「――と、いう事で。ここが私達魔族の実質最後の砦である、”千年樹海”です」
少し早めの昼食を終え、数時間後。魔王と魔帝は、魔王城より離れた谷の先――広大な樹海の手前に居た。
”千年樹海”。千年の間、ただそこに在り続けるだけで外敵の突破を許さなかった事から名付けられた、大自然の要塞である。
ちなみに千年より遥か前には一度外敵の突破があったとかそんな事は無い。単純に樹海が出来てから千年を超えた当時の魔族達が『キリがいいし響きも良いから”千年樹海”と名付けよう』とし、それから名前を誰も変えてないだけで、正しく言えばこの樹海の名前は”千年+α樹海”となる。
「巨大な魔法植物の数々、地上最大級の魔獣や魔蟲達、正常な思考を惑わす濃霧。城への明確な道筋は一部の高位魔族の口伝にしか存在せず、人間側からはここが唯一の侵攻ルートです」
「……あー、スゴイ場所ってのはわかるんだけどさー、魔王ちゃーん」
広く深い谷底にある一本道、抜けた先で高く聳え立つ何十メートルにも及ぶ高さの木々の群れ。その樹木達の隙間を満たす様に漂い続ける、限りなく白く濁った霧。
先を見通す事など不可能な、そんな樹海の入口で――魔王の横にいる魔帝は、浮いたままぐるぐるとスクリュー回転していた。させられていた。
「なんで我はビンゴマシーンみたいにされてん? ブォンブォンぶん回されるコレも仕事なん?」
「単に私のストレス発散でぶん回してるだけです。ちょっと胸が空くので」
昼に城下町を出た二人は、人目が付かない所から魔王は風魔法によって飛翔。そして樹海上方スレスレをすっ飛ぶ事で、この樹海の道順と性質を完全に無視して魔帝を連れてきた。
が、その運送過程から今に至るまで。魔帝は魔王の風魔法のドームに閉じ込められ、その中で螺旋回転させられていた。体の上下左右が浮遊しながら何度もひっくり返るその姿は、この地上に存在する全てのボールよりも強烈なスピンを描いていた。
「まーだ朝の事根に持ってるんー? ほらほら、切り替えていこうぜー? いくらなんでも、このままじゃ仕事にならんやろ」
「……三半規管に特に変化も無さそうですね。その辺もダメージとみなされる、と。覚えました」
「ぬわす」
魔王が指を弾き、魔帝を封じ込める風のスクリュー結界が解かれる。直後、魔帝は足がギリギリ届かなかった低空から落下し、背中を強打した。
城下町を出てから数時間続いた乱回転を終えても、魔帝の顔色はまるで変化していない。魔王としては外傷で無ければ少しは
ほぼ拷問じみた事を、数時間続ける。それを終えても尚気が晴れない程度には、魔王は朝のセクハラについてキレ続けていた。穏やかな心を持ちながら、その内に激しい怒りを渦巻かせていた。
「あいてて。痛みとか感じないけど、あいてて。……ほむほむ、確かに立派な木々だねえ。こういうの見ると、
「もう響きからしてろくでもない魔法な感じしますね」
「うむ、聞かせてしんぜよう。アレは世界の次元を微塵切りにする斬撃を多重に――」
「わかりました。もういいです」
バッサリ。魔帝が自慢げに世界破壊バリエーションの一つを紹介しようとするのを、魔王は切り捨てる。取り付く島を、その端すら見るまでも無く切り捨てる。
聞いてないし聞く必要も感じない。何が悲しくて自爆スイッチの種類をさらに記憶しなきゃならないのか。魔帝としてはかわいい子孫に自分の長所を一つでも多くアピールしたいのだが、そんなモノは魔王としては頭痛を加速させる種をバラ撒かれるに等しい事だった。
「ちぇー、そっけないなーもー。……それで、このデートスポットと言うには余りにもクソデカすぎるこんな場所で何すん我?」
「朝言った事を復唱しますが、現状最大の問題は”魔族側は勇者を止める手段が無い”、この一点にあります」
「……んー……つーか。なーなー、魔王ちゃーん」
立ち上がった魔帝は両手を後頭部で組み、魔王へ問いかける。魔王は腕組みをし、魔帝と向き合った。
勇者に勝てない、止められない。耳にタコが出来る程に聞かされ、魔帝の中ではもはや現世における常識とすら認識されつつある、魔族が現在直面しているどうしようもない現実。
この事について、魔帝は今に至るまで少し疑問に思っている事がある。
「魔王ちゃんはいっつも”終戦”とか”和平”とか言ってっけどさー。最前線の勇者ちゃん無視して、後ろの人間の国全部滅ぼしゃそれでええんちゃうん?
