テセウスの魔法少女~あの娘のため世界のため、あの手この手で死を受け入れたがままならない~(旧:魔法少女『海蝕』) 作:描代れな
2000~3000文字で幾つか投稿します。
また幾つか前話で展開には関係ないところ、名前などを修正しています。
「ん~……今日は絶好の航海日和だねぇ」
潮風が髪へとまとわりつき、靡いている。
黒髪の美少女が今乗っている船──魔術式遠洋航海船。
その船首の手すりに頬杖をつきながら──
「君もそう思わないかい?加賀美莉緒ちゃん」
楽しむような軽い声音ではっきりと問いかける。
毛先がうねり、肩までの黒い雅なボブカットを潮風にゆらと靡かせ、船首から逆方向へ、両肘を手すりに預け、全身を振り返る。
視線が少女へ向けられた──それだけで感じる異質感。
背丈は160センチ程。決して大きいとは言えない。
しかしただそこにあるには、あまりにも存在が溢れすぎている。
かわいらしい顔つきには相容れない──妖艶な雰囲気──異質感の助長。
白いタイフロントシャツの上から黒いコートを羽織り、白いデニムがすらりと──大人びているそれらを少女は着こなしている。
『源理』──荒峰深愛。
超常の存在を扱うものならだれでも知っている女傑。
今は彼女が声をかけた存在──加賀美莉緒への監視役。
「…………」
深愛に向き合い、片膝を立て壁に背を預け、莉緒は座っている。
「せっかくの入学だよ? もっとテンションあげようよ~その制服、似合ってるよ?」
トップスはオーバーシャツ風、パンツはパギンスのような全体的に黒い女性用学生服。
特徴的なのは、胸に1つ──パーツのようなバッジが鈍く輝いている。
後ろ髪は腰まであり、深海のような暗い藍色の長髪は毛先がウルフヘアのようにうねっている。壁と背で抑えられている後ろ髪に比べ、前髪は勢いの良い潮風を受け、はためいている。
今二人が乗る船はある島へと向かっている。
島が丸ごと教育機関であり──特殊青年育成機構の1つ。
世界中から特異な能力を持つ少年少女を集め、指導し、管理するための教育施設。
──星蓮想学園。
「もしかして不安? 新天地へと一人旅立つ心細さ、私もあったなぁ。まぁでも大丈夫だよ。君を無事送り届けるために私が随伴してるんだから」
──もし外的、内的要因で事故が起ころうともね?
そう続けた。
「…………」
「私はまたやってもいいんだけどね。君のその──尽閼の力と」
──船が沈む。
莉緒はそう思ったが沈黙を続ける。
「一体どうやってあいつに食われたはずの君が生き延びたのか、その上なぜ君が尽閼の力を扱えるのか。何も教えてくれないから、協会の上は不安を隠しきれてなかったよ」
──教えたところで何になる。
協会と聞き、莉緒に怒りが湧くと同時に、今になってはどうでもいいという思考も湧き、さらに沈黙を続ける。
「────星薙愛惟」
「────」
まくし立てる。
「君が所属していた、今は亡き魔法少女部隊アルカディアのリーダーで、君と親交が深かったと聞いてるけど、これから彼女にあってどうするつもりなの」
沈黙。
「少しぐらい教えてよ、君のことはあのときから興味を持って調べたついでに、彼女のことも調べたんだ。──だけど、今の彼女って協会に属してないフリーだから、以後の記録がなくてね。ただ星蓮想学園に籍を置いてるのは薫から聞いてね」
星薙愛惟、涼元薫、かつての同僚と上官の名前が出てきたが、莉緒は反応しない。
莉緒の目的──それは星薙愛惟に会うことだ。
それで全てが終わる。
莉緒は視線を斜め上上空へと向けるだけで、喋ろうとはしない。
「……この名前出したら少しは喋ってくれると思ったんだけどね。ま、いいか。」
莉緒を喋らせる種が尽きたのか、眉を曲げる深愛。
そこで深愛は考えた。
──ならば次はこちらが関わることについて、問いを投げようか。
「彼女に会うためにわざわざ協会と契約、しかも私の息子を介して結ばせるなんてね。一年とちょっと、記録上死んでたはずの君が──それもよりによって息子のことを、どこで知ったんだか」
