このファンは謎時空なのでヒカルは狂戦士ですが、ゆんゆんとお付き合いしてません。
パンパン、と小気味良い音が辺りへ響く。
今この室内で聞こえるのはその音と躍動する少女の吐息だけだ。
「シエロ、良いぞ」
「は、はいっ!」
少し疲れてきたのか、返事が少し遅れた。
パンパンと何度も音が響く。
「そろそろ、いいな?」
「はい!」
頬が紅潮したシエロが懸命に応えてくる。
そろそろラストスパートだ。
「最後はどこがいい?」
「か、顔でお願いします!」
「わかった」
パンパンと音が響き、一呼吸置いてから
「いくぞ!」
「はい! お願いします!」
シエロの腰が深く沈み込み、そして
「はあっ!」
身体のバネを利用し、拳を上へと突き上げる。
顎の前に置いた両手がシエロの拳の振りで吹き飛ばされて、まるでバンザイでもするように跳ね上がった。
「よーし、よく頑張った! ミットも脱ぐ手間が無くなったし」
シエロのアッパーで手がビリビリしつつ、そう言った。
俺が言った通りシエロのアッパーでミットが後方へとふっ飛ばされていた。
「す、すみません! ボクすぐに拾ってきます!」
「いいっていいって」
取りにいかなくていいと言ったのに、小走りで拾いに行ってしまった。
シエロの爪の垢を煎じて飲ませれば、誰かさんも少しは謙虚で大人しい性格になるに違いない。
あとついでにロボットダンス以外も踊れるようになるかもしれない。
もうシエロはミットを拾ってくれてるけど、「男の汗なんてイヤあああああ!」みたいな感じで殴りかかって来ないよな。
ミット打ちやサンドバッグ越しなら殴られてもいいんだけど、直撃は流石に嫌だ。
「ありがとな」
「いえ、こちらこそありがとうございました! コーチ!」
「ああ、でもミット打ちなんかじゃ退屈だったか?」
「そんなことありません! コーチの調整加減が絶妙で大会が早く来て欲しいぐらいです!」
「そりゃよかった。とりあえず今日の練習は終わりだ。お前なら世界を獲れるんだ、オーバーワークに気をつけて生活するんだぞ」
「はい、コーチ!」
「はい、コーチ! じゃねえええええええ!!」
「なんだいたのか、カズマ」
「こんにちは、カズマさん」
いつの間にかカズマも来ていたらしい。
でもなんだかご立腹だ。
「お前ら二人揃って何やってんだよ! 何でこうなった!?」
「何ってボクシングだけど……」
「だから何でボクシングやってるんだって聞いてるんだよ!」
はあ? 何言ってんだ?
そんなの決まってるだろ。
シエロと顔を見合わせた後に、二人で口を開いた。
「「王都で開かれるボクシング世界大会の為だよ(ですよ)」」
「何でそうなったんだよ! シエロの男性恐怖症を治す話はどこ行ったんだ!!」
「「あ……」」
「あ、じゃねえよ! お前らツッコミ側だろ! ボケ倒してんじゃねえよ!」
そういえば始まりはそうだった。
カズマやシエロ、それと他のアクセルハーツのメンバーにシエロの男性恐怖症を治すのを手伝ってくれと言われたんだった。
いや、でもそもそもがおかしい話だろ。
俺がシエロの攻撃を避けられるっていうだけで、別にカウンセラーとかでもないし。
「シエロ、お前ちゃんと踊り子の方は練習してるんだろうな!?」
「えっと……最近は少しボクシング寄りで……」
「ふざけんなよ! ボクシングはもう終わりだ! シエロはこれから二人と合流して練習するぞ」
「まあ、待てよカズマ」
「待たねえよ! 踊り子だって王都でコンテストがあるんだよ!」
「王都のボクシング世界大会も上位入賞者には賞金が出るんだぞ」
「……」
「あ、勢いが無くなりましたね」
「二位三位はどうだったか忘れたけど、一位入賞者にはなんと」
「ゴクリ」
俺が勿体つけると、カズマは固唾を飲み俺の言葉を待った。
「三億エリスが賞金として出る。俺は別に賞金はいらないから、アクセルハーツやカズマに賞金は任せ……」
「お前ら何やってんだ!! この程度で世界が獲れると思ってんのか!! まだまだ練習するんだよ!」
手のひら返すの早すぎるだろ。
それはともかく。
「カズマ、それこそ待て。大会はすでに三日後まで迫ってる。今は調整期間だ」
「え、そうなの?」
「え、えっと待ってください! コーチが練習にここまで付き合ってくれたからこそ頑張って来れたんです! そのコーチが賞金を受け取らないなんて……」
「俺は世界を獲るところが見れれば十分だ。金なんていらない」
「コ、コーチ……!」
シエロは感銘を受けたような顔で俺を見てくる。
最初は真面目に男性恐怖症を治そうと努力していたが、シエロの才能を見てから二人でボクシング世界大会を目指したことがきっかけだ。
金なんかではなく、純粋に世界の頂点を取るところを見たかったのだ。
