週休六日の魔帝生活   作:灰の熊猫

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現場は上が思う以上に忙しない

「――め下さい、マティウスさん。どうかお目覚めくださーい」

「ん……むむ……」

「早く起きないと、朝ごはん冷めちゃいますよー。あっためなおすのイヤなんですけどー」

 

 マオによるマティウスの町案内から翌日。変化の魔法を解かないまま、二人は朝を迎えていた。

 時間は住宅街前の大通りを人々が当たり前の様に行き交い、完全に平時の活気が付いた頃。率直に言って、世間一般的には寝坊と言える時間帯。

 マティウスの眠るベッドの傍に立ち、エプロン姿のマオは両手に持ったフライパンとおたまでカンカンと金属音を立て、覚醒を促していた。

 

「ふふ、こういう朝のやり取りやってみたかったんですよねー。絵巻とかでは一般的家庭の姿らしいですし。ほらほら、徐々に強くしていきますよー」

 

 微笑みながら、マオはフライパンを叩き続ける。そもそもマオは自動魔法によって食材も道具も触らずに済む為、これらは未だ使われる予定すら無いまっさらな新品の物だった。

 ここに買っておいてあるのは億万分、那由多に一つほどの確率でマティウスが自分から料理をしたいと心変わりをした時に備えて。そしてマオ自身が庶民の生活に憧れ、形だけでもと生活用品を買ったからである。

 ぶっちゃけ、一般家庭のなりきりグッズでしかなかった。

 

「ほーらほら、直で殴っても痛覚が無いんなら、聴覚へ訴えるまでですよー。さっさと起きた起きたー」

「んむ、ぐ、ぬぬぅ……」

 

 カンカンカンカン。時と共に、おたまはより強いビートを刻んでいく。

 マティウスは放っておけば、日単位で寝る。別に寝たまま放っておいても良い――というか放っておく方が世界の為ではあるのだが、今日はそうはいかない。

 ”仕事”がある。元々先延ばしに出来ず、しかし一週間に一度しか働かないという制約故に後回しにせざるを得なかった喫緊の仕事が。

 

「……んー」

「あ、起きましたか。すみません、今日ばかりは起きてもらわないと――」

「うりゃ」

「へ」

 

 それに応え、マティウスは起きる。

 同時に、マオの胸を両手で鷲掴んだ。

 

「……んむんむ。なるほどなるほど。ほうほう」

「――……」

 

 もにもに。むにむに。

 寝ぼけ眼の瞼を少しずつ開きながら、マティウスは真顔で得心する様に揉み続ける。

 マオはお玉とフライパンを手に構えたまま、完全に硬直していた。

 

「……うむ! やっぱ、若いモンはええな!」

「きぃえあぁーーッ!!」

 

 刹那、マオの瞬速の右膝がマティウスの顎を打ち上げ、跳ねた頭を神速の左踵が地へ叩き伏せた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「あーたーらしーいー朝がきったー」

「私はこんな朝など希望してませんでしたがねっ!」

「己が欲望を世界に求めるとは、傲慢とは思わんかね……」

「個人に欲望を押し付けるのもどうかと思いますがねぇっ!?」

 

 額に青筋を浮かべたマオは、あまりにもいつも通りすぎるマティウスの言葉に対していつもの三倍は険しく力強いツッコミを挟んでいく。

 逆寝起きドッキリでやられた堂々が過ぎるセクハラに、マオは用意した朝食を温め直さず、むしろ氷で凍結させシャーベット状にした上でマティウスに出していた。

 文字通りの冷や飯を与えられたマティウスであったが、そんな怒りを意にも介する事無く、むしろその反応すら愉悦とばかりにけらけらと笑って朝食だった(もの)を食べていた。

 

「もう、もうっ! 信っじられません、ほんと! デリカシーとか無いんですか!」

「我らの時代で求められるのは『(デス)か死』だったよ?」

「今の私にはわかりますねその気持ち! ちょっと死んでくれませんかマティウスさん!」

「ええよ、”不死”切ればいいんだよね? さぁマオちゃん、キミは”不滅”が活きてる我を殺し切れるかな……?」

「ああぁぁもおぉぉ!!」

 

