――2020年某日。有名動画サイトにてその生配信が開始された。
[近所にバケモノが出た!!!]
「これで、配信できてるよな……」
配信の開始と共に、映し出されたのは玄関と思わしき扉。男の声に紛れて、かすかに悲鳴のような音をマイクが拾う。
「お、聞こえてる? おっけーおっけー。そんじゃ急だけど配信始めるよー」
カメラを持ち上げたのだろう。画面が揺れ動き、男の顔を映した。どこかあどけなさの残る顔に、短く整えられた金色の髪。ダッシュダッシュチャンネルの主、カケル。齢17の高校生配信者だ。
カケルはカメラを自分の顔に向けたまま立ち上がった。カメラを抱える体勢になり、カケルの顔を下から映す。
「さっき帰りにバケモン見てさ、もう見るからにやべぇのよ」
どうやら玄関の扉を開けたようで、無数の音がどっと押し寄せる。家の外は悲鳴混じりの喧騒で満ちていて、玄関の閉じる音は聞こえなかった。
「テレビでやってた赤目の怪物ってやつ? 最近ちょいちょい発見されてるけど、あんなにデカいのははじめてじゃねぇかな」
カケルは住宅街の道を歩いているようで、カケルを映すカメラは小刻みに揺れ、背後には家屋の壁が映り込む。
「にしても何でみんな逃げてんだ? 野次馬全員いないじゃん」
すれ違う声がお前も逃げろと言っているが、カケルはそれを意に介した様子は無い。
その時、大きな音が聞こえた。明らかに人のものではない。甲高い鳥のような鳴き声。
「おっ、これだよ。この鳴き声のヤツが赤目のバケモン」
聞こえてくる悲鳴も少なくなり、代わりに何かを叩くような、爆発にも聞こえる音をマイクが拾う。
カメラが道の先を映した。遠くの背を向けて走る人を除き、人の姿は無い。
「まだその角曲がったとこにいるみてぇだから、3.2.1で映すぞ」
塀の側に寄り、T字路の曲がり角へとにじり寄る。衝撃の音は近く、もう間近に怪物が存在することを予感させる。
「3……」
窓ガラスが割れる音がする。衝撃か震えか、カメラが揺れた。
「2……」
どこかの家にいるのだろうか。赤子の泣き声が明瞭に聞こえる。
「1……」
泣き声がピタリと止んだ。心音が聞こえそうな程に静かになる。
「0!」
カメラが大きく動いた。映されたのは瓦礫の中佇む1体の生物。鳥としては異質な、某ハンティングゲームの鳥竜種を彷彿とさせるシルエットに、全身を覆う黒い艶のある羽毛。3メートルに届きそうな高さまでもたげた頭からは細長いくちばしが伸び、噛み合わされたその隙間が液体が絶えず滴り落ちる。
鳥の怪物の足下には赤色が乱雑に広がっている。瓦礫の下敷きに、ぐったりと倒れて動かない人が見える。鳥が大きな獲物を丸呑みにするように嚥下を終えた怪物は、その赤い目でカメラを、カメラを持つカケルを見た。
「あ、あれって、まさか人食ってる訳じゃねぇよな」
怪物が翼を広げようとして、家屋にその翼を叩きつける。爆発のような衝撃音が鳴り、壁に無数のヒビが入る。怪物は苛立たしげに鳴いた。
「ひっ」
画面が後ろに下がる。怪物は走り始めた。しかし、2メートルもある大きな体躯に不釣り合いに小さい脚ではバランスが取りづらいのだろう。3歩目で転び壁に倒れ込んだ。
「はは、なんだ、バカじゃねぇか」
粉塵が舞い上がる。気だるげ起き上がった怪物は、壊れた壁に目を遣ると、おもむろに頭を突き入れた。
素早く引き戻されたそのくちばしには、少女が咥えられていた。
「い……いや、やだっ、はなしてっ」
年は10歳前後だろうか。桃色の服を身に着けた少女は、その腹部を怪物に咥えられ持ち上げられている。精一杯の抵抗だろう。足をじたばたと動かし、くちばしをこぶしで叩くが、怪物が動じる様子は無い。
そうしている間にも、怪物の首は天に掲げられる。
「おい、やめろ」
カケルの言葉も虚しく、怪物のくちばしが噛み合わされた。バチンと気味の悪い音が響き、吹き出た血が黒い羽毛に降り注ぐ。
「い゛やぁあぁァア゛ッ」
ほんの一瞬、遅れて少女の悲鳴が響き渡る。少女の体がくちばしからずるりと垂れ下がる。ブランコのように宙に留まったその体は、上半身と下半身を繋ぐ腸が支えていた。
間もなく、バチッという音とともに少女の落下が再開する。落下音が続けて2つ。少女の体は腹部で寸断され、怪物の足下に転がった。
少女の目はカメラを、カメラを持つ男を見た。
「ぃぁぁ……たすけ」
言葉を言い切るよりも早く、少女の頭が啄まれる。次の瞬間、そこにあったのは首を失った死体だった。伸ばされた腕が、静かに地に落ちた。
「嘘……だろ……?」
怪物がカケルを見る。翼を広げようとして、壁に強く叩きつけた。爆音。怪物は苛立たしげに鳴いた。
「そうか、夢か! 夢だよな! あんなバケモンいるわけが」
怪物が吠えた。威圧に当てられ、カケルの言葉は枯れた。
怪物が走り出す。大きくよろけながらも、今度は転ぶ様子は無い。
「うわあぁぁああっ」
カメラが地に落ちた。引きずられるように画面が跳ね、そこで配信が終わった。
最後に映されていたのは、T字路を曲がりきれずに壁に突っ込んだ怪物の姿だった。
――翌日。ダッシュダッシュチャンネルに、新たな動画が投稿された。
[逃げて]
「この動画を見ている人がいたら、急いで逃げて下さい」
映し出されたのはカケルだ。スマートフォンを手で持って撮影しているようで、画質が荒く、画面が揺れる。
「ニュースで報じられている赤目の怪物を、決して他人事だと思わないでください」
整然と話すその姿には、普段のおちゃらけた様子は無い。
「昨日の配信は、もう消されてしまいましたが、決してフェイクではありません。あちこちで出回っている類似の動画もです」
よく見ると、左腕に包帯が巻かれている。変わっていないと思われた顔にも、目立たない絆創膏が貼られていた。
「今こうしている間にも、怪物は生息圏を拡大しています。危険区域に指定されていなくても、奴らは空を飛んでやってきます」
カケルの背後に映っているのはテントだろうか。ビニールのような壁面が映されている。
「俺は、自衛隊に救出されてなんとか生き延びることができました。ですが……」
カケルの言葉が詰まった。その目には涙が滲んでいる。
「みなさんも逃げて下さい。危険区域からなるべく離れて」
動画はここで終わった。この数日後、怪物の個体数が急増。感染によりその数を増やすウイルスであると判明した時には、何もかも遅かった。
赤目の怪物は時間とともに世界に蔓延し、地上の悉くを滅ぼしていった。
その悪夢の名はガストレア。世界の安寧を覆したもの。
To Be Continued...