あっけらかんと、魔帝は人間達を滅ぼすシンプル極まりない提案を出す。
魔族の負け筋は、魔帝というハリボテの防衛線を無視される事。しかしその戦術は、人間側にも適用される筈だ。
竜公爵に乗って魔王が上空から攻撃をするやり方は、手口を知られてしまえばその内対策される。しかし対策する時間的な猶予を与えず、竜公爵の取れる最高速度で人間達の国へと飛び回って空爆していけば、人間の国のあらかたは壊滅させられる。そういう、単純に最速な暴論。
魔族サイドが勇者を倒せない様に、人間サイドも勇者無しでは魔王を倒す事は出来ない。勇者と魔王、互いの力量を実際に見た魔帝は、そういった認識を持っていた。
「残念ながら、魔族による空襲戦法は遥か昔よりあった戦術でして。私ほどの大出力・大規模なモノではありませんが、人間側は何度もそれを受けて学習してきました」
「あ、スゲー嫌な滑り出し。めっちゃ魔王ちゃんが頭抱えてそう案件の気配」
「お察しが早くて助かります。人間達の主要な大国は、
”魔王を倒せるのは勇者だけ”、その魔帝の認識は極めて正しい。
だが
魔法の予兆を感知する探知機。生半な魔法を弾く素材と加工で築かれた砦や城。弱い竜ならそのまま撃ち落とせる程の威力と射程を持つ高射砲。迎撃装置を護る結界や魔術師部隊。
人間達の万全の防衛体制を偵察で知った当時の魔王は、頭を抱えた。
「人間達の強みは、その強さを
「『パクる』って断言しちゃったよこの子。『敵から学ぶ事はある』とか、なんかそういう言い回しで誤魔化さないの? 王的に」
「軍力も文明も、全て負けている事は百も承知です。それを恥とは思いますが、拘って滅びるより百万倍マシですよ」
そして、人間達の大国達は規模に比例して鉄壁の要塞と化した。国々は全てが友好関係と言えずとも、共通の敵たる魔族への防衛技術は積極的に共有していった。
ぶっちゃけると、国や城を一個ぶっ飛ばしても代わりがいくらでもいるのだ。それどころか、戦線を上げる為に造られた拠点ですら、高位魔族の空襲への備えが出来ている文化水準にまで達している。
主要戦術が潰されている現状、勇者を抜きにしても魔族は攻めに転じられない。空は迎撃され、陸は勇者が蹂躙してやってくる。文字通り、今の天下は人間達のモノだった。
「という事で、私達魔族が空から出来るのは人間達の偵察ぐらいです。拠点に近付きすぎれば迎撃されますが、距離を取って遠眼鏡を使えば動きは把握出来ますからね」
「パワーでパワーを捻じ伏せてきた、我ら魔族のプライドがどこにも見当たらないのぅ……どっか落としてきちゃった? 魔王ちゃん」
「落とすというか、堕とされましたからね。プライドごと」
という事で、魔王は空の優勢を全て偵察に回し、勇者・及び人間軍の侵攻状況の把握のみに徹するよう魔王軍へ命令している。
これまで魔族は、一方的に攻撃出来る事に一種の快楽を覚えていた。それ故、いかに王女からの命令と言えど、ただ黙って見ていろという指令に現状ストレスを感じている。
万能ワード『
足りないという事を理解出来ないままだったから、こうして滅びようとしている。魔王は、他のどの魔族よりもその時流を実感し、自戒している。現状を、後悔している。
「ほれほれ、またなんか顰めっ面になっとるで。もー魔王ちゃんはマジメちゃんなんだからー、王なんてドッシリ構えて笑っとくモンやで。例えその先に幾億の屍を積むとしても」
「破滅的な励ましを有難うございます。お礼に、魔帝様にはここで肥料になってもらいますが構いませんね?」
「お、それそれ。朝から思っとったけど、我今から何されんのん? 新生活始まって二日目で生き埋めにされん? ウケる」
どこまでも他人事に笑う魔帝に、血管を浮かべながらも満面の笑顔を魔王は返す。
ここに来た理由、本題。”土の肥やし”、”肥料”。朝と今言われた、魔王からの謎すぎる命令。魔王のストレス値を散々チャージした回り道の果てに、話題はそこへと戻ってきた。
「まぁ、半分はそうです。こちらを御覧下さい」
そう言いながら、魔王は自分の懐からガラス珠を取り出して魔帝へ見せた。
珠の内側には、現代の魔法陣に使われている文字が上下左右にビッシリと描かれている。そして中央には上下に分割する割れ目が存在し、その中にぽつんと小さな植物の種が入れられていた。
