「つか、魔王ちゃんはココにいていいんか?」
「というと?」
「魔王ちゃん、王なんやろ? 我の
風と水の魔法を微細に調整し、例によって自動魔法で部屋の掃除を隅々まで行いながら新聞や雑誌に目を通している魔王に対し、魔帝は当然の疑問を投げかけた。
やっている事の高度さに目を瞑ると、やたら魔王は家庭的に魔帝へ尽くしている。が、ここは仮にも”王”が居ていい場所でも、いるべき場所でも無い。
魔王城の中に、肝心の魔王がいない。戦争最前線でブチ暴れてヤンチャしまくってた魔帝が言うのもなんだが、どう考えてもおかしな事だった。
「その辺は大丈夫です。私は
「え、なんやそれ」
そこで魔王は、とんでもない矛盾を孕んだ問題発言をさらりと言う。
『自分は魔王では無い』。しかしこれまでの発言や言動・行動を鑑みると、この魔王が現魔族の頭目である事は明らかで疑いようが無かった。
「お父様――先代魔王が勇者に撃破された、という話は覚えてますか」
「あー、それで魔王ちゃんが世襲制で魔王になったんやろ?」
「実の所、その事実はまだ公表してません。一般的には、まだお父様が当代の魔王であるという認識なんですよ」
「え、マジ? なんで?」
魔王はなんでもない事の様に、軍事のトップ変更という最大級の問題を隠蔽しているという事をカミングアウトした。
あらゆる全てを破壊で解決してきたウルトラ脳筋である魔帝からしても、その事実にはいくらか疑問が残る。何せ、大将の生死など早々隠し続けられる事では無い。
加えて、最高指揮官不在の中で兵をどの様に納得させ動かすというのか。他にも大小様々な問題があるが、その渦中ド真ん中にいる魔王の顔色は平然としたままだった。
「まず、お父様と勇者の決戦で他の魔族は全員余波で近付けず、決着を見届けた者はごく少数でした。そしてお父様は、勇者とほぼ相打ちに近い形で半死半生になりながらも、魔王城までなんとか生還したんです」
「ほー。やるやん、勇者ちゃんのパワーを浴びた身としては、アレと戦って生き残るのは大したモンやと感心するで」
「まぁ、神剣とかいうインチキ武器で受けた傷のせいで、治療の甲斐無く城で息を引き取ったんですが……その時、お父様の最期を見届けたのは私と竜公爵だけだったのです」
魔王は特に悲しむ素振りも見せず、肉親の死に様をさっくりと説明する。
とはいえ、現代道徳ゼロ点の魔帝からすれば『わー立派やなー』と、凄まじく他人事の感想しか抱かなかったが。
「幸いお父様は勇者に挑みに行く前、念の為『
「娘を信じて全部を任せたんか。いい親父やったんやなー」
「そしてお父様が死んだ時思いました。”お父様は傷を癒す為に今は臥せてるだけ”と発表しとけば、次期魔王たる私の支持率が充分になるまでの時間が稼げる、と」
「一瞬で打算に塗れた話になったなー」
仮にも親が死んだ時に思う事なのだろうか。ほんの小さな欠片程はある魔帝の常識が、魔王の迅速かつ打算が過ぎる判断に少しだけ驚いた。
魔帝は圧倒的な力で大体の事を力業で踏み潰してきたが、しかし神々の狡っ辛い手口で足止めされて厄介だと思った事は何千回もあった。そういう意味では、この魔王の計算的な思考とやり口は神達の生き汚さにダブる物がある。
要は、魔王は魔帝的にあんまり敵に回したくないと思わせるタイプの存在だった。
「という訳で、今の私は現時点”治療に専念するお父様の代理であり、代弁者として執政しているお姫様”という立場です。それでもお父様を出せと言われた時は、私か竜公爵が力ずくでブッ飛ばすか、変化で誤魔化してます」
「我が言うのもなんだけどパワープレイやね。バレないモンなの?」
