぁこの三つを完全に備えるのは、神魔戦争でも我と
「”滅る”って初めて聞きました、どこの言葉ですか……」
肩を落としながら、魔王は魔帝の絶対性を改めて思い知る。
魔帝が単なる不老不死であれば、今言った通り全身をバラバラにすれば――それだけの力を持っているかどうかはともかくとして――、殺せはしないが動きは封じられる。しかしあらゆるダメージを受けないとなれば、もうどうしようもない。
不完全な復活により、身体能力その物は一般魔族と化した魔帝であったが、それでも尚勇者が突破出来なかった理由はこの理不尽三原則が未だに健在だったからだった。
「で、話を遥か前に戻すけど。そんなワケで、我の力を抑え込むなんてそうそう出来んのよ。その点魔王ちゃんはマジ天才だと思うぜぃ? 全次元スタンディングオベーションや」
「ええ、まぁ……その話、作成前に聞いておけばもうちょっと失敗しないで済んだと思います……あぁ、思い出したらパーになった魔導素材の合計額をまた思い出しました……うひぇえ……」
「魔王ちゃんホント”王”っぽく無いよね」
長々と続いた魔帝クイズだったが、その本当の趣旨は”権能アリの魔帝の魔力を抑えた”という魔王の功績に対し、『やはり……天才か』と魔帝が称賛している、という一点に集約する。
ちなみに魔帝が外的な影響を無効化する、という話は魔王にとって今日初めて聞いた話だった。何故なら、この部屋への転居に伴い一般化の指輪を作ると決めた後、魔帝は『眠いんでまた一眠りかますわ』とグースカし始めたからだ。
何人たりとも妨げられぬ爆睡の最中、魔王は
「寝てる魔帝様の圧にすら耐え切れず、一秒でぶっ壊れるのを見た時はマジで『は?』って声出ましたからね……試作とはいえ、あれ作るのも結構お金かかったのに……」
「我の権能を破らぬ限り、お前に勝ち目は無い! ってのが我の決め台詞だった頃が、六・七百年ぐらいあったぐらいだかんの。すぐ飽きたけど」
「私の人生の倍の期間が滅茶苦茶スピーディーに扱われてますねその逸話」
事実、魔帝の”魔力を抑える”という事は極めて難題だった。存在しているだけで威圧的な大量の魔力を垂れ流す魔帝に対し、魔王は三回目の失敗辺りで一度地面に五体投地を晒した。
魔王は世界最高峰の魔法の使い手であり、
が、素材の糸目も付けずに挑んだ”魔帝の弱体化”は、神々すら破れなかった
「実際、どういう効能なん? 正直、なんか抑えられてるーって感じしないんだけど。神皇の手も入った封印を受けてた身として、魔王ちゃんの
「ちょいちょい
「ほほう」
かちゃり。キッチンへ運ばれてオートで洗われていた皿の全てが、弱火の魔法で乾かされ棚に戻る。
調理・配膳・洗浄・乾燥。その全てを、術者本人である魔王がクイズに思考を割ける程の手放しでやり終えられる。『一家に一人、マジカル魔王ちゃん!』というキャッチコピーが一瞬魔帝の頭に浮かんだ。
国のトップとしてはあまりにド失礼なレッテルを貼られた事も知らず、魔王は話を続ける。
「ふふん。どうせだし、クイズのし返しといきましょうか。どんなやり方でも抑えられないモノを、どうすれば大人しく出来るでしょーかっ?」
「ギブアーップ!」
「はっや!? 諦めはっや!? コンマ一秒も考えてないじゃないですか!?」
魔王の意趣返しを、魔帝は瞬時に投げ捨てた。それはもう、言葉のキャッチボールの一投目をビンタするが如き諦めの速度だった。
「我の座右の銘の一つは『考えるより壊すが易し』ゆえ、致し方無し。謎掛けの神とかが謎を破らないとダメージ通らない結界とか張った事あったけど、キレて結界を次元の狭間へダンクして消滅させた事すらあったねー」