 ああ言えばこう言う、ああ殺そうとすればこう生きる。絶対無敵・厚顔無恥・逍遥自在。その言葉の筆頭主席とすら言うべきマティウスと対面しつつ、マオは頭を抱えながら机を肘で叩いた。

 ハッキリ言って、マオはセクハラというモノに無縁な人種だった。魔族という種族的には人族よりも遥かに荒くれな産まれでありながら、先代魔王・及びその幹部周りは人格者が多く、自然と育つ環境は穏やかな物だったからだ。

 しかしお忍びで街に降りてから初期、自分がまだ王女とバレていなかった頃は厄介な人間を引き寄せた。魔王城直下という立地には、相応の実力と自信を備えつつも普通に性格の悪い連中はごまんといる。

 そんな中やってくる、王女にも近しい容姿を持つ女。鴨が葱と鍋と火を背負ってやってきた、当時の無頼漢達は皆そう思った。そう思い、実際行動した。

 

「別にええやんこんぐらいのスキンシップ。ちょっとぐらいサービスシーンしてもええやーん」

「同じ事を抜かしてきた魔族はこの町にもいましたよ。そいつら残らず全員蹴り飛ばしましたけどね……ついさっきマティウスさんにやったみたいにっ!」

「綺麗な脚やったねぇ」

「流れる様にセクハラを重ねないで下さいもっかい蹴り穿ちますよ!」

 

 マティウスはすっとぼけながら、自身を床に打ち付けた凶器である脚について、その威力を除いた感想を述べる。並の魔族であれば撲殺必死の力を見せたその脚が染み一つ無いモノだった事を、魔帝アイは見逃していなかった。

 そう。”マオ”は遥か昔、今朝とほぼ同じ事をしてきたのだ。城下町の市民達へ邪な行為に及び、かつそう手出し出来ない力量を併せ持つ無頼漢。それらに対してマオは自分自身を撒き餌として吸い寄せ、全員残らず地に蹴り伏せたのである。

 マオは魔法に特化した魔族だ。が、その長所は『魔法さえ封じてしまえば良い』という弱点も生む。故に当時の魔王と幹部陣は、英才教育でその弱点を克服させようとした。

 その内の一つが、マオ自身の格闘能力だった。

 

「マオちゃん、魔法寄りやと思っとったけど殴り合いもイケるんやね。我は徒手格闘とかいう非効率的な戦闘とか久しくやっとらんから、新鮮やわ」

「…………はぁ。魔法封じの対策として、幼少期から最低限素手でも自衛出来るようにと、当時の将軍から格闘術を学ばされたんです。あんまり好きじゃないんですけどね」

 

 魔法が強い、なら魔法を封じればいい。魔法を封じられた、なら力で殴ればいいじゃない。極めてシンプルかつ魔族的に最高に頭の良い暴力的な理屈で、マオは格闘術を学んだ。

 しかし”最低限”と言ったマオの認識は、半分間違いだった。マオの足技は、当時の城下町に闊歩していた腕自慢の悪漢の大半を魔法抜きで叩きのめす程の練度を誇る。

 お嬢さんちょっと二人きりの所に行こうや。良いですよ、では痛い目見て下さい。この一連の流れはもはやテンプレートの如く行われ、悪漢達は誰も知らない路地で土砂を味わう。

 これらのエピソードは既に”暴れん坊王女様”というシリーズ物の絵物語に描かれる程有名であり、『悪いことをしたら王女様に蹴り飛ばされますよ』と子育ての常套句となる程だった。

 

「まぁマオちゃんは誇ってもええやろ、当時はパンチ一発で星を真っ二つに割る遊びとかもあったけど、あの時代はパワーばっかでテクは磨かれんかったからなー。確かな積み重ねを感じるいい蹴りやったで」

「セクハラして蹴り飛ばされて床舐めておきながら、良くそこまでいけしゃあしゃあと人を褒められますね! 誇ってもいいですよ! その無神経さ!」

「まぁ痛覚切ってるし神経無いと言っても過言じゃないかもなん。上手いこと言うね、座布団一枚ある?」

「ふん!」

 

