テセウスの魔法少女~あの娘のため世界のため、あの手この手で死を受け入れたがままならない~(旧:魔法少女『海蝕』) 作:描代れな
連れてこられたのは港近くにある、送迎用と思われる魔術式稼働四輪。
「さ、学園まで距離あるし、中でゆっくり話そうか」
私の身体には鎖が未だ巻き付いている。逃走はこの女の前では不可能であろう。
私は大人しく後ろの座席に座った。深愛は向かい合うように足を組んで、楽しそうに座席腰を掛ける。中は2人が座ってもなお、余りある程度には広く、まるでキャンピングカーのよう。
「ここならだれにも聞かれる心配はないよ──んで莉緒ちゃん」
「その名で呼ぶんじゃねぇ、私は尽閼、ナウィザだ」
おそらく意味はないが、私が莉緒であると肯定するわけにはいかない。私は尽閼として現れた──そうでなくてはならない。
「ふふ……」
「何がおかしい」
口に手を当て、見ほれるような笑みを浮かべる深愛。
「わかってるでしょ? 私にそれは通じないよ。私以外にはそれで通るだろうけどね」
「っ……」
完全に尽閼ではないと見抜かれている。
だが何故だ。
先ほどまでの私と愛惟のやり取りを、深愛はフロディオンの中から見えていたはずだ。
ボロはなかったはず。完璧に尽閼を、取り込まれて出会った尽閼の本性の模倣はできていたはずだ。つい最近まで、一緒にいたのだから。
次に口にした一言に、私は耳を疑った。
「私ね──昔あいつと約束しているんだ」
「なっ……!!!!」
尽閼と接触していた──尽閼が完全降臨したのは二度のはず。しかし深愛は少なくとも記録上にない接触がある。
尽閼の分身ならば過去に幾度か顕現したことがあると記録から知っているが、あれはただの意思を持たない魔獣だ。約束などとは縁のない存在であろう。それでも魔法協会は多大な被害と死傷者を出した。
恐らく私以外の者が今の深愛の発言を聞けば、すぐさま彼女は協会から審問にかけられるだろう。
いや、彼女にそれは通じないだろう。世界は彼女に対して無力だから。
「私は少なくとも君が尽閼──ウィザではないことはわかっていた。じゃあ君の正体はなんなのか。加賀美莉緒? いや、それも正確には違うんじゃない?」
私の目を見て、坦々と告げる──
「1つ1つ私の考えを聞いてもらおうかな。まず私が君はウィザじゃないとわかった理由は、君がウィザの消失と共に現れたときだ」
最初も最初、その時から私は躓いていると深愛は示す──
「もし本当に君が言うようウィザであったならば、あいつは私に約束を果たすため真っ先に、私の所へ向かうはずなんだ。それが一切君はそんな素振りを見せなかった。船の上で2人きりになったときでさえも。まるで約束なんて最初から知らないって感じでね。」
あいつが私との約束、契約を忘れるわけがない。そう続け、組んでいた足を下ろし──
「だから確信した、ウィザではないと──でも次の疑問が生まれた。何故、ウィザの力を使えるのか、と。君が現れた4月1日、君は尽閼の力を揮って見せた──あの理不尽極まる力を。加えて、君がさっき見せた魔纏弄から感じる魔力の質はウィザと同じだ。さらには先の星薙愛惟とのやり取りである程度、君について把握できた」
立ち上がり、座っている私の頭上から──
「君、混ざったね?」
────脳裏に次々と浮かび上がる、尽閼の中で過ごした記憶。
穢された────全身にあいつの手の届いていないところなどない。
痛めつけられた────私の悲鳴をただあいつが楽しむために。
凌辱された────子を産めないはずの身体であろうとも嬲られた。
フラッシュバックが続く。一度湧き上がると次から次へとあの光景を思い出す。
誰も助けてくれず、尽閼に延々犯される日々を。
気を失っても意味がない。
身体が休まず悲鳴を上げた。
早く死にたいと思えども死ぬことはできず。
そして私が産まれた──尽閼を孕んだ母体としての加賀美莉緒が。