「私と竜公爵は現状の魔王軍最大戦力です。そして魔族は、基本的に力こそ全てです。納得しない奴も、とりあえず暴力で黙らせればなんとかなります」
「仮にも和平とか望んでる王の台詞なん、それ?」
戦争の決着の仕方を和平と目指している筈の魔王から語られる、手段を選ばぬゴリ押し具合に、魔帝は言葉とは反対に内心で評価を上げていた。
魔帝は自由と混沌を好み、美辞麗句を述べる連中が嫌いだ。故に敵との和平を目指すという最終目的には思う所があるが、魔王の言動と行動には唾棄したくなる善性は感じられなかった。
結果の為に過程を選ばない。正義や感情に振り回されず、現実と利益を見る。そういう
「という訳で、城には公爵を置いとけばなんとかなります。公爵も事務仕事は得意なので、緊急性のある物だけ通信してもらえば城は回せます」
「あの書類のジャングルみたいな執務室に公爵くん置いてきたん?」
「致し方のない犠牲です」
「書類のせいで犠牲になる軍のナンバーツーとかいう現実の世知辛さよ」
まぁ、現魔王軍の悲しすぎる現状を聞いても、魔帝にとっては何処までも他人事は他人事だ。七日に一度しか働かないと契約した魔帝にとって、その内任せられる仕事以外はどうでもいい。
ふーん、そう。大変だねー。ところで昼食は何? そういう感覚だった。
「という事で、私が城に常駐する必要は無いです。お父様がバリバリ前線に出てる頃、私は
「イメージ戦略って断言しちゃってるよこの子」
「まぁ別に百パーセント打算ってワケでも無いので、そこはご愛嬌です。ちゃんと直談判してくる民達の悩みは解決してるので」
その上魔王は、先代魔王時代にも城では無く町にやってくる事が多かった。正直な所、魔王は先代と比べると魔族からの
戦闘能力と技量は誰も疑わないのだが、如何せん慎重で穏やかな気性が魔族として
流石に虐殺や蹂躙を好むのはごく少数だが、魔王軍の兵士達は戦いの中で殺し・殺される事を基本的に肯定している。軍のトップとしては貴重な人材が勝手に死ぬな、という気持ちで一杯なのだが、ともかく後先知らずな思想の者ほど尊ばれている。
そこで魔王は、父が先代時に武威を示している間に
「こんな形で役に立つとは思いませんでしたが、そんなワケで魔帝様の自由な生活を許しつつ、私自らの監視も問題なく出来ます。魔帝様としても、代わり映えの無い城内で隠れながら生活するのもイヤでしょう」
「魔王ちゃんの配慮には感謝感激雨霰だぜ。雨霰って単語でまた一個魔法思い出したわ、”全物質を微塵に切り刻む嵐のクソデカ空間を発生させる”っていう、宴会芸みたいなヤツだけど……」
「えげつないのはいつもの事として、どんな宴会で使うんですかそんなん」
「兵達が奪ってきた神の首級を放り込んで、ビンゴマシーンにするのよ。一番パワーある神を引いたヤツが勝ち」
「ほとほと最悪ですね!? ”冒涜”って言葉すらまるで足りませんよその所業!」
例によってまるで参考にならない魔帝の大魔法と活用法を知らされる魔王は、心底古代の戦争の恐ろしさに慄いていた。というか、あまりのモラルの無さに頭痛すらしていた。
ツッコミは反射的にしてしまうものの、魔王は魔帝のエピソードにろくなモノが無いのは既に理解している。話を深掘りすると無限に声帯を消耗するともわかった魔王は、話題の軌道修正をする事にした。
「……さて。魔帝様へ求める目下最大の目的を言います。予め言いますが、これは仕事ではありません」
「んむ? 変な言い方やの、なんじゃいな」
魔帝は妙な言い回しをする魔王へ、怪訝な顔を向ける。
一方的に結ばれた不平等契約により、魔王は魔帝に対して七日に一日しか労働を指示出来ない。魔帝自身は