 『その減らず口を潰す』、殺意にも等しい純粋な怒気。その発露と同時にマオは、机に乗り上げ・付けた両手を軸に回転し・マティウスの顔面の下部分を蹴り穿ち・勢いのまま机を離れ床に降りる。その四動作を、一息一言すら許さぬ一瞬で終える。

 一秒後に残ったのは、”不滅”によって傷一つ無くにこにこ笑顔を保ち続けるマティウスと、『まぁわかってた』という諦念を顔に浮かべたマオのファイティングポーズだけだった。

 

「うーん速い。今の我、動体視力はまぁまぁ残ってるけど身体能力はひっくいからなぁ。ギリ視えても反応出来んわー、まぁブロックする気も必要性も最初から無いけど」

「……私は今……冷静さを欠こうとしています……」

「はっはっは、メンゴメンゴ。そんな怒らんでや、カワイイ子は笑顔が一番よ」

「その笑顔を奪ったのはマティウスさんですけどね!?」

 

 はぁ。溜息一つ零して気持ちを整理しながら、振り払えきれない暗い気持ちをマオは抱えて再び着席する。

 こういった流れを以て、これまでマオに対するセクハラ・及び邪気を孕んだ行為は大体マオが足を振れば解決していた。ついでに言えば、暴れん坊時代に培った邪気センサーによって、そういった思考が自分へ向けられるだけでマオは即座に反応出来る。

 しかし、今朝のマティウスに邪な気持ちは無かった。『したいからする』、そんな子供の如き無邪気な邪気に対しては、流石にマオは反応出来ない。というか、セクハラを下心の予兆すら見せず実行する存在そのものが異常だ。

 もうやだこの人。割と本気でマオは、マティウスの持つ”魔帝”という次元最高峰の肩書を忘れて嫌悪を隠さないようになっていた。

 

「まぁ朝コミュはここまでにして。マオちゃん、今日はどしたん。基本的に我の眠りを妨げないスタンスなのに、セクハラされてまで起こしに来るとか」

「好きでセクハラされたみたいな言い分やめてくれません!? 蹴っ飛ばしても蹴っ飛ばしても、私の怒りが収まらないんですがっ!」

「我の事なら、いくらでも蹴るといいよ……それで、マオちゃんの気が収まるな」

「ふんす!!」

 

 言葉が結ばれる前に、予備動作無しの音速のドロップキックがダイニングの宙空を突き抜ける。その過程にあったマティウスの上半身は一瞬消し飛び、しかし瞬く間も無くその体は元通りに再生し――というか、すり抜けたとしか思えない程にそこに在り続けていた。

 着地直後に反転し残心の構えを取ったマオは、その馬鹿げた再生速度を視認すら出来ない。無駄とわかっていてもやった、しかし残るのは敗北感すら感じない”無”の徒労感。

 勇者もコレを体感したのだろうと考えると、敵ながら同情の念をマオは覚えた。塵芥レベルで。

 

「マオちゃん、もういい?」

「……わかりました。もういいです」

 

 『もう気分は良くなったかな』。『はい、もうどうでもいいです』。全く同じ言葉は限りない温度の違いを以て交錯し、マオの本懐をまるで遂げる事も出来ぬまま霧散した。

 マオはマティウスの対面の椅子へ戻る。その瞳に、今を生きる命の煌めきは無かった。

 

「よし、本題やね。わざわざマオちゃんが起こすぐらいだ、今日は久々のお仕事デーかい?」

「……えぇ、はい。本当は即刻取り掛かるべき仕事だったんですが、制約(やすみ)もありますし……マティウスさんが一般生活を知る事はある種、魔族存続の最優先事項でしたので……」

 

 ”仕事”の単語と共に、マオの死んでいた思考が切り替わり、瞳に力が戻る。

 こんな事なら割と本気で起こしたくなかった、そんなマオの気持ちを”魔王”は遥か彼方に追いやる。ここからは、魔族の平和の為に働く王の時間だ。

 

「……現状の再確認をします。勇者達は既に、魔王城が見える所までやってきていました。しかしマティウス――いえ、魔帝様のおかげで撤退に追い込み、最前線の人間軍も撤退中です」