ゆっくりと深呼吸していると、身体が覆われた。深愛に抱きしめられていたのだ。
手先が震え、自分でも分かるほど汗が滴る。
「ごめんね。ただ重要なことなんだ、君はあいつと混ざり合って────1つになった。そうだね?」
わが子に諭すような柔らかい声音。尽閼に解放されて初めて感じた安心感。
それに気を許したのか、それとも全てを吐き出して楽になりたいのか、自分の気持ちがわからないまま、深愛の問いに答える。
「ああ、だが本当のところわからない。私が加賀美莉緒なのか、尽閼なのか──それとも別の何かなのか──でも1つだけわかることがある」
「このままでは尽閼が世界を滅ぼす……復讐のために。だね?」
それすらも言い当てられた。彼女はどこまで尽閼について知っているのか。あいつの憎悪や復讐のことも知っているのか。
もはや驚きもしない。
今の私はいつ爆発するかわからない爆弾のようなものだ。
尽閼は今でも私の中にいる。尽閼の力を使えるのも、魔力が尽閼と同じものであるのもそれが理由だ。
それだけならいい。だがこいつが私の中でずっと大人しくしている保証はない。
あいつは私に言った。
──やっと全てを終わらせることができる。
そしてそれがいつ、私の中から現れるかわからない。
私も聞きたかったことを深愛に投げかける。
「あんたが連れてきたんだろ。愛惟を」
「お、やっと投げかけてくれたね。やっぱりバレてた?」
「あいつが目の前に現れたときにな。確信したのはあんたがフロディオンに抵抗しなかったことだ。あの程度のわけもないだろう。大方、私の反応を見るためだろ」
「正解。君が愛惟に会いたい理由がわからなかったからね。ならさっさと合わせてみればいいかなと思ってね」
「あんたの手の上だったってことか……なら──」
チェインを解き、左手で深愛の襟を掴んだ。こちらに引き込みながら私と入れ替わるようにしてソファに深愛を押し倒す。逃げられないよう両膝で腹部を挟み、膝立ちした後、右手を深愛の眼前にかざす。
チェインは今の私なら時間をかければ解除できる。それほどの魔力が今の私には存在するからだ。
「これは読め──」
「目的が達成できなかったから私に殺してもらおう」
彼女は私の目を離さず、何ともない顔で、何の問題もないように。
(どこまで先が見えているこいつは!?)
私の体に硬直が走る。
続けてつらつらと。
「星薙愛惟の異醒顕象、『熾天使』は魔獣に対して強い。その力もあって君たちアルカディアは魔法少女として最高戦力の1つだった……しかし、尽閼と会ったあのときの彼女の実力では無理だった。いや少し違う、相手が悪すぎた。でも尽閼の力を契約で抑制した今の君なら彼女の力が通じ、自分を消滅させることができると思った」
そうだ、愛惟なら私を尽閼ごと抹消できると思っていた。さっきまでは。
「だけど実際には、何故か愛惟の異醒顕象は熾天使ではなく、別の何かへと変貌していた。──それでは尽閼諸共、消滅するという君の目的が達成できない、でしょ?」
私の目的まで把握されている。こいつの観察眼と頭の回り具合なら、さきの愛惟とのやり取りでと今までの会話で予測することはたやすいだろう。
苦し紛れに問う。
「……愛惟の、黒い異醒顕象は一体なんだ?」
「わからない、私もあんなのは初めて見た。船で言ったように君と愛惟のデータは全て読んでるんだ。だから尚更私も驚いてるんだよ。君も知っているだろうけど異醒顕象は異能を扱える者──異能者が至ることができる極地だ。あんなに具体的に完成していたはずの異醒顕象の変化は有り得ない」
彼女ほど異能について知っている人はいないだろう。数々の能力源、異能、異醒顕象を扱った事件を解決してきたことから付いた異名が『源理』。そんな彼女でもわかりえないのだから、愛惟の異醒顕象の変化の謎は、今は解くことができないだろう。
──そう考えていたときだった。
気が付けば天地が翻っていた。