が、今回は前置きがおかしい。魔王は魔帝へ何らかの要求をしようとしているが、”仕事ではない”と断言した。魔帝が刻んだ契約魔法は絶対であり、嘘や誤魔化しは効かないにも関わらず、だ。
「七日に一度という制約上、残り六日を魔帝様は一般魔族として過ごさねばなりません。しかし魔帝様が常軌を逸する寝坊助であっても、六日の間じっとし続けるとは私には思えません」
「うむす。封印の時差ボケも少しずつ直ってきたでの、眠気も大分マシになってきたわ」
「なので、魔帝様にはある程度ですが一般魔族としての生活態度を身に着けて――というよりは、この時代の生活を知ってもらいます。ということで」
こほん。咳払いを一つし、魔王は魔帝に対して告げる。
「前に魔帝様が言った通り。デートしましょう」
◆ ◆ ◆
「魔王城・城下町なんて言うから、おどろおどろしい精鋭が闊歩してるかと思ったんやけど……ケッコーのんびりした雰囲気やなー、魔王ちゃん」
「”マオ”です、”マティウス”さん。私、一応お忍びで来てるんですからそこ守って下さい」
そんな事を言いながら、平民の一般着に着替えた魔王と魔帝は並んで城下町を歩いて行く。
マティウス――呼ばれ方の響きを優先し、魔帝をもじった偽名――は、戦争で絶望的な劣勢に置かれているとは思えない城下町の活気と平穏さに、違和感すら覚えていた。
井戸端会議がちょくちょく見られる住宅街、数々の魔族が行き交う市場、大小様々な規模の武器防具屋、昼間からそれなりの人数が見られる酒場。ぶっちゃけ、軍の最大拠点とは到底思えない街並みと雰囲気だった。
「んー、角無いとバランス感覚狂うわー。なーなーマオちゃーん、ちょびっとだけでいいから生やしちゃダメー?」
「ダメです。マティウスさんレベルだと短くても角から格の違いが察されかねません。私も角隠してるんですし、女性に合わせるのは男性の甲斐性だと思いません?」
「うえー、そういうの我ニガテだわー。まぁマオちゃん可愛いから許すけど」
「光栄です」
”マオ”と”マティウス”は服だけで無く、変装魔法によって姿を大きく変えていた。
まず、両者に共通して角が綺麗さっぱり無い。魔族における角とその大きさは、概ね能力の高さに関係する為に、まずこれを隠さない限りは魔帝どころか魔王すら畏怖されてしまう。
次に髪の色も変えた。魔王の輝きを放つ程の銀髪は薄く青みがかった白に変わっており、魔帝の血の様に深みのあった赤髪は黒っぽくくすんでしまっている。
なるべく目立たない様に、かつ自分自身が髮に違和感を覚えない程度の変色。これは人混みの中に呑まれたとしても、見慣れた髪色で互いを認識出来る様な対策でもある。
最後に、魔帝の額にある第三の眼は特に厳重に変化を重ねがけした上、鉢金で守られていた。
「まさかテキトーに言っただけなのに、割と真面目にデート出来る町とは。我としては、人魔の屍の山で血のジュースを啜るサ店に行く気持ちだったのに」
「私がマティウスさんに付いていくという判断は間違っていなかったと今心底ホッとしてます」
「我もマオちゃん侍らせるのは気分良いからウィン・ウィンやな。我のかつての嫁達は、どんだけ見た目が良くても油断したら首刈りに来る様な連中ばっかだったし」
「事情は知りませんが、恐らくマティウスさんが全面的に悪かったんだと思います」
てくてくと二人は街並みを見て回る。所々で魔王軍の兵士らしき者が巡回しているのが目に入るが、マティウスの眼には竜公爵の足元にも及ばないレベルの
練度も力量も足りない、しかし何よりも