「お、なんや仕事ん時は名前は言い換えるんか。ええね、こういうマジモードのスイッチっぽいやり取り。……我らが魔王よ、次はいかなるお考えで……?」

「あの、切り替えたのを一瞬で茶化さないでくれません? ちょっとぐらいマジモード維持出来ません?」

「愚問だな、我が王よ……我魔帝ぞ?」

「あーはいそうですね、魔帝様は魔帝様でしたねー」

 

 マオとマティウスは、その意識を”魔王”と”魔帝”へと変わる。といっても、本人達の自称する認識が変わるだけで、間柄ややり取りが変化する事はカケラも無い。

 現状、魔王軍と人間軍の大勢は然程変化していない。勇者と軍の最前線を撤退させた事は大きいが、結局の所これは一時的な物であり、時間を置けば再び勇者達が進軍してくる事は変わりない。

 

「現状、勇者を止められるのは魔帝様を投下する肉盾戦法のみです。勇者達が前線から引いている間、他の人間の軍事拠点に攻撃を仕掛ける事で戦線(ライン)を下げさせる事は出来ます……が、こちらから上げる事も出来ません」

「魔王ちゃんと公爵くんが城から離れられないから、だっけ?」

「そうです。四天王格の幹部が一人でも残ってさえいれば話が違ったんですが……先代魔王・及び四天王の内三人は死にました。竜公爵が四天王最後の一人です」

「”最後の一人”って響き良いよね。我も昔は”終焉(おわり)の一人”とか称されてたらしいよ、喰った神の記憶(あたま)からそう聞いた」

「意味合いが天地開闢程に差があるものと思われます」

 

 問題は、魔王軍の深刻な戦力不足による進退の自由の利かなさにある。

 主要戦力たる四天王は、かつて勇者達一行に対し自らの軍勢を連れて対峙した。結果だけ見れば愚か極まりない事に、四天王達は共同路線を取らず『自分とその手勢だけで立ち向かいたい』と挑み、そして各個撃破されてしまったのだ。

 空輸・空爆という重要性を持ち、かつ現魔王の侍従という独自の立ち位置を持つ竜公爵・及びそれが率いる竜人師団は、前線に出る事はあまり無かった為に未だ本格的には交戦していない。しかしそれでも、勇者と偶然接敵した部隊は残らず壊滅させられてきた。

 結論。竜公爵とその師団が居なくなれば、その時点で”魔王軍”は壊滅(ゲームオーバー)だ。

 

「そして戦力不足を補うべく、魔帝様を復活させましたが……本人を前にして言うべき事でもありませんが、結果的には失敗でした。魔帝様は前に出せず、防衛戦力としても不安定だからです」

「おいおいおーい、ヒドいぜー魔王ちゃーん。我、勇者でも幾万の大軍でも止めろって言われたらちゃーんとブロックするぜー? フンフンフンフン」

「明確な対処法の存在する防衛戦力などアテに出来るワケないでしょ」

「え、マジ? 我って対処出来んの?」

「まぁ私視点からすればの話で、人間側(あっち)がその手に気付く事はそう無いでしょうけど」

 

 そして魔王は突貫工事の最終防衛ラインとして、魔帝を勇者へ当てた。これにより勇者は、現時点で突破不能の推定魔王のこれ以上無い挑発を受けながら軍ごと撤退するという、最大級の屈辱と敗北感を受けた、という形になっている。

 しかし、この無敵という言葉に理不尽という衣を纏いながらへらへらと笑い続ける防衛ラインには、人間側からすれば到底信じ得ない致命的な欠陥があった。

 

「前にも言いましたが、魔帝様は七日に一日しか働いてくれません。つまり私が魔帝様に仕事を命じた翌日以降、六日以内に勇者が強行軍でこの城まで辿り着けばそれでジ・エンドです」

「おいおい、いくら仕事外だからって我は魔王ちゃん達を簡単に見捨てたりしないぜ?」

「では聞きますが。仮に城まで勇者が辿り着き私達を殺そうとした時、魔帝様はどう助けてくれます?」

「え。とりあえず、なんかテキトーな事して塵一つ残さず消滅させるけど……」

「範囲は?」

「……あー、この城下町ぐらいなら覆って余りあるかなー」

「ジ・エンドです」

 