「なにそのガラスボール? 呪物かなんか?」
「説明は
魔王は珠を左手に持ち、右手で魔法陣を展開する。陣の展開から一秒で、その表面から空気の渦が放出され始めた。
それを魔王が自分の手前、樹海の地面へ向ける。すると、陣の先から生んだ空気の渦が大きく・細く・鋭く・長く。流れる様に形状が変わり、ゆっくりと地面にぶつけられる。
限りなく細い、竜巻のドリル。それが、大地の深くを目指して穿孔し始めた。
「
「デカい樹ってーと、次元と次元を繋げる概念の樹ってのは神界で見たかなー。その樹を斬り落とさないと次元が壊れないって感じのヤツで、我も初見はビビったなー」
「……今回ばかりは、その狂った昔話が少し役に立ちそうですね」
「おん?」
『昔は良かった』では済まされないクソデカ昔話に対し、いつも通りのツッコミが飛んでこない事に魔帝は話題が盛大にスベった様な印象を受けてしまう。
古代と現代のジェネレーションギャップによる魔王の反応。すっかり一つの楽しみとしていたそれがやってこない。魔帝がほんのちょっと残念がっている間、昔話をスルーした張本人たる魔王は淡々と地面を空気で抉り続けていた。
ざりざり、がりがりがり、ごりごりごりごり。どこまで掘る気なのか、第三者である魔帝にはさっぱり検討も付かない程、ドリル音が淡々とその場に響き続ける。
「この珠の中にあるのは世界樹の種子、その一つです。昔から世界樹は世界最大の栄養源を持つ植物として人間と魔族で取り合い、その大半は戦争の中で焼かれた挙げ句、残った一部は人間の国の管理下にあります」
「ほーん、えらい
「実際貴重です。コレは種とはいえ、今や魔族の持つ唯一の世界樹なので」
そこまで話した所で、ようやく魔王の右手のドリルが掻き消える。魔王の目の前には、掌程のちっぽけな直径でありながら深淵のごとく深い穴が出来ていた。
魔帝の視線が魔王のガラス珠の中にある種と、たった今穿たれた用途不明の細穴を行き来する。魔族全体にとって超貴重なこの種、魔法文字が描かれているガラス珠、魔王が掘った縦穴、連れて来られた
話を聞きながら、ぼけーっと見やるだけ。どうせ暴力を振るうしか能のない自分に、魔王ちゃんの考えなんかわからん。ならもう考えんのやめて流れに流されていこー。
魔帝は今、完全なる思考放棄の境地に居た。
「では、魔帝様。”不滅”ナシで」
「お、ってコトは……ほい、失くしたで」
「っせい!」
魔帝が権能の一つを放棄する、瞬間魔王が魔帝の胸の中央を右の掌底でブチ抜く。
腹部では無く、胸を――心臓を。本来誰であろうと、即座に致命傷となる一撃。魔王は骨ごと、魔帝の
「フゥー死んだー! まぁ死なんけど我! ……あれ、なんかデジャ・ヴー」
「ふぬ!」
そのまま魔王は、掴んだ心臓を風穴の空いた胸から引き抜いて手元にする。
肉体から千切れて尚鼓動を刻んでいる、不死の心臓。それが魔王の掌の内のモノとなった。
「もう”不滅”戻していいですよ、魔帝様」
「ヒドイ、我のカラダが目当てだったのね……! 我の心を弄んでっ……!」
「まぁ酷いのは確かですが、罪悪感がカケラも湧きませんね。弄ぶのも間違いないですし」
そして魔帝の傷が瞬時に掻き消え、魔王が握っている心臓以外の全てが無かった事になる。しくしくと声だけの嘘泣きを見せる魔帝から、魔王はしれっと視線を切り、掌の心臓を握り潰した。
魔王の手から心臓の肉片と血が撒き散らされ、残るのは成れの果てだけ。そして魔王は器用にも左手の親指だけでガラス珠の上下を小さく開き、かつて心臓だった残りカスを中へと入れる。
かつて工芸作品の様に透明だった珠の内側が、放り込まれた肉と血でドス黒く染まる。それを魔王は、ゴミの様にぽいっと目の前の穴へと投棄した。
「ではちょっと離れましょうか。魔帝様、こっちへ」
「それより魔王ちゃん、城下町でヤった時より我への殺意高くなかった? ねぇねぇ今ガチで殺す気だった? そんな殺気ぶつけられちゃ、我ちょっとワクワクしちゃうやん」
「捨てて下さいそんなワクワク。絶対地獄が湧く湧くだけでしょう」
「はっはっは」
「あっはっは」
血塗れの殺意に満ちたブラックジョークを交わしつつ、魔王達は樹海から離れるように歩く。事実、さっきの魔王は今朝の苛立ちを少しでもスッキリする為に、純粋なる殺意を込めた渾身の右ストレートでハートキャッチしていた。