これは明らかに軍兵としては異常な点だ。マティウスからすれば、『お前それ
「なんとなく考えている事はわかります。
「どーも落ち着かんぐらいにねー。現実とかわかっていらっしゃる? マオちゃん達が血反吐吐いてるって状況とは思えんぜ、こののんびりさ加減は」
「まぁ、ここは私が意図して作り上げた仮初の
そう言ってマオは、魔族同士が道の隅で口喧嘩をしている場へ目線を向ける。
わざわざ道の端で口喧嘩をしてる
「私の持論ですが、安全に帰る場所があるというだけで余裕が出来ます。『ああ、この場所に帰って来たいな』、そう思ってくれるだけでも兵達は理性的に行動してくれるんです」
「弱者の理屈やね、戻るよりも
「あーそうでしょうねーすごいですねーマティウスさんはー」
自分の信念に近い持論を弱者のモノとばっさり切り捨てられたマオは、がっくりと項垂れる。
しかし何度となく折れてきた心は丸まった背と共にまっすぐ立ち直り、話を続行した。
「平和というのは、表面上にしか存在しないモノです。武力にせよ経済にせよ、時世で形は異なりますが、必ず争いという外殻の中でのみ築かれる小さな庭です。しかし、その庭が良いからこそ護りたいという意志は強固となるのです」
「うわーすげー立派な考えだぁ……ごめんねマオちゃん、我一生かかってもその考え理解出来る気せんわ。我、平和とかどーでもいーし」
「…………まぁ、はい。個人の思想は自由ですよね、はい」
ダメだ、一般道徳のスタートラインにも立てない。悪びれもせずに平和への思想を真っ向から無視してくるマティウスに対し、マオはそういった思想を伝える事全てを諦めた。
平和主義という思想は魔族にとって基本良くない印象を持たれるも、個々人によって感想は持ち合わせている。しかし”魔帝”は違う。
戦う以外の思想が無い。平和主義という四文字を覚える余地すら無い。あまりに純粋な、濁り一つ無い自然体の闘争快楽主義。それこそが魔帝の本質だった。
ひどい。ひどすぎる。私の苦労とかなんだと思ってるんですか。マオが思ってる事を全て吐き出したとしても、『やー、メンゴなメンゴ!』で邪気無く笑って流される未来を正確無比に予知してしまったので、ぐっと言葉を呑み込む。唾は苦かった。
「――おっ、マオちゃんじゃん! よう、今日は休日かい?」
「あはは、私に休日なんてありませんよ……でも、町の様子を見るのは大事ですからね」
「ったく、大変だねぇ……魔王様が早いとこ完治してくれりゃ、マオちゃんの負担も減るってのに」
ガチ凹みしている中、一人の魔族が気安くマオへと声をかけてくる。
三メートル近い巨体と、岩の様な筋肉が服越しにも浮き彫りになっている偉丈夫。背丈以上に長柄の斧を背負っている
「……魔王様の具合はどうだい?」
「最悪です。神剣とかいうクソ武器滅べって思うの、百回から数えるのやめました」
「はっはっは、違いねえ! 俺も一回やり合ったけど、風圧だけで死ぬかと思ったしな! ……
あからさまに機嫌を悪くしたマオを見て、大鬼は一瞬だけ殺気を漏らす。が、すぐにそれを引っ込めて溜息をつく。
この一連の光景に、マティウスは平和な町並みを眺めた時以上の違和感を覚えた。
「……兄ちゃんや兄ちゃんや。スルーは我も傷付くぜぃ、刹那程の寿命でも挨拶は大事よ?」
「ん? おお、悪い悪いニーサン。マオちゃんの連れだってのに、挨拶もしなかった。許してくれ、名前は?」
「マティウスよ。おぉ許すとも、我の心は大空の果てより寛容と言われた事があるのでな! 鏡の中の我にだけど」
「だははは、なんじゃそりゃ! マオちゃん、また変なヤツ引っ掛けてきたなぁ!」
