女王様は十五歳 お忍び世直し無双剣   作:佐倉じゅうがつ

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これは恋だと青年は悟った

 目が合った!? 気づかれた!?

 

「ハッ……ア……ぅ……」

 

 立ちあがろうとしても脚は震え、手は土をかくばかり。

 息ができない! 胸が苦しい!

 

 あ、そうだ……逃げ――逃げないと。

 

 

 

「――おい。――おい」

 

 

 

 誰?

 

「いつまでのたうち回っている、青年?」

「え……あ、ル・ハイドさん?」

 

 声をかけられて、じょじょに意識が、体が、『自分』に戻っていく。

 手足と感覚がつながって、なんとか膝で立つことができた。

 

 彼が立っている場所は、さっきと同じ。崖から離れたところにいる。たぶん……そこからまったく動いていない。

 だから、彼女と目が合ってしまったことは知らないはずだ。

 

 あ……『彼女』だなんて。心の中とはいえ気安いような、恥ずかしいような……心臓がきゅっとなった。

 

 

 

「えっと、そのぅ……」

 

 そうだ、『あの人』なら! まだ名前も知らないのだし、失礼にならないはずだ。

 名前か……なんて名前なんだろう?

 

「射線にジャマが入ってしまって……ここはいったん仕切りなおすべき、と」

 

 離れていても僕には見えた。星のまたたきのような瞳が。あんな目は生まれて初めて見た。

 どんな家族と、どんなところで育ったのかな?

 

「とすると、どうする。やつらは町に――」

「町……」

 

 町へは何をしに行くのだろう? それとも、どこかへ行く途中? 一泊はしていくんだろうな。

 

「――弓の腕がどれほどかは知らぬが、大衆環境で――」

「知る……」

 

 もっと相手のことを知るべきだ。知らないまま射るなんて礼を失するというもの。これは動物を相手にした『狩り』とは違うのだから。

 

「――よって、接近して仕留めるほうがよかろう」

「接近……」

 

 もしあの人に近づいて、あの目をもう一度むけられたら……僕はどうなってしまうのだろう。

 

 

 

 疑う余地はなかった。

 経験したことはない。だけど、本能で理解した。

 

 

 

 これは――恋だ。

 

 僕は、あの人を好きになってしまったんだ。

 

 

 

「そうだ、追いかけよう!」

「――ふむ。その執念……おもしろい。やつが町から出るまでに終わらせろ。さもなくば失敗とみなす」

「……はい!」

 

 残された時間は少ない。急ごう!

 

 

 

 

 

「とはいっても……ハァ……」

 

 町に追いかけてきたはいいものの、どこにいるかがわからない。

 目をこらし、行き交う人たちを見渡してみても――

 

「あっ、あれはもしかして――!」

 

 と、反応しかけては違った……そんなことをくりかえすばかり。でもあきらめるもんか。

 気合をいれなおしたそのとき。

 

『グゥ~~』

 

「あ……」

 

 僕のおなかが大きく鳴る。そういえば起きてから何も食べてない。自覚するとますます空腹感が強くなってきた。

 

「うぅ……さすがに何か食べないとだめか」

 

 あの人の前でこんな醜態をさらしたら、恥ずかしいこと極まりない。

 日はまだまだ高い。大通りの屋台が営業しているはずだ、そこへ行こう。

 

 

 

 

 

 

「さあさあ、よってらっしゃい、みてらっしゃい! お代は観てのお帰りやでー!」

 

 屋台からただよう香ばしいにおい……とは少しずれたところに人だかりができていた。背伸びしてのぞいてみると、女性の旅芸人のようだ。

 両手に扇子をもって舞う姿は、芸術にうとい僕からしてもみごとなもので、しばし空腹も忘れて見入ってしまった。

 

「はいはい~おひねり~おひねり~」

 

 メイド服を着た女の人が、観客から小銭を回収してまわっている。どうやら同行者のようだ。

 

 そしてこっちに来た。にこやかな表情で、小銭をいれるお皿を持っている。

 懐によゆうがあれば銅貨の一つあげたいくらい……なのだけど、今はちょっと厳しい。

 

 すみません、といった顔をすると向こうもわかってくれたみたいで、隣の人へとうつっていった。

 

 

 

 あぶなかった。

 ふたりともすごくきれいで、魅力的な人だった。いつもの僕だったら気持ちで負けて、食事代をけずってでも払ってしまったと思う。

 

 そうならなかったのは、きっと――

 

 あの人に劣っていると言いたいわけではないんです。ただ、ちょっと巡り合わせがわるいだけなんです。

 もうしわけありません!

 

 おひねりをもらって回っている二人に、心のなかで謝りながら頭を下げた。

 どこかで見た覚えがある人だし、また見る機会もあるはず。

 次はちゃんと用意しますから!

 

 

 

『グゥ~~~~』

 

 僕はさっきから何を考えているんだ? お腹を満たさなくては、頭も回らなくなってくる。

 屋台……屋台に行かなきゃ。

 近くでクスクスと笑い声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 ああ、食欲をそそるにおいの源! イモの塩だれ焼き!

 日ごろの稼ぎからするとちょっとぜいたく。だけど大事な用をこなす前となれば、食べる理由には十分だ。

 

 昨日もらった賃金があるし――

 

 

 

 あれ?

 

「ああああああっ!?」

 

 

 

 財布がない!?

 

 必死にこれまでの行動を思い起こす……

 

 頭をかかえた。

 朝あわてて出ていったから、持っていくのを忘れたんだ!

 

 もどって取ってくる?

 でも、時間が……いや、でも……

 全身がどんどんと沈んでいくような感覚……

 

 

 

 そのとき。

 

 

 

「おひとついただけますか?」

「はいよ、まいどあり!」

 

「はい、どうぞ。お食べになってください」

「え?」

「差し出がましいとは思いますが、お困りのようでしたので」

 

「いいのです……か?」

 

 

 

 言われるがまま、ほかほかのイモ焼きを手渡される。

 同時にやってきた衝撃は、雷でもかなわないだろう。

 

 窮地を救ってくれたのは『あの人』だったからだ!

 

 両手は頭にあったわけで、イモを渡すにはまず腕をとってって、手って!?

 触れた?

 あの人のほうから?

 

 おそるおそる顔をあげると、僕の心を射抜いた、あの瞳が……僕を見ていた。慈しむような優しい光とともに。

 

 もはやイモより自分の体のほうが熱い。

 恥ずかしいところを見せた感情よりも、会えた喜びのほうが勝った。

 

 

 

「ははははじめまして! 僕、トーマスといいます!」

「まあ。ご丁寧にありがとうございます、私はエルミーナと申します」

 

「あ……こちらこそ、これ……ありがとうございます。エ、エ、エ、エ、エ――」

 

 がんばれ! がんばれ! トーマス!

 

「エルミーナ……さん……」

「どういたしまして。ふふっ」

 

 あ……笑っ――

 

「これ! すごくおいしいので……自分だけ食べるのもなんだか申しわけないような!」

 

 とにかく、とにかく一緒にいられるようにしなきゃ!

 

「はんぶんこして、どこかで食べませんかっ!?」

「まあ、はんぶんこ! 素敵なご提案ですね」

 

 

 

 

 わが人生に悔いなし……心から、そう思った。

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