女王様は十五歳 お忍び世直し無双剣   作:佐倉じゅうがつ

33 / 39
ヒノカの母

 ひさしぶりに顔を見せたルネは、いたずらっぽく笑いながら『しばらく向こうで見ています』と合図を送ってきた。

 

 女王は手伝ってほしいと思いかけたところで、それを改めた。

 従者が目の前にあらわれるまで気づかなかったのは、不覚にほかならないと自覚したからだ。

 

 この旅はヒノカとふたりで出発したもの。後日ルネが追いかけてきたことに気づいたのだが、そのときもなかなか姿を見せなかったものだ。

 

 気取られていると知りながらも呼ばれるまで待つ……実力あるふたりならではの戯れ。

 

 

 

 ルネは女王の心が大きく乱れていると見抜いた。そして自らの力で乗り越えるべきだと考えているのだ。

 

「……ありがとう」

 

 ちいさくつぶやき、気持ちをふるいたたせる。おひねりの受け取りを手早くすませ、泣いている少女に声をかけた。もちろんヒノカを連れて。

 

 

 

「こんにちは。来てくれてうれしいです」

 

「ぐすっ……うん」

 

「私は、一座の座長でエルミーナと申します。こちらは共の者です」

「ヒノカや。また会えたな」

 

「あたしはソニア……」

 

 ソニアは涙をぬぐうと、昨日に負けないほど目をかがやかせた。

 

「やっぱりすごいね……最後にもう一度みられてよかった。おひねりは……持ってないけど……」

 

「あはは! 昨日のぶんでお釣りがくるってもんやろ」

 

 ヒノカの言うとおり、金のインゴットだったのだからお釣りどころではない。

 大金を手にしたことのない彼女は、金銭感覚を維持するため『持たない、見ない、触らない』と昨夜から誓いをかけたほどだ。

 よって今は女王が預かっている。

 

「え、えへへ……」

 

 

 

「……つかぬことをうかがいますが、ウワサになっているバレンノース公のお孫さんとは、あなたのことではありませんか?」

 

 

 

「……あはは、旅の人にも知られちゃってるんだ。その話」

 

 ソニアはつらつらと話しはじめた。

 

「しかもあたしのことだとわかっちゃうなんて……って、あなたたちにはそう思われてもしかたないか」

 

「ええ。昨日いただいたものを見て、もしや……と思いまして」

 

「びっくりさせてごめんね。でも、本当に感動したから。もう二度と外には出られないかもしれないから……だから――」

 

 

 

「いたぞ、あそこだ!」

 

 衛兵がこちらに向かって走ってくる。まるで昨日のゲオルと同じような状況……しかし今回は助けるべきだ。

 

 公爵の孫に仕立てあげられたこと、おそらく本人の意志ではない。そんな直感があった。

 

 

 

「逃げましょうっ!」

「お、お嬢!?」

「わわわっ!」

 

 女王は、ヒノカとソニアの手をとって走り出した。

 

「あ! コラ、待て……うおおっ!? すべる――!?」

 

 

 

 ルネが援護してくれたのだろう。追手の気配がちかづいてくることはなかった。

 

 

 

 道ゆく人々をかきわけ、かきわけ、宿屋までたどりついた。

 

「ソニアさん、とつぜん連れだして申しわけありませんでした」

 

「う、うん。びっくりしちゃった」

 

「ウワサの件で、お話を聞きたいと思っていたのです。内密にしますから、どうか……」

 

 

 

「ちょい待ち。ウチもお嬢から聞きたいことがあるんや。忘れてへんやろな」

 

「もちろんです。その話もするつもりですので……」

 

 

 

 部屋の鍵をかけた女王は、ふたりに向かって語る。

 

「ソニアさん……あなたは公爵のお孫さんではない。そうでしょう?」

 

「っ!」

 

 瞬間、ソニアはぴくりと反応した。顔もみるみる青ざめていく。

 ゲオルの言葉をそっくり信じたわけではない。そう推測する理由が他にもある。

 

「どうか落ち着いて……咎めるつもりなどありません。ただ、あなたはおっしゃいました。『二度と外には出られない』かも、と」

 

 ためらいながらも頷いたのを見て、尋ねる。

 

「誰かに強制されているのですか」

 

「どうして命令だってわかるの……?」

 

「もし本物の孫娘が名乗りをあげたとしても、信じてもらうことは難しい……擁立する者が必要です」

 

 

 

「……うん、そうだよ。ソモンって人が来て……いろいろ教えこまれて……今日、公爵様の城にいく予定だったの」

 

「そうですか……いろいろと教わりましたか」

 

 

 

 これを利用しよう……少々強引だが。

 

「……実は私、バレンノース公には少々くわしいのです! あなたが教わったという知識を試させてください」

 

「へ?」

「ん?」

 

「あの方の孫になりきって、答えてくださいね」

 

 わざとらしいと自覚している。ふたりの面食らった顔からもわかる。

 それでも自分を鼓舞させるため、あえて道化のようにふるまう。

 

「お嬢、なに考えて――」

「どうかお付き合いを……お願いです……」

 

「……わかった。好きにせえ」

 

 懇願するように聞こえたのだろう。ヒノカは了承してくれた。

 

 

 

「第一問。バレンノース公の名前は?」

 

「レオ・ヴィ・バレンノース」

 

「正解です」

 

 領主の名前は多くの人が知っていて当然。序の口の質問だ。

 

 

 

「第二問。あなたの母は子供のころに大けがをしたことがあります。原因はなんでしょう?」

 

「えっと、馬に乗ってるときに落ちちゃったから」

 

「落馬……そのとおりです」

 

 

 

 そんな調子でいくつか質問をなげかけたところ、ソニアはすべて正解した。『教育』は行き届いているようだ。

 

 

 

 ならば最重要であるこの質問にも答えられるはず。

 それは『ヒノカにも尋ねるはず』だった問いであり、女王がためらっていたものだった。

 

 

 

「……最後の質問です。あなたの母親の名前は?」

 

「リア・カチ・バレンノース」

 

「っ!?」

 

「……正解です。ヒノカ、あなたは……どうですか?」

 

「ウチは……って……」

 

 

 

「ヒノカのお母様の名前を……教えてください」

 

「リア・カチ……お父ちゃんは苗字がないって……そのまま……」

 

「ヒノカさん……それってまさか……」

 

 

 

 リア・カチという珍しい名前。

 苗字のない父。

 駆け落ち。

 

 予想も、覚悟もしていた。それでも心に重いものを感じずにはいられない。

 

 

 

 女王がもっとも懸念していたのは、ヒノカが『祖父』のもとに残ることだった……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。