もはや致命傷のやり取りが雑談のタネにしかなっていない。そんなイカれた状況にまともな言葉をツッコむ役は、もはやこの場に存在していなかった。
「話の続きです。あのガラス珠に描いたのは私特製の
「我の心臓をあの種に与えて育てる、と。”肥やし”ってそういう事かー」
「ええ、魔帝様はそこに在るだけで魔力を垂れ流してますからね。その心臓ともなれば、一部でも十分すぎる程の大量の
魔王の説明に、魔帝はようやく今回における自分の役割を理解した。
世界樹の強制的な覚醒と成長。その為の、
自分の孫に贈り物をする、そんな感覚。子孫とか残す暇があるなら神々を破壊する事で愉しんでいた魔帝にとって、自分から何かを与えるというのは新鮮で良い心地だった。その内実は心臓をぶち抜かれて目の前で潰されるという鬼畜な所業であったが。
「ん、『効果の一つ』? なんか追加攻撃とかするん?」
「……あながち的外れでもありませんね、その表現。さて、これだけ離れれば十分ですかね」
百メートル以上は悠に離れて、魔王は樹海の――世界樹の種を投げ入れた穴の方へと振り返る。魔帝も明らかに途中である魔王の話の続きを楽しみにしつつ、魔王の動きに追従する。
その時。魔王達のいる地面が、地響きと共に揺れ始めた。
「あの珠のプログラムには成長を促す部分と、
「ほほーう? ……お、すっげえ揺れる。我浮くわ」
「あ、魔帝様、私も掴まっていいですか? 魔力勿体無いですし」
「やったーそのワガママボディを存分にハグハグ出来るー!」
「わかりました、自力で浮きます」
魔帝がウキウキと浮き上がるのを見て、前言を完全撤回した魔王も風魔法で低空を飛ぶ。そうしている内に、地震は肥大化して地が割れ始めた。
加速度的に地震が大きくなる。地面の罅が四方八方へと広がり、割れゆく大地が隆起していく。浮遊していなければ誰もがその場に留まる事すら出来ないだろう、それ程の地震――その直後。
天を衝く如き勢いで、大木が地面から急速に伸び上がった。
「うおでっか……! 我の破壊欲が疼くわぁ……どうしよ、何で破壊しよっかな……!」
「ぶん殴りますよ魔帝様。たとえなんの意味が無くてもぶん殴りますよ。コレ、急拵えとはいえ私達の最終兵器なんですから」
雲まで届いている、そんな錯覚すら覚える程の高さ。十分に離れた筈の魔王達のすぐ手前にまで至る、圧倒的な太さ。
肥沃な大地で何千年もの時を経てようやく至れる筈の、世界樹の成木。それが魔帝の心臓という最大級の養分と、魔王の高度な魔法技術によって、たった一時で産まれさせられた。
「最終兵器? このクソデカツリーが? 何破壊すんのコレで」
「まず話題を破壊から一刻も早くリリースしてくれませんか? コレは
「んん?」
防衛。ろくに覚えの無いその概念だが、いかに素人以下の魔帝目線でもそれがこの大木に当て嵌まるとはあまり思えない言葉だった。
確かに目の前の世界樹は、千年樹海のどの木よりも遥かに高く聳え立っている。だが大きいだけでは軍や勇者は止められる訳も無い。いかに樹海の入口を塞ぐ程巨大であっても、勇者や軍が力づくで攻撃すれば迂回するだけのスペースは十分に作れるのだから。
「さっき言った通り、あの樹には成長した後の
「おー、立ってるだけで攻撃してくれるとか便利やん。どんな風に攻撃するん? めっちゃ気になるわ、魔帝的に」
「期待してる所悪いですけど、流石の私でも植物なんて思考力の無いモノにはあんまり複雑な設定は出来ませんよ? せいぜい木の葉を飛ばしたり、枝で敵を捕まえて――」
そんな説明をしている最中。魔王の上から、
「えっ」
「おっ」
世界樹の上方から高速で伸び落ちて来た枝は、魔王の胴に巻き付き。
「――ひぇぁああーーーッ!?」
がっしりと捕まえた魔王を、一瞬で上空へと誘拐した。
Tipsその9
千年樹海:
めっちゃ木が多くてめっちゃヤバくてめっちゃ視界が悪い場所。
再生する樹木なども存在する為、現魔族の木材・食材の大半がここ産。
世界樹:
めっちゃ太くてめっちゃデカくてめっちゃ栄養のある木。
人間達の国では戦争と並行し、この木を巡る利権争いをしまくってる。
どれだけ注意しても事故は起こっちゃうもの。
前例が無い物事には、前例の無い事故も付き物だ!