「コーチであるヒカルがそう言うなら仕方ないな! ああ、しょうがない!」
力強く頷くカズマ。
これなら世界大会に挑むのは大丈夫そうだ。
俺達はカズマの後押しを得て、更に世界大会へ向けて一層気持ちを高めたのだった。
王都でのボクシング世界大会は何日にも渡って開催された。
シエロの闘う相手は皆シエロより体格は大きかったが、シエロの闘志と勇気と今までの努力で立ち向かい、快進撃を続けた。
とうとう決勝戦。
シエロはリングへと上がり、向かいの対戦相手と睨み合っていた。
対戦相手は覆面を被っていて素顔はわからないが、リングネームはヒカルスレイヤーという選手だった。
シエロよりも体格が小さいが今までの対戦相手を1ラウンドKOしてきたハードパンチャーだ。
シエロには十分気をつけるように言ったが、大丈夫だろうか。
「ヒカル、あれお前……」
俺と同じくセコンドに立つカズマが対戦相手側のセコンドを見て口を開いた。
どこかでみたことあるような黒髪の女性と金髪の長身の男性が相手側のセコンドに立っていて、サングラスをかけているのに何故かこちらを見てきているような気がした。
正直に言ってしまうとセコンドは素人臭がするが、油断をしてはいけない。
黒髪の女性と長身の男性、それに対戦相手の小柄な少女……なんとも既視感がして仕方がないが気のせいだろう。
「いや、モノローグで誤魔化してんじゃねえよ! アレ、お前の身内だろ!?」
黒髪の女性のサングラスの奥から紅い光が見えたが気のせいだろう。
「気のせいなわけあるか! リングネーム的に完全にお前を殺る気だよ!」
シエロッ! どうか勝ってくれ!! 頼む!
「トレーナーとして当然の気持ちだけど、必死さが尋常じゃねえよ! やっぱりあいつらのこと気付いてやがったな!?」
ゴングが鳴り響き、試合は始まった。
シエロはゴングと同時に真っ直ぐにヒカルスレイヤーに突っ込んでいき凄まじい連打を繰り出すもヒカルスレイヤーの激しいウィービングで触れることすら出来なかった。
十秒か一分か、それともそれ以上かそれ以下かなんてわからなくなってしまうほどの激しい猛攻と華麗な回避に思わず見入ってしまうが、その攻防は一瞬で終わりを迎えた。
ドスンと音がしたように錯覚するほどの重いボディーブローがシエロのボディーに刺さる様に打ち込まれ、シエロの体勢はくの字に折れた。
シエロは咄嗟に打ち返すもヒカルスレイヤーはダッキングで回避して更にボディーへと返しの一撃を与え、シエロは堪らずダウンした。
「シエロおおおおおおおお!!」
「くそ! なんて馬鹿力だ!」
「これが胸の薄さの差か!!」
「いや、違うだろ! お前マジでスレイヤーされるぞ!」
ヒナ、じゃなくてヒカルスレイヤーさんは何故か俺を睨みつけてくる。
俺は対戦相手じゃないのになあ。
「ヒカル、これ以上は……」
「……」
シエロは懸命に立とうとしているが、足は震えて呼吸も荒く、表情は少し自信がなさそうに見えた。
たった数発貰っただけでダウンしたのだ、無理もない。
「ヒカル! シエロはボクシング以外にもやることがあるんだぞ!」
「わかってる。そんなことはわかってる」
「だったら!」
「でも、シエロの目はまだ生きてる」
そう、シエロは諦めてなどいなかった。
一瞬でダウンさせられたというのに、シエロの心は折れていなかった。
レフェリーからのカウントが半分を越える頃にシエロはようやく立つことが出来た。
だが、あの状態では……。
「ヒカル、止めるべきだ」
「わかってる」
「じゃあ止めろよ! シエロのコーチだろ!?」
「シエロが諦めてないのに、俺が先に諦めるなんて……」
「シエロを潰す気かよ!!」
「く、くそがああああああああ!!」
肩にかけたタオルを手に取り、振りかぶった。
セコンドがリング内にタオルを投げ入れることで棄権を伝えることが出来る。
だがタオルを振りかぶった瞬間、シエロとの練習の日々が頭の中を走馬灯の様に駆け巡った。
男性恐怖症の治療の為に少しずつ指先を触れてみたりしたが、シエロは治療だと分かっていても拳を振ってしまう。
だが、その拳に才能が見えた。
そこから俺達の努力の日々が始まったのだ。
シエロの才能も努力も一級品だったが、俺はコーチとしてもボクシングを教えるのもド素人だった。
それでもシエロは笑顔で俺に付いてきてくれた、信じてくれた。
ここまで勝ち進んできたが、多くの困難を迎え、それに打ち勝ってきた。
そんなシエロが立ち向かおうとしているのに、近くで一緒に頑張った俺が先に諦めることは出来なかった。
「ヒカル、お前泣いて……」
俺のせいだ。
俺がコーチとして優秀であれば、シエロはきっと……。