 あっ、そっかぁ。呑気に魔帝がそう呟くのを見て、魔王はがっくりと肩を落とす。

 そう。止められない勇者を唯一止める事の出来るこの防衛ラインは、特大の自爆スイッチでもある。それも、うっかり独りでにポチっと動いてしまう勇者以上に止める事の出来ない存在だ。

 魔王は魔帝という駒を、一度は動かせる。しかし一度動かした後、続けて動かせない。その上、その駒の攻撃性能はゼロか世界破滅(グラウンド・ゼロ)の二つしか無い。

 つまる所、その日の運が良ければ勇者達はこの最終防衛ラインを素通り出来るのだ。

 

「さらに我々の負け筋はもう一つあります」

「マジかよ、我の対処手段二つもあんの。自分で言うのもアレだけど、七日に一日の我の労働権を勇者ちゃんが来るまで保留にしときゃええんちゃうん?」

 

 そしてこの魔帝という存在の性質は、さらにもう一つの負け筋を孕んでいた。

 七日の内の六日を必死に凌ぎ切る、あるいは魔帝を完全に待機させて勇者の進軍に当てる。この二つのどちらかが成立すれば、勇者の前に魔帝を出す事は出来る。

 制約が重すぎるとはいえ、この二つの方針を取れば魔帝という鬼札を切る事自体は容易だ。しかし、()()()()なのだ。

 

「『あれ、これ相手しなくてもよくない?』 そう気付かれてしまうのが、最大にして最悪の負け筋です」

「…………あー」

 

 言われて、魔帝は気付く。確かにこれは、魔王側の視点では絶大な欠点だった。

 確かに魔帝は七日中六日を寝て遊んで過ごす為、その間は勇者は動き放題だ。しかしその実働出来る一日とて、()()()()()()()()()()()()のだ。

 魔帝が勇者達へ出来るのは、ただ目の前で突っ立ってお喋りする程度だ。攻撃しか能のない魔帝が動いた場合、やはり例によって超特大の自爆スイッチが起動する。

 前回撤退に追い込んだ時も、魔帝自身は何もしていない。魔王と竜公爵が同時に動く事でようやく、魔帝という次元最大の虚仮威し(ハッタリ)に”絶対に倒せない魔王”というシールを貼り付けて宣伝しただけなのだ。

 魔王はそれを知りすぎる程に知っており、人間達はそれを全く知らない。もし知れば、勇者は魔帝を倒す事を完全に無視・放置し、城を制圧して国を滅ぼす事を選ぶだろう。

 たとえ魔王一人が生き延びていようが、敵の本拠地が滅んでさえしまえば、この戦争という対局においては勝利と言っていいのだから。

 

「魔王である私の仕事は、この二つの事実を必死こいて隠蔽して勇者の侵攻を留め、この敗色濃厚一番搾りの如き戦争を泥沼化させ、互いの勝ち負けをうやむやにして一時的な和平をなんとか掴み取る事です。あとはもう、どうにでもなれって感じです」

「目的地として凄まじく曖昧な軍事目標やね。そりゃまぁ反発食らうワケだわ」

「この思想を直接的に伝えているのは竜公爵のみですが、民達も私が薄々人間達への復讐や征服を第一として考えていない、というのは気付き始めています。その辺の心証も今必死で誤魔化してますけど。例としては先日の拠点空爆とかで」

 

 はぁぁぁ。溜息を大きく、いつもの二倍は長く吐いて魔王は肩を落とす。

 先代魔王は人間達との戦争に勝利する気で動いていたし、四天王を含む大多数の魔族も生態的に弱者である人間達を制してやろうという気に満ち満ちていた。

 しかし、当代魔王は既にそんな気は無い。真っ向勝負で勇者に勝てない、軍力も武装の近代化によって工学的に追い越された。

 あ、これ負けますね。そう悟ったからこそ、魔王は小規模の軍兵を運用しての各地ゲリラ戦で、人間軍の侵攻の妨害・遅延に徹してきたのだ。

 敵を斃すのでは無く、敵の邪魔をする。『あくまで先代魔王の傷が癒えるまで』という題目で魔王はそう命じてきたが、その目標が限りなく消極的で魔族の思想・感情に反しており、そんな魔王の姿勢を問題視する声も徐々にだが大きくなっているのは事実だった。