「クイズから最も遠ざけた方がいい存在! さっきまでのクイズはなんだったんですか、好きでやってんじゃなかったんですか!」
「我はね……他者を困らせる事が、たまんなく大好きなんだよ……!」
「そうですねファーストコンタクトから今まで常に困りマックスですよ!」
つくづく振り回されるだけの立場である、そう自覚して魔王は机に頭を突っ伏す。
そんな魔王の銀髪を携えた頭頂部を見て、魔帝はけらけらと笑い続けていた。銀髪なら白髪とか生えてもあんまり目立たないんじゃないかな、そう考えるぐらいには魔王への配慮がゼロだった。
「じゃ、答えよろしゅうな。我も少し気にはなってるし」
「……逆の発想です。その指輪は、抑制どころか
「むむ?」
魔王がのろのろと頭を上げ、魔帝をジト目で睨む。
思考を完全に放棄し、答えを言われるのを待つだけの魔帝に対し、魔王は説明した。
「魔力の圧は魔帝様という存在を中心に、近い程強まります。ならいっそ、思いっきり広範囲に力を拡散・霧散させる事にしたんです。その指輪は、いわば魔力の霧吹きみたいな物なんですよ」
「言い方が一気にショボくなった。霧吹きて」
「それでも圧が強すぎて、指輪一個だと耐久力に難がありましたが……まぁ、なんとかしました。今の魔帝様の魔力は、この城下町の外に至るまで極めて広範囲に薄く散布されてる状態です。今の所、『あれ? なんか最近空気がうまいなぁ』程度の影響ですね」
「我、魔王ちゃんも大概だと思うわ」
抑え込めないなら、いっそ思いっきりバラ撒いてしまえ。鎖を引き千切る程に凶暴な魔犬を解放し、散々暴れさせてストレスを解消させるが如き発想の逆転。それにより魔王は、魔帝の力を間接的に無力化した。
ついでに言えば、魔力を拡散する事で城下町全体の土地的な魔力を底上げするという副産物を付けた。流石に魔帝の力がそのまま全員に宿るという訳では無いが、魔族の疲労と魔力の回復速度が向上したり、魔力を必要とする高級家畜や農作物を育てやすくする等、長期的に街の利益となる投資となっている。
戦争ばっかやってた魔帝の永い歴史の中で、こんな事を成し遂げる存在は居なかった。
「相当の素材がオジャンになりましたが、まぁ必要経費です……神経をすり減らして魔帝様を城に隠蔽し続ける訳にもいかない以上、魔帝様の一般魔族化は避けられないトコなんで……」
「実際スゲーと思うぜ魔王ちゃん。まさか我をマジで一般魔族として生活させるとは思わんかった。よすよす、やっぱ褒美として人間滅ぼそっか? 城一個なら指パッチン一発で――」
「あー、きょうはおそらがきれいですねー!!」
魔王は魔帝の言葉を叩き斬り、窓の外へ視線を映す。
朝から疲労マックスの魔王とは裏腹に、嫌になる程の青空が広がっていた。
Tipsその5
自動魔法:
事前に
大量の魔力消費と引き換えに、魔法の時間差攻撃や疑似同時攻撃、防御から囮までなんでも出来るが、魔法行使に優れた種族でも一握りしか行使・運用出来ない。
魔王は主に自分一人で大量の仕事を消化する為、この技を世界一まで習熟した。
一般化の指輪:
魔帝専用装備。馬鹿げた圧倒的な魔力を、信じられないぐらい薄めて広範囲にバラ撒く。
紛失の恐れをなるべく無くす為、身に付けやすい指輪状としたが、そのせいで魔帝から嫁扱いされる呪いが魔王に降りかかった。嫁ネタも合わせ、魔帝のお気に入り。
本来薬指に嵌める用では無いが、紛失防止の為に指のサイズに自動的に合わせる機能がある。
言葉のキャッチボールがこなせない職場は大体気まずくなる。
簡単な雑談ぐらいはこなせるよう程度には気をつけよう。