心底愉快とばかりに、大鬼はマオの背中をばんばんと手で叩き付ける。が、マオは無言で瞬時に構築した防御魔法陣を背中に貼り付け、暴力にすら等しいその掌をブロックした。
というか、叩いた大鬼の方が顔を歪め、掌を引いた。
「いっでぇ……相変わらず手厳しいわ、物理的に。前々から思ってたけど、マオちゃんなんでそれで前線出ねーのよ……人間の城とか余裕でぶっ潰せるだろ?」
「ふふん、そう言われると思って最前線の拠点はつい先日ぶっ飛ばしてきました。連中、今頃泡吹きながら退却してますよ。ザマーミロです」
「マジかよ、さっすがぁ! ……でも
「貴方はもうちょっと自分の腕力が暴力である事を理解して下さい。巨体の種族以外の他人にそれやったら、今度は”手痛い”じゃ済ませませんよ?」
小柄の為に上目ながらもジト目で睨み付けてくるマオに、大鬼は『こえぇー』と顔を軽く引き攣らせる。
そこでようやく、マティウスは理解した。この大鬼は、
「なー兄ちゃん、もしやマオちゃんの正体とか知ってるん? 軍関係者?」
「あん? まさかアンタ、”マオちゃん”について知らんのか。って事は、新入りだな」
「億年ぐらいは寝て過ごしててなー。で、町の案内がてらデートしてもらってるんよ」
「うわー、マジかよ羨ましい。なーマオちゃん、俺ともデートしてくれよー」
「はっはっは、四天王クラスになってからまたお越し下さい」
おちゃらけながら純然たる事実だけを述べるマティウスへ、ジョークとしか受け取っていない大鬼は笑って返す。なお、マオはマティウスへ『マジでバレないようにして下さいよマジで』と思いながらも満面の笑みをキープしていた。
羨望と呆れの混じった表情で、大鬼は説明を始めた。
「アンタもエスコートされるぐらいなら知らされてると思うけど、マオちゃんが姫様なんてのはずっと前から常識レベルで公然の秘密だよ。いつまで経っても”お忍び”なんてすっとぼけるから、城下町の皆は『あーもうそれでいいよ』って感じになってるけど」
「一応お父様の体面とか私の立場から言って、公的に”王女”がやってくるなんてダメですからね」
「の割には、俺らの生活にガンガン頭突っ込むじゃんか。おかげで助かってるけど」
「ここは魔族最大の城下町なんですから、相応の生活はしてもらわんと困ります。っていうか私がツッコミ入れざるを得ないトラブル起こすのやめて下さい、だるいので」
「こえーよマオちゃん。マオちゃんの”だるい”はガチで殺傷力あるんだから勘弁だぜ」
実の所、魔王が変装した”マオ”として直々に城下町へやってくるのは、魔帝の封印を解くよりも遥か以前からやっていた事であり、城下町の名物にすらなっている程だった。
一般市民の生活を知る事、生活の問題を直に見る事、住んでいる魔族達の不平不満。そういった事柄を観察しては、あくまで姫という立場では無く一魔族として関わる。
変装したお忍びの姫である事がバレるのはすぐだった。が、それ以上に魔王は民達に真摯に向き合い続けていた為、長い時間がかかったものの結果的に城下町に来ている魔王は”マオ”として知られ、変装をしている時は本人の希望から”ちょっと高位な魔族”程度の扱いを受ける様になっていた。
「で、最近そっちはどうです。出回る装備の質とか、
「マオちゃんのおかげで装備の質は悪くはなってないが、鍛冶のおやっさん連中は『素材が……素材が足らん……』って泣きそうになってたぜ。姫様の手を煩わせて尚このザマか、って具合でよ」
「え、マオちゃん鍛冶屋へ何したん?」
「中央製錬所の装置を私直々のモノに改造しました。私の魔道具作成の腕は知ってるでしょう?」
