必死に進み続けた先に見えた終着点
そこから振り返った時に初めて自分たちの歩いて来た道のりの険しさと距離を知る
必死で気付かなかったが、随分と遠く、高い場所まで来ていた
この先の終着点からは、一体何が見るのだろうか
▼レバガチャダイパン大好きな番組でした。ゴールが決まってしまいましたが、残りも全力で駆け抜けてほしいです。
▼解釈違い、キャラクターイメージなどに反する内容となっている場合が御座います。
とうとうその日がやって来た。
笹木、社、シェリンに対して『レバガチャダイパン』の最終収録日がスタッフより告げられたのだ。
三人は番組打ち合わせを終えてからも、暫く打ち合せ室内に残っていた。
コの字型に並べられた会議テーブルの各辺の部分に三人がそれぞれ一人ずつ座り、黙ったまま物思いに耽っているようだ。
「二年か...。」
そんな沈黙の中で最初に口を開いたのは社だった。
「せやな...なんか...あっちゅうまやったな。」
社の正面に座っていた笹木がパンダパーカーの中で、どこか嬉しそうな笑みを浮かべながら答えた。
「僕なんかが語るのは烏滸がましいかも知れませんが、すごい濃密で貴重な経験でしたよね。」
「いやいや、シェリンが居てくれたから俺らも頑張れたんだぜ。なぁ。笹木? 」
「そーやよ! ありがとうやで。シェリン。」
笹木も、社もシェリンを見つめながら優しく笑っていた。
声だけの出演が多く、一歩引き気味に眺めてたつもりだったシェリンは二人の言葉と笑顔が心の底から嬉しかった。
「そうだ! 湿っぽくなってもあれだから、これから飯でも行くか! 」
こう言った時に率先して場の空気を読んで行動してくれる。これまで番組内でも何度も助けられた陰キャオタク君と呼ばれていた社の初めて知れた一面であった。
「お? ええやん。ええやん。もちろんヤシキズの奢りやんな? 」
しおらしく感傷に浸っていたかと思えば勢い良く立ち上がる笹木。この無邪気で悪ガキっぽい笹木の姿こそが彼女のイメージであったのだが、実は気遣いの出来る優しい姿こそが彼女の本来の姿であると言うことを二人は知っていたのだ。
「ばーか。んなわけねぇだろ。ワリカンだワリカン。そんで、シェリンも飯行くか? 」
社が態々シェリンに聞いたのには訳があった。
これも番組を始めてから分かったことなのだが、シェリンは番組終わりは直ぐに一人で帰ってしまうことが多く、今回の社のように誰かがご飯に行こうと言っても同行しないことがほとんどであった。
最初こそ自分たちが嫌われてるのかもしれないと悩んだ事もあったが、今ではそれが当然のことと定着しており誰も気にしていなかった。
「そうですね...折角ですし、行きましょうか! 」
シェリンからの思わぬ返答に一瞬、社も笹木も我が耳を疑ってしまっていた。あのシェリンが誘いに乗ってくれた。これは名探偵に調査を依頼するレベルの大事件だ。
「あ、あのシェリンが...雪でも降るんとちゃうか? 」
「そんなこと言うなら行くのやめようかなぁ...。」
「嘘やん! 冗談やんか。一緒に行こうよシェリン。!
背面にあった窓から空模様を窺う仕草を見せた笹木の扱いにも慣れた感じにシェリンが軽く受け流すと、笹木は速攻で掌をくるりと返して、シェリンを必死にフォローし始めたのだった。
「はいはい。そうと決まれば三人で行こうぜ。シェリンは何食いたい? 」
手をパンパンと二回叩いた社がじゃれ合う二人を止めて打ち合わせ室の扉を開けた。
「僕は何でも大丈夫ですよ。社さんはどうなんですか? 」
「そうだな...やっぱカレーかな? 」
「えっ? またですか? 一昨日も食べてませんでした? 」
社とシェリンは仲睦まじく話しながら部屋を出ていこうとしている。
「ちょっと! 待ってや! カレーはアカンて! 絶対ヤシキズお気にのいつものカレー屋になるって。もう何回も行ってんねん。その店! 」
打ち合わせの帰りに何度も社に連れて行かれた近くのカレー屋のことを思い出しながら、笹木は駆け足で二人を追いかけて慌てて打ち合わせ室から出て行ったのだった。
side【Y】
遂にこの日の朝を迎えてしまった。
年甲斐にもなく緊張で深い眠りにつけないまま、気が付けば夜が明けていた。全く遠足前の小学生じゃあるまいし、自分が情けなくなってくる。
少しでも気分を軽くしようと、ベッドから起き上がり部屋のカーテンを開けた。
嫌味なまでによく晴れた気持ちの良い朝だ。
それにしてもだ。
こんなにも緊張するのは初配信をした時以来だろうか。
最初に『レバガチャ』の話を聞いた時は正直無理だと思った。レギュラー番組なんてにじさんじ内全体でも前例の無い試みであったし、視聴者が楽しめるような番組が自分たちに作れるのだろうか。と本気で悩んだ。
ベッドの近くのローテーブルの上に置かれていた『レバガチャ』の台本へ自然と目線が移動する。