そう思った俺はタオルを振りかぶったまま、手が止まってしまった。
「カズマ、頼む……っ! タオルを、入れてやってくれ! 俺には、どうしても出来ねえよ……!」
「……そこまで本気だったんだな。わかった! ここからはプロデューサーの仕事だ!」
そう言ってカズマが即座にタオルを投げ入れた。
9カウント目で立ち上がり、構えたシエロは投げ込まれたタオルを見てから安堵したように膝から崩れ落ちた。
レフェリーが試合終了を宣言し、ゴングが鳴った瞬間に俺はリング内へ駆け込んだ。
「シエロ! おい、シエロ! 大丈夫か!?」
へたり込むように座るシエロの肩を揺さぶって声をかけると、顔を上げたシエロは泣いていた。
「……コーチ、ごめんなさい……」
「謝るのは俺の方だ。俺がもっとちゃんとしたコーチだったら勝ててたよ」
「えっと、お二人さん……?」
「そんなことありません……」
「そんなことあるよ。とりあえず俺達は退場しよう。立てるか? 肩貸すぞ?」
「すみません、お願いします」
「ああ」
そう言って立てるようにサポートしてやると、カズマが引き攣った顔でこちらを見ていた。
「カズマ、俺達が通れるようにリングのロープを広げてくれ。あと後ろの怪物と目を合わせるなよ」
「いや、ちょっと待った」
「なんだよ。後ろから殺気がやべえんだからここから早く去るんだよ」
「何でシエロに触れてんの?」
「はあ?」
カズマが変なことを言い出したと思い、聞き返した後に俺は思い出した。
シエロは男性恐怖症で俺に触ったらぶん殴ってるはずだ。
なのに何故?
そう思いながらシエロを見ると、シエロを支えてるせいか至近距離で見つめ合うことになった。
シエロは信じられないといった顔で、動揺して殴って来るような様子では無く、目をぱちくりさせていた。
「おい、マジか。シエロ、大丈夫なのか?」
「は、はい。ボ、ボクも正直何が何だか分かりませんが、怖くないんです」
「お、おいおい、やったな! 男性恐怖症を克服したんだ!」
カズマはシエロが勝ち進んだ時よりも嬉しそうに言った。
もしかして二人で鍛錬したからだろうか。
その時間がシエロの恐怖を無くしたのかもしれない。
ボクシング世界大会で二位という結果を残して男性恐怖症を治した、シエロは大成長を遂げたのだ。
「本当に頑張ったな。今日はお祝いだ」
「はい、はい……! ボク、コーチになんて言ったらいいか……」
「頑張ったのはシエロだろ」
感無量といった様子でまた泣き始めるシエロに笑いながらリング外に向かい始めた。
「よーし、俺も肩貸すよ。プロデューサーだって一緒にやってきたんだからな」
「はいはい」
「ふふ、プロデューサーもありがとうございます」
「ついでみたいな感じやめろよ」
軽口を言い合いながらカズマもシエロに触れた瞬間。
「い、いやあああああああああああ!!!」
バキッ! バキィッ!
「あげろばああああああああ!!」
俺の支えから体を離して構えたシエロはカズマのアゴを正確に二回打ち抜き、カズマはリング外まで吹っ飛んだ。
「あ、あれ……?」
呆けた顔で立ち尽くすシエロに俺はコーチとして声をかけた。
「ナイス、ワンツー!」
「あ、ありがとうございます!」
「褒めてんじゃねええええええ!!」
カズマが口と鼻から血を垂らしながらリングの外からブチギレてきた。
あれからシエロは男性に触れると二回拳を振るうようになった。
俺との鍛錬の日々で体が完全にボクシングを覚えてしまったのかもしれない。
二撃打ち込まれるようになったファンは大喜びらしく、握手会でわざと殴られに行くファンが増えたとか。
俺だけがシエロに触っても大丈夫な理由は鍛錬の日々のおかげだろうが、多分男扱いされていないのだろう。
「じゃあ、とりあえず俺は見学させてもらうぞ」
「「「はい、コーチ!」」」
そう言ってアクセルハーツ三人の踊り子としての練習が始まった。
カズマが俺の隣に来て、口を開いた。
「ありがとな、引き受けてくれて」
「まだ引き受けるとは言ってない」
「そうだったな。でも今日来てくれただろ?」
「……まったく、マジでどうなるかわからないぞ」
「そこは俺やあの三人もわかってるよ。これからみんな手探りでやっていくんだ」
「はぁ……」
ため息をついた俺はこんなことなら大学でしっかりとした資格を取るべきだったと後悔していた。
何故こんなことになったかと言うと、ボクシング世界大会から一週間ほど経った頃、カズマやアクセルハーツの三人にアクセルハーツのコーチをやってほしいと依頼されたからだ。
次はリア。
ぶっちゃけエーリカは書けるか分かりません。
このファンの二部ストーリーから見てないので、なんか設定とかミスってたらすみません。