「我が思う百倍はダイレクトに生活に頭突っ込んでいらっしゃったこの子」
そして”マオ”として城下町の情報収集を終えれば、今度は”王女”として魔法と魔道具の手腕を民の生活レベル向上にフル投入する。
まず、
畑や家畜などの食糧問題は、王族直轄の地を潰してでも確保して農耕用魔道具を量産した。武装を作る大本である製錬施設は、抜本的な改造により運用効率を向上させた。魔族の力量差による生活の
それはもう、がっつり干渉していた。タチが悪い事にそういったマオの考えた事業の費用は、マオ本人の私財を多分に投資し、かつ現場監督から完成後の経過まで分身魔法を使ってでもやり遂げる程だった。
大鬼の口からそういった主要事業をつらつらと聞かされたマティウスは、この時代に復活を遂げてから初めて、ついにドン引きという概念を心に抱いてしまった。
「……それで”当てにするな”はムリ無い? もう全部マオちゃん一人でいいんじゃないかな、って具合やん」
「それが聞いてくれよマティウスさんよ……マオちゃん、やった事業の経過観察はするけど、さらに手助けを求めたらゴミを見るみたいな顔を見せてくるんだよ……『当てにするなと言った筈だ、これ以上甘えるな』ってさぁ……」
「無駄な手助けはしません。私は生活の基盤を作るだけで、それを維持するのは民の仕事です」
「”マオさんに睨まれたい”とか言うアホもたまに見るんだけど」
「わかりました、次からは笑顔と
そう言ってマオは、笑顔を浮かべると共に殺気の篭った魔力を立ち昇らせる。それは魔帝が見せた全方位への圧力と異なり、自身の周囲の空気に歪んだ陽炎を見せる様なモノだった。
圧を発さず、見せるだけ。輪郭が歪むだけの圧縮された魔力を至近距離で感じ、大鬼はビビって半歩離れ、マティウスは『器用やなこの子』と魔力操作の技量を評価していた。
「大鬼さんがそんだけビビるぐらいなら丁度良いですね。それじゃ、マティウスさんへ町案内の続きをしなきゃいけないので、そろそろ失礼します」
「お、おう……なんだ、その、魔王様によろしくな……」
「ええ。大鬼さんも、あんまり無茶して下さいね。最前線は壊滅させましたが、人間達のしぶとさを舐めちゃダメですよ」
「俺にゃ勇者と同じぐらいマオちゃんが怖ぇよ……なんでそれだけの力を持っててそんな謙虚になれるんだ……?」
冷や汗をダラダラと流す大鬼がその場から去るのを、マオはにこやかに手を振って見送る。
気付けば町の住民の視線はマオに集まっている。『あ、またやってる』みたいな、そんな意志が向けられている。その視線の中に、マティウスは”魔王”への畏れが然程含まれていないのを感じていた。
「……ホントにマオちゃん、
「個人の在り方は自由ですので」
絶対的な暴力を是とする帝。日常的な生活を是とする王。
旧新の時を超えた二人の大将は、絶対的な思想の隔絶を理解しながらも、肩を並べて平和な町中をのんびりと歩いていった。
Tipsその6
”マオ”:
自分が魔王を継いだ時に備え、民の支持率を上げる為に変装した王女時代からの姿。
わざと整った顔立ちの変化を最小限とする事で、自主的に市民へ正体を気付かせた。
この姿に変化している時は、たまに城下町に現れるアイドル扱いとなっている。
”マティウス”:
変装した魔帝の姿。特徴的な大角と鮮やかな髮色が隠され、ただフランクなおっさんになった。
マオモードの魔王と並んで歩いているので注目は集めているが、マオ自体が老若男女問わず親切にするという姿勢を取っている為にあまり違和感を抱かれていない。
ころころと上司を変えるのはろくな結果を招かない。
安定したワークライフバランスはまず職場の安定から。