 

「……長々と話しましたのでまとめます。今は人間達を一時的に騙してるだけで、人間達がいつでも魔王軍(わたしたち)を滅ぼせる状況なのは変わってません。なので、なんとか騙し切る為に手を尽くさねばなりません」

「いやー、マジで大変だねえ魔王ちゃん達。ぶっちゃけ我、こんな追い込まれた状況とか知らんから逆に面白いわ。我産まれた時から最強だったから。はっはっは」

「あははっ、マジで大変すぎて魔帝様のその顔面もっかい蹴っ飛ばしたいぐらいですよ」

「蹴りたいなら蹴ってもええよ?」

「蹴っても無駄なのでやりません」

 

 さぁカマン。言葉にせずとも表情に瞭然と書いてある様なそのニヤケ面に怒りが再沸騰し、魔王は足が飛び出そうとするのを理性によってギリギリ統御する。

 一時的に得た仮初の猶予。これを、戦争の終結という未だあやふやなモノが形となるまで引き伸ばす。その為に、魔王は次策たる”仕事”を練っていた。

 

「朝から世知辛さのオンパレードみたいな話だったけど……改めて、そんな状況で我へ頼む仕事って何よ? 勇者ちゃん達にもっかい会いに行ってカマせ、とかそんな単純な話じゃないやろ?」

「魔帝様をダシに攻撃するには、事情を唯一知る私と公爵がセットで動かねばなりません。遠くへと撤退中の軍・及び随伴しているだろう勇者へ追撃するには、城が空きすぎる。執務室の書類の処理によって公爵は動けない現状、そこまでの遠出は出来ません」

「軍事と事務が同価値で真横に並ばされてるのスゲー哀しいね」

 

 なんか魔王ちゃんいっつも書類書類言ってんな。そう思いながら、魔帝は次の仕事が皆目検討もつかずにいた。

 魔王の言い分から客観的に鑑みて、自分は本当に運用し辛い駒だ。暴れ回る事しか知らない魔帝の戦争観では、こんな劣勢の状態を凌ぐ方法などわかる筈も無い。

 なんかもうめんどくせーなー。ぜんぶ壊せばよくないかなー。魔王へ抱く愛玩の念が無ければ、とっくに魔帝は地上の半分ぐらい雑に滅ぼしていただろうという程度には、現状をかったるく思っていた。

 

「ええ、まぁ……内容が内容なので、ちょっと言い辛い仕事だったんですが。今朝の魔帝様の態度を見て、迷いは無くなりました」

「ほえ?」

 

 少し歯切れの悪い言い方をしながらも、最後は締めた口調で魔王が告げる。

 今朝の態度? なんかしたっけ我? 既に魔帝は自分が魔王に対し、今朝何をやらかしてどう思われたかすらアウトオブ眼中といった具合の、極めて間抜けな相槌を打ち。

 

「では、魔帝様。土の肥やしになって下さい」

「ええよ」

 

 全く意味も意図も分からないオーダーを、魔帝はまるで考える事無くとりあえず了承した。

 




Tipsその8
”魔族流技”(デモンズアーツ)
魔法を肉体のみで超える事を掲げ、遥か昔から伝承されてきた魔族の古武術の一つ。
マオは護身術として幼少期からこれを一通り仕込まれたが、『魔法使えない状況に陥る方が悪い』とし、足技のみをマスターして後は全部魔法・魔道具の学習時間に当てた。
マオの得意技はその場で高速で斜めに屈みつつ、その勢いを使って両脚を全方位で振り回し破壊的な旋風を起こす『龍巻斬空脚(キル・ウインドミル)』。

体型:
着痩せする方。



考えなしに行動して良いことはそうそう無い。
同僚との付き合いとやり取りにはそれなりに気を払おう。

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