『ヤシロ&ササキのレバガチャダイパン』
笹木咲。
この番組のもう一人のMCであり、俺の相棒となる重要な人物だ。
コラボする前までの彼女に対するイメージはと言えば、何を考えてるのかよく分からんし、扱いづらい人物なのではないかと思ってしまっていた。
笹木の配信なんかを覗いてみてもゲームに対してキレ散らかしたり、リスナーと煽り合戦を始めたりと中々過激な印象は拭い切れることは出来なかったのだ。
そう。確かに最初は本当にそんなイメージだった。
最初は...。
side【S】
何とか眠ろうと無理やり潜り込んだベッドの中から顔だけを出して、枕の傍らに置かれたスマホへと手を伸ばした。
「うっわ...マジ...? 」
そこで目にしたのは普段なら絶対に目覚めるはずのない時刻が表示されているスマホの画面だった。
勿論、自分で設定したアラームもまだ『予定』の段階だ。
スマホを枕元に放り投げ捨てると、亀のようにヒュッと頭を布団の中に引っ込めた。
「あー! もー! 大事な日やっちゅうのに...。」
笹木はゲームが大好きだ。腕にも自信がある。
ただ、自分自身でも分かっているのだが大きな弱点があった。
それは『緊張』だ。
大きな大会やここぞと言う大事な場面で緊張してしまい、普段の力が発揮できないことがよくあった。おまけに、そうなってしまうとパニックになってしまい操作が無茶苦茶になってしまうのだ。
それが故に、にじさんじ内の大きなゲーム大会などでは優勝候補として名前が上がることも少なくなかったが、実際に笹木が優勝することは少なかった。場合によっては予選で落ちてしまうようなこともあった程である。
そんな笹木に突如として舞い込んできた話。
『ヤシロ&ササキのレバガチャダイパン』
笹木が挑戦することとなったにじさんじ最初の収録によるレギュラー番組。そのレギュラーに抜擢されたのだ。
レギュラーに決まったのは笹木一人ではなく、パートナーとしてオタク君ことヤシキズこと社築が決まっていた。
最初にオファーを聞いた時には絶対に続かないだろうと思っていた。ヤシキズとも半笑いでそんな話をしたのを覚えている。
side【Y】
「俺だって自信なんてないさ。それでもさ、わざわざ俺らを指名してくれたんだ。」
レバガチャの打ち合わせを終えて笹木と最寄り駅に向かって歩いている時の事だ。
「その期待を裏切りたくないし、やると決めたからには相手の期待以上のものを作ってやりてぇーじゃん。」
笹木と言う人間は画面の前でこそ生意気なクソガキムーブで振舞うことが多かったが、それ以外では大人しく、しっかりと気遣いの出来る『良いヤツ』になるのだ。
これが本来の彼女の本当の姿のだろう。
そんな隣を歩いていた笹木の口からフッと弱音が漏れ出たのは数分前の出来事だった。
社は無理に元気付けようとか励まそうとせずに思ったままを伝えていた。
「あれだ。カレーみたいなもんだろ。」
「カ、カレー? 」
「そう。どっちかだけでもダメなんだ。ルーと米が一緒に相まってこそカレーという至高の食いもんが誕生する。俺らもカレーになるんだ。いや、待てよ、カレーにはスパイスも重要だな...。」
「...何の話してんねん。」
しまった。気が付いたらカレー論になっている。いかんいかん。
「...よーするにだ。俺だけなら絶対にこんな大役務まらん。笹木が隣に居てくれれば、きっと出来る。逆も然りだ。笹木だけじゃ出来ないことを俺が手伝ってやるからさ。作ってやろうぜ。最高のカレーを。」
『次はー○○。○○。お出口は右側になります。××線ご利用の...』
社は収録スタジオへ向かう電車の中にいた。
「駅か...。」
電車に揺られ夢現だったのか、社はあの日の笹木との会話を思い出していた。
今、改めて考えてみれば随分と恥ずかしいことを言っていた気がする。
社は座席から立ち上がると出口の前に移動すると、時間確認を踏まえてスマホのスリープを解除してみた。
「ん? 誰だ。」
スマホのディスコードアプリに一件のメッセージがいつの間にか届いている。
そのメッセージは笹木かのようだ。
『今日はよろしくお願いします。』
たった一言のメッセージの後にはカレーの絵文字が添えられていた。
「...こーゆーとこなんだよな。」
一層気合の入った社はホームに到着した電車から降りて、真っすぐに前を見据えて歩き出した。
side【S】
「...よーするにだ。俺だけなら絶対にこんな大役務まらん。笹木が隣に居てくれれば、きっと出来る。逆も然りだ。笹木だけじゃ出来ないことを俺が手伝ってやるからさ。作ってやろうぜ。最高のカレーを。」
不覚にも、ヤシキズがカッコ良く見えてしまった。
ヤシキズの頼もしい横顔に、しばし見惚れていたのをよく覚えている。
「...な、なにカッコつけてんねん。」