契約──契約内容の履行、抑制などを当事者が表明し、魔力のような能力源(エレリス)を用いて結ぶもの。
莉緒は視線だけを深愛へと向ける。
少しだけ、息子がいるとは思えない容姿をした彼女から怒気を感じた。それもそのはず、彼女の息子は秘匿されているのだ。存在ではなく、その異能を。
それを何の縁のない少女が知っている。母親としてこんなに不気味なことはないはずだ。
問われ、初めて莉緒は口を開いた。
「────それについては謝る……すまねぇ」
ぶっきらぼうに答える莉緒。
それに少し眉を動かす深愛。
「ふむ……記録の感じとは大分違うけど──まぁいいよ。ある程度それについては予想できるし、協会を通さず薫から連絡してくれたからね。もし協会に息子のことを話してたら──」
──殺してたけど。
物騒な言を告げる深愛であるが、莉緒は受け流す。そうなっても、根本的には構わないから。
莉緒は協会と契約を結んでいる。しかしそれに直接協会は立ち入ってはいない。
彼女の息子を介して、間接的に協会と契約を執り行った。
「急にごめんね?君も子を持てばわかるよ」
──……持てれば、わかるだろうな。
しばらくして見えてきたのは大きな島。木が生い茂ていたり、山肌が露出している山脈があったり、大きな建物が乱立している町があったりと、様々な顔を船からでも見ることができる。
「お、見えてきたね。もう少しで到着するよ──あれが星蓮想学園だよ」
出迎えたのは船上からでも分かるほど巨大な校舎の一部。
その前には砦のような校門がある埠頭が見えた。
「ここが新しい君の生活場所だよ。特殊青年育成機構の中でも大きい方だから、お目当ての人に会えるといいね」
莉緒は立ち上がり廊下を進む。合わせて横に付いた深愛。
確認するように莉緒へと話しかける。
「君がここに来るにあたっての契約は覚えてるだろうけど一応ね。協会上層部からは、1つ目が尽閼の能力の封印、2つ目が星蓮想学園へ三年間所属。君からは、1つ目が君と星薙愛惟の問題に協会は関わらないし、2つ目が君の生存の自由を保証する。そしてもし、これらのうち1つでも破られた場合──私が出る。いいね?」
協会上層部が呈示したのは──尽閼の力の封印、星蓮想学園への三年間の所属だ。
なぜこのような契約を結んだのか。
前者は尽閼が二度目の完全降臨の際、現れた莉緒が尽閼の力を揮ったのだ。それにより周囲一帯約半径10キロメートルに甚大な被害を与えた。再びその力が解き放たれることを恐れた協会上層部は、契約によって尽閼の力の封印を求めた。
しかし、ここである問題が生じた──尽閼の力が強過ぎたという問題が。
それにより完全に尽閼の力を封じることができなかった。破られたら深愛が出ると言ったのは、ほとんどこのためと言っても良いだろう。
そして後者、これは体のいい監視である。尽閼の力を揮える存在を野放しにはできない。
次に莉緒が呈示したのは──星薙愛惟と加賀美莉緒との問題に干渉しないこと、加賀美莉緒の生存の自由を保証だ。
本命は前者、後者は前者のためにあると言ってもよい。もし前者を契約に組み込めなかったならば、もう1つ協会上層部からの要求を?んでもいいと考えるほどであった。
それほどまでに──これから己が愛惟に行うことを邪魔されたくないと考えていた。
「ああ、わかっている」
返事をしながら、船から降りようと埠頭へと伸びようとしているスロープの近くに寄る。
そこで再度、眉を顰める深愛。
「君女の子なのに身軽だねえ、1つも持ち物ないの?」
良くしゃべる女性だ……そう思う莉緒だが、深愛の懸念も妥当である。
新しい生活場所に赴くというのに、日用品や衣服が入ったバッグすら持っていない。着の身着のままとは今の莉緒のことを言うのだろう。
「必要ない」
ふーんっ……と、訝しげな顔の深愛は、埠頭に視線を送り──口角を上げた。
莉緒は歩を進め、島の埠頭へと降り立つ。
そして、聞こえた。
「────莉緒」
記憶から消えた筈の声が。