「確かに...忘れてくれ。」
自分で言ったことが恥ずかしくなったのか、ヤシキズは少し顔を赤らめながら歩くスピードをほんの少し上げた。
「ちょ。早いて。」
少し離されてしまった私はそう言いながら、しっかりとヤシキズの隣に足早に戻る。
『忘れへんよ。ありがとう。』
隣に戻った私は直接伝えるのは恥ずかしいから心の中でヤシキズにお礼を伝えていた。
気が付けば、今まで鬱積していた不安や悩みがスッと晴れていく。
早く到着しすぎてしまった笹木はスタジオ内であの日の事を思い出していた。
ヤシキズのことはコラボをするまでは、まともに話したこともなかったし、ヤシキズの配信もあまり見たことがなかった。
陰キャなオタク君と言うイメージだけが先行していた。
しかし、実際にコラボしてみたり、話してみると、しっかりとコミュニケーションも取れるし、教養もあり、包容力もある大人な一面も持ち合わせていると思えば、もしかしたら私以上にゲームに対する熱量と負けず嫌いでカレー好きと言う子供のような一面も持ち合わせている魅力的な人物なのだった。
私は気が付けばヤシキズの顔を追うようになっていた。
both ends【Y&S】
今から自分たちが収録を始めるスタジオの隅でポツンと座っていた笹木は、スタジオの出入口の扉が開くのが見えた。
「お疲れ様でーす。」
スタジオに現れたのは相棒の社だった。
社の姿を見た笹木は立ち上がり、社の元へと駆け寄って行った。
「よぉ。ディスコのメッセージありがとな。緊張が和らいだわ。」
笹木の姿を見つけた社は笑顔で挨拶を交わした。
「うん。いよいよやね。ヤシキズ。」
「ああ。頼りにしてんぞ。笹木。」
二人は真新しいスタジオを見渡す。
もう二人の表情から不安や迷いなどは感じられない。
笹木も社も笑顔を浮かべながら前を向いている。
今日から始まる二人の新番組
『ヤシロ&ササキのレバガチャダイパン』
ここから二人の番組は二年と言う長い間、続くこととなり、その二年の間に二人は様々な経験をすることになる。
リアルイベント。他番組とのコラボ。様々な人との出会い。
社はまだ知らない。隣に立つパーカーの少女が掛け替えのない相棒となり、様々なゲームやイベントに参加して、一緒に歌を歌うことになるなんてことを。
笹木はまだ知らない。隣に立つオタク君が信頼できるパートナーとなり、カレーを奢ってもらったり、相談に乗ってもらいながら自分自身が微かな恋心を抱くことを。
今から自分たちのレギュラー番組の初めての収録に挑む二人は知る由もなかった。
カレーを食べ終えた三人は店の前で満足そうな顔で集まっていた。
「な? 文句垂れてたけど美味かったろ? 」
自分が作った訳でもないのに社は見事なドヤ顔を披露している。
「僕は初めてでしたが、確かに美味でしたね。スパイスもしっかり効いていて。」
「お? 分ってるねーシェリン! そうなんだよ。ここはな...。」
シェリンの感想を聞いた社が早口で嬉しそうにカレー論を語り始めると、シェリンも相槌を打ちながら笑顔で聞いていたのだがその笑顔は若干引き攣っているようにも見えた。
『まーた始まった』と慣れた様子で笹木は二人から少し距離を取りながら二人を眺めていた。
笹木はふっと考えた。
もう二か月もしない内に番組は終わる。
そうなったら、この関係も終わってしまうのだろうか。
もう三人で馬鹿みたいに騒ぐことはなくなるのだろうか。
私たち三人が二年を掛けて攻略した先には何が待っているのだろうか。
何が見えるのだろう。その時、隣にあの人は立ってくれているのだろうか。
「あー! そうだ! 笹木さんはどう思ってるんですか? 」
「へ? 」
社の対応に困ったシェリンからのキラーパスが笹木へと通った。
全く二人の会話を聞いていなかった笹木の口からは間抜けな声が出ていた。
「笹木はもう何回も連れてきてるんだから分ってるよな? 」
「ああ...ぜーんぜん話聞いてへんかったわ。」
笑顔を浮かべたまま社が笹木に近づいて来る。
「...ほー。笹木君にはまだまだ教育が足りないみたいですね。」
そう言うと社は笹木の手を掴んだ。
「へぇ!? ちょっ! 」
不意打ちを食らい頬を赤く染めた笹木が文句を言おうとする間もなく、社に引っ張られてカレー屋の前に連れ戻されてしまった。
「...ほー。笹木君にはまだまだ教育が足りないみたいだ。もう一杯、付き合え。」
「は!? もー食えへんって! ちょっシェリン!? 」
「行ってらっしゃーい。僕はお邪魔でしょうからここら辺で失礼します。また収録で! 」
真っ赤な顔で恨み節を叫ぶ笹木がカレー屋に吸い込まれていくのを手を振りながら笑顔で見送った。
笹木が抱いていたエモーショナルな雰囲気は一気に吹き飛んでしまったのと同時にカレー屋からの脱出ゲームの攻略を迫られることになったのだった。